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第30話 ケチャップ飛び散るスプラッター「アタック・オブ・ザ・人食いバーガー」

 恋文銀座の表通りを一本入ったアメリカ横丁に、赤と黄色のど派手なロケットが建物の角に鎮座する「ロケットバーガー」があった。ロケットは二階建ての建物を突き抜ける巨大さだ。入り口には確かに行列が出来ている。「冬休みセール期間中」であることも関係するようだ。こんな目立つ店だが、道を一本入らないといけないので時夫はついぞ存在を知らなかった。古城ありすが知らないのは意外だったが、漢方師はファーストフードなど食べないものなのかもしれない。ウーはいかにもという感じだが。いや、またしてもウーが知っているのは怪しいかもしれない。行列とはいえ、波のように人が動き、十五分程度で三人は中に入ることが出来た。しかし、一階は満席だったので二階へ上がるようにとへそ出しウェイトレスに案内される。派手な赤いロケットはエレベータで、三人は二階へ上がった。ありすはエレベーターの内装を眺めている。
「問題は動力が何で、どうやって動かすかよね」
「ひょっとして飛ばす気かよ! 勘弁してくれ」
 三人は「ハードロックカフェ」を髣髴とさせるアメリカン・テイストの店内のカウンター席に座った。
「匂うわ……場異様破邪道の匂いがプンプンする」
「なぁ、本当にここで食べるのかよっ」
「ここまで来て食べなかったらかえって不自然でしょ」
「全く、人を食ったような話だ。俺、食べようとしたハンバーガーに食われるのだけはゴメンだぜ」
「またまた~何シュールな顔してんの?」
 ウーがくすくす笑った。
「シュールな顔って、失礼な。せめて『シュールな事言ってんの』といえ。さっきシャッターガイがそう言ったろ」
「え? シャッターが? 何だって。まぁ時夫ったら! 何言い出すのよ」
 哀れむような目でウーは時夫を見つめた。コイツ……。
「君さ、前から思ってたんだけどホントに俺たちの味方なんだろうな? 君のせいで毎回俺達は大ピンチなんだぜ」
「何よ、時夫、まだ疑ってるの。あたしが地下に居たから? 潜入捜査官だって言ってるでしょ」
 そんな話は始めて聞いた。
「静かに」
 ありすはさっきから他人に気づかれない範囲で店内を探っていたようだ。
「あたし、ちょっと気づいた事があるんだけど。あのロケット、エレベータにしてはどう考えてもでかすぎるし、精巧すぎる」
「それがどうした」
「……本物じゃないかって事よ」
「馬鹿な。蒸し返さないでくれ。内装はただの飾りだっただろ」
 また古城ありすが不穏な事を言う。
「そうかな。この恋文町は意味論が支配している。だとしたらありうる話だわ」
 もし本物だったら、どういう事だろう。ひょっとして伏木有栖市は、種子島と姉妹都市か? 公園に展示されてるD51のような払い下げを、エレベータに改造したとか。
「……ポイントカードありますか?」
「いえ、ありません」
 注文してカウンター席に座る。運ばれてくるのを待つシステムらしい。
「3・2・1……発射!」
 アナウンスされる女性の掛け声と共に突然店内が輝き出し、踊るウェイトレスがカウンターにトレイを運んできた。
「来たわよ」
 小声でウーの無駄口を制するありすの前に、「ロケットバーガー」が置かれた。バンズとパティ、ピクルス、チーズ、キャベツなどが延々七段も重なった40センチはあるロケットのように高く積み重なったバーガー。値段は2500円もする。確かに、はみ出た真紅のケチャップが殺人バーガー風ではある。うさぎと時夫は二段重ねのオーソドックスなバーガーだ。それでも少し大きいところはアメリカンサイズか?
