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第39話 スネークマンションホテル

 踏み切りを越えた直後の事である。やけに外が騒がしい。ストライ鬼たちの事ではない。重戦車の装甲を通しても風雨がバシバシとぶつかる音がするのだ。
「雨? ウー、ちょっと潜望鏡で外を見てくれる」
 この戦車は外着カメラで車外の様子を写して運転しているが、前方しか見えない。潜望鏡(ペリスコープ)なら、様々な角度で外の様子を見ることが出来る。
 ウーが覗くと、日はすでに暮れ、戦車が照らす路上は激しい雨脚が、蝶々のように跳ね上がっていた。ウーは360度ぐるりと辺りを確認して、確信した。
「た、台風だよ」
 日が暮れるのが早いと思ったら、急に雲が暗くなっていた。突風と雨。嵐だ。
「今度は台風かよ! 今は冬だぜ? 念のため言っとくけど」
 南で何が起こったかを思い出した時夫は嫌な予感に包まれた。地震の影響なのか何なのか、がけ崩れがグランドキャニオンと化し、そのせいで脱出できなかったのである。それにしても、さっきまで雲はあったが晴れていたはずだ。なぜ、踏み切りを越えた途端に台風に見舞われるのだろう。しかし戦車であれば、キャタピラが着いているので泥濘(ぬかるみ)があっても嵌ることはない。今ほど戦車を持っていた古城ありすに感謝した瞬間はなかったが、相手が台風では戦車で戦う訳にもいかない。
「冬の場合は爆弾低気圧っての。台風は実は年中発生してるけど、冬は日本に上がってくる前に水蒸気が蒸発しちゃう。温帯低気圧が急激に発達したものが爆弾低気圧よ。くっ、こんな時に。戦車だから車内は安全だけど、さすがに日が暮れてから一晩中外を走り回るのは危険が危ないわ。時間が遅すぎる」
 ありすは、恋文銀座の千代子とレートまで戻ればよかったと後悔した。
「あ、電柱が!」
 ウーが何かを見つけて声を上げた。嫌な予感。
「どうした?」
「上がトーテムポールになってる。あっちも、こっちもだ……。一つじゃない」
 車外カメラからは電柱の上まで見えないので、ありすと時夫は交互に潜望鏡を覗いた。確かに電柱の頂点にぐるぐる公園のトーテムポールがくっついてた。

 ンガァアアアアアッッーオォォンン……

 サンダーバードの雄たけびが、激しい雨風の音と共に車内にも響いてきた。
「と、いうことは……」
 ありすは潜望鏡をぐるりと回し続けて確信した。最大パワーを誇ったサンダーバードが上空を旋回中だった。コンコルドみたいな姿のサンダーバードはぷらんで~と「恋武」の四階に住み着いていたお陰で、敵に捕らわれてしまったのだろう。「ポスターの女」に操られるまま、サンダーバードはマネキンに電撃エネルギーを与えて、イナズマネキンを製造していた。本人はそのつもりはないかもしれないが、今まさにサンダーバードはスーパーセルの中心にいて、爆弾低気圧の勢力を拡大中であった。
「これは完全に掴まったな、サンダーバードは地下勢力に」
 時夫は座り込む雪絵を心配そうに見下ろす。
「電柱のトーテムポールで四方を結界のように囲まれたために、きっと逃げられなくなっちゃったのね。同じところを回転してる内に、いつの間にか爆弾低気圧ができあがってしまった……」
 そのタイミングが、なぜかありすの戦車が踏み切りを越えた瞬間だった、というのは偶然ではないだろう。
 雪絵の肌が冷え切っている。容態が悪いのは誰が見ても明白だった。
「雪絵さんも疲れてるし、このまま前に進んで、どっか一泊するとこないかな。せっかく線路を越えれたんだし、努力は無駄にしたくない」
 皆、同意見だった。「千代子とレート」まで戻るなんてもったいない。
「も、申し訳ありません……」
