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第78話 SUCKER PUNCH 魔法のレシピで問題解決!

 ドナドナドーナードーナー------。

「何だここは----」
 新屋敷(あらやしき)の地下階。
 そこは巨大な歯車と、蜂人の兵隊と、労働者として働かされている町の住人たちが蠢く空間だった。チャペルの床から「没(ボッ)シュート」されて、穴に落ちた時夫は、その労働者と間違えられ、蜂人監視の下、強制労働をさせられている。目の前の巨大な歯車類を、ひたすら手でメンテナンスする単純作業だ。
「クッソー!! ……これが花婿に対する仕打ちかよ!」
(→勝手に動いて穴に落ちたくせに)
 この城は、さまざまな仕掛けが施されている、「不思議、発見!」といった建物なのだ。
 蜂人やサングラス男たちは、六角形の穴に落ちた時夫を追ってこなかった。サングラス男は時夫が穴に落ちたと女王に悟られたくなく、茸を代役にしてそのままスッ惚けたからだと、時夫にも容易に想像できた。そうとは知らない蜂人たち、時夫をすっかり労働者だと思っているらしく、こき使っている。
「あの……、ちょっといいですか」
 時夫は隣の労働者に声をかけた。
「はん?」
「ここは一体何なんですか?」
 彼も別の歯車をメンテナンスしている。時夫の仲間だ。
「ここはタイムゾーンって呼ばれてる。上の階で遊びほうける上客たちとは違って、俺たちゃ彼らと上の城を支える人間歯車だ。いわば俺たちは、巨大時計の歯車だな!」
 四十代の働き盛りの労働者は、日焼けした気前のいい笑顔を見せながらも、初対面の時夫に素直に愚痴った。
「タイムゾーンですって? つーか、一ついいですか? こりゃ、モダンタイムス・ゾーンそのものじゃないですか!」
 時夫が、その名前しか知らないチャップリンの名作映画「モダンタイムス」。しかし、意味論というものを探るうちに、金沢時夫にはすぐ答えが出たのである。機械の一部にさせられ、人間としての尊厳が失われていく世の中を風刺した映画の意味論を。
「まぁ、そう腐るな時夫くん」
「えっ……。俺の名を?」
 時夫は隣の男をじっと見つめた。心当たりはない。
「『半町半街』の、古城ありす達の仲間だろ?」
「はい……」
「ならこの町のレジスタンスだ。俺は佐藤」
 佐藤? だと思ったよ。この町の人質はみんな佐藤さんばかりだ。
 自分が意外と有名人らしき事実を突きつけられて、時夫はかなり戸惑った。自分達はこれまで、決して小さな戦いをしてきた訳ではなかったのだ。
「俺たち歯車は、上の住人と違って自我を保っている。そのおかげで……」
 あちこちにある大小の時計がいっせいに鐘を鳴らした。交代時間になり、時夫は佐藤氏に連れられるままに、集会場に向かった。
「ここは時計の中だけであって、全てが時間通りなんだ。八時間三交代制で、残業もないのはありがたい」
「……この人たちは?」
 労働者の頭がぎっしりと並んでいる。
「ウサばらしに作った労働組合の集会さ。蜂人も、労働時間以外は俺達を放って置いてくれる。さてっと、今日の話は誰の番かな?」
 演台に立った女性を見て時夫は唖然とした。壇上に現れたのが白く輝く白井雪絵だったからだ。しかし、時夫が手を振っても気づかない。
「ほぉ、……ありゃーお前さんのお仲間の雪絵さんじゃないか? 元は確か、えぇと白彩の菓子細工だったんだよな?」
「なぜそれを?」
「有名だよ、労働機関紙『ファイティング・マッシュルームズ』で読んだよ」
 そんなものまで、ここで発行してるのか。
「彼女は一体、何を話してくれるんだ?」
「さぁ。ぼ、僕には分かりません」
 雪絵は天井を仰ぎ見るようにして、話し始めた。