「食われる前に食う。味を調べないとこれから戦えない。先制攻撃って奴よ」
 調査のためとはいえ、なぜ、ありすはロケットバーガーをわざわざ頼んだのか。しかも飲み物はワサビサイダー。それから驚異的な現象が起きた。二人が見ている前で、上から順に、どんどんありすのハンバーガーが消えていった。一点を見つめながらひたすら口に運んでいく。ごまかしなし、科術でもなんでもない。古城ありすは大食いファイターだったのだ。
「ふぅ~味は本格的ね。バンズもパティも。こんだけ旨けりゃ、確かに行列並ぶのも少し分かるわ。ちょっと甘みさえ感じる……」
 そういってありすは沈黙した。
「でも、この肉、ホントは人間の肉だったりしてね」
 ウーが口許にケチャップをつけて笑った。
「また変なこと言わないでよ」
 といいながらありすは、ワサビサイダーをくるくるストローで飲み干し、ケチャップだけが着いている空の皿を見ている。誘拐された人間たちの行く末を考えると、ウーの言った可能性はありうる。都市伝説ではあるが、人肉入りバーガーだとか、ミミズバーガーとか、四本足のフライドチキンなんて話も存在するのだ。
「……それで?」
「このバーガー、食べてみて分かったわ。白彩の砂糖が使われている。きっとそれで生き物のように動き出したのよ。つまり、白彩の工場で作られた砂糖が使われている。こっちのワサビサイダーは、アガベシロップとジンジャーエールね。それが地上で人を襲うというのは、一体どういう意味論を導き出すのか。日本でハンバーガーの歴史は、戦後の進駐軍と共に始まった。要するに進駐軍の代表的な食べ物。コレが肝心なところよ。ここが場異様破邪道なら、地下の侵略の橋頭堡としての意味論がバーガーには込められている……ってことは十分にありうる」
 意味論及び砂糖は、魔学発動の重要な要素だ。ちなみに米軍基地のある沖縄もハンバーガー王国である。
「じゃあもしここが場異様破邪道だったら、殺人バーガーがゲートキーパーの可能性があるな」
 そういいながら、時夫もウーも食が進んでいる。めちゃくちゃうまいではないか。何でもっと早く知らなかったのだろう。ま、白彩の砂糖使用の殺人バーガーと知った今となってはいくらうまくても、もう白彩の食べ物は二度と食べたくないのだが。
「そうよ。侵略は、徐々に始まっている。敵が私たちに感ずく前に行動しなきゃいけない」
 すでに、ありすはロケットバーガーを平らげていた。ロケットバーガーのウェイトレスたちは一見ただの人間だが、実は敵側に寝返った茸人か、それとも砂糖人間かもしれない。この中には白井雪絵はいなかった。
「おそらくゲートルームは一階にある厨房ね。下へ降りて厨房へ侵入してみましょ」
 ようやく古城ありすがそう口にし、立ち上がった瞬間だった。
「ギャアアアア……!」
 店内から叫び声が起こった。蜘蛛の子を散らすように客が渦巻いて色々なベクトルで店内を駆け巡る。慌てた客たちによって、階段で将棋倒しが起こった。
 グワッシャンという音がして、カウンター奥の扉を突き破り、巨大化したハンバーガーが大口を開けて飛び出していく。血の様に赤いケチャップを垂らしながら、目の前の女性に食らいつく。逃げ惑う人々の後ろに、続々と巨大バーガーが飛び跳ねながら追ってゆく。今日はハロウィンだったのか。いや違う。
「アブねえ逃げろ!」
 時夫が叫ぶ。戦いに来た事を忘れていた。ぐるぐる公園で遭遇した過激なサンダーバードのように全く予想がつかない。
「人食いバーガー! あたし達が厨房に入ろうと言った瞬間に出てきやがった。きっと厨房がゲートルームだからね。たこやきの中にたこやきが! Hey!」
 ありすの無限たこやきが炸裂する。眼前に迫った人食いバーガーは膨れ上がり、ケチャップと粉々の具材を店内中に飛び散らせて炸裂した。食われていた女性が転げ出る。
「怪我はない? 佐藤さん」
 ありすは二十代の女性を助け起こした。
「あ、ありがとう。でも、なんで私の名前を?」
 女性はやっぱり佐藤姓らしい。完全に連続誘拐事件である。古城ありすはかまかけに成功した。
「階段はダメだ、ロケットエレベータを使いましょう」
 三人がエレベータまで駆けつけると、チンと音が鳴ってドアが開き、巨大ハンバーガーの大口が飛び出してきた。一階から上ってきたのだ。
「避けて!」
「うさぎビーム!」
 石川ウーの恋ビームでエレベータから出てきた殺人バーガーは爆発し、おびただしいケチャップが降りかかった。時夫は夢中になって椅子を振り上げると、窓ガラスに投げつけた。
「シムラウシロ!」
 ありすが振り向きながら科術の呪文を唱えてバーガーの追撃を阻止、三人は割れた窓の二階から脱出する。
「きっと一階はもう修羅場ね」
「なんでハンバーガーが、こんな、こんなバーガー(馬鹿)な!」
 実際に遭遇するまで信じられなかった。時夫は興奮して同じフレーズを三度繰り返す。
「いつも食べられている超人気の恋文ご当地バーガー。それが遂に人類に対して反乱を起こした! いつもいつも食べられているばかりじゃない、ハンバーガーだって時には反撃するって事よネ」
 人類に対するハンバーガーの反乱だって? こいつは前代未聞だ。ってさっきは進駐軍がどうのって言ってなかったっけ?
