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第54話 YouはShock チキチキ松戸マックス猛レーツ

 また高校の夢を見た。朝、時夫は登校時に自転車をこいでいる。だが、高校までの道のりは遠い。そして途中にある川に橋が掛かっていない。やむをえず、時夫は橋を作り始めた。そんな事をしたって、間に合う訳がないのに。きっと、遅刻の強迫観念にかられているせいだろう。

「急がなきゃ。雪絵さんがゲートルームから地下へと連れ去られる前に!」
 幾らギャングが、五十万ドルを無視できないとはいえ、向こうには常にこっちの予想を超える行動を取るキラーミン・ティーチャーがいるのだ。
 一行は恋文町を越え、再びブランコ一味が占領する漂流町へと向かった。一体、禁断地帯に何が待ち受けているのか。ギャングそのものよりも、この西部のエリアの広大さ。これがやっかいである。何しろ、今回は西全体が場異様破邪道なのだ。北もそうだったが地形的不利さで、うかつに動いても砂漠を彷徨うはめになる。寒いのも辛いが暑いのも辛い。おまけに連中からすれば、庭みたいなもんだし、こちらが圧倒的に不利だった。ゲートルームは漂流町にある。しかし、その隣町の漂流町は勝手に移動してどこだか分からない。今は石川ウーのスパイ活動の成果たる、漂流町の位置の座標計算に頼るしかない。
「禁断地帯って、一体何なんだ?」
 後部座席の時夫が、西の地平線の先を見据えながら訊いた。その隣には、巨漢のドイツパン剣豪・レート・ハリーハウゼンが座っている。もっとも今はブーランジェ(パン職人)と、ガンマン・スタイルの中間的なファッションに身を包んでいた。運転手のありす、それに助手席のウー。古城ありすのパーティ「セブン・ネオン」は結局この四人だけだった。
「あたしにも分からない。でも無理に出ようとすると、死ぬのかも。禁断地帯と呼ばれるだけのことはあるトンでもない何かが外に待っているのは確か」
 運転しながらありすは返事した。「外」か……。ありすの金髪がパタパタと風に靡いている。
「こりゃタクラクマクラ砂漠ね」
「……タクラマカン砂漠?」
「あ、そうそう」
 ズォオオオオ……。茫漠とした砂漠地帯を駆け抜ける一行は、西へ西へと進む。無尽の荒野の先にある天竺を目指して。いやシルクロードじゃないし。
「大地は焼け焦げてるわ」
 時間は午後二時を回っていた。長い一日であった。
 真夏の炎天下と化した西部。常夏だった東どころではない。照りつける灼熱の大地。南と似たような状況で、何もない荒涼とした砂漠だった。サボテンが時折あり、転がり草タンブル・ウィードが時々回っている以外は動くものもいない。
「灼熱の……」
 砂漠に、トーストが無数に浮いている。そう、朝食に出るトーストが。こんがりと焼けた正方形の食パンが地上から1.6メートル上空に浮かび、それが地平線まで連綿と続いている。
 ありすはジープを停めた。
「なんだここは」
 時夫も呆れて怪しげなこの景色をしげしげと眺める。
 焼け爛れた大地と食パン。ダリみたいだな。どうやって浮かんでるのかは不明だった。するとドイツパン屋のレートがじっと観察した後、振り返る。
「うん。間違いない。これは雑誌『暮らしの友』社の商品テストの実験の残骸だ!」
「残飯?」
「ソウネ。その昔、高度経済成長期に雑誌記事の企画として実施されていたものですが、なぜかこんな所に。『トーストされた大地』という意味論が働いて、きっとおかしなことになっています」
 辺りを見ると、山と詰まれたトーストもある。それらは無造作に、埃っぽい大地にゴミのようにうち捨てられていた。
「なんかもう、夢でも見てるみたいだな」
