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独立した世界7

「ふふふ、ふふふふふふ」

 真っ暗な闇の中を、女性の機嫌よさそうな笑みが響く。

「何か良き事でもありましたか? 陛下」

 玉座のような椅子に腰かけている女性へと、後方に控えていた鎧のようなもので全身を覆った男性が穏やかに声を掛ける。

「ええ、ええ、ありましたとも。良きことも良きことが。今の私はとても機嫌がいいですよ。ふふふ」

 女性は機嫌よく笑いながら、遠くを眺める。

「ふふふ。やっと、やっと、我が神より啓示が与えられたのです。これに勝る喜びがあるとすれば、あの方の御尊顔を拝することが叶い、御傍に控えさせて頂けることだけでしょう!」

 普段女性が浮かべている、余裕のある笑みや絶対者としての雰囲気はそこには無く。まるで夢見る少女のような、憧れに満ちた恍惚とした表情があるばかり。
 傍に控える男性は、今まで見たこともない女性のその雰囲気に、嬉しそうな笑みを浮かべて深く頭を下げる。

「それはおめでとうございます!」
「ええ、本当に。何か宴でも催して皆にこの喜びを伝えたい気分ですね」
「準備いたしましょうか?」
「いえ。それには及びません。余興となる相手も残っていませんから。そろそろ次の行動の準備もしなくてはなりません」
「畏まりました」
「ふふ。次からは我が神へと捧ぐ蹂躙の宴。無論失敗はありえないですが、楽しんで頂かなければ意味がありません」
「はい」
「今はそのための準備を。ただ蹂躙するだけでも楽しんでくださるでしょうが、やはりあの方にはもっと喜んで頂きたいですからね」

 機嫌よく笑う女性は、これからの予定を頭の中で様々に組み立てていく。
 やるべきことは多くあるも、それを成すための道はしっかり考えて整備していかなければならない。何せ、自らの神に捧げる大事な行事なのだから。

「ふふふ」

 そう、行事なのだ。この世界で暮らす様々な種族を愉快に潰していくことは、それらを管理している彼女にとってはその程度でしかない。いや、実際に滅ぼすだけであれば、作業とも呼べない単調で退屈な一方的なモノだろう。それこそ、瞬き一つするほどの短い時間で終わらせることも出来るのだから。

「さて、どう調理しましょうか。ただ恐怖だけ与えて滅ぼしていくのも面白いですが、やはり最後は希望と共に沈む方がいいですかね・・・まぁ、こちらは下ごしらえは済んでいますから、あとは調理を開始するだけですが」

 軽く歌うような声音で口にしながら、女性は考えを固めていく。

「兵の数は十分。あれから私もかなり成長した。もう万に一つもあれの手が迫る事はない。こちらの準備は万端済んでいますね。相手の所在地や規模も把握済み。戦力の分析も済んでいますし、各地の監視は継続中。他に必要な事は・・・そもそも物資などの補給は不要ですし、移動も問題なく転移が使えて、武具類も不要。・・・ふむ。問題ないですかね。指揮を執る者もちゃんと用意していますから、やはりあとは手段だけ、ですか」

 女性は真剣な表情で考えるも、それでも楽しそうな雰囲気を漂わせている。
 そうして思案していた途中で、女性は後方に控える男性の方へと顔を向けた。

「貴方も何か見世物になる愉快な方法に心当たりはありませんか?」

 女性に水を向けられた男性は、真面目な表情のまま思案していく。

「そう難しく考える必要はありませんよ? 実行するかどうかはまた別なのですから、気楽にどうぞ。おかしな提案でも責めはしませんから」

 優しげな声音でそう告げる女性に、男性は礼をするように頭を下げる。

「・・・では、まずは多くを殺さずに捕縛し、その種族の中で支えになっている者の心を、皆の前で折ってみてはいかがでしょうか?」

 思案していた男性は、思いついたことをそのまま提案する。それを聞いた女性は、機嫌がいい表情のまま頷く。

「なるほど、解りやすい手ですね。では、どうやって心を折りますか?」
「そうですね・・・、目の前でその者の家族などの大切な者を殺す、というのは如何でしょうか?」
「それもいい手でしょう。しかし、それだけではまだ面白みが少ないですね」
「申し訳ありません」
「いえいえ、構いませんよ。最初に言いましたが、責める気は全くないのですから」

