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文化祭とクリアリーブル事件⑦⓪




そして、結黄賊とクリアリーブルの抗争が終わり閑散としている中――――部屋の中にいる悠斗は、目の前にいる真宮に向かってゆっくりと口を開く。
「ま、真宮・・・。 ユイを・・・守って」
「は・・・?」
“自分が悠斗を刺した”というのにもかかわらず、いつもと変わらずに接しなおも味方であると信じてくれている彼を見て、真宮はその場に固まり戸惑ってしまう。

―――どうして・・・悠斗は、そこまでして俺を信じるんだよ。
―――俺は今まで・・・結黄賊を裏切ってきたんだぞ。

すると今度は、結人がゆっくりと足を前へ進めた。
「ゆ、い・・・。 来ないで。 真宮と一緒に・・・逃げて・・・」
悠斗は背後にいる仲間の動きを気配だけで感じ取り、これ以上ここにいる男たちに近付けないよう、それだけを告げる。 

―――悠斗は、何を考えてんだよ。
―――俺は一度・・・ユイにナイフを向けちまったんだぞ!

こんな異様な光景を見て仕方ないと思ったのか、真宮は結人に対しての疑問は何も抱かなかった。 ただ、悠斗の言動が気がかりなだけ。
クリアリーブル事件は真宮のせいで起き――――犯罪にまでも手を染め――――結人にもナイフを向け――――仕舞には、悠斗を刺してしまった。
にもかかわらず、悠斗は今もなお真宮を気遣い信じてくれている。 そんな言動を嬉しく思う以前に、不審な思いを抱いていた。
“こんなにも優しくされるくらいなら、いっそのこと怒り狂って自分を刺してくれればいい” その方がこんな複雑な気持ちにならなくて、断然楽だと言うのに。

―――このまま俺の味方をしても、俺がこの場に居辛くなるだけじゃんか・・・!

「な、何を言ってんだよ悠斗! お前を置いて逃げられるわけがねぇだろ!」
「頼むよ、ユイ・・・。 頼むから・・・ッ!」
もはや真宮は、仲間である二人の声ですら耳に届いていなかった。 大事な仲間である悠斗を刺してしまったという罪悪感。
結黄賊の副リーダーなのにもかかわらず、止むを得ない理由でチームを裏切ってしまったという責任感。 そして――――自分の居場所がなくなってしまったという、喪失感。
これらの感情が複雑に入り混じっている中、先程からずっとこの場を耐えている。
「おい、他のところから応援を呼べ!」
「はい!」
当然男らの声も聞こえない中、真宮は右手に持っているナイフへゆっくりと目を落とした。 もう考えることが嫌になり、投げやりな気持ちになりながら。

―――・・・このままいっそ、今自分で自分を刺してしまおうか。

仲間である結人と悠斗が、今目の前にいるというのに――――そんなことを、ついに思ってしまった。





「おい未来! 勝手に行くなよ!」
アジトの一番奥にいた未来は、椎野から結人が向かった方向を教えてもらい早歩きでその場所へ向かう。
そんな彼に続くよう、この空間にいた結黄賊たちも後を付いていった。 口では止めようとするが、身体を張って止める者はいない。
つまりみんなは“ユイのもとへ行きたい”という気持ちがあったため、未来の行動を無理にでも制御しようとは思わなかったのだ。
―――ッ、部屋はあそこか。
この広い空間からアジトの入り口へと繋ぐ一本の廊下に、違和感がない程綺麗に溶け込んでいる一つのドア。 そこに目を付けた未来は、そこへ向かって足を前へ踏み出していく。
そして――――躊躇うことなくドアを勢いよく開け、結黄賊のリーダーの名を叫んだ。
「ユイ!」
「ッ・・・。 未来・・・」
結人はドアから少し離れた真正面に立っていたため、開けた瞬間当然彼の姿がすぐ目に入る。 
―――ユイは、無事なのか。
無傷で安否を確認できた未来は、安堵しながら自分の方へ振り返っている結人の方へゆっくりと足を進めていく。
「よかった、ユイ無事だったんだな。 一人で行くなよ、心配するだろ。 せめて誰か一人で、も・・・連れて・・・え?」
だが歩いていくにつれ、次第に声が小さくなっていった。 共に、視線は結人を通り過ぎ更に奥へと移動していく。
そして――――ある光景を目にした瞬間、思わず歩みをその場に止めた。

―――嘘・・・だろ・・・?