 現実とは到底思えない景色。もう長いこと、時夫はそんな気分に浸っている。いやもしかしたらこれは本当に夢なんじゃないか。そんな事を思わんでもない。だが、いくら頬をつねっても頬が痛いだけである。残念ながらコレは夢ではない。
「こんな事になっても、元をただせば、全ては地下と白彩の陰謀なのよ。ほどけない靴紐、臭くならない靴下、破れないパンツ。作ろうと思えば作れるのに、なぜか企業は作らない。この現象は、そういう企業の陰謀と同じことなの」
 バレンタインやクリスマス、さらにハロウィンが企業の陰謀とはよく聞く論理だが、東西南北の異変もそれと全く同じだとありすは言った。その企業の陰謀を暴くために、「暮らしの友」は記事を書いた。しかし一体どんな業を使ったら、これほど大規模な陰謀が可能なのか。地形が変わり、気候が変わっている。だのに一部のインフラ、車道や電信柱が不自然に残っている。これから向かう禁断地帯に、その答えが隠されているのかもしれない。

ストレンジャー・イン・ウエスト

 再び車を出して約五分、ありすは再び車を停めざるを得ない状況に陥った。車の前方を、ヌーの大群が横切って通過していく。ヌーとは、アフリカ大陸に居る、巨大なたてがみを持った黒い牛のような動物だ。
「こんな時に……」
 ハンドルに乗せたありすの指先がパタパタとせわしなく動いている。いつまで経ってもヌーの大群が立ちはだかる。もしかすると、数万頭はいるのかもしれない。無理に行こうとすれば危険だ。いたずらに時間だけが経過する。
「待つしかネーナ」
 これが西部に再侵入したありす達への、敵の妨害かどうかは分からなかった。レートも眉を寄せて腕を組んでじっと見つめている。
「牛なら、オレに任せなよ!」
 近くの丘に人影が立っている。格好良く午後の太陽をバックにしているせいで、逆光で誰だか見えない。しかしカウボーイハットを被り、一見して西部劇の登場人物のようだった。だが、それは「へのへの」ではなさそうだ。男はハーレーダビットソンに跨ると、丘を降りてきた。「トォッ!」この面構え。確かにへのへのではないが、同じくらい軽薄な笑顔のカウボーイ、シャッターガイである。
「ヒーハーー!!」
 シャッターガイは、右手に持ったロープをくるくると回している。その先端は輪になっており、ガイがバイクでヌーを追いかけると、ヌーの大群は面白いように逃げていく。黒い牛たちは、このロープが事の他怖いらしい。その後をありすのジープが追いかけていく。まるでモーゼの紅海真っ二つである。ほどなくして、ヌーの大群は車道の左右に散らばっていき、やがて胡散霧消した。
「二番バッター! COWBOYのC、シャッターガイ、来てくれたのね」
 ありすのその掛け声は何なんだ。ま、いいか。
「もちろんだぜ! トゥギャザーしようぜ!」
「あんた、シャッターを抜け出せたの? ホントにカウボーイだったんだね」
 ありすは一旦車を停めた。
「おぉ! 俺の絵のモデルの奴は、実はテキサスレンジャーに正規に所属していたんだぜ。名はシェーン」
「まじで? やっぱそうじゃん!」
 ウーが身を乗り出した。まさか、本当にテキサスレンジャーが現れるとは。
「……カンバーックの?」
 ありすが訊いた。映画の「シェーン」とは似ていなくもないが、ヘラヘラしていて、もっとお調子者といった感じだ。だがシャッターガイは、正確にはシェーンという人物をモデルにした「絵」であり、その擬人化である。
「そうとも。誰かの助けが必要な時に現れる! それが、『男』ってもんだろ。カンバックしてきたぜい!」
「レート・ハリーハウゼンだ」
「あんたか。よく恋文銀座でご夫人と歩いてるの見かけたぜ」
 男同士でガシッと握手している。この二人はうまくやれそうだ。
