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第29話 恋文銀座のシャッター・ガイ

 思いっきり身体をシャッターに打ち付けて時夫は地面に転がった。今度は見慣れたタイル敷きの地面だ。
「ふぅ……恋文銀座か。助かった」
 木の葉を巻き上げた塵旋風が去ってゆく。ありすがそう言ったから、時夫は商店街にできたつむじ風に乗ってここへ来れたのだろうか。見ると、金沢時夫の周りにありすとウーの姿が見えない。案の定、はぐれてしまったらしい。宇宙の彼方に飛ばされてなければいいのだが。きっとあの二人のことだから、大丈夫だ、とは思うが。
 に、してもだ。年末だというのに駅前商店街は閑散としていた。
 体の節々が痛かった。あっちこっち飛ばされてきたのだから当然だろう。立ち上がると白彩の工場の煙突が見える。依然として、高い煙突からは白い煙が吹き上がっていた。
 時夫はポケットから藤の種を取り出した。ぐるぐる公園で何気なく拾ったものだ。時夫は種を街路樹の根に捨てた。藤の木に「頼むぞ」と頼まれたように想像しながら。
 シャッター街の商店街でも、一部の店は開いていて、その一つが明石区(アカシック)書店である。行く宛てを失った時夫はフラフラと中へ入った。店内はエリック・サティが流れている。

『セーラー服と聞かん坊』
『オリエント急行活人事件』
『IQ84』
『ニャーロマンサー』
『サイバー笑点 口角喜動帯』
『爆乳水滸伝』
『鳥獣ギーガー』
『東名人間』
『モルグ街のさちゅじん』
『プーチンと夢見る人魚』
『J.K.ローリングは女子高生!』
『はじめてのツタンカーメン』

「『いぶし銀』……グラビア写真集か。『ヴェルサイユの……馬鹿』?」
 さすが明石区書店。変な本ばっかり目に入る。『オリエント急行活人事件』なんか、書いたのは赤坂クリスティとかいう日本人(?)の名前だ。
「『自己の中心で、アイを叫ぶ』……フン、石川ウーに相応しいな」
 時夫はふと思いついて、H・P・ラブクラフトの本を探した。だが、恋文図書館に続き、ここも表の本棚には置かれていない。他にあるものといえば……。民明書房。恐ろしく偏りがあるな。
 店内は客もぱらぱらと居る程度だったが、中学校の制服を着たお下げの女の子が文庫のコーナーに立っていた。目が合った瞬間、時夫は彼女が、「月夜見亭」で会った長い睫の少女だという事を悟った。眩い蛍光灯の下で見ると、少女は書店が似合う文学少女、そんな印象だった。
「……こんにちは」
 時夫は挨拶した。
「あっ。マナー知らずのお兄さん?」
 びっくり顔の彼女は普通のトーンの声で返事をする。
「あの時ちょっと気になったんだけどさ、弟さんにウルウルって言ってたよね。あれは何なんだ?」
「……私の名前、うるかです」
「あ、そうなんだ」
 それでも良く分からないが、ウルウル=うるか、自分のことだと判明した。
「勉強? マンガ? 何の本探してるの」
「コホン。『文学』です。お兄さんは?」
 少女は口数少なく答えた。
「いや、俺ちょっと連れと逸れちゃって」
 そんな単純な話じゃないけど、目の前の少女に話していいのかどうか判らない。
「あそうだ、何かお勧めある? 俺も、冬休み中本読もうかなと思ってたんだ」
 時夫は非常に不自然な会話だと自覚した。
「だったらこれをお勧めします。お兄さん、美少女ばっかり出てくるライトノベルばかり読んでちゃダメですよ」
「なっ」
 余計なお世話だ。何で俺が美少女だらけのライトノベルばっかり読んでることになってるんだ? ムッとしていると、時夫の手にポンと一冊の薄い文庫が渡された。

