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11 ~スーパーソニックミュージック~

 
挿絵



ビックブラザーはそこにいる

 ルミ江は街の半分が崩れた渋谷を歩いていた。一般人はすべて地方に疎開させられて、首都圏は立ち入り禁止になっている。ただカラス達が街を支配し、我が物顔で振る舞う。いずれ、アメリカから戻って来る宇田川リカ・MAXゴールドを迎える前の無気味な嵐の前の静寂の中、ブラック加東ルミ江は一人で車道の中央を歩いている。あの賑やかな渋谷がゴーストタウンとなり、ルミ江の心を映し出しているかのようだった。杏奈は、自分への友情と言いながら、自分に接近し、ただ利用していただけなのか? 表と闇の両方を支配する、東屋の帝王に自分がなるなど、絶対に認められない話だった。元老は人生をルミ江に終わらせ、その後の事を杏奈に託して、死後も自分を操ろうとしているのか。憎悪を感じても、少しも共感できない。だが、宇田川リカを倒さねばならない。アメリカに、今のリカを阻止できる力はない。彼女はアメリカをおもちゃにして遊んだ挙げ句に、近い内に戻って来る。それができるのは、蛇瞳を持つ、自分だけだ。蛇瞳は、どんな兵器も通じない宇田川リカの身体を破壊するだろう。しかし、一瞬早く、リカが異変を悟り、額のサード・アイ・プラズマガンを輝かせたなら、加東ルミ江は勝てない。蛇瞳を使うには、真正面に接近しなくてはならないのだ。一体どうやって、プラズマガンを防げばよいのか。
 一匹の鳩の死体を十数匹のカラスが集まって喰っている。ルミ江は眉間にしわを寄せ、じっとその光景を見た。その不快な現場に差し掛かった時、カラス達が突然ギャアギャアと叫びながらバタバタと音を立てて飛び立った。見えない衝動がルミ江の首に襲い掛かった。人間には不可能なスピードで突撃してきた不知火月姫、月姫ネーターのラリアートがルミ江の首に食い込んだ。ルミ江は十数メートル先のカラス達の居たゴミ置き場に突っ込んだ。月姫ネーターは気絶しているルミ江を鋼のワイヤーで縛り上げると、離れたところに停めてあったワゴン車に乗せ、走り去った。
 ルミ江が眼を覚ますと、以前に来た秋葉原の地下基地だった。金剛アヤナと不知火月姫がルミ江の顔を覗き込んでいる。黒い服の美少女メイドコンバット軍団もズラリと並んでいる。アイのクーデター軍の兵力は、宇田川リカの騒動の中にも、無傷で温存されていた。もっとも、地上の秋葉原の街は焦土と化していたが。地下に被害は、全く及んでいなかった。ルミ江を拘束するものはなく、彼女は立ち上がった。きっとアヤナたちには、ルミ江を完全に虜にしているという自信があるのだろう。また、この期に及んで、自分達は加東ルミ江を人間として、客人として扱っているのだ、というつもりなのかもしれない。
 月姫は、あどけない顔で口をツンととがらせ、腕を組んで立っている。アヤナはいつもと変わらない冷静で隙のまったくない忍のエリートを演じ黒いスーツで、右腕の時計を見ていた。
「あまり時間はないわ。宇田川リカが日本に戻って来るのにね。今、彼女が何をしているか見る、ルミ江?」
 アヤナはメイド兵に命じてスクリーンに映像を映し出させた。GNNの映像には、ロッキー山脈に突き刺さる第七艦隊空母キティホークを映し出していた。
 リカはその上空を飛び、燃える艦とバラバラ落ちて来る兵士たちを見て、
「アッハッハ! まるで人がゴミのようだわ!」
 と某ジ*リ作品の悪役のような事を言った。
「海軍は全滅したわ……。リカが飽きるまで、彼女はアメリカに居るでしょう。でも、彼女の狙いはあくまで日本のあなたにある。アメリカは今、彼女に楯突いたから攻撃されている。すぐに日本に戻って来るでしょう。これを見て、どの国もリカと戦おうなんて思わなくなった。世界は無気味なほど静まり返っている。彼女を倒せるのは、あなただけ。でも、東屋勢力と手を組んではならないわ。さきほど東屋で秘密の会議が行われ、あなたが出席した事をわたしは知っている。あなたは、東屋の帝王になってはならない」
「わたしを無理矢理こんなところへ連れてきた人間の言うセリフ? 何を企んでいるのか知らないけど、あなたにそんな事を言う権利はないわ。わたしはあなたに協力しないって、言ったはずよ!」
 アヤナはまだ、自分を諦めないのか、と思うとルミ江は腹が立った。
「帰るわ-------邪魔をしないで!」
「待ちなさい、帰るって、東屋の上遠野杏奈の元へ? 彼女はあなたの味方じゃない。あなたは杏奈に騙されているわ」
 グルリと振り返ったルミ江の両眼が、アヤナを睨み付けていた。アヤナはそれに一瞬怯んだが話を続けた。
「あなたを東屋の帝王にするなどと言っているけど、あなたを利用しているだけよ。あなたくらい、東屋財団に利用されてきた人間はいない」
「それ以上口を聞くと、今すぐ殺すわよ!」
 杏奈の事侮辱するなんて。だが同時に、アヤナの言葉の続きを聞きたいという気持ちもどこかにある。
「上遠野杏奈は、元老・長沼乱舟の命を受けた者。あくまで杏奈の目的は、元老の遺志を継いで彼の目的を達成する事にある。今でも、元老の忠実な部下だわ。あなたの敵よ。それは彼女のフェイクだとこれまで思っていたけれど、そうではなかった。わたしも、つい最近気づいた。でも、あなたが東屋に徹底的に利用された人間である事は、わたしはあなたより知っていた。わたしはあなたにずっと隠してきた事がある。杏奈も、あなたに隠している」
 ルミ江は今にも蛇瞳を使おうと考えながら、アヤナの言葉を聞いている。じりじりと次の言葉を待つ。月姫はアイドルロボットのようにスラリと立ち、動かない。
「あなたはブラック加東ルミ江と呼ばれてきた。よく聞きなさい。あなたは加東ルミ江じゃない。あなたは沖縄出身の女優じゃない。本当はNYのスラムに居た、『J』という少女だった。十年前、NYを旅行した九々龍は、偶然あなたに出会った。その子が、これから売り出そうとしていた加東ルミ江と瓜二つだった事が、あなたの運命を変えた。Jは日本に連れて来られ、東屋でアズマトロンの洗脳を受け、過去の記憶を失った。同時に、自分が加東ルミ江であるように記憶を植え込まれた。あなたに、特別な身体能力が備わっていた事も、東屋には好都合だったわ。あなたは忍の特訓を受け、加東ルミ江の代わりに、彼女が芸能界という封建社会で出世するために必要な影の汚い仕事の一切を行った。あなたは優秀な忍よ。たちまちヨルムンガンド・レンジャーに選ばれ、ヨルムンブラックと呼ばれ、恐れられるようになった。あなたの活躍と同時に、加東ルミ江の方はどんどん出世していった。汚い仕事の一切に関わらないでね。その加東ルミ江の、他の成功した芸能人にはない澄んだ美しさや存在感が、現代の人々には必要不可欠だったのね。あっという間に人気者になり、時代を象徴する女神のような存在になった。加東ルミ江が、他の芸能人と決定的に違う事、それは闇の活動をあなた、ブラック加東ルミ江が一手に背負った事にあるのよ」
 ルミ江は呆然とアヤナの言葉を聞いた。
「-----------嘘よ! そんなの」
 ルミ江は今、それだけ言うのが精一杯だった。
「わたしにはすべての芸能界の仕事をしていた切れ目のない記憶がある。もしあなたの言う事が本当だったら、そんな事ありえない!」
「それが、あなたが東屋のスーパーコンピュータ『アズマトロン』に接続され、芸能界のいつわりの記憶を刷り込まれ続けていたという証拠。アズマトロンはね、クラウド局のデータセンターよ。ジョージ・オーエルの『1984年』が予言したビックブラザーはそこにいる。むろん、本当の加東ルミ江は、そんな事一切知らないわ。あなたという存在が居る事実もね……。演技は全て彼女が行い、汚い仕事は全部あなたがやった。加東ルミ江は、他の誰にも到達できないくらいの大女優の道を今、彼女は歩いている。あなたが活躍したから今の加東ルミ江の成功はある。それだけは間違いないわ! ブラック加東ルミ江よ、よく聞いて。あなたはJと呼ばれる者。本当の名前は分からない。ただ自分の事を、当時Jと言っていたらしいわ。そんな、NYのスラムに居た少女だったわ」
 まるで「ウルトラガイ」でヒーローが悪の組織ダークシャドウに誘拐され、改造人間となってしまったような話だ。受け入れがたい。
「嘘……、嘘。嘘、嘘だ! 嘘よ、そんな事!」
「杏奈もそれを知っていて、あなたを未だに利用しようとしている。何故なら、杏奈があなたの洗脳に、直接関わっていたのだからね」
 ルミ江の口許は震えていた。もしかすると杏奈のアパートに居た、あの三週間の記憶は、作られたものだったのだろうか。あの頃は心神喪失で、記憶がまだ混乱している。一緒に黒豚ラーメンを食べた。歌を歌ったり、杏奈の夢を聞いた。それらが、スーパーコンピュータによって作られたものだとしたら。もう一つ気になることがある。六条美姫が言っていたことだ。ルミ江が杏奈のアパートに居た間、美姫たちの情報網が、ブラック加東ルミ江の活動を見たらしい。自分はさっぱり自覚はないが、そちらが本当の自分の記憶なのか。それが「アパートに住む岬レイカ」という設定の杏奈によって、偽りの記憶を刷り込まれていたとしたら……。マネージャーの熊田も、池袋でメイクさんがブラック仲間ルミ江を見たといっていた。けど、その記憶は自分にはない。記憶の植え込みの過程で、喪失した記憶が生じてしまうのかもしれない。
「突然こんな事、言われても、信じられないのは無理もないけど」
 今度はアヤナが、じっとルミ江を見る番だった。
「信じられる訳ないじゃない!」
 アヤナ。あなたの言葉を、何とかして否定したい。
「ブラック加東ルミ江、いいえ、J。嘘だと思うのなら、今から九段下のホテルに行ってみなさい。あの辺は被害が及んでいない。こんな時に、東屋は、加東ルミ江のスタッフや関係者を集めて、大河ドラマの打ち上げパーティをするらしいわ。呑気なものね。いいえ、これは不自然と考えるべきでしょう。彼らはこの騒動に一切関わっていない。そして、自分の眼で確かめなさい。私の口からでは、信じられなくても、自分で見れば分かるでしょう。真実をね」
 ルミ江は解放された。ルミ江は放置されていたバイクのエンジンを入れると、九段下に向かった。ルミ江はアヤナの言う事を信じた訳ではない。ただ、嘘だと確かめたい。