「まぁ、その……何だ、ようこそ三次元へ」
「いやぁ三次元はさすが、風は感じるし暑いし、身体は重いねぇ~! だけどバイクで大地を疾走するなんて、風を切り、大地を駆る!! 全くサイコウだな」
 暑苦しい奴。シェーンことシャッターガイがバイクで先導し、再び灼熱の大地をJ隊のジープが疾走する。その道の脇に、なぜか浮かぶトーストの列が続いている。助手席のウーが座標計算した漂流町はまだ遠いが、確実に近づいているらしい。

「あら、あらら……?」
 ありすが前のめりになった。前方を走るバイクに乗るシャッターガイが手を振って速度を落とす。程なくしてジープは停まり、目の前に川が出現した。
「こんな川あったか?」
 時夫がいぶかしがるも、ジープは一応印旛沼付近まで来ているのかも知れなかった。だが、地形が大分変わっているせいで確証はない。
「やれやれ、今度は川の出現ですか」
 レート氏が肩をすくめる。
「遅刻しそうなときに都合よく川が出現するなぁ。いいや、この場合は都合悪くか。このままじゃ、雪絵さんの救出に間に合わないかも。橋はないし、どーしよっかなぁ」
 焦ってるときに限って、障害が出現するものだ。川はそれほど幅が広いわけではない。確かに、J隊のジープで踏破できるかもしれない。しかし、思ったより深かった場合は嵌ってしまう危険性があった。
「まさか、橋をかける訳にもいかないしね。さる♪ ゴリラ♪ チンパンジー♪」
 ウーが半分冗談交じりに言った。歌ってるのは「戦場にかける橋の主題歌」のアレンジだ。
 ありすが川沿いに車を走らせようとしたその時だった。
 カーンカーンカーンカーン。
「あの音は……」
 五人は一斉に後ろを振り返った。
 J隊の特殊車両が追いかけてきた。
『川に応急架設橋を建設する事を提案する! 81式自走架柱橋は、災害に備え、橋梁の迅速な復旧作業を遂行する為の三倍性能のJ隊のトラックである!』
 車から放送が聞こえてきた。しかもそのトラックは不必要に真っ赤に染まっている。
「HEADのHで送水口ヘッド、三番バッター……」
 自分で呼んでおいて、なぜか驚いている様子のありす。
 そう、運転席に座しているのは、紛うかたなき送水口ヘッド。即ち送水口のヒトモドキなり。それが運転するJ隊のトラックはジープの横を通り過ぎ、川の中へとドザザザァーッと派手な音を立てて入水していった。トラックの荷台には、折りたたまれた橋脚と橋桁があり、それが油圧で動き出す。たちまちにして一行の目の前に「橋」が完成し、ありすのジープとシャッターガイのバイクは無事川を渡ることが出来た。
「待ーたーせーたな古城ありすよッ!」
 トラックから送水口ヘッドが降りてくる。「真夏」の太陽を浴びてギンギラギンにさりげなく輝くその頭。マントを羽織っているが、暑くないのだろうか。
「面妖な」
 レートは今度は握手しようとはしなかった。来てくれたのはいいのだが、時夫もこいつだけは信用できない気分だった。
「こんなもの、どっから調達したの?」
「メインインフラなら私に任せておけ! ……あんたもご存知の小林カツヲからの提供だ。J隊は災害時に派遣され、消火活動も行っている! だから送水口とて、J隊と縁がない訳ではない! さぁ行こう、敵のアジトへ。今こそ女王の陰謀を挫き、恋文町を地下帝国の手から解放するときが来たのだ!」
 さすがヒトモドキである。信念もクソもなく、ありすが渡したセブン・ネオン一本で簡単に寝返った。この先、ウンベルトA子も出てくると思うと、かえって不安になってくる。
「サンキュ。じゃ、前に進みましょ。ウー、漂流町の座標は?」
「もう少しよ」