 焦点の定まらない視線で、雪絵は呟いた。
「あ、謝ることないよ」
 ウーが慌ててフォローする。
「そうよ。あたしも疲れた。今日は……。仕方ない。今日はもう遅いから、どっかに泊まるしかない」
 ありすはそういって、潜望鏡を覗き続ける。
 ぐったりした雪絵の消耗はかなりのものだった。
「あそこだ!」
 駅前ホテルが潜望鏡を覗いたありすの目に飛び込んできた。闇真の嵐の中で、眩く白く輝くライトアップされたホテルは、なんとなく「古城」を髣髴とさせる。
「ラブなホテルじゃないのか?」
 交代して覗く時夫は警戒した。それにこのホテル、どうも外見がお化け屋敷にそっくりだ。もしも、ここが敵基地だったとしたら。
「外見はそうだけど……一応、ビジネスホテルみたいよ。今日はあそこで一夜を明かしましょ」
 そういうありすの横顔が、時夫には何気に興奮しているように見えた。地下のサリーの洋館のときのリアクションを髣髴とさせる。ありすは入る気満々だった。派手なネオンが輝く「古城」風で、一見するとラブなホテルのようで、入るのがはばかれたが、もはや背に腹は変えられなかった。建物横の駐車場に戦車を停めると、四人はホテルに一気に走りこんだ。
 入り口に、一言も発しない送水口ヘッドが佇んでいる。石川ウーがその金色の頭をポンポンと叩いた。
「あんまりこんな事しない方がいいんだけどな」
 二番目に金沢時夫がコンコンと人差し指で叩いた。
 三番目に白井雪絵が、爪を立ててカンカンと叩く。
 四番目に古城ありすがケリを加えたせいで、バキッと大きな音がした。
「やりすぎだ……」

 自動ドアを入り、明るい光に包まれた赤いカーペットが敷かれたロビーまで来て、四人はようやく室内の温かさにホッとした。外とはまるっきり別世界だ。案内板によると、プールや、スポーツジム、そして和食堂、リラクゼーションコーナーなどがあり、一応まともなホテルのようだ。
「いらっしゃいませ。ようこそスネークマンションホテルへ」
 赤い上着を着た、ポニーテールにした満面の笑顔の受付嬢が声を掛けてきた。
「四人だけど、空いてるかな。四人相部屋でもいいよ」
 ありすは受付嬢に訊いた。
「四名様でございますね? 当ホテルはウィークリーマンションの機能もございます。短泊でしょうか、長期滞在でしょうか?」
 突然戦車で訪れた四人に、受付嬢は愛想よく応対した。
「一泊です」
「かしこまりました。ただ今、ウィークリーマンションのお部屋もご利用になることができます。一室に部屋が二つあるタイプもございます。そちらも、非常にリーズナブルなお値段で一泊が可能でして、すぐお部屋をご案内できます」
「あっそう。じゃあお願いするわ」
 笑顔で答えるありすの横で、時夫とウーが凍りついてた。
「ポイントカードはお持ちですか?」
「ない」
「……なぁ。ここって敵の基地って事はないよな?」
 時夫がひそひそ訊いた。
「急いで入ったから、正直自信はない。もしそうだったらゴメンね」
 ゴメンて。雪絵がさらわれるかもしれないのに。
「私が絶対守るから」
 確かに、恋文町の何処に敵の基地が存在するのか、全容はまだ分からないというのが正直なところだった。かなりの数の敵基地を潰してきたのは事実だったが。というのも全ては、古城ありすがずっと白彩に近づけずに、白彩の陰謀を防げなかったことが原因だった。だからこそ、ありすはこうして今も、戦いを積極的に続けているのだ。
「……確か、送水口ヘッドの放水魔学がもたらした幻術の建物の名前も、『スネークマンション』じゃなかったか?」
 時夫がひそひそとありすに重大な事を言った。
「そうだっけ?」
 幻術のせいなのか、ありすははっきりと覚えていないらしい。
「あの時、支配人がウィークリーマンションがどうのこうのって言ってたぜ」