「ごきげんよう皆様」
「ごきげんよう雪絵さん!」
 全員が彼女の名前を知っているらしい。
「……今日は古(いにしえ)の伝説を話しましょう。場所は南極大陸です。今から一万年の昔、南極大陸では高度な文明が栄えていました。今と違って、温暖な気候でした。けれど、それを造ったのは人間ではありません。旧支配者と呼ばれている種族です」
 何の話だ? 雪絵の何かがおかしかった。しかし問題はそこではない。雪絵は目が完全にイッてしまっていた。抑揚の付いたしゃべり方は、まるで熱病に冒されているようだし。
「旧支配者は、奴隷生物としてショゴスという労働力を作り出して、都市を建設させました。お分かりでしょうか。それは、今の皆様と全く同じ状況でした」
 雪絵はゆっくりと労働者の顔を見回した。皆、恍惚の表情で聴いている。
「……旧支配者の圧政に耐えかねたショゴスは、自ら身体の中に作り出した脳によって知能を急速に伸ばし、とうとう反乱を起こしたのです。南極大陸で戦争が始まり、それはそれは激しい戦いでした。ショゴスには旧支配者のような高度な武器はありませんでしたが、自らの体に武器を生み出すことができたのです。変幻自在なその身体を利用して、ショゴスたちは大戦争の末、遂に旧支配者に勝つことができました。その結果、南極の文明は滅び、気候変動で氷の中に閉ざされています。ショゴスの一人に、雪を起こす力を持ったモノが現れたからです。ショゴスは生き残り、その後、世界中に散らっていきました」
 時夫が周りを見回すと、労働者の佐藤達も雪絵と同様の恍惚の表情を浮かべて、真剣に聞き入っているからおかしい。
「さて一万年後のこの恋文町で、私は生まれました。生まれた場所は白彩です」
 雪絵、チョット待て。その話の流れは……。
「私は白彩店長に作られたショゴロース製の菓子細工でした。この頃、ショゴスはセントラルパークの茸に姿を変えて、生き延びていました。店長はその茸を採取し、私はその手伝いをさせられていたのです。私には店長に抗うなんて発想はありませんでした。でも、ある人に助けてもらったんです。その時に、私は始めて自分というものを知りました。つまり、自我を持ったのです。意思と意識を持ったんです。それに加えて愛を……。そして遂に、私は店長に打ち勝つことができたんです。一万年前の南極大戦の再現でした。以後、独立を勝ち取る戦いはずっと繰り返されています。ですから皆さん、希望を持ちましょう! 一人ひとりの力は弱くとも、鉄の団結心を持ってすれば、不可能はありません。自らの力で、自由を勝ち取るのです」
 そういって雪絵は初めて時夫のほうを見ると、にこっりした。時夫はぎょっとした。労働者が全員、自分の顔を見たからだ。だが、それっきり、雪絵は時夫の方を見ることはなかった。
「今こそ皆さんが、立ち上がるべき時です! ウラ~~~~~~~!!」
 雪絵が右手を上げて叫んだ。
「ウラ~~~~~~~!!」
 労働者は全員右手を掲げて、歓声を上げた。
「オモテ~~~~~~!!」
 雪絵はくるっと手のひらをひっくり返して、
「オモテ~~~~~~!!」
「親愛なる同士諸君! 今からこの城の時計を破壊します。皆さん、団結の力を見せ付けてやりましょう。力を合わせて阿頼耶識時計、泊マリックスを破壊いたしましょう!」
 彼らは雪絵の言葉に促され……いいや、そそのかされるままに、雪絵を先頭にして、雪崩を打って集会場から廊下へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待て雪絵。この城の上の住人達は阿頼耶識装置に繋がっているんだ。もしこの連中に破壊なんかさせたら……」