 恐縮して頭を下げた男性に、女性は笑って気にしていないと手を振る。

「しかし、そうですね。貴方の案そのままでは逆に強硬な姿勢になりかねないので、例えば、まずは英雄を皆の前に晒して、そこで半殺しにしたうえで、それを見せた者達に、自分達も同じ目に遭いたくないのならとでも耳元で囁いて、英雄の手足を同族に潰させてもいいですね。その後は英雄の家族などの大切な者を目の前で辱めた後に、それをそのまま順番にじっくりと殺してあげるなどいいかもしれません。適度に温情もあるので、苛酷すぎなくて、余興としては丁度いいかもしれませんね」

 つらつらと何かを諳んじるように淀みなく言葉にした女性は、満足げな顔を男性に向ける。

「良い案でした。参考になりましたよ」
「勿体なきお言葉です」

 恭しく頭を下げた男性へと女性は満足げに頷くと、顔を前に戻す。

「攻める場所は結構ありますからね。飽きられないように工夫しなくてはいけません。時には普通に攻め滅ぼしたり、一瞬で終わらせるのも織り交ぜた方がいいですね」

 その後も女性は機嫌のいい様子で、あれやこれやと口にしながら、今後の方針を大雑把にだが形にしていく。

「ふふ。退屈な作業だと思っていましたが、これは楽しみになってきましたね」

 そう言うと、女性は妖しく微笑むのだった。





 学園生活はあっという間に終わった。というのも、やる事がほとんど無かったからだ。
 座学が二日間、実技が一日。その座学も一気にまとめたようで、初日は朝から始まり昼前までには終わった。翌日の座学はその半分もなかったほど。
 実技の方は三日目に行われたが、担当がバンガローズ教諭だったので授業というよりも練習で、それも昼前には終わる。
 そんな三日間は直ぐに終わる。授業が終わり空いた時間はクリスタロスさんのところへと赴き、全て研究に費やした。
 まぁ、到着した日と学校を出た日を加えれば五日間だが、とにかくあっという間に過ぎていった。そして現在、ボクは列車の中で座っている。

(ざわ)めき、ねぇ」

 列車の中には、ボク以外にも見知らぬ数名の生徒が乗っている。しかし、列車の中は各自に個室が宛がわれているので、誰がどれだけ居ようとも関係ない。
 誰かの個室を訪ねるにしても、双方がそれなりに親しい間柄だろうから、ボクに宛がわれた個室には誰も訪ねては来ない。つまりは一人だ。
 そんな状態であれば、当然の様にプラタとシトリーが居る。それに加えてフェンとセルパンも影から姿を現すので、現在個室の中には五人居ることになる。
 そんな中でプラタの話を聞いた感想が先程のものであった。

「はい。まだ何かが起きた訳ではありませんが、北側の一部で不穏な空気が漂っているように感じました」

 先程話したことをプラタが簡単に纏めてくれる。つまりはそういうことらしい。
 明確に何かが起きた訳ではないが、これから何かが起きそうだということのようだが、一体何が起きるのだろうか?