「やられた。名前を確認してなかった」
 人生には三つの坂があるという。上り坂。下り坂。まさか。「スネークマンション」の名称に、ありすも次第に記憶が呼び覚まされたらしい。
「それにさ、このホテル、地下の城になんとなく似てないか?」
 だから時夫はホテルの外見を見たとき、それとなく注意を促したのだ。恋文駅の踏み切りの向こう側にも、敵の基地があったとしても不思議ではなかった。しかもこのスネークマンションホテル、露骨に地下の古城を連想させた。飛んで灯に入る冬のありす。古城のようなホテルなど、あからさまに怪しい外見にも関わらず、古城ありすはあまりに軽率に、灯火に飛んでくる蛾のように吸い寄せられた。要するにここは元々「罠」である可能性が高かったのだ。
 雪絵がしゃがんでうずくまった。
「……お客様! 大丈夫ですか?」
 受付嬢が駆け寄ってきた。外を見ると、ガラス戸に激しく雨風が叩きつけている。
 もう戦車に引き返すのはかえって危険だ。
「早く、部屋を案内して」
 ありすは決断した。早く雪絵をベッドで休ませなければならなかった。彼女は、消防車の中で送水口ヘッドに「何か」を吸い取られたのだ。
「いい? こうなったら終始、客になりすますのよ。ここには敵が仕掛けた、何かの意味論が仕掛けられているかもしれない。でも要は、それを発動させなければいいのよ」
 なるほど。「恋文はわい」でも畳の縁をふみさえしなければ、床ジョーズは決して出てこなかった。とはいえ、入るときに送水口を全員でぶん殴ってきた訳だが。しかもありすなんか、「ケリ」を入れている。わざわざ、敵の注意をひきつけたようなものだが、ありすの顔にはその事を言えない雰囲気が漂っていた。このゴスロリ魔法少女、結構うかつでアバウトである。
 カウンターで、魚型の頭のついた鍵をもらうと、四人はエレベータを上がって、スィートルーム1103号室に駆け込んだ。
 中は部屋が二つあり、二手に分かれて休めそうだった。広い部屋をありすとウー、雪絵の三人が使用し、狭い方を時夫が使用する。
「まだ、敵の基地と決まったわけじゃないかも」
 ありすは部屋を見渡して、独り言のように呟いた。
「それはどうかな……」
 それはありすの希望的観測というものではないかと、時夫ですら思った。古城ありすにして、この状況では希望的観測にすがるしかないのかもしれない。そしてこの部屋、あまり言いたくないが、なんか見覚えが。やっぱり総帥公ヘッドのマンションにそっくりだ。
 カーテンを開けると、外は激しい雨風、そして雷がひっきりなしに鳴っている。
「しばらく脱出は出来ないわね。雨がやむまでは……」
 明日の朝までに、雨が止むといいのだが。
「体が冷えている! 早く雪絵さんの体温めないと」
 ベッドの横に雪絵を寝かせたうさぎが慌てている。そういう自分はホットパンツ姿で嵐の中を潜り抜けたりして、冷えてないのだろうか。不思議だ。
「シャワーで温めるしか。金時君、あっちの部屋に行ってて」
「いや、ありすちゃん、この冷え方はそのレベルじゃないよ。大浴場に浸からないとだめ」
 ウーはそういうが早いか、さっさと雪絵を連れて部屋を出て行ってしまった。
「やれやれ。ここの正体も分からないってのに、雪絵さんを引っ張りまわして。あいつ分かってんのかしら。ま、しょうがないわ。あたしも行くから、金時君は絶対、部屋から出ないでね」
 ビシッと時夫の顔に人差し指を指すと、ありすは出て行った。……人の顔に指差すな。大体、なんて俺だけシャワーなんだ? 俺だって疲れてるし、風呂に浸かりたいわ。そう時夫はブツブツ心の中で不満を漏らしていたが、このホテルでウロウロするのはやっぱりご免こうむる。そう考え直し、シャワーだけでも冷えた身体を温めることにした。幸い、温かいシャワーは、冷え切った体も心も解きほぐし、和ませてくれた。
