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文化祭とクリアリーブル事件㊺




櫻井と話し終えた結人は、仲間が待っている教室へ足を進めていく。 自分の教室ではなく、いつも昼食時に仲間と集まっている場所だ。
既にみんなはそこに集まっていて、ユーシで行われるダンスの練習をしたり衣装に着替えたりをしていた。 結人もその中に、さり気なく加わる。
「あれ、櫻井との話はもう済んだのか?」
「あぁ、終わったよ。 俺の衣装はこれか?」
ダンスメンバーの椎野からそう尋ねられ、答えながら机の上に置いてある一着の衣装に指を指す。
「そう、それがユイの衣装! 俺たちがデザインしたんだぜ」
椎野によると、衣装を作るのはプロに任せデザインはダンスメンバーで考えたらしい。 結人たちが着る衣装は、全体的に水色で仕上がっていた。
そして何枚もの布が重なり合っており、見た目だけではシンプルとは言えない奇抜な格好となっている。 だが水色により統一されていることで、一目で変な衣装だとは思わない。
いかにもダンサーが着ていそうなものだった。 デザイン以外全てプロに任せていることから完成度はとても高く、結人はその衣装を見て満足気な顔をする。
「俺たちの曲は盛り上がり系とかじゃないからさ。 だから曲にちなんで、爽やかなブルーにしたわけ!」
「なるほどな。 カッコ良くていいんじゃねぇか」
話していても時間が勿体ないため、結人は時計をちらちらと見ながら着々と着替えていく。 だが王様の衣装はかなり重ね着していたため、脱ぐことすら一苦労だった。
「手伝おうか」
着替えを終えたのか、コウが近付いてきてそう口にした。
「あぁ、頼むよ。 ・・・つか、コウ衣装似合ってんなー。 女装も似合ってカッコ良い服も似合うとか、マジどういうことよ」
「どういうことってどういうことだよ」
先刻見た女装から、いつの間にかダンスの衣装に変わっている彼を見て一瞬驚くが、すぐ笑顔になりそう口にする。 それに対してコウも、笑って返してくれた。
「メイクは落としちゃったのかー?」
「何でしたままダンスしなきゃなんねぇんだよ」
「メイク姿も似合っていたのになぁ」
「・・・別に嬉しくない」
そう言って彼の顔からは次第に笑顔が消えていく。 このままコウの機嫌を損ねても後から支障が出るだけだと思い、違う話題を口にした。
「そういや、他の奴らは?」
「優たちメンバーは違う空き教室にいるよ」
「ふーん・・・。 そっか」

―――通りで、ここには俺たちメンバーしかいないわけだ。

「優たちチームの衣装も、俺らと同じなのか?」
「違う衣装さ。 デザインも当然、優たちが考えたものだから」
そんなことをコウと話しながら衣装に着替えていくと、彼の手伝いのおかげで何とか着替え終えることができた。
衣装に着替え終えた結人を見て、椎野はダンスメンバーに向かって口を開く。
「みんな衣装に着替えたっていうことで! 早速残りの時間、ダンスの練習をしよーぅ!」
この場を仕切る彼に、結人はあることを尋ねた。
「椎野。 俺ダンスできないんだけど、どうしたらいい・・・?」
困った表情をしながらそう聞くと、椎野は優しく笑いこう返した。
「ユイよかったなー、踊る方じゃなくて歌う方でさ。 ダンスだって、サビくらいしか振り付け憶えていなかったろ? だからまぁ、踊らなくていいから頑張って歌い切ってな」
そう返事をしてくれた彼に、結人は優しく微笑む。
「あぁ、そんでさ。 一応フォーメーションとか考えてあるんだけど」
「フォーメーション?」
「ダンスの方の話な。 だからユイは基本真ん中で歌ってくれればいいから、特に憶えることとかはないんだけど。 でも一つだけ、頼みたいことがあるんだ」
「? 何だよ」
そう尋ねると、椎野は体育館の中の様子が簡単に描かれた図を結人に提示した。
「2番の歌詞が始まったら、ステージから降りてここを一周歩いてきてほしい。 座っている生徒の回りをさ」
「え、こんなに長い距離を!?」
長いといっても体育館を一周するくらいの距離だが、歩くことすら厳しい状態である結人は思わず声を上げる。
「ラストのサビまでに帰ってこればいい。 ゆっくりでいいから、歌いながら一周回ってきてよ」

―――・・・歩くことに集中しちまって、歌の歌詞飛ばないかなぁ・・・。
―――まぁ、ラストのサビまでなら結構時間あるし、大丈夫か・・・。

様々な不安が頭の中を過りながらも、その意見に渋々了承した。
「助かるわ。 本当はどうしようかと、迷っていたんだけどさ。 2番の歌詞に入ったら、振り付けもちょっと変わって移動が激しくなるからよ」
椎野の言ったその理由に納得し、結人は文句を言うことなく早速ダンスのリハーサルを開始することになった。
結人は入院している間、イヤホンで曲を聞きながらリハビリをしていたため歌詞はバッチリ頭の中に入っている。
入院だからといって怠けているわけではなく、当然今できることを見つけ自ら動いていた。 その成果が、今日の文化祭に影響する。 