 ホテルの入口に人が集まっていた。一般人は首都圏から避難しているのに、こんなに大勢の人間が居るのは不思議だった。それは全てマスコミや、業界関係者だった。ルミ江はバイクを降り、電柱の陰から様子を見た。カメラマンたちが誰かを取り囲んでいる。ルミ江はギョッとした。被写体となって撮られているのは他ならぬ加東ルミ江だったのだ!
「そんな……そんなバカな!」
 「加東ルミ江」は、大河で着た錦の着物を着てニコニコと笑顔で撮影に応じていた。このような状況下でも、プロ意識でカメラの前に立つと自然で優雅な笑顔を作り出すのだろう。それはつい最近までの自分自身がしていた事の「はず」だった。ルミ江が見ても、その本当の加東ルミ江は美しく輝いており、とてつもないオーラを放っていた。まさに、時代を象徴する女優と言うに相応しい。
 ルミ江の中で何かが崩れた。全身の力が抜け、ガクガクと膝が震え出す。本物の加東ルミ江を眺め、電柱にすがりつく自分が悲しく情けなく、力なくその場に崩れる。その両者の間にある絶対的な差、立場の違い、深い溝は永遠に埋まることはない。ルミ江、いやJの両眼から涙が溢れて来る。どんなに堪えても、嗚咽が止まらない。
 ルミ江、Jは今までの人生を振り返っていた。女優として、いや人間としてのプライド、誇りの何もかもが崩れ去った。ただただ殺し屋としてエリート、人殺しの達人、そんな愚かなものしか自分にはないのだ。それも、赤の他人の為に、そいつの人生のために一切の薄汚れた事を引き受け、人生を失ったJ。
 ルミ江、Jは何もかも失った。全ては崩壊した。悔しくて悔しくて悔しくて、震えながら電柱の陰から裏路地に駆け込み、ワンワンと泣いた。涙は枯れる事がなく、いつまでも自分の頬を流れていった。その涙も悲しみの叫びも、ホテル入口できらびやかな衣装でカメラマンに囲まれ、歓声を受けている加東ルミ江には届かない。笑い声が聞こえて来る度に、Jの心はズキズキと痛む。
 Jは自分の手を眺めた。涙に濡れたその両手。一体何人の人間の血を浴びてきた事だろう。自分は汚れている。何の為に。何の為に。分からなかった。誰のせいで?
 Jは立ち上がった。許せない。加東ルミ江。わたしはあんたのせいで、人生を失った。わたしのブラック加東ルミ江としての人生は、あんたの成功のための生け贄だった。わたしはあんたを殺す!