「このままいけば何が起きるの?」
「申し訳御座いません。それは不明です。ですが、確実に何かよくない事が起きると愚察致します」

 プラタには珍しく、そんなことを言う。
 確かに最近落とし子なんていうモノがこの世界にやってきたので、何が起きてもおかしくはない。それにおかしな存在と言えば、兄さんが気まぐれに創造した死の支配者も居る。何が起きてもおかしくはないのだろう。

「よくないこと、か・・・ふむ。それは、死の支配者が関係しているのかな?」
「・・・不明です。しかし、可能性は高いかと」

 死の支配者。それは兄さんが創造した存在だが、それ以外はよく分からない存在。判っている事と言えば、少なくともボクでは全力で挑んだとしても確実に勝てないということだろうか。それに、名前の通りに生き物の終点であるあの世を支配している存在でもある。そんな存在にどうやって勝てと言うのか。
 そして、少し前まで余興と称して世界中を攻めた存在でもある。

「もしそうなら、余興から次の段階に移行したと考えるべきなのかな?」
「おそらくは」
「ふむ。何をしてくるかは分からないけれど、厄介なものだ」

 まだ何かが起きた訳ではないらしいが、それでも余興が終われば何か仕掛けてくるだろうことは分かっていたので、面倒なことに変わりはない。そして、それを止める術をこちらは持ち合わせていない。

「怪しい場所の監視は強化しております」
「よろしく。・・・それにしても、不穏な空気か。一応訊くけれど、気のせいではないんだよね?」
「はい」
「そうか・・・」

 迷いなく頷いたプラタの方に目を向ける。
 プラタは妖精だが、目の前に居るのは生気宿さぬ偽りの瞳を埋め込まれた人形。それでも、はじめの頃に比べれば人のようになってきている。だからだろうか? 何となくでここまで物事を断言するのは色々と問題もあろうが、しかし、個人的には好ましい変化ではあると思ったのは。

「それにしても、北側か。天使の国や魔族の国なんかが在る場所か」

 外の世界の中でもっとも人間界に情報が届く地。それでもそこまで多い訳ではないが。

「はい。天使の国は死の支配者の攻撃により更にその勢力を縮めましたが、それでももっとも被害に遭ったのは魔族の国でしょう。現在魔族の国は各地に派遣していた部隊を戻しておりますが、それでなんとか領地を護れている状態です。そしてドラゴン達もその数を減らしております」
「なるほど」

 北側を支配している三勢力である、ドラゴン・魔族・天使だが、少し前までは戦争をしていた。といっても、主に魔族と天使がだが。
 そんな中、少し前の死の支配者が行った余興でどの勢力も疲弊した。そのおかげで、現在の北側は平和のようだ。それに魔族が各地に攻めていないので、他の場所も平和な場所が多いのかもしれない。皮肉なものだ。

「それで、不穏な感じの場所はどの辺?」
「ドラゴンの山近くです」
「ドラゴンの山近くか」

 天使の国はドラゴンの山の麓辺りらしいので、その辺りかもしれない。クリスタロスさんは天使の国が出来る前にここに来たらしいが、少しは思うところが在るようだし、気にはなるな。

「ドラゴンの王は動かないの?」
「あの者は無精者ですから、直接攻撃されなければ動かないかと」
「そうなの? 色々手遅れになりそうだけれど」
「王だけではそうでしょうが、その分側近がそこそこ優秀なので、なんとかなっています」
「なるほど。それで、今回は?」
「まだ気づいてもいないのではないかと」
「・・・そうか。他の種族は?」
「似たようなモノです。現在は自国の回復が急務ですから、外まで気にする余裕があまり無いのかと」
「そっか・・・」

 余興の傷痕はやはり深いようだ。そして、それでも余興、というのが恐ろしい。次はどうなるのかなど考えたくもないが、それが現実に迫っているのだからな・・どうしたものか。
 色々と考えるも、相手があまりにも悪すぎる。情報が無い以前に、勝てない相手では対処のしようがない。何かしらの策を講じたところで、それごと潰されるのが目に見えているともなれば、どうしろというのか。

「はぁ。処置無し、ということか」
「いえ」

 何もやれる事はないと諦めると、直ぐに隣からそれを否定する言葉が掛けられる。

「ん?」
「一つ、確実に死の支配者を止める方法は存在します」
「そんな方法が!?」

 絶対に不可能だと諦めていたところに、確実に対処可能な方法が存在すると言われれば、誰だって驚くというもの。しかし、当のプラタはとても言い辛そうにしているような?