 テレビを着けると、外の爆弾低気圧情報をひっきりなしに流していた。一人でベッドに腰掛けながら、腕を組んでテレビを見ている内に、しばらくして電話があった。緊張しながら出ると、ロビーにいるありす達だった。
「食事ができるってさ。金時君、降りてきてくれる? 一階の食堂で合流しましょ」
 なんだかありす、もう普通のホテルに入ってる感覚の声だ。「恋文はわい」の時と一緒じゃないか。くつろいだ途端に、古城ありすはそこが敵基地である可能性を忘れてしまうような気がする。
「ちょっと待て、ここは敵の基地だろ。そんなところで食事は……」
「まじめかッ」
 ガチャン。
(全く)
 とはいえ、時夫も空腹だったし、雪絵が気になるので下へ行くしかない。

 食堂から大勢の宴会声が響いている。凄い賑わいで、こんな喧騒ではゆっくりと飯が食えないなと思って引き戸をガラリと開けたら、全く人が居ない。嵐の音だったのだろうか? 四人は無言で席に座る。
 天井の高い、大きな和室の長テーブルに座っているのは、ほぼありす達だけだったといっていい。他に一組の客がいるだけである。給仕によれば、多くの客はすでに食事を済ませた後だという。
「風呂はどうだったんだ。他の客は?」
 時夫が部屋をちらちら見回しながら訊いた。
「快適だった……けど、お客はあたし達だけだったわね」
 雪絵の肌が、ほんのりピンクに染まっている。少し元気になったようでホッとする。ありすによると、ここはマナーに厳しいことも特になく、温泉である大浴場もいたって快適だったらしい。だったら時夫も入りたかったのにと思う。今のところ、このホテルで不思議現象は起こっていなかった。外見がお化け屋敷みたいだが、普通にいいホテルなんじゃないのか。
 しかし食事が運ばれてきた時に、四人にかすかな違和感が生じた。夕食は、和食だった。よく見ると、お麩のフルコースだ。ありすの大きな瞳の真顔が麩料理を睨みつけている。それだけではない。一膳多かった。とはいえ、お通夜みたいに四人で黙って見下ろしていても、空腹が収まるわけもなく。恐る恐るウーから箸をつけ、四人は食べ始めた。
「美味しいよ?」
 まだ肩に濡れたタオルをかけて、髪も濡れているウーが部屋に響くかという声で言った。女性でも食べやすいヘルシーな麩料理の数々。麩のから揚げ、麩のハンバーグ、麩のうなぎの蒲焼もどき、そして麩のお吸い物、工夫を凝らした麩料理は絶品だった。
 さておき、長居は無用だ。その時、黙って食事を済ませて部屋に戻ろうと考えている四人と、反対側の部屋の隅に座っている中年夫婦の話し声が聞こえてきた。
『やっぱ佐藤さん、ここで一泊してから失踪したらしいよ? 佐藤さんさ、恐怖のお化け屋敷だっていう噂を確かめようとしてたから』
『恐怖のお化け屋敷? 都市伝説の一種だよ。それは。佐藤さんに何かいえない事情があって、このホテルの名前を利用したんじゃないの?』
 太った亭主は気にも留めないという顔で、ひっきりなしに箸を動かしている。
 「恐怖のお化け屋敷」! 耳を傾ける四人に一気に戦慄が走った。
『いやそれが、あの三人目なのよ、あたしが知ってるだけで。町内会の副会長さんと、いつも清掃ボランティアで一緒になるピアノ教室の奥さんでしょ? 両方とも佐藤さんていう名前なのよ。で、皆このホテルに泊まったのよ。その話を聞いて弁当屋さんの佐藤さんが、じゃあ、肝試しみたいな感じで行ってみるって言ってたのよ』
『だから、それぞれ別の理由があるんだよ。年末だからな。失踪っていっても、急な理由で出かけただけかもしれないし。……この麩うまいな』
 夫婦は酒が入っているのか、次第に声が大きくなっていた。
