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第6話 悪魔の加護を持つ者 (後編)

「デイビッド!」

 ここではそう呼ぶのが正しいだろう。今の彼は髪色を金に変えて、いつもの泥棒用の黒装束を着ている。

「よぉ、ディア。結構自由にやってるじゃねえか。俺が来るまでもなかったな」

 そう言ってデイビッドは部屋に堂々と入って来る。イザベルはあまりの嬉しさに涙腺が緩みそうになった。

「……来てくれたの?」
「これ見よがしにナイフを残していったのは誰だ? 『これを持って助けに来て』というメッセージにしか見えなかったぞ、あれ」

 そう言われると何も言えない。でもイザベルのメッセージはきちんと伝わっていたらしい。

「俺を使うとはいい度胸だな、ディア」

 そう言ってイザベルのほっぺたをつまむ。相変わらずの不敵な笑みだ。イザベルは彼のそれを素直にかっこいいと思う。それと同時に自分は彼にずいぶん懐いてしまったなとも思うが。

「で? 俺に言う事は?」
「ありがとう、デイビッド」

 素直にお礼の言葉が出て来る。デイビッドはそれを聞いて唇の端を満足そうに上げた。

 後ろでナイジェルがデイビッドを睨んでいる。デイビッドもそれに気づいたようで視線をそちらに向けた。

「お前は? ただの黒豹じゃねえな」

 イザベルの背中を冷たい汗が流れる。相変わらずそういう事には敏感だ。とはいえ、ここで弟だとは言えない。
 デイビッドは楽しそうな目でイザベルをじっくりと観察している。

「なるほど、俺たちの敵ではないようだな」

 少し見ただけでそんな事が分かってしまうらしい。イザベルがぽかんとしていると、デイビッドが声をあげて笑い出した。ナイジェルがさらに不審者を見る目になる。

「俺から一つアドバイスね。『防音はきちんとしましょう』」

 そう言いながらふざけた仕草で指を振る。明らかにからかわれている。だが、思いがけない内容に、三人の顔は引きつってしまった。

「やっぱり誰も考えつかなかったか。安心しろ。俺が外側から張っといたから」
「デイビッド!」

 とんでもない事を言う『デイヴィス』にイザベルの方が慌ててしまう。だが、デイヴィスは平然とした顔をしている。

「言っただろ。話聞いてたって。あ、今もきちんと張ってるから安心していいよ」

 つまり、本名を言ってもいいという事だろうか。

「でも本名呼んだらキレるかな?」

 そのタイミングで耳元でそんな事をささやかれる。これは間違いなくからかわれている。

 抗議の視線を送るが、楽しそうに笑って流されてしまう。その余裕綽々の態度が腹立つ。

「そんな事より、俺も協力してやろうか? そこの女、シャーリンさんだっけ? の救出に」
「え!?」

 デイヴィス以外の声がはもる。本当に話をしっかりと聞いていたらしい。

「いいの?」
「元々俺は今夜この盗賊団を潰すつもりだったし、何にも問題はねえよ」

 あっさりと言う。とはいえ、そうなるとまた借りを作る事になるのではないかと心配だ。もしかしたらそれ目的かもしれない。

「そうだね。姉様より頼りになりそうだし」

 なのに、弟はあっさりと結論を出す。そしてその理由が酷い。

「ナイジェル!」
「だって本当の事じゃないか! ねえ、シャーリーン」
「え、えーっと……」

 シャーリーンはどちらに着いたらいいのか分からないようで困っている。その様子を見てデイヴィスが大笑いを始めた。

「情けねえな。弟に何を言われてんだよ!」

 腹が立って睨んだが柳に風だった。

「まあ、とにかくあいつらが俺らの侵入に気づく前にさっさと何が起こっているのか説明しろ」
「え? あ、はい!」
「それからナイジェルくん。話し合いの時くらいはその変化を解いてくれ。どこぞの鳥を思い出してイライラする」
「どこぞの鳥って……」