「あいつら、一体何の肉が使われてるんだッ!」
「建物の裏に回れば、ポリバケツの中身が分かるかもしれないわね」
 そんな事より時夫はとっとと恋文銀座を後にしたかった。するとありすはさっさと裏に回ってフタを開けた。途端ありすの目つきが険しくなる。
「ヴぇ。なんて事……どうやら人肉じゃなかったみたいだけど、確信した。ここはやっぱり殺人バーガーだ」
 ポリバケツの中には、服やバッグ、それに靴が捨てられている。人食いハンバーガーが食った後のゴミだろうか。いやそうでなくても、確実に不審な店であるには違いない。
「やはり。厨房の中で何かが起こっている」
 建物を見上げる。異様にでかい。そうなのだ。不釣合いに巨大な厨房や工場。その中で邪なことが行われているというのが、地下勢力の魔学の「場異様破邪道」の特徴なのだ。そしてでかい施設には必ず送水口、つまり敵の目印がある。
「おいありす、あれ見ろよ」
 表通りの離れた場所にずらりと、依然として開店前のパチンコ屋みたいな行列が出来ていた。それを店員が誘導している。通行の妨げになるので、少し距離を置いたところに新しく行列が出来たらしい。そのために彼らは皆、店内の修羅場に気づいていないらしい。
「人気店にも程があるわね」
「俺たち、ちょっと時間がずれてたら入れなかったみたいだな」
「そりゃ、結構おいしいからね。人肉だ・け・に」
「だからそれは違うでしょ」
「じゃあの靴は一体何なのよ」
 今さら、人肉を食ったとは言いたくないありすはムッとして黙った。
 一階の窓ガラスが割れて、殺人バーガーが外へ飛び出した。それも一体二体ではなかった。窓や入り口から、続々と大口開けたバーガーたちが飛び跳ね、通行人を襲撃していく。
「こいつら……なりふり構わずだ。佐藤さんかそうじゃないか、なんて全然識別してないぞ。奴ら、関係なしに目の前のものを襲ってる。そうとしか思えん」
「でも、ここが場異様破邪道だとしても、これまで、これほど派手なことは行われなかったはず。きっと、ここには特別な何かがあるんじゃないかな。だとすると、やっぱあのロケットか! ともかく。ゲートキーパーとしての役割のために、あたし達を襲っている」
「いいえ街中が襲われてるよ!」
 その後も店内からは続々、巨大化したハンバーガーが続々繰り出されていった。
 恋文銀座商店街の裏路地は複雑で狭い路地が入り組んでいる。三人が走って逃げると、ケチャップを垂らした巨大バーガーが飛び跳ねて追ってきた。時夫はまるでダンジョンを駆け巡るパックマンに襲われているみたいな気分で逃げている。二人は増殖する殺人バーガーを科術の呪文光線で破壊していった。逃げながらの科術「シムラウシロ」は絶大だ。
「チッ、数が多いわね」
「超人気店だからな! 沢山製造されてんだろ」
 時夫が投げやりに叫んだ内容も案外的外れではない。
「白彩の砂糖が原因っつっても、過激すぎないか? それほど大量の砂糖が入っているような感じはしなかったが」
 動力が砂糖なら、あの巨体が勢い良く飛び跳ねるための絶対量が少ない気がした。
「そうよね……けどあのロケット。もしかすると」
「何か分かったのか?」
「宇宙からの侵略者がロケットと一緒にくっついてきたのかもしれないわ! 彼らは侵略した宇宙人かもしれない。あるいはロケットに付着した危険な宇宙ウィルスが……」
 発着陸可能なロケット? なんだかばかばかしい事をありすは言っていた。そもそも進駐軍とか、ハンバーガーの反乱という話もばかばかしいし、ひょっとして古城ありすは適当なこと言っているだけではないか。おそらく分かっていないのは確実だ。けど、そういう不用意な発言こそが、意味論を発動するんじゃなかっただろうか。ウーに注意しときながら自分はまるで気づいてない。
