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第32話

 太陽が昇りかけた頃。澄人がいたコンビニの周囲から、ヒューマノイド達は消えていた。

 だが……その機械達は、町に爪跡を残していた。

 壊された車。

 窓ガラスが割れ、燃え崩れた建物。

 そして……血にまみれ、動かなくなった人間。

 その――焦げ臭さと、血の匂いが混じり合っている空気が満ちた町の上空には、黒い雪雲が漂い、静かに寒雪を降らせていた。

 そんな町の中を、澄人はコンビニの掃除用具入れに入っていたモップを、杖代わりにして歩き、はるを探し続けていた。

「はる……はる……」

 足の骨折とケガ……その上靴を履いていない彼は、まともに歩くことができず、何度も転び……服が破れ……ケガも増えている。それでも、彼は足を止めなかった。

 だが、それを訝しむかのように突風が吹き、彼はバランスを崩し転倒する。

「ぅわっ……!?」

 突風は、澄人の体温と気力を無情に奪っていく。まるで、彼に二度と立つことを許さないと言っているかのように。

「うぅ……はる……はる……」

 地面で体を丸め、震える澄人。

「僕……もう…………」

 そして、澄人が涙に溢れている目を閉じようとした……その時、

『澄人さん』

 小さな――はるの声が、澄人の脳内に響く。

「はる――!?」

 彼は起き上がり、右手首につけているウェアラブル端末に目をやった。

「どこにいるの? 返事をして、はる!」

 ウェアラブル端末を通して聞こえてきた声であるのならば、はるは近くにいるはず――と、澄人は周囲を探すが、彼女の姿はどこにもなく、声ももう聞こえてこない。

「…………」

 気のせいだったのか……と、澄人が視線を落とした瞬間、また風が吹いた。ただしその風は先ほどの突風とは違って、優しくおだやかものだった。

 すると、その風に乗せられたのか長細い布が飛んできて、澄人の腕に絡みついてきた。

「なんだ……?」

 それは、黄色いリボンだった。

「まさか……」

 澄人は、そのリボンの端を見る。そこには見覚えのある――“はる”というひらがな文字が書かれていた。

「これって……はるの、リボン……」

 そう……それは、紛れもなく――澄人がはるにプレゼントした――はるが肌身離さず身につけていた、黄色いリボンだった。

 そして、そのリボンには……はるの人工血液が付着していた。

「あ……あああ……うあああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!」

 雪が降るその日……澄人は再び孤独となった。彼に残されたのは、はるのリボンと……彼女が手渡したマイクロメモリだけだった。



 都内某所の地下室。そこに一人の男がいた。

 その男は暗い部屋の中で、目の前にある――人影が映っている、いくつもある――人影が映るモニターに目を向けていた。

「……各国の企業代表の皆様。計画の第一段階の、“処分”は予定通りに進んだということでよろしいでしょうか?」

 男はモニターに向かって声をかけると、返事が聞こえてきた。

『もちろん。中連国は、対象者が多くて、少し時間がかかりましたがね。アメオリス合衆国の方はどうです? 軍の抵抗があったと聞きましたが?』
『ありはしたが、対象者は全員処分できた。何も問題はない』

 他のモニターからも『成功した』『計画通りだった』と言った声が上がる。

『これで、各国の代表や政治家等、権力を持つ者すべてが、我ら企業の息がかかった人間になったわけだな』
『そういえば、F.P.T社の人間は結局どうしたのですか?』

『中連国』という国名を言っていた外見三十代くらいの男が、髭をたくわえた初老の男に言った。

『……柳原治人と綾音を含め、アーティナル・レイスの開発に関わっていた人間は全員処分した。以後、F.P.T社の事業及び権利等については、すべて久重重工が引き継ぐ』
『殺して良かったのですか? 仮にもアーティナル・レイスの開発者だったのでしょう?』
『アーティナル・レイスに関するデータは、すべて確保してある。問題はない。あのような人間を生かしておいても、どうせろくな事にならん』
『邪魔になる芽は、芽のうちに摘み取って置く……ということですか。相変わらず、あなたは恐い人ですね』
『……疑いがあるというだけで簡単に殺すような貴様に、言われたくはない』
『……私も、あなたには言われたくないのですがね』