 ナイジェルに何とも言えない顔を向けられがっくりとうなだれたくなる。だが、馬鹿にしている男の前でそんな反応はしたくない。

 だが、そんな強がりが目の前の大泥棒に通じるはずがない。それはイザベルの方を見て意地悪そうに唇をつり上げた事からも分かった。

「さ、どこぞの鳥さんもむくれてないで話し合いに協力して」
「『どこぞの鳥』って言わないでよー!」
「姉様。話進まないから」

 いつのまにか変化を解いたナイジェルがあきれ顔で低レベルの争いを止める。イザベルはつんと横を向いた。デイヴィスは相変わらず涼しい顔をしている。

 現状把握がしたいから説明しろというデイヴィスにシャーリーン口を開く。

「あなたは悪魔が送る祝福の事はご存知でしょうか」
「祝福?」
「祝福というのは悪魔が気に入った人間の体に刻む『陣』の事です」

 一瞬だけデイヴィスの表情が強張った。

「今、『気に入った人間』って言ったか?」
「え? そうですけど?」

 シャーリーンは何が何だか分からないという顔をしている。イザベルも同じ顔をしているだろう。だが、ナイジェルだけは「あちゃー」と言ったように頭を抱えていた。

「へぇー。『気に入った人間』ねえ……」

 低い声でそう言いながらイザベルの方をじっと見る。その目はあんまり好意的ではない。むしろ、針かなにかでちくちく刺されているような感じがする。

「それは……」

 デイヴィスがするりと彼の右手の黒手袋を外す。いつもは絶対に外さないそれが外される。イザベルは無意識にごくりとつばを飲み込んだ。

「……これの事?」

 そしてその手の甲にあったものにイザベルは目を見開いた。

 それは確かに『祝福』だった。それも特大の。
 ナイジェルが小さな声で『でかっ!』と言った。シャーリーンも信じられないというように瞬きをしている。

 祝福は普通はもっと小さい。一つの効能しか送らないからだ。人間が持っている『ほくろ』と似たような形をしているので目立たない。なのにこの大きさは何だろう。ほとんど手の甲を覆っている。人間からみたら間違いなく不気味な代物だろう。

 送り主は一体何を考えているのだろう。一体どこの誰がこんな得体の知れないものを送ったのだろうと苦笑した。

 そこに書かれている陣を読み取る。


 送り主の名前は『イゼベル』だった。


***

 イザベルは何も言えないまま『祝福』とデイヴィスの顔を交互に見ていた。

 ここでは『イザベル』と名乗っているが、自分の本当の名前は『イゼベル』だ。そして同族に同じ名前の者はいない。つまりこれはイザベルが送った祝福なのだ。

 これを自分が送ったのか。でもそんな事は覚えていない。なのにそれはそこにある。

 デイヴィスはそんなイザベルを見て呆れたようにため息をついている。そして再び黒手袋をはめ直した。

「後でたくさん話す事があるから覚悟しておけよ、『イゼベル』」
「あ、はい」

 そう言うしかイザベルには選択がなかった。正直言って怖いが、そんな事を言ったらどんな目に遭わされるか分かったものではない。何しろ相手はデイヴィスなのだ。おまけに送った加護が()()なのだからイザベルに勝ち目はない。

「さあ、作戦会議の続きをしよう」

 何事もなかったかのようにデイヴィスが手を叩いて話を戻した。

「待ってください。ちょっとそれの事で」

 だが、シャーリーンが止める。なんて事を! と言いたい。

「何? シャーリーンさん」
「イゼベル様はあなた様の眷属なのですか?」

 とんでもない指摘に一瞬時が止まる。陣の中にはイザベルを使って発動する魔法もたくさん組み込まれていた。イザベルを操って思い通りの行動をさせるというものもあった。これは間違いなく『眷属』と言えるだろう。認めたくはないが。