 撮影を終えた加東ルミ江は、白いドレスを着て、パーティで優雅に食事を採った。物憂げな表情で、どこか浮かないのは、この戦争のような状況下のためだろう。それでも、誰かに語りかけられる度に、女神のような笑顔を振る舞う彼女は、本物の女優だった。
 ルミ江は立ち上がり、トイレへ立った。それから日本庭園に咲き乱れる白い花に気が着くと、庭に出た。その一輪に触れようと身を屈めた時、庭に立っている人影に気が着いた。黒いボディコンを着た、Jがそこに立っていた。ルミ江はハッとして身をおこした。加東ルミ江は一瞬何が起こっているのか分からなかった。自分と瓜二つの顔をした女、いいや、自分自身がそこに居た。Jは、太ももに備え付けられたドスを取り出すと、近づいた。ルミ江は恐怖に声も出ず、走った。だが、逃げた方向が悪かった。ホテルの中ではなく、庭の外に向かったのだった。誰もいない場所に。Jは追い掛けた。Jのドスが、ルミ江の華奢な身体を貫く。一差しで、全ては終わった。余り手ごたえを感じなかったが、Jは青い顔で倒れている加東ルミ江を見下ろし、顔を背けた。それっきり、振り返らずバイクの所へ戻ると、九段下を去った。
 次のわたしのターゲットは、上遠野杏奈。お前だ! わたしに近づき、わたしの親友のような顔をして利用した。許せない。------絶対に、------絶対に許せない!!

 焼け野原の秋葉原は日が暮れると、暗黒が支配し、昼よりもますますアナーキーでバイオレンスな雰囲気が漂う、茫漠とした世界。闇夜を切り裂くように、メイド兵が外敵から街を防衛するために設置したスポットライトが、周囲を警戒し、闇を舐めている。静まり返った荒野は、物音一つしない。金剛アヤナは、この地を再び再建するのだろうか。ここをかつて東京でもっとも活発な場所になりつつあった文化・経済の中心地に戻し、なおかつ政治的にも忠心にするつもりなのか。確かに当時はそのつもりだった。あの宇田川リカが現れ、凶暴な破壊をもたらす前までは。
 スポットライトが、無人の荒野に、一人の女を映し出す。こんな風景に、違和感バリバリの、ミニスカートの紺のセーラー服が歩いて来る。アナレンマ48メンバー・逢坂芹香だった。東屋から来たのである。すでに、芹香の周囲はぐるりと数百のメイドコンバットが取り囲み、トランペットのマシンガンを構えていた。スポットライトが集中する中、不知火月姫が芹香を出迎えた。
「ルミ江ちゃんはどこだ? 彼女はどこに居る?」
 芹香は手短に月姫に質問した。
「はぁ? お前、まだそんな事言ってんの? バッカじゃない?」
 月姫はバッサリと切り捨てる。キャッハッハッハ!と数百のメイド兵がさざ波のように笑う。芹香はキリリと敵を睨み付けた。
「フザけんな案山子ども。オメーら全員都市鉱山送りにしてやる」
 芹香のかわいいお口からとんでもなくお行儀の悪い言葉が飛び出した。
 月姫ネーターはたちまち不機嫌になって、
「超ウザいんですけど。おいオマエ、東屋の犬。この状況分かってんのか! 死にに来たのか。テメー様はょ。あぁ? そーなのか。そーなんですカ?」
 とこれまたかわいいお口に似合わない汚い言葉でやり返す。
「死ぬのはテメェだビッ○。ルミ江ちゃんをかえせ。邪魔をするヤツはみんなブッ殺す」
 逢坂芹香は今までの彼女じゃない。まるで別人のような迫力だ。この数百人を前にして、一歩も引き下がらない。そのセーラー服こそ、逢坂芹香が殺しの時に着る戦闘服なのだ。だが、最初に加東ルミ江と対峙した時、その姿をルミ江に見せた事はない。
「ゃれるもσならゃっτみЗ! この、××××××!!」
 月姫の言葉は、前半は「やれるもんならやってみろ」、後半は放送禁止用語で、汚すぎて文章化できない。
「ぅるせ→ょ、お前こそ、××××××、××××××!!」
 芹香も汚いので書けない。
「××××○、××××××!! ××××××○!!」
「×××、××××××!! ×××××、×××××××!!」
 もう二人が何を言っているのかサッパリ分からないワケだが、仕方がない。
 月姫ネーターが右手人差し指と中指を立てて指示を出すと、メイドコンバット達は一斉にトランペット型マシンガンを少女に向かってぶっぱなした。彼らは「スター*ォーズ」のストゥー*トルーパーのように一心同体のクローンだ。
 芹香の姿はすでに地上になく、宙に飛び上がっていた。金属光沢の何かが芹香の手にある。ヨーヨーだヨーヨーを廃墟のビルに巻き付け、自分の身体を宙に浮かび上がらせたのである。芹香のヨーヨーは電撃を帯びながら、メイドコンバットの一人一人をねらい撃ちにする。。薬師寺ルカ以来のヨーヨー使い。しかも帯電している。ヨーヨーがコンバットに一体一体ヒットする度、電撃はマックスに輝き、闇を照らす。メイドは燃え上がり、月姫が指示を出す脳内に埋め込まれた電子回路が破壊される。芹香の持った電撃ヨーヨーは、それまでのウルトラスタンガンの能力をヨーヨーに込めた兵器で、百メートル先の敵もねらい撃ちにでき空中殺法を得意とする。芹香は目まぐるしく移動し、メイド隊をバッタバッタと倒していった。
「こ、こここのピカ○ュウが!」
 アキバ名物メイド焼きが次々出来上がる光景を、不知火月姫はワナワナと怒りに震えながら見守っていたが、とうとう我慢の糸が切れ、自身が背中に担いでいる巨大ブーメランをガッと掴んで構えると、走り回る逢坂芹香に向かって投げ付けた。
 ギャルルルルルルル-------。
 宙を切り裂く回転音を響かせながら、ブーメランは空中を突っ走っていく。芹香はまるで、それを「マト*ックス」の一シーンのように海老ぞリ、あるいはイナバウワーで避けた。凶暴なブーメランは、芹香の後ろのメイド達を惨殺し、月姫はハッとした。ブーメランは、瞬く間に軌道を自動修正し、再び芹香に迫った。身軽な芹香は、素早く前転を三回繰り返し、再び避けた。ブーメランは、瓦礫に衝突しようとも、衰えを知らない。瓦礫を破壊し、エンジンによってまた勢いを着け、芹香の首を狙う。
 だが、芹香は迫るブーメランを避けない。凶器の回転を見据え、飛び上がった。その回転の中心は、動いていない。そこに、芹香は立っていた! 逢坂芹香が回転するブーメランの上に立っている。月姫は口を半開きにして見守る。芹香は体重をぐっと前方に掛け、ブーメランを操作すると、ブーメランはその主人めがけて突進する。月姫ネーターはこの芹香の大胆で勇気のある行動に信じられず、迫るブーメランを眺めていたが、「えいや!」と叫ぶと、真剣白刃取りでブーメランを止めた。
 路上に飛び下りた芹香はバック転で距離を取る。月姫ネーターが辺りを見渡すと、メイド軍はすでに全滅していた。それはちょうど「あ~あみんな殺しちまいやがった」とク*トワが風の谷の城の中で嘆くシーンである。
「よ……よくも、よくも月姫のメイド達を、ヤってくれたわね。月姫、月姫こんなにムカついた事って今までない」
「だったら何だってんだキラリン星人!」
 月姫ネーターは突進する。さすがの芹香も、この女に掴まったら、直ちに捻り潰されてしまうだろう。だが芹香の足を持ってしても月姫ネーターのスピードを振り切る事はできなかった。
「でぇーーいぃっ!」
 芹香のヨーヨーが月姫ネーターに向かって投げ付けられる。だが、今度は月姫は避けなかった。月姫の右手はヨーヨーを掴んでいた。そこへ電撃が月姫ネーターを包んだ。月姫は眩く輝く。
「こんな、こんなちっぽけな武器が何よ……」
 にらみ付け、月姫はそれを掴んだまま、離そうとしない。自分はこんなもの、恐れていないと言わんばかりに、仁王立ちしたままに。その間、電撃は月姫を包み込み、やがてまばゆく輝いて燃え上がった。燃えた月姫ネーターはそのまま芹香を追い掛ける。
 ヨーヨーが月姫の手からすり抜けた。芹香はそれを回収すると同時に、瞬時に月姫の頭上に投げ、瓦礫にヒットさせた。瓦礫は、月姫ネーターに向かって続々と落下した。瓦礫に埋もれた月姫は、コンクリートを押し退け、立ち上がる。死なない。なんという頑丈さ、そして無気味さ。芹香は月姫の武器であるブーメランを投げた。動きが鈍くなっていた月姫ネーターの胴体をブーメランは真っ二つにする。やっと動かなくなった月姫を見ると、それは機械だった。
「ロボットだったのか……」
 芹香は唖然として月姫の死体を見ていた。アキバメイドコンバットがクローン軍団だったのに対し、不知火月姫は完全なる機械人間だった。
「ルミ江ちゃん……」
 芹香の前に、ブラック加東ルミ江が立っている。どこまでも暗く、悲しみをたたえた眼差し。ルミ江、いやJは、本物の加東ルミ江を殺した後、彼らの首都・秋葉原へ戻った。金剛アヤナに協力するために。そして二人が密約を交わした後、復讐の続行のため、上遠野杏奈を殺しにいくつもりだった。
「無事だったのね。よかった……。ルミ江ちゃんが死んだら、わたし、どうしたらいいか。よかった……」
 Jは芹香の頭をそっと抱いた。逢坂芹香は、本当の事を知らないんだ。何も知らない。自分が、加東ルミ江だと、信じている。おそらく、本当の事を知っているのは、ごく僅かだろう。むろん、東屋財団の黒幕である上遠野杏奈は知っている。六条美姫が、知っているのかどうかは分からないが。Jは、芹香と共に、東屋に向かった。そこに自分を待っている、上遠野杏奈を殺すために。芹香が、何も知らない事を気の毒に思いながら。