 ウーはさっきからビー玉を覗き込んで、そこに映るぐるぐる公園を観ている。どうやらウーはぐるぐる公園に行った時、そこで漂流町の位置を知らせるサインを作動させたらしい。ビー玉を覗き込むだけで、ウーは既にカーナビのように漂流町の座標を確認することができた。
「さっきから、このジープ、浮かぶトーストの横を通っているでしょ」
「うん」
「確信したわ。このトースト、町まで続いている。トーストを伝って行けばいずれ漂流町へとたどり着く」
 ウーはちらちら手元のビー玉を確認しながら言った。
「そ……そうなのか?」
 時夫は素直に驚く。ウーのナビが、浮かぶトーストが続く先へ向かっているような気がしたのは偶然かと思っていたからだ。
「なるほど、意味論が見えてきたわ。このトーストには何も着いていない。つまり、中立なのよ。問題はこのトーストに『何』を着けるか? 甘いジャムか、それともハリッサみたいな辛いペーストか」
 ハリッサが何なのか時夫は知らなかったが、何となくありすの言いたい事は分かった。要は連中は当然劇辛ペーストだろうが、トーストを甘く塗り固めることができれば、つまりこの西部を甘く染め上げることができる。この浮かぶトーストは西部の象徴(シンボル)なのだ。
「素晴らしい論考です。ありすさんはまさに一流の科術師。私も同意見です」
 レートが頷いた。
 こうして、古城ありすのジープの隊列に送水口の特殊車両が加わった。
「時夫君。奴は雪絵さんを見た途端に、寝返るかも知れません。油断は禁物です」
 隣に座したレート氏が時夫に囁いた。
「全くですね」
「でもさ。……意外と、いい奴ジャネ?」
 ウーが言った。
「いいや、私は騙されない」
 レート氏は敵陣からの参加をあまり快く思っていないらしい。出現するタイミングが良すぎるところを見ると、もしかして送水口ヘッドに監視されていたのか、などという考えが生じ、気味が悪い。もっとも西部に送水口なんて見なかったはずなのだが……。

 ドロドロドロドロ……。
 地平線が赤く煙っていた。無数のバイク軍団がこちらに向かってくる。タンブルウィードの襲来時ほどの数ではないが、どうやら火麺団らしい。仮面をつけたルチャリブレ(プロレスラー)のようなライダー、筋肉モリモリ。最前線にはホッケーマスク然とした鉄仮面をつけたマッチョが、キャラメル色の筋肉をヒクヒクさせながらド派手な改造車を運転していた。一斉に爆音をガナリ立てていたバイクは停車した。
「なぁありす。女王ってさ、確か暴走族が嫌いだったよな?」
「しっ」
 時夫の疑問をありすは一蹴した。千葉といえば房総半島。房総半島だから暴走族。だから出てきたのであろうか。それともあれか、「松戸マックス」か。いや、これらはサリー女王ではなく、おそらく黒水晶の趣味なのだろう。
「お前達には失望したぞ。恵瑠波蘇での取引をむげにして俺の店内でマシンガンをぶっ放し、アンタッチャ・ブルの部下を全滅とは! お陰でまた戦いを続けなければならなくなった。こうなったのも、全て古城ありす、お前の自分勝手な行為のせいだ。西部に侵入し、我が物顔で通過しようとする。だが、愚かな計画だ! 周りをよく見ろ、ここは死の谷だ。ここを支配するのは、ブランコ一味の火麺団、ヒューマンのカスだ! ヒューマンのカスに逆らうことはできん」
 しゃがれ声で、身振り手振りがさすがメキシカンレスラーだ。こんなむくつけき男がオーバーアクションで厨房の中でラーメンの湯切りをしているのだろうか。
「……あっはっは!」
 ありすはいつの間にか運転席の上に立っていて、なぜかドッグフードを開けて先割れスプーンでパクパク喰っていた。
「話し長げーよ。十秒にまとめろよ」
 世紀末風だが「夜露死苦」旗や、大漁旗まであるのは何故だろう。
「設定めちゃめちゃじゃないのよ」
 しかもヒューマンのカスの胸には、成田山の交通安全のお守りがぶら下がっているのをありすは見逃さなかった。