 デイヴィスがイザベルの方を見てにやりと笑った。勝者の笑みだ。

「そうだよ。イゼベルは俺の眷属だ」

 だからどうした? と意地悪そうに問う。思い切り否定したい。とはいえ、今否定したら面倒くさい事になりそうだ。

 不意にナイジェルが『あ!』と声をあげた。そしてイザベルとデイヴィスの方を見る。それでイザベルには弟が何に気づいたのか分かってしまった。

 そのイザベルの心の動きをデイヴィスが見逃すはずがない。目線だけで説明を求められる。

「私が送った加護は強いから、あの男の加護が効かなくなったんだな、と思ったんでしょう?」
「効かない?」

 イザベルはうなずく。先ほどエイリングの加護を見たが、『運強化』しかなかった。まあ、それが強かったから今まで盗賊としてやってこれたんだろう。

 今はここにイザベルとデイヴィスがいる。きっとデイヴィスだけならある程度は効いたかもしれない。

 でも、イザベルが人質としてここにいるのだ。間違いなくデイヴィスの加護は最大限に働いている。

 そう説明すると、デイヴィスは小さく笑う。

「悪運がつきたか」
「そういう事だね」

 弟も同調する。もちろんイザベルも同意見だ。

「なら俺は表で動く。イゼベル、お前は俺から離れるな。援護射撃も頼む」

 さらりと命令する所は『眷属』の意味を分かっているのだろう。

 悔しいが、今はそうした方が得策だ。

「血はどうするの?」

 イザベルは肝心な事を尋ねてみる。だが、デイヴィスは首を傾げた。

「血? 誰の血だ?」
「私が元々加護を与えた人間の、です」

 シャーリーンが説明するが、デイヴィスはよくわからないようだ。

「その者の血を飲む事でその血の持ち主だと錯覚させる事が出来るの。だから持っている血を奪う必要があるの」

 イザベルも追加で説明するが、デイヴィスはやはり分からないようで頭を抱えている。

「お前ら、ちゃんと順序立てて説明しなきゃ分かんねえだろ」

 しっかり説明したのに分からないらしい。イザベルはシャーリーンと一緒にきょとんとした。デイヴィスはそんな二人を見て深いため息を吐いている。

 耐えかねたナイジェルが説明する。悪魔の加護は血縁者に限り『奪う』事が出来ること。悪魔はその者の血で加護を与えた者を識別すること。だが、『奪う』人間が彼か彼女の血を一定量飲むことで本人だと悪魔に錯覚させることが出来ること。

 デイヴィスは厳しい表情でそれを聞いている。加護を送られた者として大事だと思ったのだろう。

「その血はどれくらい必要だ?」
「シャーリーンの贈ったのくらいなら50mlくらいでいけると思う」
「俺のは?」
「……致死量飲まないと無理じゃない、これは。ねえ、姉様」
「そ、そこまではいかないと思うけど……」
「いーや。絶対そこまではいくね」

 きっぱりと言われ、イザベルは何となくうつむく。

 だが、次の瞬間、何かにあごを引っ張り上げられる。前を見ると、デイヴィスが冷酷な笑みを浮かべて立っていた。二人の周りは何故か目に見える結界が張っている。

「そんなに大きなものをよく俺に渡したな」
「え? あの……」

 どうしてこんなに威圧的なのだろう。

「これからはきちんと俺の為に動けよ、『眷属さん』」

 しっかり勝ち誇っている。昔の自分はどうしてこの男にこんなとんでもない物を送ったのだろう。

 そう自問する片隅でイザベルは理由を大体察していた。

 自分はこの男が大好きだったのだ。今、自分が好意を持ち始めているように。

 だったら……。

 だったらどうして自分にはデイヴィスに関する記憶がないのだろう。

 前に、ナイジェルがデイヴィスの事を話そうとした時、母は『試練』だと言った。記憶がないのはその『試練』なのだろうか。

 デイヴィスに関係する事は分からない事だらけだ。

 だけど。

 イザベルはまっすぐにデイヴィスを見る。

 昔の自分が信頼していた人間なら少しは服従してもいいかもしれない。

「勝負をやめる気はないよ?」

 これだけは付け加えておく。 デイヴィスはすぐにそれを鼻で笑った。

「じゃあエイリングの件が片付いたらしっかりと現実を教えてやる。覚悟しておけよ」

 その自信満々の表情がかっこいいと思えるのが不思議だ。そんな事を思いながらもイザベルの首はこくりと了承の返事をした。

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