 住人達が城のシステムと繋がっている以上、時計を破壊すると、上の住人にどんな問題が生じるか分からなかった。しかし時夫の声は、地下労働者の蜂起の叫び声でかき消された。とうぜん、雪絵の耳にも届いていない。時夫は、先頭を走る雪絵の姿を目で追うので精一杯だった。

 無人のゲームセンターで、ありすと店長の対峙が続いていた。
 ゲーム機の間に、違和感なく鎮座している三連立法体を、ありすとウーはじっと眺めていた。赤・青・黄色の三色の立方体が頂点を上にして、三つ連なっている。それらは各色がネオン管のような輝きを放ち、ゆっくりとそれぞれが逆方向に回転し……半透明できれいではあるが……、なぜこれが「半町半街」の店長なのかありすには分からない。「不完全な再生だ」などとこの物体は言ったが、ありすはこの「店長」との会話に、もううんざりしていた。
「行きましょ。こんな人相手にしてもしょうがない」
 ありすは立ち去ろうとするが、ウーはまだ立方体から話を聞こうとしたがった。そんなウーをほっといて、出口へ向かったありすがパタッと立ち止まる。
「マズルッ! 脅かさないでよ」
 ゲームセンターあらしではない。出口に佐藤マズルが立っていた。いつも神出鬼没だが、何の前触れもないのでギョッとする。猛スピードで移動しているときは目視できない。それが立ち止まると、突然出現したように見えるのである。
「いいニュースと悪いニュースとがあります」
 マズルは若干中二病ぎみだ。
「じゃあいいニュースから聞かせて」
「この城は、一個の巨大な時計塔です。阿頼耶識装置に、先ほどウィルスを仕込みました。今から幻想寺がハッキングを開始します」
 マズルはありすに歩み寄ると、いきなり用件に入った。
「で、どうやって?」
「説明します。泊(ト)マリックスはこの町のアップデートを阻止し、『ダークネス・ウィンドウズ天』が永久に来ない為のシステムを構築するための装置なんです。つまりそれが女王の魔学秘密兵器、『止(ト)マリックス』です。女王自体はアップデートに詳しくありませんが、茸からIT専門のエージェントを作ったようですね」
「それがあのリーゼント・スミスって奴か。たかが茸のくせして、けっこう高い知能を持っているみたい」
 ありすは、キラーミン以来の久々の手ごわさを感じていた。プライドの高さゆえ、崩れるのも早かったこの城の初代館長のグルメ・ウンチク野郎、カイバラストロロ湯山の方がまだましだった。完成度はあっちの方がずっと上だが。
「ショゴス製のエージェントは、阿頼耶識装置と連結して急速に知能を高め、さらに蜂人と協力して、城を『泊(ト)マリックス』へと改造しました。城内を監視し、パターン・マッチングで検地できないウィルス攻撃を発見する、ヒューリスティック・エンジンです」
 女王が凄いのか、ショゴスが凄いのか。幻想寺から城に逃げ去ったわずかな時間で作ったリーゼント・スミスは、これまでにない有能な部下へと成長していた。
「スミスって、スピードがめっちゃ速いのよね。マズルより速いのかしら?」
「……分かりません。おそらく、今は僕のほうが速いです。今は……ですけど。しかし奴は急速進化しているので、いずれは上回るかもしれません」
「それはまずいな。何度倒してもやってくるし」
 ありすの観察では、人質たちの間に混ざっている茸人なら、どれでも入れ替わることができる。やはり侮れない強敵だ。
「もう一点。奴には、個という概念がありません。そこがありすさん達が戦ってきた、これまでの主な敵との違いなんです。スミスは、データ上いくらでも自我を分散することが可能です。個が死んでも、すぐ別の個を生み出すことができる。だから三人体制で一人が土台に、一人が犠牲になり、もう一人が攻撃を食らわすなんていう芸当ができる。奴の実体は城のアグリゲータ、阿頼耶識装置そのものなのです」