「はい。それは・・・オーガスト様の御力を御借りすることです」
「まあ確かに、兄さんは死の支配者よりも強いらしいけれど」
「いえ。直接戦うのではなく、オーガスト様に死の支配者へ止めるように一言伝えて頂けるだけで十分かと」
「そんなもの?」
「はい。死の支配者はオーガスト様の御言葉のみ聞き入れますので」
「なるほど。でも・・・」
「はい。これが確実な方法ではありますが、叶うかは難しいと存じます」

 そう。それには兄さんに協力してもらうという困難が存在する。最近は特に友好的ではない気がするので、ほぼ不可能だろう。

「そうだね。ということは、やはりお手上げか」
「・・・はい」

 まだ思うところが在るような気もするが、兄さんからの協力は無理だと思うので、そこは諦めて欲しい。
 しかし、そうなると本当に打つ手がない。やれることなど、届かぬと知りつつも群や個での力を鍛えるぐらいではなかろうか? 情けない限りではあるが。

「はぁ。己が無力は嘆かわしいものだ・・・一応これでも成長はしているはずなんだがねぇ」

 少なくとも、ジーニアス魔法学園に入学した当初よりは確実に強くなっている。それでも、まだ天には届かないけれど。

「後は落とし子がこれに関わってくるのかどうか」

 死の支配者は落とし子の動向を監視しているので、何かしらの接触は在るだろうが、それがいつになるのか、またどうなるかは分からない。

「・・・それは今後の落とし子達の成長次第かと」
「そうだね」

 現在の落とし子達はボクよりも弱い。そんな状態の落とし子達では、死の支配者の相手にはならないだろう。なので、成長次第という訳だ。

「ま、これ以上話していても何も進展は望めないか」
「はい」

 今回は情報の共有ということで、十分意義の在る話し合いであったろう。ただ、問題に対する答えは無かった。まだ問題が発生していないとはいえ、発生してからでは遅いかもしれない。
 困ったものだと思いつつ、明るくなってきた世界に目を向ける。もう夜明けか、到着まで今少し時間があるな。
 どうしようかと考え、少し眠る事にする。四人に一言断って、ボクは眠りについた。





「・・・・・・」

 僅かに揺れる列車の中、眠りに落ちたジュライの方をプラタはジッと見詰める。

「・・・・・・」
「そこまで深刻にならなくてもいいと思うよ。少なくとも今は」

 そんなプラタへと、ジュライの膝の上で自分を模った置物を眺めているシトリーが、目線も向けずにそう声を掛けた。

「・・・そうでしょうか?」
「そうだよ。それに、たとえあれが死んでも、大した問題ではないだろう?」
「問題は・・・あると思いますが」
「はは。君があれを心配するとは珍しい。でも問題は無いさ。あれは大した役割は担っていないのだから」

 棒読みのような口調でそう告げるシトリーは、ジュライの前での可愛らしい感じではなく、大人っぽく、それでいて冷淡な雰囲気を醸している。

「それはそうですが、それでも世界を支えている柱の一つですよ?」
「柱、ね。正直、それはもう要らないでしょう」
「・・・どういう意味でしょう?」
「そのまんまの意味さ。そう思わない? フェン、セルパン」