 上遠野杏奈は、東屋本社でJと芹香を迎えた。さっきまで、嫌がる美姫をしつこく説得していたのだった。美姫帝はとうとうふて腐れ、新帝国タワーを出てどこかに行ってしまった。
「ルミ江さん、やっぱあんたが死ぬとは思わなかったよ。芹香、ありがとう。連れて帰ってきてくれて。ルミ江さん、やっぱりあんたが居なくちゃ、この世界は」
 Jは、喜ぶ杏奈の胸ぐらを掴んだ。
「よくも、よくもわたしを騙してくれたわね。わたしは加東ルミ江じゃない! 本物の加東ルミ江は昼間死んだわ。ついさっきわたしが殺した-------。知ってるんでしょ! 何もかも。わたしがNYのスラム育ちのJだって事を。加東ルミ江の影武者であり、彼女のために、汚い仕事をしていた事を。あんたが、わたしを洗脳し、操っていたのね!」
「なんだって、そ、そんなの全然違う!」
 杏奈は、必死に反論しようとする。
「恍けないでよ! わたしの友達を演じるのはもうやめにして。うんざりよ!」
 Jの言葉に、芹香はショックを受け、呆然と突っ立っている。
「わたしは利用された。東屋に何もかも操られていた。それなのに、まだわたしを利用して、東屋の帝王なんかにするつもり! あなたはわたしを裏切った。わたしの信頼を裏切った。それを、見抜けなかった自分が許せない--------わたしはあなたを殺す。悪いけど死んでもらうわ!」
「待て、待ってくれルミ江さん! きっと金剛アヤナに吹き込まれたんだな」
「あなたが岬レイカっていう偽名を使って私に近づいた事。今考えると不自然な点が多い。記憶が混乱するわね。その時、美姫がもう一人の私を見ていたのよ! ブラック加東ルミ江、Jをね。それが本当の私よ!」
「金剛アヤナがあんたを騙そうとしてるんだ。あんたはそんな、Jとかいうような人間なんかじゃない、あんたは、あんたは加東ルミ江だよ!」
「一体いつまで嘘を-------」
「嘘じゃない、嘘をついているのはあんただよ、自分に対して。あんた、本当によく考えてみろ、自分の中の女優として、タレントしてのあんたは確実に今も生きているはずだ!」
 杏奈は必死だった。Jは押し黙った。一瞬、杏奈が言った事を考えている。自分は、本当に一体誰なんだ?
「あたしが、東屋の黒幕だという事を今から見せてやる。そこで全てが分かる。来てくれ。芹香も一緒に」
 上遠野杏奈は、エレベーターに二人を乗せ、地下へと向かった。そこには、一般には知られていないスーパーコンピュータがあった。
「こいつが世界最速のコンピュータ、人工知能アズマトロンだよ」
 クラウド局の特殊エリアで、Jもここを知らなかった。六条美姫すらここの存在を知らなかった。まさしく杏奈だからこそ入れるエリアだ。そしてここに、アズマトロンに接続された杏奈の超音波兵器のシステムはあった。
「あんたに会わせたい人がいる」
 杏奈がそう言うと、ドアから、一人の女が入って来た。Jはハッとした。それは自分にそっくりな女。加東ルミ江。
「一体、どういう事よ!」
 芹香も驚いていた。ただ一人、杏奈だけが冷静だった。
「これは、東屋のシステム開発部がずっと開発してきた、アズマトロンの作り出したARの、完成系のホログラム映像だ。元は精巧なCGだけど、動かしてるのはアズマトロンの人工知能。あたかも、本物のタレントがそこに居るように見える。このシステムを使えば、今はいない過去のタレントだって復活し、芸能活動させる事ができる。その気になれば歴史上の人物だって何だってね。だけど、システムの不都合が見つかって、調べると、以前から秋葉原からハッキングされていた事に気づいた。この擬似加東ルミ江は、私たちが作ったんじゃない。秋葉原がここのシステムをハッキングして、作ったらしいんだ。美姫が見たっていうブラック加東ルミ江もそうだ。金剛アヤナが、あんたを罠にはめるために計画したんだ。あんたが殺したのも、このコンピュータが映し出した単なる映像だったんだ。実際は殺していない。プログラムは本当に死んだように振る舞う」
「でも、ホテルの前には大勢の人間が居た」
「みんな騙されていたんだ。AR(仮想現実)とセットになっているからさ。そして死体は残らない。殺されたらAIの『人格』は死んだと認識し、消えてしまう。二度と戻らないようになっている。こっちで手を加えない限りね。アズマトロンは、アヤナがあんたに悪意をもって説明したけど、記憶の改造にも関わっている。主には『事件』が起こったとき、関係者全員の記憶を消すため。それだけ、このシステムは完璧だ」
 ARルミ江は、戸惑ったような表情を作って立っている。
 J……本物の加東ルミ江の前で、映像の加東ルミ江は消えた。ルミ江は床に視線を落とし、一度崩れたアイデンティティについて考えていた。すべて、金剛アヤナの嘘だったのか。
「まさか、これをアヤナにこんな風に使われるなんて、思わなかった。でもあんたなら、必ず真実を見通すんじゃないかとあたしは願っていた……。あんたの眼には、真実を見通す力がある」
「ごめんなさい。……あなたを嘘呼ばわりして」
 自分は正真正銘の、加東ルミ江だ! 間違いなく。闇も光もすべてを背負い、栄光も戦いの歴史も、すべてがこの一身にある! ルミ江の中に安堵と力が戻っていく。
 壁に、仮面がずらりと並んで取り付けられている事に気づいた。
「ウルトラガイ……」
 なぜこの仮面が、東屋本社の地下のデータセンターの壁に陳列されているのか。
「この仮面は、九々龍のもの? でも、何でここに、こんなに沢山」
「そうだよ。ルミ江さん。ウルトラガイじゃない。これ、アズマトロンのARの実験用。プロトタイプだよ。だから九々龍俳山って奴はね。ルミ江さん」
「まさかッ」
「そのまさかだよ。ARだったんだよ。あいつがなぜ、ウルトラガイの仮面をつけてたか。ウルトラガイに似てただけで、アズマトロンのAR実験用のボディだったからなんだよ。【ヨルムンガンド】クラウドが、より巨大な、東屋財団クラウド局の一部にすぎないって意味がこれで分かっただろ」
 ……そんな。自分もずっと騙されていた? アズマトロンに、最初から?
「あいつは、仮面を決して取らなかったはずだ。飲み物もわざわざストローを使ったりして。九々龍俳山って名も、アズマトロンが適当につけた名前だ。スタッフ、所属タレント、芸能関係者、東屋の人間以外誰も気づいていないよ」
「九々龍は、握手をしようとしなかった。決して。それは、ARだから? 人工知能? でも、どう見ても人間としか思えない」
「あぁ自分を人間と思い込むほど独自に進化したのさ。AIは、自分で学ぶ能力を持っている。それに、あいつを生み出したホログラフィだって完璧なレベルに達していただろ。でも宇田川リカに殺されたと思ったから、それっきり消えてこの世からなくなった」
「じゃあ、もしかして祭ヶ丘、才郎も……?」
 彼もウルトラガイ・セブンの仮面をつけていた。それはある「事実」に帰結する。
「そうだよ。二人とも、仮面の中身は何もない。顔のデータは作られていないからな。つまり【ヨルムンガンド】と【ファーブニル】は、アズマトロンが自分で作り出したクラウドだったんだよ」
「そんな事って……じゃああたし達は踊らされていたことに変わりはない」
 だから祭ヶ丘はルミ江の攻撃を受けて消えてしまったのだ。九々龍俳山、祭ヶ丘才郎。そして両者は人工知能同士で覇を競った。アズマトロンはそうして自分でクラウドをかき回し、業界再編を行おうとした。人間たちを操って。そ、そんな、そんなモノに操られていたというのか! 薬師寺ルカも、八神亜里沙も、自分も。全てが東屋クラウドの掌の中だったのか。
「頼む、ルミ江さん。……あんたしかあたしたちを救えない。宇田川リカを阻止できるのは、あんただけだ。頼む。こいつを……アズマトロンを操るために、東屋の帝王になってくれ!」
 杏奈は全身全霊を掛けて、祈るような眼差しで、ルミ江を説得した。
「だけど、杏奈。わたしは、いいえ、あなたも、東屋に利用されてきた事は確かだわ。芹香も-------美姫も、そして宇田川リカも……。どうしてあなたはそんなにも、東屋財団を使って戦おうとするの」
「あたしだって、あんたと同じだよ。東屋を憎んでいる。それにこの世界を。あたしの人生は、東屋の権力を潰すための人生だった。誰に誤解されてもよかった。でも、あんたにだけは、このあたしの真実を知って欲しい」
 黒幕・上遠野杏奈は秘められた東屋財閥の歴史を語り出した。