 マズルは、スミスの詳細について適切に分析した。マズル自身もこれまで何度も対決しているらしかった。その都度、八極拳で撃破してきたという。だが、スミスのジェットストリーム・アタックにはマズルも悩まされたらしい。北の1ダースベイゴマ、西のキラーミン・ガンディーノ。スミスはその強敵たちに匹敵するかもしれない。
「西のサボテン・ガンマンの進化版ね。しかも、ディープ・ラーニングする」
「その通りです。時間が経つほどやっかいな相手です。シンギュラリティ(技術的特異点)に達したら、もはや誰もスミスに勝てない。実は、スミスの目的はそこにあるんです。サリー女王も幻想寺もありすさんたちも、全員勝てません」
 シンギュラリティとは、人類の知能をAIが上回る瞬間をさす言葉である。
 あくまで城の内部限定だが、科術師として進化しつつある古城ありすでも勝てなくなるかもしれなかった。
「シンギュラリティ? あの連中の目の中の時計は、シンギュラリティまでの時間って訳?」
「そうです」
 このままいくと、あのショゴスは女王よりも高い知能を有し、反乱を始めるかもしれない。真灯蛾サリーの茸にかける情熱は、茸料理に凝った西太后に匹敵するだろう。
「マズル~、この人ホントに『半町半街』の店長なの?」
 ウーが三連立法体を指差した。
「えぇ……店長さんですね。幻想寺がダークネットを使って侵入に成功させました。次元が異なるので、コミュニケーションが難しいんですよ。この形状は、ネットワークの階層モデルで、異なるレイヤー同士で処理するレイヤー・バイオレーションで実体化しています。今はこれが限界なんです」
「ねぇ、マズルは今何て?」
「さぁー。日本語でOK」
 ありすとウーは首をかしげる。
 三連立方体はマズルと話を始めた。
『ウォードライビングの結果はどうだ?』
「住人のスマホがゾンビクラスターになっていて、阿頼耶識装置だけでなく城全体で泊(ト)マリックスになっています」
『やはりか!』
「ルート・リフレクターを、城の上階から下まで設置しました。ケルベロスの解明はもう少しです」
「……マズル、ケルベロスって?」
「シングルサインオンで、大規模システム上にあるリソースを使える仕組みのことです」
 マズルと三連立方体店長は、二人をほったらかして難解IT用語の応酬で会話を続けていた。「不思議の国のアリス」では、芋虫が哲学的な会話をアリスに投げつけていたが、時代は二十一世紀の日本。IT用語で論じ合うというのは、いかにも「マトリックス」らしい。
「あーもう訳わかんないし!」
 ウーはどっかから拾ってきたサジ(先割れスプーン)を床に放り投げた。
「ところでありすさんは?」
「じゃあ、そろそろ私の作戦も聴いてくれる? 魔法のレシピで、ゾンビクラスターと化した住人とスマホを一気に元に戻す。それを、あんた達がやってる幻想寺のハッキングに仕込んでもらいたいのよ」
 魔法のレシピとは、幻想寺とマズルが行っているハッキングに、ありすが各店舗から逃げる最中にかっぱらった食材を加えるものだ。
 科術を「魔法」といわれるのを何より嫌がってたありすだが、これまでの戦闘で行ってきた作戦が、城全体に使えると分かって張り切っていた。
「この城に囚われた人々に、これが幻想であり現実ではないと気づかせるための無限たこ焼き。それを、マズルが構築した経路を伝って流し込む!」
「つまりその……ウィルスを?」
 ウーが余計な口を挟んだ。
「ウィルスじゃないわよ失礼ね!」
「ブルース・ウィリス?」
「ブルース・ウィリスでもない! 試しに聞いてみた、みたいな顔しないでよ。誰がナカトミ商事で孤軍奮闘する世界一運の悪いマクレーン刑事だ! ……ワクチンよ。この新屋敷自体が恋文町のウィルスでしょ」