結人の少し奥に、背中から血を流し何事もなかったかのように立っている一人の少年を見て――――一瞬にして、凄まじい恐怖に襲われる。
偽真宮の発言といい、自分の真後ろで危険な喧嘩が行われていたといい、今まで衝撃的なことを受け続けていた未来にとっては当然正気など保てるわけがなかった。
だがまだ何も確信は持てていない。 だから、何も動くことができずにいた。 彼の正体が分かっていながらも、目の前にいる少年に向かって小さな声で言葉を放つ。

「悠・・・斗・・・?」

―――答えるな。 
―――答えるな。 
―――頼む、振り向かないでくれ。

口ではそう言いつつも、心の中では必死にそう願い続けた。 だがその願いは――――呆気なく簡単に、崩れ去っていく。
その声を聞いた瞬間、目の前にいる少年は顔だけを後ろへゆっくりと動かし――――

「ッ・・・。 未来・・・」

「・・・ッ!」

目の前にいる悠斗がそう口にする前に、彼のもとへと駆け出していた。
「悠斗! おい悠斗! 大丈夫か!?」
未来が来たことにより安心したのか、悠斗は急に力なくその場に座り込んだ。 そんな身体を支えるよう両肩を掴み、楽な態勢に整えてあげる。
「俺は・・・大丈夫・・・」
―――どうして、悠斗が・・・こんな目に・・・。
幼馴染が言葉を口にするのを聞きながら、今もなお目の前に立っているもう一人の少年の足元へ視線を移した。
そしてゆっくりと目線を上へ移動させ――――赤く染まったあるモノが目に入った瞬間、それを素早く奪い取り彼の方へ向けてモノを突き出す。
「ッ・・・真宮・・・! お前が悠斗をやったのか!」
「・・・」
今の未来には迷いもなく、すんなりと目の前にいる真宮に向かってナイフを向けることができた。 

その理由は当然――――今の未来には、殺意というものしかなかったから。

「未来・・・。 ち、違うんだ・・・」
「悠斗は黙っていろ!」
「真宮は・・・俺たちを・・・」
「ちッ。 うっせぇな! 北野! 悠斗を今すぐこの部屋から連れ出せ!」
悠斗は何としてでも未来を止めに入ろうとするが、力が何も入らない彼には何もできなかった。 
今もナイフを真宮に向かって突き出している未来を見て、必死に名を呼ぶ。
「未来・・・。 ま、待って・・・。 話を、聞いて・・・」
「悠斗。 本当に今は、あまり喋らない方がいい」
「でも・・・未来・・・」
いつの間にか隣に来ていた北野が、悠斗を支えながらゆっくりと立ち上がり、この場を去りながらそう口にした。
彼らがこの場からいなくなったことを気配で感じ取った未来は、再び意識を目の前にいる真宮に集中させる。
先刻まではまだ彼のことを信じようと思っていたが、血を流している悠斗を見た瞬間未来の心は一瞬にして切り替わった。

―――真宮・・・俺はお前を絶対に許さねぇ。
―――ここで・・・殺してやる!

そう決意した未来は、両手で握っている悠斗の血がついたナイフに力を込めた。





「せ、先輩・・・。 未来先輩、本当にこのままだと・・・」
未来が仲間である真宮に向かってナイフを突き出している光景を目の当たりにした後輩は、震えた声で隣にいる夜月に向かって言葉を放つ。
「あぁ、分かっている。 だけどまずは・・・」
その言葉を聞きながら、夜月は未来たちよりもこの部屋の中にいる男3人の方へ意識を集中させていた。
―――アイツら・・・折り畳み式のナイフを持ってんな。
ポケットから小さくて細長いモノをこっそりと取り出した彼らを見て、確信する。 これは時間の問題だと思い、近くにいる仲間に向かって声をかけた。
「おい、コウ。 お前いけるか?」
「おう。 準備はとっくにできているぜ」
彼にはまだ余裕があるのか、口元を少し緩ませながら口にした。 そしてその答えを聞いた後、近くにいるもう一人の仲間に声をかける。
「御子紫もいけるか?」
「当たり前だ」
彼もやる気のようで、満面の笑みで返してきた。 そんな彼らの会話を聞いていた一人の少年が、夜月に向かって言葉を投げる。
「え、待てよ夜月! 俺一人だけ仲間外れ!?」
当然これらの会話は小声で繰り広げられているが、相変わらず陽気なことを口にする椎野を見て笑いながら返事をする。
「お前は後輩らでも守っておけよ。 そんじゃ、コウは左で御子紫は右。 俺は真ん中の奴をやるから」
「分かった」
「夜月、真ん中の奴は強そうだから気を付けて」
「え?」
御子紫の了解と共に聞こえたコウの声に反応し、思わず聞き返した。 そんな夜月に、彼は少し微笑みながら言葉を紡ぐ。
「いや、雰囲気だよ雰囲気。 てより、アイツはおそらく左利きだ。 だから攻撃をする時、いつもとは違う方で攻撃をしたらいい」

―――見ただけでそんなことが分かるのかよ。
―――つか、アイツはナイフを右手で持ってんのにか!?

疑問がいくつも思い浮かぶが、今はそんなことを考えている場合ではないと思いそれらの疑問を自ら追い払った。
「あぁ。 ありがとな」
コウがその礼に優しく微笑み返すのを見て、後輩たちが静かに口を開く。
「あの・・・先輩。 俺たちは、何を・・・?」
後ろからそう尋ねてくる彼らに、夜月は戦闘態勢をとって――――仲間に向かって、力強く命令を下した。
「お前らはユイを守っておけ。 行け!」
そしてこの喧嘩は――――言うまでもなく、結黄賊の勝利だった。


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