「文句のある奴は千葉に来い! 揉んでやるぜ」
「銚子(調子)に乗ってんじゃないゾ? 勝手に、千葉を代表しないで下さいますぅ?」
 すると一団の中から、アンタッチャ・ブルがサブマシンガン片手に躍り出た。
「おい古城ありす! キサマァアぶっ殺してやる」
「ブル、ブル気を静めろ!」
 なぜかヒューマンのカスはブルを静止する。
「奴は俺が……見てやがれ、男女平等パンチを喰らわすぜ」
「静まれ、静まれ! ゲームは終わりだ。ゲームは終わりだ。俺達がここに来たのは、話し合いで解決するためだったろ?」
「何が話し合いだぁー。話し合いはもういい! 殺るんだ!」
「待て! ブル」
「奴らを殺るんだ!」
「言うことを聞け! 落ち着け! 愛する者を失ったその痛みは分かる。だが俺のやり方でやる。俺のやり方でだ。まずは……」
 ヒューマンのカスの太い腕がアンタッチャ・ブルを締め落としに掛かっている。
「かっ仇を討たせてくれ。仇を!」
「ガソリンを手に入れるんだ。その後で、お前は復讐を果たせ」
 話が変わってる気がするが。ガソリン? すでにブルは腕の中で気絶している。
「なーにがフクシュウだよ。サボテンのへのへのじゃん! 俺が法律だとかいってるバカ、学芸会はその辺で終わりにして」
 アンタッチャ・ブルだけ少し顔がマシなヒトモドキってだけで。ジャックとニックをウーに瞬殺されても平気の平左だったキラーミン先生の足元にも及ばない。
「しょせんヒトモドキだ。言っても無駄デース」
 時々冷たくなるな、レート氏。
「……連れて行け! 殺し合いはもう散々やった。お互い何の得もないだろう。この際だが、俺が妥協案を出そう。今すぐここを立ち去れ!」
「ふふん、しゃらくさいわね。何人連れてこようと、あたしには、この……」
 ニヤリとして荷台に積んだガトリング銃を構える。
 するとその時、東側から別の轟音が鳴り響いてきた。今度はバトルトタンクローリーの出現だった。運転してるのは犬。そう、おっさん犬。世紀末の荒野に足りないものは「犬」だったのかもしれない。バブル期のテクノが荒野に鳴り響く。今回はユーロビートだ。その巨大なバトルタンクローリーの上にお立ち台のように立っていたのは、
「A、ウンベルトA子。四番バッター。……いい所だったのにィ!」
 ありすの見せ場を奪った西部に場違いすぎるあの恐ろしくデーハーなバブル女だった。まためんどくさい奴が。次から次へと訳の分からない連中が登場し、西部は別の意味で無法地帯と化していた。
 ドガガガガガガ……!
 バトルトラックは派手にドリフトして停車し、A子はヒューマンのカスを見下ろした。
「遅いわよ」
「デビルスタワーの上で踊ってたのに、誰も気づかないんだもん」
「分かるかーい!!」
 デビルスタワーは荒野のお立ち台じゃない! そういえば、遠ーくから小さな音で猥雑なテクノ音が響いていたような気も。
「洋画に出てくる悪者おばさんみたい」
 ウーはまだ警戒心を解いていない。
「誰がBBAだ! 私はまだ二十七よ! おねぇさん、おねぇさんと言いなさい! 訂正しなさいよ! あんた」
「誰だオマエは!」
「誰だお前はって言った? そうですあたしが薔薇の名前はウンベルトA子デス! あはん♪ さてはそんな格好で、あたしと鬼ごっこをやろうっていうのね?」
 A子は右手に握ったセブン・ネオンを陽にかざし、銜えてラップに包まれた中身をキーッと歯でこそぐ。
「……言っとらん!」
 A子はよじ登ってきた火麺団の一員を、スノードームでバコンとぶん殴った。中で粉雪が舞っている。
「お前はもぅ……死んでいる!!!」
 必殺の武器はバブル時代の定番お土産である。……いつも持ち歩いているのか?