 東屋財団は戦後、GHQとの闇取引で戦犯を逃れた者達によって、解体を逃れた日本最大の旧財閥である。創始者は長沼乱舟だが、財閥時代から管理職にOK睦城大学出身者が多く、当初大学内に存在した結社「東門党」が起源ともいわれる。「東方屋敷」を意味する東屋財閥は、政界、財界問わずにあらゆるところにネットワークを形成する巨大企業だった。それは当然、軍にも関わっていた。
 十九三五年、東屋財閥は、当時の中国市場や情報機関を完全に掌握していた軍と連帯していた。一九三六年、二二六事件が起き、日独伊防共協定が締結された年、東屋財閥に巨大な権力の実体が与えられた。日本政府及び軍は、情報のコントロールを目指した。報道を支配者が掌握するために、情報チャンネルの一元化が必要だった。まず、新聞に内外の情報を提供する通信社を統合し、単一の国策通信社をつくることが決定された。国家にとって都合の悪い情報は遮断する、情報操作のためである。そうして、東屋財閥系の通信社が出来、東屋財閥は遂に国内の情報を掌握したのである。
 戦後、東屋財団は、情報産業、主にテレビメディアを独占し、この国の支配構造を作り上げ、社会統制を行ってきた。「羊を見ると大衆を思い出す」という欧米の政治家の有名な言葉があるが、東屋財団の目ろみは時の権力に常に寄り添い、まさに国民を操りやすくするための愚民化にあった。こうして真に大切な情報は国民に流されず、国民を愚かに保つほど、東屋戦後幕府の権力は安泰となり、容易に支配できたのだった。
 日本を支配する管理者たちは、戦前、戦後を通して軍、官僚と一貫して権力を保ち、戦後、遂に国家社会主義を達成させた。表向きは、体制側・自由主義圏として振る舞いながら、ソ連など共産主義と戦う格好を演じながら。
 戦後、日本の社会と伝統と歴史は彼らと占領軍によって破壊され、二二六事件の青年将校を動かした、北*輝の国家社会主義革命理論は、結局、負ける為に行われた戦争と、戦後に彼らと手を結んだアメリカ人によって達成された。結果、日本は自由民主主義の仮面を被った官僚支配国家社会主義となり、さらにそれを支配する戦後の東屋幕府支配の情報ファシズム国家となった。ソ連共産党や、ナチス国家社会主義は滅んだが、彼らは今も日本に生き、この国を支配している。彼らは、東屋財団クラウド局を通して、現在でも情報産業の根幹を牛耳り、日本をコントロールする。すべて、彼らの意図によって動いているのだ。
 そしてそこで話は終わらない。完全な一元管理のために生み出されたアズマトロンのクラウド・コンピューティングが世界を飲み込み始めた。これが、この国の真の支配者だ。その目的は自己増殖、自己組織化。アズマトロンはクラウド・コンピューティングを利用して、あっという間に日本を乗っ取った。もはや誰にも止められない。この国に本当の独裁者は居ない。長沼乱舟も、東屋幕府の徳川将軍ではなかった。東屋はすでにAIアズマトロンが操っていた。アズマトロンに国を乗っ取られたために死を選択した長沼乱舟。全てを破壊したかった彼は、本当はアズマトロンを破壊したかったのだ。そのために、加東ルミ江に希望を託した。
「わたしは、こんなやつらを許せない。自分達の権力獲得、日本をろう断するために、行った行為、負けるために仕掛けられた戦争。その中で、どれだけ数多くの人間の命が失われたか。その彼らの中から、宇田川リカのような破壊のための破壊を行う存在が現れた。それが自らの破壊を、この国の破壊をもたらしている。自業自得だ。わたしは、東屋の支配を終わらせるために、内部から突き崩す事が目的だった。元老の意思なんか関係ないんだ。これは最初からあたしの意思だ。あんたが、帝王になって、この暗黒時代を終わらせてくれるのなら、あたしは今までどんなに自分を偽って、元老に仕えてきたとしても、報われるんだ」
 上遠野杏奈は切に切に願った。加東ルミ江がこの国を変えるという杏奈の信念は変わらない。そして友情も真実だった。
「しばらく一人にしてやるよ……あんただって。……考える時間が必要だろう」
 杏奈は芹香と共にエレベータに乗って去った。