 丁寧な手つきで置物を持ち替えて様々な角度から観察しながら、シトリーは話だけ正面の二人に振る。

「・・・小生達は、お二方ほど世界に詳しくはありませんので」
「本当に?」

 フェンの言葉に、シトリーは少し含むような声音で問う。

「左様。吾らはまだ生まれて日が浅い。世界の表面を眺めるだけで精一杯よ」
「まぁ、いいけれど。精々ジュライ様のお役に立つんだねー」
「元よりそのつもり」

 適当な感じで言葉を紡ぐシトリーに、セルパンが威厳のある低い声で応えた。

「それで、先程の真意は?」
「そのまんまさ。もうそれは古いだろうってことさ」
「古い新しいの問題ではないと思うのですが?」
「そういう問題さ。そろそろ代替わりかもね」
「・・・代わりは、死の支配者が?」
「それもいいね。彼女は私達よりも適任だ。でも、多分彼女はその役を担わない」
「根拠は?」
「勘かなー」
「・・・では、次代は誰が? まさか落とし子達がそれを担うとでも?」
「ははっ。まさか」

 プラタの言葉を、シトリーは嘲笑するように否定する。

「では、何者が?」

 首を傾げて問うたプラタへと、シトリーは置物の角度を変えていた手を止めて、顔を向けた。

「もう、気づいているんだろ? 周囲に居るあれらは、既に君より強い」
「・・・・・・」

 特に表情も変えずにそれだけ言うと、シトリーは再度手元の置物へと目線を戻して、観察を再開する。
 そんなシトリーをプラタは少し眺めた後、何も言わずに視線をジュライの方へと戻した。





 翌朝。といっても、寝たのが払暁近くなので、寝た時には既に朝だったと言えなくもないが。

「おはよう。プラタ・シトリー・フェン・セルパン」

 室内に居る四人に朝の挨拶を行うと、それぞれから挨拶が返される。
 その後に顔を洗って目を覚ますと、窓の外に目を向ける。暁闇はすっかり晴れて明るくなっていた。というか、よく見ればもう昼だった。

「もうすぐ到着するかな」

 遠くに駅舎っぽい建物が目に入り、そう口にする。駅舎っぽいといっても、この辺りには駅舎以外の建物が無いので、確実に駅舎なのだが。
 程なくして全容が見えてくる。やはり駅舎だった。
 徐々に速度を落としていった列車が止まると、部屋を出て下車する。下車したのはボクだけなので、他の生徒は東門に向かうのだろう。よくよく思い出してみれば、一緒に列車に乗った生徒は四年生だった気がする。
 まぁ、そんなどうでもいいことはいいので、駅舎から駐屯地へと移動する。駐屯地に到着したら、そのまま見回りに参加だ。

「・・・・・・」

 駐屯地に到着後、直ぐに門前に移動すると、見回りの部隊全員が直ぐに集まり、防壁上からの見回りは早々に開始された。しかし、内容は特に変わり映えのしない散歩。任務中なので、当然全員黙ったまま。
 見回りを行いながら、頭の中で学園滞在中に行った研究の内容を反芻して、その先について考えていく。
 落として子達の世界とこちらの世界を繋げた模様の魔法の解析は、大分進んだ。ここ数日で一気に進んだ感があるが、切っ掛けは反応と相性の関係だろうか。
 飛び地の研究の成果のようなものだが、反応の強さの違いから、それが何を表しているのかが判るようになった。
 それで判ったことだが、あの模様は実際に世界を繋げた割には完成していないということ。無駄な部分を結構発見したので、そういうことだと思う。
 しかし、そんな半端なものでも世界を繋げられる事に驚いた。思った以上に世界は簡単に繋がるのかもしれないな。
 まあもっとも、そんな半端モノでも結構な威力なのだ。もしも同程度の威力の魔法を普通に魔法で発現するとなると、ボクも結構本気で発現しなければならない。それもそこそこ高い階梯の魔法を。これは個人的な見解だが、魔力的には全力近くの重力魔法で同等ぐらいだろうと予想している。ただ、一番の問題はそのあまりにも複雑な魔法の構成を個人で組めるかどうかだろう。
 それほどまでに複雑とはいえ、それだけの高位の魔法を比較的簡単に発現できるのだから、模様の魔法は凄いと思った。一般的な魔法使いを基準に考えれば、あの模様を組み上げるには複数人で協力したうえで、かなり時間を要して作らなければ難しいだろうが。