 それぞれ、モニター越しに睨み合う二人。それをモニターの前にいる男が止めた。

「まあまあ。各国、それぞれ敵対心はまだあるでしょうが……これからは協力すべき時代です。少なくとも、この場では謹んでください」

『『…………』』

 男が言うと、二人はお互いから目を逸らした。

「それでは、次の確認をしましょう。各国のアーティナル・レイス所有者の避難状況はいかがでしょうか?」

『無論完璧だ。アーティナル・レイスを購入……もしくはレンタルした一般市民は、それぞれの企業が用意した施設に避難。企業のマークをつけたアーティナル・レイスが、治療と食事配給を行っている』
『これで、我ら企業とアーティナル・レイスに対する信頼は上がることだろう』
『そうでなくては困るさ。わざわざ手間をかけて、旧型のヒューマノイドを暴走させた意味がない』
『そもそも、今までの各国政府は何をするにも対応が遅過ぎた。だから信用が落ち、信頼されなくなったのだ』
『ああ。これまで何百億という金がドブに捨てられてきたことか……』

 モニターから、今までの政府に対する不満の声がいくつもあがる。

 すると、またモニターの前にいる男が声をあげた。

「――だからこそ。皆様は、この道を選んでくださった。私の提案に乗ってくださった。これ以上、人類という存在が落ちぶれないように」

 モニターの人影達が頷く。

 その中の一人――金髪の男が、ふと口を開いた。

『……それで、今回の騒動の黒幕は予定通りに?』
「ええ。FFFが担ってくれます」
『致し方ないとは言え、まさか、我が国の敵であるテロリストとも手を組むことになるとはね
……』

 金髪の男は、やれやれと首を振った。

『……それで今後は?』
「当初の計画通り、まずはFFFと戦争を起こし……そこから世界大戦へと発展させていきます。その際に、今回の騒動で被害甚大となった地域の一部を戦闘地域に指定します」
『ふふふ……これでまた、戦争ビジネスができるというわけか』

 薄茶髪の――肩幅のある男が言った。

『浮かれるのは勝手だが……あくまでも、これは人類のためということを忘れるな?』
『わかっているさ』

 薄茶髪の男が笑いながら言うと、ピーという電子音が鳴った。

「おっと……時間ですね」

 モニター前の男がそう言うと、モニターに映る人影達は、全員その男に視線を移す。

「では皆様、これからよろしくお願いしますよ。未来のために……」
『ああ……人類の未来のために』
『人類の未来のために』
『人類の未来のために……ふふふ』

 全員が『人類の未来のために』という言葉を口にし、次々とモニターが消えていった。

 そして、すべてのモニターが消えると、

「人類の……か。フッ……」

 男はそれに背を向け、鼻で笑うと隣の部屋に移動した。

 そこには女性型アーティナル・レイスが、巨大なコンピューターの前に立っており、男はそのアーティナル・レイスに話しかけた。

「彼女の様子はどうかね?」
「いくつか方法を試してはいますが……どの方法も、アクセスが拒否されてしまいます」
「ふむ……やはり自身を封印状態にしたか」
「いかがなさいますか?」
「……継続だ。ただ、焦る必要はない。時間はまだ十分(じゅうぶん)にある。彼女の中にあるはずの、二つのパーソナリティー・プログラムに万が一のことがあっては、元も子もないからね」
「柳原澄人の監視については……?」
「それも継続だ。彼女が柳原澄人に、プログラムを託したということもあり得る。それに……彼自身も重要なファクターだ」
「かしこまりました」

 アーティナル・レイスが返事をすると、男は巨大なコンピューターを見上げた。

 そのコンピューターの中央上部には、試験管のようなものがあり、その中にはいくつものケーブルが体に刺さり繋がれた――目を閉じている少女がいた。

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