『そのお弁当屋さんの佐藤さんがね、最後にメールが来て言ってたんだけど、ここの料理、なんか恐ろしい食材で作られてるんじゃないかって』
『よせよ。食欲なくなるじゃないか』
 消える住人の噂。恐ろしい材料で作られた恐怖の料理の噂。もはや確実だろう。
『ちなみに俺たちも佐藤じゃないかよ』
 ピシャ! ゴロゴロゴロ……
 稲妻が光った。もう一度窓辺の夫婦に眼をやると、夫婦の姿はどこにもなかった。料理も置かれていない。そして座布団が濡れている。四人は無言になる。
 その時、雪絵が消え入りそうな声でぽそりと言った。
「私のせいで、皆さんにご迷惑をおかしてしてしまって……ここに泊まることになったのも、私のせいですよね。ほんとにごめんなさい」
「ううん、違うわ。外が嵐だったからよ。雪絵さんは気にしないで」
「そうだよ。あたし達も昼間戦って、体力の限界だったの。でも元気になったみたいでよかったよ」
 ウーは笑った。なぜかみんな声が小さくなっていた。
「にしても、変な名前だな。スネークマンションって」
「そうですね」
 時夫と雪絵は笑った。そこには、どういう意味があるのだろう。意味、か……。意味とか考えない方が無難だ。
「一膳多いがどうする?」
「放っときなさいよ!」
 緊張しながらお麩のおかずを食べていたら、白米ばかり残ってしまい、軽く追い詰められる時夫であった。残りの一膳のおかずに手を出し、ありすに「メッ」と叱られる。もう一度箸を伸ばす。バシッ。(……痛え)また箸を伸ばす。ビシッ。しばらくその攻防が続いた。
「もう行きましょ」
 全員が八割食べ終えたのを確認したありすは、そそくさと先に食堂を出て行った。

 部屋に戻ってテレビを着けると、爆弾低気圧はしばらく千葉県北東部に留まり、当分出られないのは確実だ。明日の朝にまた確認するしかない。
「あのお麩料理で確信した。やっぱりここは敵の基地だった。外は台風。幾ら戦車でも、出ない方が安全だ。つまり、クローズドサークルね」
 ならば食べない方が無難ではないかと思うが、何故かいつも敵基地で食べる展開になっているような気がする。しかし、お麩料理が敵基地である証拠について、ありすは何も語らない。
「で、どうする?」
「雪絵さんの体力が回復するまではなんとも」
 少し血色が良くなったとはいえ、食べたらしばらく休ませないといけなかった。満月の光が取り込めればいいのだが、あいにくの天気だ。
「あたし達も、身体を休めましょ」
 チャンネルを変えたウーが、
「ねぇ観て。テレビにまで茸人が出ている」
 というので時夫らがみると、番組名は『茸の部屋』というが、茸ではなくて黒柳○子と田原○一郎と安藤○雄で、対談相手は、靴下を履かない主義の不倫文化研究会? つまらないのでチャンネルを変えると、『宇宙粗大ゴミ・ガラクタカ!』という昔のSFドラマがやっていた。
「あ、冷蔵庫、けっこう種類揃ってるよ」
 ウーが前屈みでジュースを物色する。
「時夫何か呑む? コーラにする? ペプシにする? それともあたし?」
「や、やめてくれ。そーいうの」
 なんでも「あたし?」をぶっ込まないでくれ。
「あぁ~もうクタクタ。科術ってエネルギー使うのよね」
 ウーが眠い目を擦っていた。夕食も腹八分目ながら食べたし、後は寝るだけだ。と思ったが、ベッドの上になぜか掛け布団がないことに気づいた。
「別置きになってる」
 ありすが掛け布団の扉を見つけた。おそらく、和洋折衷という奴だろう。
『ザ・寝具』
「これで寝るのか? やだなぁ」
 時夫が扉を開けると中から、テ・ケリリ! テ・ケリリ! と聞こえてきた。
「またかよ!」
「旧支配者的な布団で寝るなんて、ぞっとしないわね」
 布団に襲われる展開はごめんだ。にしても、ぞっとするのかしないのか!