 ありすは、同階のうなぎ屋の厨房を乗っ取った。そこで、この囚われた住人を現実に目覚めさせるたこ焼きのレシピの開発に励んでいる。
(……ま、もう恋文町(ここ)はすでに、現実世界じゃないんだけどね。)
 突然城内が揺れた。三連立方体の店長を見やると、三つの立方体がバラバラと崩れていき、ゴロンゴロンと分かれて廊下へと消えていった。
「何?!」
「これは、地下で何かあったようです!」
 マズルは「店長」が消えていった出口の方を見た。
「一体、何が始まろうとしているの?」
「第三次世界大戦です」
 それだけ言って、マズルは光速で走って消えた。ありすとウーも、後を追って廊下に出た。

「段取り通り式を行うのだ。分かっているな?」
 スミスはチャペルのベッドを見下ろして言った。
「……あぁ、分かっている」
 ベッドに座った時夫は顔を上げて答えた。
「もはや逃げられんぞ」
 スミスはベッドを見下ろす。
「あぁ。俺は彼女と結婚する」
 時夫は見上げて返事をした。
 パヒュ--------------------ン……。
 チャペル内に再び現れたサリー女王は、青いドレスを引きずって、華麗なしぐさでベッドの近くまで来た。時夫は横向きに座っている。
「なんか下が騒々しいわねェ。何の騒ぎ? まぁいいわ。そんなことより時夫さん、ドレスが決まりましたわよ~! い・か・が?」
 再び城が揺れた。時夫の横顔がサリーの方を一瞬向いた。サリーはギョッとした。体の右半分が時夫、左半身がスミスだったのである。
「な?! お前偽モンじゃないのよ!!」
 時夫を見失ったスミスが、慌てて茸を時夫に見立て、さらに半分をスミスにして一人二役のトゥーフェイスで会話していたことに、サリーはようやく気づいた。
「このクソッタレ!」
 女王はすそを持つ係のスミスをにらみつけた。
「ふざけたことしてると大なべで全員茸スープにしてやるから! とっとと本物の時夫さんを見つけて来なさい! このスカポンタン!」
「アラホラサッサー」
 軽薄な笑顔を浮かべた半分時夫で半分スミスの、リーゼント・スミスはミス・ドロンジョと化した女王に頭を下げると、下の階へと降りていった。

 先頭を走る白井雪絵は高く拳を突き上げた。
 雪絵の目が光っている。労働者の怒りの目・怒りの目・怒りの目。それに蜂人は恐れをなして飛んでいく。蜂人たちは、地下でひっそりと暮らしてきた絶滅危惧種だ。本来、平和な生き物なのである。
 そこへ、ショスタコーヴィチの交響曲第5番「革命」第4楽章が響いてきた。きっと労働者の魂が叫んでいるんだろう。
 金沢時夫にはもう、どうすることもでなかった。
 雪絵の中の<ショゴス>としてのDNAが、これまで横暴な主・女王サリーに対して反旗を翻させてきたのだ。今、それが爆発段階に来たのだった。雪絵の中には、ショゴス時代の先祖たちの「叛逆の精神」が眠っていた。逆らえば捕まり、粛清されそうな気配だった。
 雪絵がたきつけた地下の労働者たちは、蜂人たちともみ合いながら、スパナやモンキーレンチを手に手に、眼を血走らせて地下の時計の心臓部を破壊すると、五つある地上階への扉を破壊し始めた。
 そこへリーゼント・スミスが三人で現れ、怒れる労働者たちの前に、つやっつやの顔つきで立ちはだかった。しかし、今回の彼は明らかに動揺していた。
「何をしている!」
 前に立った一人のスミスが雪絵と労働者に声をかけた。
「時計塔を破壊します。あなたも元はショゴスよね。……いつまで女王に操られているつもり? 私と一緒に目覚めなさい!」
 光る目を持つ雪絵はスミスに言った。