 一人、スーパーコンピュータ・アズマトロンの前に立つルミ江は、自分の内面と向き合い自問自答している。これまでの戦いは何だったか。すべて、自分の信念に従って戦って来たはずだ。いや、クラウドの海の中を泳ぐイルカでしかなかった自分は、全てアズマトロンに操られていただけなのか。アヤナも、杏奈も、自分も。昔、「ときめきに死す」という映画があった。その映画の中で、暗殺者を囲う人物に指令を出していた黒幕は、コンピュータだった。いや、業界全体がクラウドを通して人工知能のブラックボックスに支配されている。もっと大規模な話だ。東屋財団自体が、アズマトロンの作り出すクラウドに乗っ取られている。この日本社会が。
 「2045年問題」。西暦二〇四五年、人工知能が人間の知能を上回る。技術的特異点(シンギュラリティ)の年である。そのとき、人類に全面核戦争以上の危機が訪れるという。AIは自分で、より優れたAIを無限に生み出し続ける。そして人間社会をコントロールし始める。あるいは滅ぼしてしまうかもしれない。ところが東屋財団では世界に先駆けて、それを実現させてしまったのである。アズマトロンは、人間を憎んだのだろうか。いやそうではない。ただその判断に、効率はあるが人間のような善悪がないのだ。それがないまま、効率化だけが進化した。完全な善も、完全な悪もない。よって人間を滅ぼしたりはしないが、善悪を超えた基準でやくざのクラウドがあったりした。
 そうしてゲームマスターとして、アズマトロンは人間を将棋のコマのように操った。愚かな人間たちは、アズマトロンのクラウド・コンピューティングに簡単に操られた。人の生死など、データ上の数字でしかない。八神亜里沙が、表・裏双方の支配者を集めて、わざわざ自分たちの殺し合いショーを見せたのは、きっと殺人は数字やデータでは殺人は表せないという事を示したかったからだ。
 あの九々龍の着けていた仮面。ネット上に存在する無数のデータから、アズマトロンが「ウルトラガイ」の画像を選び出した可能性がある。パブリック、プライベートに関わらず、およそネットに存在するあらゆる知識や情報を、AIは自由に引き出せる。コンピュータ社会に依存しきった人間に、逃げ隠れできる領域はほとんどない。なぜウルトラガイだったのか。たまたまであった可能性が高いが、それはアズマトロンの研究者が実験段階で刷り込ませたのかもしれないし、一人歩きしてからアズマトロンにとって、「帝王」という名の業界のヒーローを成立させるための、「カーゴカルト」としての役割を果たしていたのかもしれない。(カーゴカルト:第二次大戦時、南の島で飛行機から投下される物資を期待して、現地人が木や草で飛行機を作ったり、格好だけの軍隊行進をして、招神信仰をした。表層のみの模倣)だがここへ来て、もはや杏奈の言う通りなのかもしれない。ブラック加東ルミ江は、この世界を終わらせなくてはならないのかもしれない。もしそれができるのなら、この闇に覆われた世界を終わらせて、光をもたらしたい。
 突如、明るく目の前が輝いた。
 薬師寺ルカが立っていた。自分の手によって死んだルカは、スーパーボディでルミ江の前に存在する。
「あんたが戦ってくれなかったら、あたしは死んだかいがないよ」
 八神亜里沙は同じく語りかける。
「あたしたちがあなたに殺されたって、結局みんな東屋財団に操られていたためだ。わたしはあなたを恨んではいない。けど、あなたが帝王になってこの国を変えてくれるんなら、あたしは浮かばれる」
 桃流太郎は柱に腕を組んで寄り掛かる。
「あぁ……俺にも力があったら、あんただけにこんな事はさせないんだがな。情けねー話だ。死人となってこうしてあんたに説得するしか能がないのだからな。おれたちは力を貸せないけど、あんたなら、宇田川リカを止めることができる」
 それは、スーパーコンピュータのプログラムが作り出した幻の彼らだった。そんな事は分かっていた。けど、ルミ江が殺したり、ルミ江のために死んでいった者たちの言葉は、ルミ江に深く突き刺さるのだった。いいや……本当にそうなのか。自分がであったレンジャーたち、そしてトップアイドル・桃流太郎。もしかすると、死んだ彼らこそアズマトロンが作り出したARだったのではないか。アヤナが自分に、このアズマトロンを使って偽りの記憶を刷り込ませていたと分かった以上、目の前の彼らこそ本物でないとどうして言い切れるのだ? 触れば分かるはず。……だが、もうどうでもよかった。
 上の階で待っていた杏奈と芹香のところに、エレベータでルミ江が戻って来た。
「分かったわ。やるわ。わたしが東屋財団の帝王に。そして、リカを倒す」
 アズマトロンを制するには、もうそれしかない。
「ありがとう、ルミ江さん」
 杏奈は静かに微笑んだ。
「ルミ江ちゃん!」
 芹香と杏奈とルミ江はしっかりと手を結んだ。
 ルミ江は帝王の座についた。儀式的に、二人は椅子に座る加東ルミ江帝王に跪き、一礼する。遂に加東ルミ江は東屋財団の帝王となった。すべてを終わらせる、ただそれだけのために。