 とかいいながら、ありすとウーはすでに掛け布団を引っ張り出している。見た目は普通の布団だが、科術の力で調査でもしたのだろうか。ありすは掛け布団をかぶると、それっきり「ザ・寝具」を不問にした。じゃ、さっきの鳴き声は何だったんだ? 時夫が扉をニ~三度開け閉めすると、その都度テ・ケリリ!と響いた。どうやら扉の蝶番の軋み音だったらしい。全く紛らわしい。それにしても、恋文図書館で、この恋文町でラブクラフトの本が隠されているのは何か訳があるのだろうか。
 突然電話が鳴った。
 ありすは出た途端、眉間にしわを寄せた。
『よぅエディーじゃないか。懐かしいなぁエディー?』
 ありすはガチャ切りする。
「何よこのホテル?」
「何だったの」
「……間違い電話」
 何の変哲もない布団にもぐりこんだ時夫は、やっぱり考えていた。
(「スネークマンション」って、一体どーいう意味なんだ……。スネーク……蛇か。蛇が出てくるのか。いや、イミフなんだが。それが、マンションとどう関係する? やめたやめた。考えない方がよさそうだ。)

 コンコン。

「Kサツだ、誘拐の現行犯で逮捕する。開けろ!」
 眠りに落ちようとした四人は、いきなりたたき起こされた。
「えぁ? だっだ~れぇ?」
 ありすはドアの前に立って、寝ぼけて変な声で返事をした。
 ドンドンドン!
「Kサツだ! 開けるんだ! お前達を逮捕する」
 隣の部屋から追って出てきた時夫が、ドアスコープを覗いて確認すると、確かに二人の警官が立っていた。一人は太っていて、はっきりと見覚えがあった。
『あいつらは……恋文交番の警官だ』
 時夫は混乱した。時夫と雪絵が交番に行ったとき、警官らは要領の得ない返事で二人を追い返したものの、彼らもこの町で起こっている「不思議の国のアリス現象」に翻弄された人々のはずだった。一体何故それが、こんなところにいるのだろう。……誘拐だと? 一体誰を? いや、大体予想はつく。白井雪絵だ。いつの間にか、恋文交番は女王の手先になったというのか。だとしたら、どうやってここを突き止めたんだ。
『木っ端役人共が』
『相手は人間じゃないわ。キノコか何かよ』
 ありすは声を潜めて返事をする。その顔は確信めいている。
『いや、しかし……』
 この町の人々は、徐々に地下勢力の手先に入れ替わっているのか。逆らう者は電柱やてんとう虫に変えられ、あげく警官まで茸に入れ替わっている。そんな馬鹿な。よく考えてみれば、恋文町の消防団も、送水口ヘッドの手に落ちていたのである。もうこの町で、例外などありえない。何が起こっても不思議ではないのだ。

 ドンドンドンドンドン!

「だっ、だれぇぇ?」
 ありすは寝ぼけたふりを貫こうとする。
「恋文Kサツのジェラード滝沢だ! 開けろ! 早く開けるんだ!」
 そんな名だったのか? 恋文交番じゃないのか? 微妙に名前が食い違っている。
「だ~~~れぇ~~~!!!」
 ありす、やりすぎない方がいいんじゃ。
「ケイサツだッ!! 開けろッ、オイ、開けないか! ケイサツだぞ!!」
「警察?」
「そうだ、おとなしくしてれば手荒な真似はしない。こんなトコに隠れてないで、おまわりさんとKサツで茸カツ丼食べよう、茸カツ丼!」
「ここは警察じゃないわよぉ~?」
 って、おいおい古城ありすのそのリアクション!!