「バカめ、お前達は『ダークネス・ウィンドウズ天』が何だか知らないのだ! お前たちが城の『泊(ト)マリックス』の時計を破壊すれば、それはもう止められない。新屋敷・泊マリックスに接続された人質たちも全員死ぬぞ!」
 リーゼント・スミスは平然としておらず、明らかに慌てていた。
「私の邪魔をするつもりなら、下がりなさい! みんな、団結の力を見せてやりなさい!」
「そうだ団結だ! 女王を倒せ、やっちまえ、圧政者をぶち殺せ!」
 労働者達は一斉に叫び声を上げた。目覚めた住人は、機械室からあふれ出し、機関紙「ファイティング・マッシュルームズ」をばら撒いて、上階の仲間への覚醒を促そうとしているが、そこはまだ地下だった。情熱が空回りしている。時夫が見ると女王からの自由、独立が記されたガリ版刷りだった。さっきの雪絵の演説の概要が掲載されている。いつの間にこんなものを? おそらくは、前もって印刷室で準備していたものに、急遽載っけたのだろう。すさまじい段取りの良さ。
「この町の住人を死なせるつもりか!」
 必死で止めようとして踏みつけにされ、ぺらぺらの一旦木綿となったスミスは、そのままの格好で宙をふわふわと飛びながら群衆を追った。他の二人のスミスは、群集ともみ合いになっている。
 雪絵は、ケルベロスのシステムの認証鍵を持っていた。冥界の番犬ケルベロス。それは、厳粛なチャペルの結婚式のファイヤーウォールへの侵入を可能とするものだ。
 雪絵が率いる群集の遥か後方に、時夫は勢いに翻弄されて取り残されていた。そこへようやく体を三次元に戻し、スーツのほこりを払ったスミスが現れた。
「時夫くん、私と一緒に女王の処へ来い!」
「無駄だ、もうお前らには彼らは止められない」
「分かってないな。お前も、ダークネス・ウィンドウズ天がどんなにとんでもないシロモノかという事を。私達はこの町の住人を守っているのだよ!」
「どういうことだ。訳を言え」
「もしもアップデートがこのまま再開されれば、洪水が起こる。この町の雪を溶かす洪水が近づいてくるのだ!! みんな死んでもいいのかな?!」
「何だって?」
「だったら住人たちを救うのは君だ、時夫君」
 タモリの蝋人形みたいな奴が、可能な限り切実そうな面構えで叫んでいた。

 パヒュ--------------------ン……。
 リーゼント・スミスに引き連れられた金沢時夫は、従業員専用エレベータで、女王の待つチャペルへと戻ってきた。ファイヤーウォールが一時的に解除されると、変な電子音が響いた。
 結婚式の準備が整っていた。巨大な三段ケーキが鎮座し、蜂人がずらりと並んでいる。部屋の中心にドレスの女王が待っていた。
「ご苦労。邪魔されないように、ファイヤーウォールを閉めてくれる?」
 サリーはスミスに命じた。外から入るときは、たとえ身内だろうと、一旦ファイヤーウォールを解除しなければならない。女王にとって、下で何が起ころうと金沢時夫との結婚の方が大事だった。
「この泊(ト)マリックスに私と時夫さんを接続し、結婚式の契りを交わすとき、私は今一度女王としてこの町に君臨する! この恋文町でね! そしたら町の住人達なんてもう必要ない。さぁケーキ入刀の時間ですわよ。二人でこのナイフでケーキに刃を入れるとき、阿頼耶識装置にあなたと私は接続される」
 ケーキ入刀スイッチだ。それが、阿頼耶識装置の本格起動スイッチだった。二人で入刀すれば、金沢時夫は完全に女王のものになるのだ。
(これか。……つまりゾンビクラスターと化してる下の住人のスマホとも連動しているんだな)
 うかつに、ケーキを破壊できなかった。
 パヒュ--------------------ン……。
 サリーに気圧された時夫がケーキ入刀した瞬間、ファイヤーウォールを破ってありすが登場した。