「・・・・・・ふむ」

 とはいえ、だ。未完成の模様でそれぐらいだとして、完成された攻撃系の威力の高い模様魔法だとしたらどれぐらいの威力になるのだろうか? もしかして、死の支配者の女性にも有効な攻撃になるかもしれない。
 もしそうなら希望になるかもしれないが、模様は動かせないので、その辺りも考えなければならない。持ち運ぶにしても、大きいとそれも難しいのだから。

「・・・・・・んー」

 持ち運び自体は、紙や木の板にでも描いて、情報体に変換してから収納すれば解決だが、取り出してからの運用が難しいからな。あの死の支配者が大人しく魔法をくらってくれるとも思えないし。
 それでも、一応の可能性程度として留意しておこう。高火力の魔法を手軽に発現できる可能性の一つとして。
 そんなことをあれやこれやと考えながら見回りを行っている内に時は過ぎていく。気がつけば東西の見回りは終わっていた。歩くだけだったので、半ば無意識に従事した気がする。警戒はそれでも可能だからな。宿舎だって帰って寝るだけだったし。
 なので、今日から討伐任務だ。現在の討伐数はそこそこ。進級までの期間を考えれば、僅かに余裕があるぐらいなので順調と言えば順調だが、もう少し余裕が欲しいな。
 ま、そう上手くはいかない。平原に出ている敵性生物の数はそこそこ多いものの、生徒や兵士の数を考えれば、一人あたりはそこまで多くはない。それでも規定討伐数を考えれば十分余裕はあるが、そんな頭数で割っただけのような数字が正しい訳がない。現実は多く狩る者と、あまり狩れない者が出てくるものだ。
 遭遇にはある程度の運が必要。戦闘は早い者勝ちなので、誰かが戦っていては横槍は入れられない。そういう決まりなので、横から攻撃出来るのは、危ない時や助けを求められた時ぐらい。
 つまり周囲には敵性生物が居るのだが、全てに相手している生徒や兵士達が居るのだ。ボクの相手をしてくれそうな敵性生物は、残念ながら少し距離がある。
 とりあえず、周囲の様子は視界に収めているので、戦えそうな相手が居る方向へと足を向ける。それでいて人の数が少ない方向だ。
 相変わらず監督役は付いているも、まあいいだろう。そういえば、ジーニアス魔法学園から戻ってから、落とし子達の姿を見ないな。また中央の方へと帰ったのかな? どうでもいいか。それに、何処へ行こうがプラタとシトリーが監視してくれているので、何の問題もないだろう。
 移動した先では、敵性生物の相手をする。
 移動したおかげでちゃんと戦えているので、今の内に討伐数を稼いでおかないと。昼夜別なく戦ったとしても、今のところは少し余裕が出来ているぐらいだからな。・・・正直これも面倒くさい。
 そう思いつつも、作業のように敵性生物を見つけては全て一撃で殲滅していく。
 半ば無意識にそれらを行いながら、頭の中では研究について思考しているが、本当にやることがないな。
 そもそも平原に出てくる敵性生物は、強くても中級に届くかどうかといったところ。しかし、それさえ滅多にお目にはかかれず、ほとんどが下級以下の強さだ。
 そんな、欠伸交じりどころか無意識でも対処可能な相手なのだから、退屈と思うのはしょうがないだろう。
 最近は討伐に出た時に一度は砦に泊まろうかと考えているが、ほとんど気分次第な状態だ。いつもの道から逸れて砦に泊まったからといってもそれは一時的な効果に過ぎず、直ぐにこれも飽きてしまうのは明白。