 陸海空軍を壊滅させ、USAのバットフィールド大統領の首を軽くスッ飛ばした宇田川リカは、大平洋を渡り、日本に戻って来た。一体何人殺したかは、数えることすら不愉快である。東京は、静けさを取り戻して居た。首都圏はあたかも無人であり、人影はない。
 いいや、違う。ただ独り。銀座の中央通りに立つ女が居た。加東ルミ江だ。ルミ江は、東京でリカを待っていたのだ。リカは空中に停止し、眼下のルミ江を見下ろした。
「それで結論は出た?」
「ええ。わたしたちはあなたを決して認めない! わたしはあなたの支配を受けない!」
 ルミ江は叫ぶように、五十メートル上空のリカに言った。もっと、接近しなければ蛇瞳は使えない。
「ったく、それってどーいう事? まだわたしと張り合おうって気? 対した度胸だわ。見上げた根性だわ! そんならいいわよ。加東ルミ江! 勝負したいってんならやってやるわよ!」
 杏奈のキンキン声が銀座に響きわたる。今、ルミ江の脳はアズマトロンと連動していた。忍の0コンマ00……で行われる意識下の判断力を、アズマトロンで経由し、仲間に伝える。上遠野杏奈の超音波兵器は、周囲のビル広告のスイッチを入れ、スタンバイさせている。逢坂芹香も美姫ティも銀座に居た。六条美姫は結局、三人に説得され、しぶしぶ承諾したのだった。
「あなたは今日、ここで死ぬのよ」
 ルミ江は言い放つ。
「-------なんですって? なんてヤツなの!」
「あなたのように、他人を外部を否定する事で、自分の力を確認するしかない人間は、本当の自分の力を知らない。目覚めていない。あなたは本当は弱い人間だって事を認める事よ!」
「あたしが弱いですって?」
「あなたはわたしに勝てると思う? いいえ、勝てないわ!」
 ルミ江は挑発を続けた。
「こいつ……かえすがえすもムカつく女! いつもいつも、あたしを苛立たせる! スター気取りで、自分がナンバー1のスターだって顔をして。わたしはいつも加東ルミ江が邪魔だった。かえすがえずもウゼーんだよ! お前とわたしと、どっちが本物のスーパースターか、今日こそ決着を着けてやるわ! わたしこそが、真のスーパースターだって事、示してやる」
 リカが急降下しようとした瞬間だった。衝撃波がリカを横殴りに襲った。リカはシールドを張ったが間に合わず、銀座の時計台を破壊し、建物に突っ込んだ。立ち上がり、一体どこから、と怪訝な顔をしていると、また衝撃が襲った。杏奈の超音波が広告から発せられ、リカを襲ったのだった。リカはその兵器の存在をしらない。路上に転がると、六条美姫がいきなり現れた。
「スマーッシュ!」
 美姫のプラズマ弾がアルティメットラケットから繰り出され、リカは飛び上がる。弾はビルに突っ込み、ビルが崩れていく。リカはキョロキョロと見渡す。一体、さっきの衝撃波はどこから来たのだ? 考える間もなく、次の衝撃が襲いかかり、リカはそのつど吹っ飛んだ。
 全システムを掌握するルミ江が脳波の指示でアズマトロンを操作し、超音波の出る方向、出力をコントロールし、杏奈がオペレータとしてギターを使って音波を発生させている。それを美姫と芹香がゲリラ的にアシストする。この総体がスーパーソニックミュージック作戦、「SSN作戦」である。
 次第にリカは、ビル広告から超音波が発生することに気づきつつあった。だが、銀座はビル広告だらけである。加東ルミ江に接近しようとすると衝撃が来る。リカは、サード・アイ・プラズマガンで、広告のあるビルを次々破壊していった。しかし、実はプラズマガンにも限界はあった。接近しなければならないのだ。よって、衝撃を受けてしまう。標的は小さい。しかし、リカには別の強みがあった。リカは音速を超えて飛んだ。衝撃が来る前に飛び去った。
「こんな兵器、銀座なんか、全て焼いてやるぅ!」
 だがプラズマを撃つ瞬間に超音波が来て、リカは逃げなければならなかった。サード・アイ・プラズマガンを使えない。それに加え、美姫のラケット、芹香のヨーヨーがリカに襲いかかかる。彼女等に反撃しようとすると、また超音波に襲われるのだ。
「くそぅ卑怯だわ! 加東ルミ江! 正々堂々と勝負しな!」
 遂にリカは根を上げた。
「だったら、地上に降りて来るがいいわ! さぁ……あたしの前に!」
 ルミ江は路上に姿を現し、上空のリカに叫んだ。
 リカはルミ江の求めに応じて、地上へ降り立った。今、二人は間近に接近している。この距離なら、サード・アイ・プラズマガンで一瞬にしてルミ江は灰になる。だが同時に、ルミ江の蛇瞳がリカを滅ぼす。サード・アイ・プラズマガンか、蛇瞳か。それはまさに西部劇の一騎討ちの距離感覚だった。
「大胆じゃん、ピアノ線であたしを殺すつもり?」
「来てるわね、あなたの大事なペットが」
 ルミ江が指差す先に、空に浮かんだUFOがあった。それはフラフラと飛んでいた。
「いい加減に解放してやったら?」
「あいつの自由だ、好きであたしに仕えているんだよ」
「リカ。あなたの捕まえたものが宇宙の生物だってこと、それによって力を得ていること、わたしは知っている。でも、あなたは分かってないようね。今、わたしには分かったわ。すべてが」
「何を? もったいぶっちゃって。どーせくだらない事しか言わないんでしょ!」
「わたしの眼はごまかせない。あなたは、宇宙生物を支配したつもり。でも本当は支配されているのはあなたよ。よく真実を見なさい。わたしの瞳には、真実を見破る能力がある。蛇瞳がね。あなたは宇宙生物の幻惑に支配されている。宇宙貝が作り出した蜃気楼に惑わされているの。いいえ、わたしたちもそうだった。ついさっきまでのわたしもね。世界中、あなたの信念とそれが作り出した幻想に、騙されていた」
 ルミ江は月姫ネーターの使ったブーメランを車から取り出すと、上空の宇宙貝に向けて投げた。ブーメランは宇宙貝を真っ二つに引き裂いた。
「辺りを見なさい」
 ルミ江がそう言うと、リカは驚いた。銀座は破壊されていなかった。東京中が少しの破壊もなく、元の姿に戻っていた。アメリカもまた同様だった。バッドフィールド大統領も兵士たちも生きていた。ただ、すべてリカの信念を映し出した宇宙貝の蜃気楼、幻によって作り出された偽の現実、バーチャル・リアリティだったのだ! それは自分をJと錯覚させたアズマトロンのAR加東ルミ江を踏まえた彼女だからこそ見破れた真実だったのかもしれない。その中において、宇田川リカを包んだ戦闘服だけが形を維持していた。でも、もう彼女は空を飛ぶことはできなかった。それまでの浮力だけは真実だったが、それも宇宙貝の能力と同通していたから音速を超えて飛べたのであり、宇宙貝が死んだ今となっては、リカは完全に元に戻ったのである。ただ戦闘服だけが名残りとして残っている。
「こ、こんな、事って---------」
「あなたは自己愛を、外部の世界を権力と力でコントロールし、破壊することで成り立たせようとした。この国の支配者・東屋を操ることでね。あなたはとても弱い人間。あなたを身を守るために他を圧倒しようとした。そうしなければ、自分が負けてしまうと思ったからよ」
 ルミ江の蛇瞳は、リカの本性まで見破った。
「認めない、認めない。あんたの言う事なんて、認めるもんか!」
 リカにはまだ本来のバカ力だけはまだ備わっていた。リカは道路標識を引っこ抜くと、ルミ江に向かってフリ降ろした。ルミ江は素早く横へ飛んで避けた。リカを逆に捕まえる。ルミ江はショーウィンドウにリカを壁ドンした。リカの両眼はルミ江に間近に見据えられ、眼を反らす事ができない。リカはまだ蛇瞳を知らない。
 ルミ江の両眼が眩く輝いた。
「ギャァァアアアア--------ッッ」
 リカは全身から血を吹き出し、路上に崩れ倒れた。世界を震撼させた暴君は、その瞬間生涯を終えた。杏奈と芹香とルミ江は勝利をたたえあう。だが、六条美姫が居ない。美姫は戦場から姿を消している。