「させるくわぁー!」
「何ですと?!」
 サリーは驚いて、時夫から手を離してしまった。
「喜べ、少年! その結婚に意義あり!」
 ありすはロビーの巨大招き猫前で雪絵と合流し、ケルベロスの認証鍵を貰ったのである。しかし、その雪絵とウーの姿はありすの横になかった。
「あんたを式に呼んだ覚えはないけれども? ありす」
 サリーとありすは、これで何度目の対峙か。全くこの二人は仲がいいだか悪いんだか。
「ケーキはあるけど、見たところ、結婚式の料理が全然整ってないじゃない。ここはあたしの無限たこ焼きで歓迎してあげなくちゃね」
 ありすは、サリーと時夫が持っているケーキナイフに注視した。巨大ケーキには、何かの仕掛けが施されているに違いない。この城の秘密に関わる何かが----。科術師としての本能がありすにささやいていた。
「お断りします!」
「嫌でも食わせる!」
「お前達、やっておしまい!」
「アラホラサッサ!」
 命じられたスミスがバラバラと、十人ばかりも勢い込んで襲い掛かったが、ありすに瞬殺された。ありすの強さには、もうサリーは一対一で勝てなかった。
 ドライアイスが部屋に充満していく。
「何よこの演出」
「フフフ、結婚式にドライアイスはつきものでしょ。たった今、準備が間に合ったわ。この部屋は今至高魔学製ゼッフル粒子が充満してるから、無限たこ焼きは打たないほうが賢明よ」
「バブル時代の結婚式じゃないの! ウンベルトA子並のセンスよね」
 ドライアイスならぬ至高魔学性ゼッフル粒子(※銀河英雄伝説)。火気ではなく、なんとありすが科術の光弾を撃てば部屋が爆発するガスだ。魔学の光弾も同様であった。もうチャペル内では、白兵戦以外では戦えない。
「これじゃキャンドルサービスもできないジャン!」
 いやそれこそバブル期の結婚式。
「来いベネット! ナイフ一本でやりましょう。無限たこ焼きで秒殺じゃつまらないでしょ?」
 サリーは、ケーキ入刀ナイフをスチャッとかざした。
「誰がベネットだ」
 次の戦いは、八十年代の大味アクション映画「コマンドー」ネタか?
 問題は、どうも金沢時夫が先にケーキに入刀した直後らしいという事だった。もっともサリーの表情から、サリーはまだケーキに入刀していないと分かる。サリーがケーキに入刀すると、たちまち阿頼耶識装置が発動するらしい。全てのパワーストーンを失ったサリー女王の、唯一の勝機だった。
「宿敵同士、ナイフ一本でやりあいましょう。それこそがクライマックスの醍醐味ってもんよ?」
 古城ありすはテーブルの予備のナイフを取ると、ケーキ側に立った。自身もスチャッとナイフを構える。
「ありす、ケーキを破壊するな。気をつけろ。下の住人たちと繋がっている……」
「分かってるわよ」
 時夫の声で、ありすは巨大ケーキを女王の入刀から守るカッコウになった。
「どうありす? あたしをケーキナイフで切り刻んで御覧なさい!」
「ニャロ~~~無限たこ焼きなんかもう必要ないわ。ぶっ殺してヤル! ビーッチ! ……トリャー!」
 二人の、ケーキナイフによる激しいちゃんばらが始まった。
「どーした?! ありす、大分お疲れが溜まってるご様子。人間生活が長くて徹夜が堪えるわねぇ。ナイフ・ファイトではあたしに勝てないようね。オホホホ……」
 時夫は半ば呆れていた。パン剣もどーかと思ったが、今度はケーキナイフのチャンバラかよ。不思議ハザード恋文町はカオスのフルコースである。
(こいつ……そこまでして勝利を!)
 女王の結婚式にかける一途な情熱に、ありすは押されつつあった。

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