「私をザウスに連れてってー! フォローミー!! 鬼さんこちら、あたしを捕まえて御覧なさいおばかさーん」
 A子はトラックの上から扇子を振ってトラックを発進させた。
「ラッセイラー、ラッセイラー、ラッセイラッセイ、ラッセイラー!」
 唐突に始まっただんじり祭。火麺団はありすの事は放っておいて、今度はトラックを追いかけ始めた。これがサボテン・ヒトモドキの性質なのである。
「……なんだあのズンドコ・ダンスは?」
 どうやらバブル・クイーン・森高千里の真似らしい。
「これぞ扇子・オブ・ワンダー!」
 火麺団はそれぞれ火炎放射機を構え、トラックを追いかけながら火を放った。A子はおっさん犬(=ユージ)にホースを伸ばすように指示した。おっさん犬が「ゲッヒヒヒヒヒ」と笑い、ボタンを押した。タンクに積まれた水が、トラックの上のホースから勢いよく撥水される。A子の放水には甘い成分が含まれており、火炎放射に対抗した。だが、それだけではなかった。彼らを追うように、送水口ヘッドのJ隊の特殊車両が続いていく。
「フハ、フハハハハ、印旛沼の水、たっぷりと喰らうがいい!」
 運転席から身を乗り出した送水口ヘッドはその「両眼」から撥水し、すでに送水口ではなくなっている。そうである、この時カレは「採水口」になっていたのである。送水口と採水口では役割が正反対だが、形態は全く一緒なのだ。そのマントの中の身体は一体どこに接続されているのかは分からない。ただ、さっきの川で地下に走る水路か何かを細工したらしかった。つまり、この砂漠の下には水道などのライフラインがまだ生きている事を証明している。ついでにコイツの口ぶりから、さっきの川が印旛沼付近であると分かった。だったら火麺団など印旛沼に潜伏するカミツキガメに喰われちまえばいい。
「これは……子供の遊び科術が稼動し始めている」
 水が! 火が! 冷たい放水に改造車は吹っ飛ばされ、逆に紅蓮の炎がバトルトラックに降りかかる。鬼ごっことはいうが、A子一人に対して鬼の数が圧倒的に多い。おまけにその後ろをさらに送水口ヘッド改め採水口ヘッドが追いかけるカオス状態。二人は、数で勝る火麺団の炎に対し放水のコンボで戦う。もはや「チキチキマシン猛レース」の世界。遠ざかってゆく火麺団とA子らを双眼鏡で眺めて、七丁目での苦労を思い出し、その渦中に居なくてよかったと思ったありす達だった。ぽつんと取り残されたアンタッチャ・ブルは既に遁走している。完全に見せ場を奪われたありすを放っておいて、主戦場は移動する水と炎のだんじり祭へと移行していた。
 カンカンカンカン……。
 A子のバトルトラックは、前方に出現した踏切の前で停車した。バトルトラックに牽引される形となっていた火麺団は、東から来る列車に目を奪われている。JRの普通電車だ。改造車が続々と立ちはだかるようにして線路に停車していく。A子を放っておいて、今度は連中は列車強盗に攻撃目標を切り替えたらしい。最初の標的・ありすはどこへやら。条件反射、パブロフの犬とはこの事か。全く短絡思考の連中だ。
 列車と火麺団は十分に距離があったので、両者は追突することなく停車した。火麺団員はバラバラと降車し、武器を構える。不気味に沈黙した列車に向かって、A子がトラック上から何かを投げている。おにぎりだ。列車の自動ドアが一斉に開いた。雪崩を打ってドアから降りてきたのは、ストライ鬼。赤鬼・青鬼関係なく鉄の棍棒を持って、降ってくるおにぎりに殺到する。火麺団が何事かと身構えた一瞬、両者の衝突が始まった。
「かかったな火麺団、はっはっはぁー!! 最初からここを目指して逃げてたのよ! ストライ鬼をおにぎりでてなづけりゃ、鬼ごっこはこっちのモンよ。ホッファ委員長、やっておしまい!」
 FELIXガムを噛んでるA子は下界を見下ろして高笑いした。
「アラホラサッサー!」
 ストライ鬼は八百人は居るだろうか、圧倒的な数の前に火麺団は敗退した。

 アベシッ!!!!

「い……一応役者が揃ったわね」
 勝敗が決したことを双眼鏡で確認したありすは、三人に伝えた。
「あんなヤツらを本当に雪絵に会わすつもりなのか? ありす」
 時夫は問いただした。
「毒を以て毒を制すよ」
 「セブン・ネオン」が揃ったことで、ありすのパーティはなぜか横並びの隊列で、スローモーションで西の漂流町を目指して進んでゆく。映画「アルマゲドン」のテーマ曲「ミス・ア・シング」がJ隊のジープのラジオから流れ出す。小林カツヲの放送だ。

 いや~、「不思議の国のアリス」ってほんっと~にイイもんですね! それでは次回をご期待ください。サイナラ、サイナラ、サイナラ~~!!

しおり