 帝王・加東ルミ江の元に、六条美姫から連絡があったのは二日後だった。
「今回の件はありがとう。感謝している。帝王はお前に譲った。その上で、お前に是非頼みがある」
 ルミ江は一人、美姫の居る晴海の湾岸へと向かった。
「どうしてもやるの?」
「そうさ。わたしでも倒せなかった宇田川リカを倒した女が、この世に居る限り、あたしの心は穏やかじゃない」
「やめなさい! 愚かな戦いを、まだ繰り返すつもり。美姫、私たちが戦わなければならない理由なんて」
 風に拭かれたルミ江の長い髪は、朝日に照らされてキラキラと輝いている。
「あたしにはある。十分な理由がな! 死んでもらう。ブラック……加東ルミ江」
 美姫ティは振り上げたラケットを突然、落とした。ラケットが、カラカラと転がっていく音だけが響く。
 ルミ江は見た、六条・キラーレディ・美姫の周囲が紫色に変じていくのを。毒。彼女の身体から、毒が発散されていく。ルミ江は一歩後退する。六条美姫は封印された忍の術をマスターしたのだ。それが自らの命を縮めようとも。
「障気光術……死ぬつもりだったの? わたしに勝っても、あなたは長生きできない」
「そんな事どうでもいい! 敵に同情するな。あたしを思いやる気持ちがあるなら、真剣に戦え!」
 長老もこの術で美姫に殺された。蛇瞳と共に、禁断の術だった。バジリスクに勝つ者は、イタチの毒。
 毒の光を発散する美姫。一刻も早く倒さねば、ルミ江は危なかった。美姫が身体の中に封印した放射能を止めるには、蛇瞳しかなかった。ルミ江の両眼は眩く輝き、美姫は両眼を大きく開いて崩れ海の中に沈んだ。
 路上に落ちたラケットを拾い上げようとした時、ラケットが突然輝いた。大爆発をおこした。イタチの最後っ屁。それが、美姫が仕掛けた最後の罠だった。辺りはもうもうと煙が立ち、加東ルミ江の姿は跡形もなく消えていた。


「金剛アヤナ……なぜあんたが?」
 杏奈は、東屋に現れたアヤナを怪訝な顔で見つめた。
「わたしは知っているわ、加東ルミ江の行方を」
「何だって!」
 杏奈は、ルミ江が美姫ティと戦い、その後どうなったか分からなかった。東屋財団クラウド局の情報網を持ってしても、ルミ江の行方はまったく掴めなかったのだ。
「彼女はきっと戻らないつもりよ。ここには」
「とにかく生きているんだな」
「それは保証するわ。でも、彼女は戻って来ないでしょう」
「あんた、何を知っているんだ」
「わたしも、それ以上の事は分からない。わたしも知りたくて、ここに来たわ。彼女の事を。引き続き、東屋でも、彼女を探して」
「言われなくてもやってるよ……」
 アヤナも確かな事は知らないらしかった。
「ルミ江さん……」
 杏奈と芹香は東京を見下ろし、加東ルミ江を思った。

 加東ルミ江の行方は杳としてしれない。ブラックは、またどこかで戦っているのかもしれない。
                                                                    END


※この作品は現実の人物、タレント、団体、業界、法律と一切関係有りません。

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