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setup:そして契約は成された


 仲村マリナは武装戦闘メイドに憧れていた。

 (さら)われた若様を救う(ため)、ショットガン片手に無法者の楽園へと乗り込むメイド。
 ()れた少年の(ため)にウルガルムの群れをモーニングスターで狩るメイド。
 負けると分かっていながら英雄王へ挑んだホムンクルスのメイド。

 彼女らには愛する『ご主人様』がおり、彼らへ尽くすことを喜びとしていた。
 マリナにはそれが、とてつもなく羨ましかったのだ。
 自分も尽くすべき主人のために戦う事が出来たらどんなに良いだろうと。
 そう願っていた。

 そう。
 どうせ戦うなら、誰かの(ため)に戦いたかったのだ。

 だって、こんな、
 誰が始めたかも分からない戦争で『祖国ニッポンのために』を合い言葉に、(じい)(さま)たちに半ば強制的にゲリラに仕立て上げられ、誰の(ため)でもなく、ただ言われるがままに戦って死ぬなんて。最低、最悪の気分。

 ――遠く、機銃の掃射音が鳴り響いている。
 それは崩壊しつつある世田谷戦線の断末魔だ。この二子玉川戦区を失えば、かつての首都は全て北軍の手に落ちる。

 そんなこと、今となってはどうでも良い話だった。
 マリナは吹き飛ばされた右脚を見やる。

 太ももから先が()(れい)に無くなり、動脈からはこれでもかというほど血が流れ出ていた。マリナが潜む廃ビルが機関砲の掃射を浴びたのだ。直撃は避けたはずだったが、()(れき)か流れ弾でも当たったのだろう。

 痛みは、もう感じない。
 つまり、もう助からない。
 同じように死んだ仲間を何十人と見てきた。
 あと数秒、意識が保てば良い方。

「クソッ……タレ、」

 マリナは震える手で、戦闘ジャケットの中から一冊の漫画本を取り出す。
 最後に、その表紙を目に焼き付けておきたかったのだ。
 6巻目という中途半端な巻。
 それを肌身離さず持っていたのは、彼女が最も尊敬し憧れる、丸眼鏡に2丁拳銃のメイド長が表紙に描かれているからだった。

「婦長、さま」

 何度見ても、()(れい)
 私もこんな風に、なりたかった。
 敬愛するご主人様の(ため)に戦いたかった。

 意識が、遠のく。

 ――ああ、死んでしまう。
 まあでも、別に良いか。
 悔やむほど、特別良いことがあった人生でもない。苦痛ばかりの16年だった。

 と、

『……死にゆく者よ、いま一度、その魂を役立てて欲しい……』

 幻聴、だろうか。
 マリナの耳にそんな声が届いた。

『……死後、我を主人とし尽くすのならば、(なんじ)の欲するものを与えん……』

 欲しいもの……?
 それなら、ある。

 尽くしたいと思える『主人』。
 そして、主人の(ため)に戦える『力』だ。

 そう、(かな)うならば。
 来世は素晴らしい主人に、武装戦闘メイドとしてお仕えできますように……。



 そうして、
 ニッポン防衛戦線特二級抵抗員である仲村マリナは死に、

 ――契約は成された。

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