 最後の一匹を破壊した後、爆発するハンバーガーのせいで、ありすとウーはすっかりケチャップまみれになっていた。
「あ”ーあ。お気にのドレスがぁ」
「クリーニングに出すしかないレベルよね。もう食べる気しない」
 ミニマムボディの大食いファイター古城ありすの勝利で戦いは終わった。ともかく二人の科術がなかったら、とっくに時夫は人食いバーガーの餌食になっていたに違いない。ここは感謝しよう。
 ありすはまだ、あのロケットに未練があるようだった。真っ赤に染まった店内に戻ると、三人は六角形に蜂の頭のマークのある厨房へと侵入した。そこにはハンバーガーのチェーン店にあるバーガー製造機を巨大化したものが稼動している。人は居ない。自動モードらしい。
「スピルバーガーって奴は居ないわね。逃げたかな」
 停止させるには……バーを引けばいいのか。いや、バーは押しても引いてもウンともスンとも言わない。よく見ると、
「先端を擦ってください」
 と書いてあった。
「じゃうさぎやって」
「えぇ~あたし?」
 しょうがないのでウーはバーの先端を擦る。すると製造機はたちまち停止した。
 ありすは無限たこやきで結界を張ったが、店は破壊しなかった。厨房の中には、これといった特殊なものは見当たらなかった。特にロケットの動力が存在しないことは古城ありすをがっかりさせた。だが、地下の国はありすらの行動を見張っているに違いなかった。二度三度と、場異様破邪道を撃破された事で、真灯蛾サリーが躍起になっているのかもしれない。だとすると、次に向かう場所はさらなる強敵と艱難が待っている事になる訳だが。

「シャッターガイ。教えてくれて、ありがと。無事、敵の誘拐現場をぶっ潰してきたわよ」
「おう! よくやったな! 騒ぎがこっちまで聞こえてきたぜ。お嬢さん方、すっかりケチャップまみれになってちまって」
「あ、そうだ。もう一つ教えて」
「何でも訊きな。この恋文銀座のことならネ」
「白彩で働いてた店員が失踪したんだけど、あんたさ、見かけてない? 白井雪絵っていうんだけど」
「あぁ、ひょっとして、凄く色白のお嬢さんのことかい。白彩のエプロンつけて時々、買出しで歩いてるのをよく見かけたぜ」
「そうかもしれない! で最近は?」
「俺の情報網だと、こっから百五十メートル進んで左へ曲がったどんより横丁でずっと突っ立ってる変な子がいるらしい。特徴からいって、たぶんその子じゃないかと思うよ」
「本当か」
 思わず時夫も身を乗り出す。
「あぁ。今もそこにいるかどうかは分からないけどなー」
「ありがとう。助かったよ」
「俺の事も、時々思い出してくれよな!」
「ああもちろん。あんたは最高さ」

「ほらね。信用できる奴だって言ったでしょ」
 人気のない商店街を先に歩くありすは鼻高々だった。
「あのシャッターガイ、プロジェクションマッピングってあるじゃない。ひょっとするとそれかも」
 しかし光源が何処にも見当たらなかった。最新テクノロジーはそうなのか?
「ふぅ、着替えたいわね。あたし、ちょっと店に戻って着替えてくる。後で行くよ」
「あ、あたしも」
 ありすとうさぎは消え、雪絵の確認は時夫に一任された。一人でいるところを女王の配下に狙われたらと思うと時夫は気が気でなかった。大丈夫か? それとも、少しは信頼してくれている証拠なのだろうか。

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