新型遊精の、各社販売合戦・3
「うおおおおおっ!本物っス!本物のチタンさんっス!!」
メッキくんが暑苦しいほどに興奮している。
まぁ、でも相手は有名人だし無理もないか。
逆に眼の前に登場した女性に誰?といった顔をするユーさん。
銀灰色の光沢を持つ紐を編み込んだ、特徴的な三つ編み。
この国の住人では歌姫の朋ちゃんに並ぶくらい、知らない人はいない程の著名な人物なんだけどなぁ。
「ええとこの人はね、
ええと、ユーさんに分かる言葉でどう表現しようか悩んでいると、つまりアナウンサーか、とユーさんが納得してくれた。
「ああごめんなさいねチタンさん。この人、記憶を失っててこの世界のこと分かってないんだ」
「いえ大丈夫です。ただ私を知らない方がいる、というのは何か新鮮です」
チタンさんは控えめだが存在感の有る笑顔でそう開くと、
「改めまして皆様こんにちわ。ナホバの時任と申します」
丁寧にお辞儀したのだった。
「今回、御社の新製品の取材で伺いました。よろしくお願い致します」
「えー、もう何でも聞いて下さいっス……イテテ!」
デレッデレのメッキくんが、ふいに悲鳴をあげる。
怖い形相で、スズちゃんが彼の脇腹をつねっていたのだ。
「商品のご案内なら私がしますっ。”目木さん”は他の仕事で忙しいので」
「えっ、いやスズさん。自分、別に他の仕事なんて……」
「い・そ・が・し・い、ですよね?」
その小柄な体からは想像できない威圧感で、スズちゃんが睨む。
「アッハイ」
「では時任さん、こちらへ」
そう言うとスズちゃんは、チタンさんを連れてその場を去った。
「はぁっ、折角あのチタンさんとお近づきになれるチャンスだったんスけどね。
スズさんも、何をあんなに怒ってるんだか」
ため息をつくメッキくん。どうやら本気で分かってないようだ。
まったく朴念仁にも程があるぞ。メッキくんは、もっと女心を勉強すべきだと思った。
「あの時任チタンが来てるって?」
入れ違いで工場長がやってくる。
「じゃあ私も会社の代表として取材受けてこよーっと」
かなり軽いノリで、二人が出ていった後を追いかけたのだった。
この新製品お披露目会場には、ナホバ以外にも平舞台で放送業務を行っている放送局の活弁士が出向いていた。
「今回、あなたはどの会社の遊精の製品が一番気に入りましたか?」
あれはナホバと並ぶ大手放送局の
「そりゃもう、ケドコ一択っすよ。あの歌姫朋ちゃんを遊精にするとか流石だと思いますね」
「しかし先日の爆破騒ぎで、その遊精が犯行に使われたと聞きますが」
「ええ、勝手に盗まれて使われたとかひどい話ですよね。
ぜひケドコには頑張ってもらいたいです」
うわぁ、あの取材受けてる人完全に”仕込み”だな。
以前からチューブとケドコとの相思相愛ぶりは酷いと思ってたけど、現場に遭遇すると、ここまであからさまだったとは。
しかもチューブは田本でも視聴率の高い番組を排出している放送局。特に年配の方の八割は見ているはずだ。うん、こうやって事実は捻じ曲げられ騙されるんだな。
「では、こちらのおばあちゃんにもお伺いしたいと思います」
活弁士は、次に通りががりの年配女性に声を掛ける。チューブが最も得意とする、先程の言葉で言うなら”
「今回あなたは、どの会社の遊精が気に入りましたか?」
「そうねぇ、わたしは今まで遊精を使ったことがなくてよー、よくわからなかったんだけど……」
「ということは、あの国民的歌姫の朋ちゃんを出しているケドコ一択ですね!」
うわぁ、あの活弁士。相手が知識ないこといいことに露骨に誘導始めたよ。
呆れるのを通り越して、一周回って感心するわ。
「いいや、わたしはユーユーだったかな、アレが気になってるんでよー」
おっ?
「あのゼロとか言う、最初は何も出来ない使いにくそうなやつですか?」
おい活弁士!成長するゼロを知りもしないくせに何も出来ないとか言うな!
「わたしみたいなおばあちゃんには、あまり難しい神具は余してしまうでよー。
一緒に成長するって考えは、ありがたいなーと思ったでよー」
「ちょっと、録画一旦止めて!撤収、撤収!!」
チューブの関係者らしき男性が活弁士の前に現れ、不機嫌に怒鳴る。
「あっ、しゅ、取材ご協力ありがとうございましたっ!では」
そう言ってそそくさと、その場を去るチューブの一同。
年配女性は何が起きたか分からず頭の上で疑問符が踊っていたが、ボク個人としては
”チューブの奴らざまぁ!そして、おばあちゃんナイス!”と思ったのだった。
しかしその上機嫌な気分は、背後から聞こえる悲鳴でかき消されることになった。
背後に現れたのは見上げるほどの大きさの、大形の人型精霊。
ボクも実物を見るのは初めてで、戦時中には兵器として使われたという伝聞しか知らないが。
その大形精霊の腕からは触手が伸びており、複数の女性が拘束されていた。
それも見知った顔ばかりで、悲鳴の主のスズちゃんとチタンさん、そして工場長だった。