―――劇の方は、王様役で剣のシーンがなくてよかった。
―――本当は、劇で激しく動き回りたかったんだけど。

ダンスのリハーサルを続けていると、突然教室の外から声が聞こえてきた。
「結人ー!」
その声の方へ目をやると、藍梨が走って結人のもとまでやってくる。
「藍梨! 何だよ、妃の衣装から着替えちまったのか。 あんな綺麗な姿、もっと見ていたかったのにな」
「だってあの衣装、可愛いけど動きにくいんだもん。 あ、みんなダンスの方はどうー?」
制服に着替えて身軽そうにしている彼女は、他のメンバーに向かってそう口を開いた。
「藍梨さん丁度いいところに! 最後のチェックとして、俺たちのダンスを見てくんね?」
「うん、もちろん!」
藍梨が笑顔で頷くのを横目に、結人は椎野に向かって口を開く。
「椎野は入院していたのに、どうしてダンスが踊れるんだ?」
「北野から動画を送ってもらってさ、振り付けの。 ユイがまだ目覚めていない時、ちょくちょく振り付けの動画を見て練習していたってわけ」
結人と同じように椎野も隠れて頑張っていたことを知り、彼に感心する。

―――結構ああ見えて、やるべきことはちゃんとこなすんだよな、椎野は。

「そんじゃ、早速藍梨さん俺たちのダンスを見てくれ! 悠斗、曲を頼む!」
「分かった」
悠斗が曲をスタートし、4人はフォーメーションになって踊り始めた。 彼らのダンスを、結人は藍梨と並んで鑑賞する。

―――・・・つか、振り付け難ッ!
―――サビだけでも難しかったのに、それ以外でも難しいとなると憶えるの大変だったんだろうな。 
―――・・・流石だわ、みんな。
―――藍梨も頑張って、振り付けを考えてくれていたもんな。

そう思いながら彼らのダンスを見ていると、廊下の方から足音が聞こえてきた。 その音に反応し、自然と目をそちらへ移す。
「・・・あ、先輩!」
「あ・・・。 何だよ、来ていたのか」
どうやらその足音を立てていたのは、結黄賊の後輩たちのようだ。 10人もいるため集団で行動すると結構目立つが、彼らも高校生といったら素直に納得してしまう容姿だった。
特別に派手な私服ではなく、この季節に上手く馴染んだシンプルで印象のいい私服を身に纏っている。
結人はダンスをしている彼らに迷惑をかけないよう、自分だけ教室から出て後輩たちのもとへ行った。
「今から先輩、ダンスなんですよね!」
「さっき優先輩たちの方にも、顔を出してきました」
「あ、優の? アイツら、ダンスと歌どうだった?」
優たちの様子を見に行ったということで、折角だから彼らの様子を尋ねてみる。
「少ししか見させてくれなかったんですけど、それはもうバッチリで!」
「ダンスもカッコ良いし、何より優先輩の歌が物凄く上手かったです」
「はは・・・」
優の歌が上手いと聞き、結人は思わず苦笑してしまった。

―――まぁ・・・優に敵うわけがねぇかぁ・・・。

「ユイ先輩も歌うんですよね? めっちゃ楽しみにしていますんで!」
「優程じゃねぇから、あんま期待はすんなよ」
笑顔でそう言ってくる後輩に対し、結人は申し訳なさそうに返事をする。 その代わり、歌よりもダンスの方に注目するよう促してみた。
「俺たちは歌よりもダンスの方に力を入れてんだ。 ほら、優たちは本家のダンスそのままだろ? 俺たちのダンスは、藍梨が考えてくれたオリジナルの振り付けだからよ」
「え、それマジっすか!?」
「藍梨先輩って踊れるんですか?」
「うわぁ、めっちゃ楽しみです! てより、今見てもいいですか?」
「あぁ、今は駄目! 本番までのお楽しみな!」
教室の中を身体を捩じらせ覗こうとする後輩の前にすぐさま自分の身体を移動させ、彼らに見せないよう防いだ。
「あ! そう言えば、劇よかったですよ先輩! 王様役なんて流石です!」
「え? あぁ、そうか。 ありがとな」
他の後輩がそう口にすると、結人は焦った表情から急に笑顔に変わる。
「先輩の言った二人きりのシーンの台詞って、全てアドリブですか?」
「・・・え、どうしてそう思うんだ?」
「さっき真宮先輩から聞きました」
「・・・」

―――・・・くそ、真宮か。
―――余計なことを言いやがって。

「アドリブであんなことが言えるなんて尊敬します」
「ユイ先輩がリーダーでよかったです、本当」
結人が真宮のことを考えていると、後輩たちがそう言ってくれたため気持ちが少し軽くなった。
「・・・はは、さんきゅ」
「よッ、お前ら。 来ていたんだな」
「コウ先輩!」
いつの間にかダンスを終えたコウが、教室の窓から覗き後輩たちを見てそう口にする。 そして続けて椎野もやってきた。
「そろそろ時間だから、体育館へ移動するぞー」
「ん、了解ー」
結人が適当に返事をし、椎野が後輩全員に向かって指を指した。
「いいかお前ら! ユイのチームか優のチーム、どっちのパフォーマンスがよかったのか平等に決めるんだぞ! コウの方がカッコ良いからとか夜月の方がいいとかは、関係なしな!」
「もちろんです!」
「ちゃんと平等に決めますよ」
「ん、おっけい! それじゃ、さっさと移動しますか」
椎野のその言葉を合図に、結人たちは教室を後にした。


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