「変化、か。やはりただ寝るだけなのがいけないのかな? それとも、たいして必要性を感じていないからなのかな?」

 どちらともかもしれないし、どちらも違うかもしれない。その辺りは不明だが、現状のここでの楽しみは研究ぐらいか。

「うーん、やはり刺激が無いということなのかな?」

 周囲の敵は弱いし、学ぶべきものが少ない。かといって、政治的な事には首を突っ込みたくないし。ここは外に出るのが一番なのだろう・・・今はその考えは隅に追いやるが。

「もしかしたら考えるからいけないのかもしれない。研究に集中しよう」

 小さく頭を振ると、思考を切り換える。今は何よりも研究を進展させる方が大事だろう。
 特に最近は研究も進展がみられるので、そこが楽しい。そのおかげで退屈な任務中も結構救われている。
 今のまま事が進めば、五年生中にはあの模様の解析どころか、最適な組み合わせや大きさまで見つけられるかもしれない。
 そんな淡い期待を胸に思案を継続する。この研究はボクの新たな牙になるかもしれないから、止めるという選択は存在しないが。

「罠のように設置して起動なんて出来れば戦術の幅が広がるな。そうなれば、死の支配者にも効果が・・・?」

 罠として機能させられるのであれば、それを使って死の支配者と戦える可能性も出てくる。あくまでも可能性だが、今の希望がまるでない状況よりかは遥かにマシだろう。
 しかし、罠か。
 模様は魔力反応の連鎖によって起動するのだが、これは描いている最中にも反応が始まる。魔力を籠めて線を描いていくのだから、当然ではあるが。
 この反応が模様内を循環していくと魔法が発現していくのだが、これを一定の条件下で任意に起動を可能にするというのは難しい。それも罠なので、起動時には直接手を加えられないと考えるべきだろうし。

「うーん。循環するのを一時的に止める・・・阻害して、条件が揃えばそれが無くなるようにすればいいのか?」

 小さな声で口にして、思い立った考えを纏めていくも、具体的な方法までは思いつかない。仕組みを考えついたら、それを実行する方法まで一緒に思いつけばいいのにな。
 とりあえず何か特定の条件に絞って、どう実行してみるか想定してみるか。
 どんな条件下で発動するのがいいだろうか・・・そうだな。

「やっぱり、ここは王道で踏んだら発動の方がいいかな?」

 そうなると、設置した模様を踏んだら阻害が無くなるようにすればいいのだから、踏むという衝撃で無理矢理に繋げるか、阻害していたモノが消えるように設定すればいいのか?
 頭の中で、その条件で完成しそうな模様と仕組みを組んでいく。発現する魔法は、慣れた火魔法でいいだろう。あとは踏んだ時に反応するように組み込めればいいが・・・それで、それはどういう組み合わせで出来るのだろう?

「・・・模様に魔法を合わせられないだろうか? そうすると、予期せず反応してしまうかもしれないな」

 そういえば、模様で魔法をを発現させる研究はしていたが、模様に魔法品のように別途魔法を組み合わせる研究はしていなかった。
 この二つを組み合わせた場合どうなるのだろうか? 組み込んだ魔法の魔力に模様が反応する可能性も在るから、安易に試せはしないな。

「うーん」

 頭の中で想定していくも、確実ではない。しかし、想定でも上手くいかないのはどうなんだろうか。せめて脳内でぐらい上手く行って欲しいものだが。

「予想以上に魔力の干渉が酷いな」

 敵性生物を片手間で相手しながら、脳内で研究を進める。それにしても、魔力の反応による連鎖が模様での魔法の発現には不可欠とはいえ、魔法と組み合わせると、その魔力に対しても反応をみせて無秩序に連鎖してしまう。そうなると、模様としての形を保てなくなって崩れて全てが台無しになる。記号などによる連鎖と、それを無視して直接魔力を流し込むのでは勝手が違うようだ。

「まぁ、当たり前か」

 今までの研究で判明した事の一つに、魔力は連鎖して強くしていく必要があるようなので、いきなり出力の高い魔力は模様を駄目にしてしまうだけ。ただし、この連鎖に速度は関係無いようなので、全体が連鎖さえすれば一瞬で高出力になろうと関係無いよう。実に不思議なものだ。

しおり