「俺がKサツだ! 早く開けろ! 開けないか! キサマ、早く開けろ!!」
 警官はいきり立って、ドアを破壊しかねない勢いで叩いている。
『ちょ、ちょっとありす、大丈夫なのかそんなリアクションで』
 さすがに時夫は焦りを感じたが、ありすはいたってまじめな顔だ。ウーは後ろでケラケラ笑っている。雪絵はまだザ・寝具で寝ている。
『しっ、茸だから、大丈夫だって言ってるでしょ』
『本物だったらどうするんだ? ここはちゃんと説明したほうが』
『だめだめ! 徹底的にごまかすのよ!』
 出たほうがいいんじゃないかという時夫の意見をありすは一蹴した。
『本当か? ありす。俺が会ったやつらにそっくりだぞ……』
『私を信じて! 茸人なら信念がないから適当に話をずらせば、そのまま話題がずれていく』
「早く開けろ!」
「だ、だーれぇー?」
 ありすの心臓の強さに感心するしかない。っていうか、これも科術の呪文か何かか?
「Kサツだといってるだろーが!! キサマ、Kサツを知らないのか。ポリス、サツ、デカ! Kサツ! 誘拐犯共、ホテルから通報があった、そこに被害者がいるのは分かってるんだぞ!!」
 なんだって……やっぱりこのホテル。沈黙していなかったのだ。遂に攻撃を仕掛けてきた!
「ここは警察じゃないわよ??」
 まだ言うか。
「ここはKサツじゃないよ!! だから俺がKサツから来たんだよ」
 ありすはくるっと振り向いた。
『金時君も、さ、やってみて』
 よ、よし。
「誘拐だって? ここにイエティーなんか居ないぞ!」
「イエティーが居ない?」
 ドアの向こうが急に静かになった。
「あぁ居ない!」
「……そこにイエティーを匿ってるのは分かっているんだ!」
 本当だ……馬鹿すぎる。見事に引っかかった。いつの間にかイエティーをかくまって居る事になっている。
『いい調子だよ』
 とありすが囁く。
「イエティーが何をしたというんだ!」
 時夫は調子に乗って返事をした。
「お前イエティーの知り合いか? そうだな、そうなんだな?」
「イエティーは家でティーを飲んでいるだけだ!!」
「どいつもこいつも! イエティーが家でティーを飲むだとぉおお……! おいお前、Kサツをなめてるのかーッッ!!」
 さすがにからかいすぎたか。ドアを叩く音はますます激しさを増していく。
 するとありすはポケットから赤い飴玉の指輪を嵌めると、いきなりドアをガチャリと開けた。本物だったら給料の三か月分じゃ買えない。
「ねぇねぇ観てみて。この指輪、でかいっしょ、でかいっしょ! 武器になんの。アーンパーンチ!」
 ボカーン!! 指輪を嵌めた拳で、あっけに取られた警官の顔面をぶん殴った。太った警官は廊下に砕け散った。もう一人も同様にぶん殴ってバラバラになる。暴力的解決。これはもはや、科術ではない。
「あっお麩だ。お麩人間?」
 茸ではないものの、お麩で出来た警官たちは、古城ありすの急襲に、とっさに対応できなかったようだ。応用が利かないのが、茸人やお麩人間たちなのである。
「お麩人間……とうとう、見えてきたわね。このお化け屋敷の正体が。確か、レートさんが日本にもパン剣があって、車麩だとか油麩だとか言ってた。それに、レートさんが言ってたあの小さな森の所有者の名前。伊東一糖斎。完全に敵の基地の中だ。料理も全てお麩だらけだったし、きっと、受付嬢も給仕も、ここの関係者はみんなお麩なのよ」
 そういって、ありすは指に嵌めた指輪キャンディをなめて考え事をしている。
 ベッドでは、依然白井雪絵が眠っていた。

(※参考・スネークマンショー「警察だ」)

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