 菓子井基次郎「檸檬」

 明日川賞作家。純文学か? しげしげと本を眺め、見上げると、少女はすでに店内に居なかった。まぁいいか。たまには美少女の出てこない本でも読むか。仕方なく時夫は文庫をレジに持って購入すると外へ出た。
 白井雪絵の捜索は、まだ何も成果がなかった。手がかりも見つからない。もし地下へ連れ去られてしまったとしたら、女王の餌食になるのは時間の問題である。
 ここは待ち合わせ場所だ。うろうろしない方が良かろう。時夫は本を開いた。表題の「檸檬」は短編の一つである。実に奇妙な味わいの物語だ。これが、文学という奴か。
「全く、ウー、あんたのお陰でぐるぐる公園で何もできなかったじゃない! これじゃ白彩の工場は動いたまま、煙出っ放しよ」
 ありすの文句が聞こえてきた。良く通る声だ。
「はいはいゴメンなさい!」
 ウーも一緒らしい。時夫はホッとした。
「今もあのグルグル公園で誘拐事件が続いているってのに。あっ」
 三人は恋文銀座で再会した。石川ウーはなんだかすすけている。
「無事だったみたいね。金時君」
「なんか、つむじ風に乗って出てこれたみたい。それで、君達は?」
「あたしはなぜかセントラルパークの噴水の中。びしょぬれよ。あそこ、たまたまタコの縮退炉とつながってて良かったけど」
 ありすは普段着のゴスロリの黒ドレスに着替えていた。いったんお店へ戻って着替えたのだろう。
「ウーなんか、白彩の煙突の上よ」
 ありすとうさぎは手に見覚えのある肉まんを持っていた。
「えっ。あそこに?」
 時夫は煙突を見上げる。敵の本拠地ではないか。ますます怪しい。
「はいこれ! 時夫の分」
 やっぱり白彩の肉まんだ。ウーはついでに買ったようだ。
「だから何で買ってくんの。もぅ!」
 頬を膨らましたありすもしっかり肉まんを持っている。
「だって買わなきゃ損じゃないのよ」
「確かに、美味しいけど ……ウマッ」
 冷えた空気に、肉まんの暖かさが身体を包み込む。三人で食べるとますます旨い。と、思ったらウーが肉まんを両手で包んでじいっと観ている。
「食べないの?」
「だって、この肉まんウサギの顔なんだもん。かわいくて食べれない。かわいチョー」
「何言ってんの自分で買っといて」
「情が移った。名前ピーちゃんにしよう」
 ホントどーでもいい。
「金時君が恋文銀座に出てこれたのはたまたまね。偶然、ウーが触った小型回転遊具は座標計算装置だったって訳よ。で、恋文銀座に時空座標を設定した。でも、白彩に拿捕されてもおかしくなかった。ウー、危なかったわね。あるいは銀河の果てに飛ばされてたかも。何処へ飛ぶかは分からない」
 ありすはじろりとウーを睨む。
「……で、これからどうする」
「また1から情報収集するしかないわねー」
 今は何も手がないようだ。
「また、野菜ロックフェスでもやるか?」
 時夫が訊いても無言。
 ありすはドレスの中から成分不明のチョコを取り出して齧った。
「推理に板チョコは欠かせない」
 推理の時にはいつも板チョコを食べている。つまり推理中って事だ。金髪ゴスロリ黒マント少女ありすはいつも謎めいており、常に謎に満ちた少女。だが、町に発生する問題を解決し、必ず敵を倒す。全く頼もしい。
「ほら、板チョコないと何もできないんでしょ」
 ウーはそれを引っ手繰ると走り出した。
「かえせー! あたしの板チョコ返してー!」
 前言撤回。にしてもウー、どういう性格してんだ。この状況で。
「全く、恐ろしく殺風景な商店街よね」
 しばらく歩いて振り返りざま、ありすが言った。
「ちょっと待ちな。お嬢さん方!」
 誰かが声を掛けてきた。しかし、辺りに人気はない。三人は商店街をキョロキョロ見回した。
「こっちこっちだよ、金髪とピンク髪のお嬢さん」
 声の主を探すと、シャッター描かれた男の絵が話しかけてきている。ウーは驚きのあまりピーちゃんこと肉まんを一気に食べつくした。
「な、なんだコイツ?」
 ありすでさえ、そいつに驚いていた。あの公園のトーテムポールはロボットだったかもしれない。しかしこのレトロ・アメリカンの二次元の絵でしかないモノは、平気で生き物のようにしゃべっている。三人が幾ら凝視してもまるで仕組みが分からない。
「この商店街のことなら、俺に訊きなよ。確かに今じゃこの商店街は殺風景は否めない。……けどよ、それは必ずしも俺たちの努力不足なだけが原因じゃないんだぜ。それというのも、あの駅前に作られてるデパート、『ぷらんで~と・恋武』のせいだ。まだ開店してないけど、今度二十五日に開店する。今日二十四日の夜がプレオープンなんだが、きっと町中の人間が殺到すると思うぜ。けどそのお陰でこっちは閑古鳥よ。全くこんな小さな町だってのに、あんなでっかいもん作りやがって。ホントにいい迷惑だぜ!」
 確かに駅前に大きな施設が出来上がっていることは知っている。
「あんたは……」
「シャッターガイって呼んでくれ」
「シャッターガイね。了解。ねぇ、ところであんた、この辺で他に変わった事知らない?」
 シャッターと普通に会話するありすを、通行人は変な顔で見ていた。
「あぁ、あるぜ。実はな。この商店街でちょっと困ったことが起こってるんだ。『ロケットバーガー』っていう店に関する事なんだが、この辺じゃ珍しくにぎわった店でよ。名前の通りのハンバーガーショップだが、チェーン店とかじゃない。だが全国から人がやってくるご当地グルメ的な店だ。行列が出来てるからすぐ分かるぜ」
「知ってる? 金時君」
「さぁ、すまん。俺この町のことよく知らなくて」
 そんな店があったことも知らない。なぜか古城ありすも知らないらしい。
「あたし知ってるよ。だってよく食べに行くもん」
 ウーが即答した。「ホッとするペッパー」にもよく載っているらしい。
「確か、店主の名前はスティーブン・スピルバーガーっていうんだけど」
「何それ?」
「で、その店の名物ハンバーガーがな、いつもは町の人間に食べられるんだが、時々人間を襲うんだ。店を飛び出し、通行人を食う。ハンバーガーは警官の銃撃にもダメージを受ける事なく人を食い、どこかへと消え去る」
「ホント?」
「あぁ、ホントだとも。インディアン嘘つかないぜ」
 そのつまらないギャグ、トーテムポールと戦った後だとシャレにならない。
 全くこの町の警察は役立たずだな。ありすの科術の出番らしい。
「ありす、もしコイツが敵だったらどうするんだ?」
 恥ずかしさもあって時夫はコソコソ質問した。
「だって嘘つかないって言ってるよ。結構イイ奴そうじゃん」
 ありすの基準が分からない。
「間違いない。誘拐現場、危濁所(アブダクション)だ」
「……あぶ?」
「じゃない場異様破邪道だ」
 どっちだよ。自分で名前付けといて、一つに決めてくれよ。ともあれサリーの誘拐事件の一貫だ。こうして街で消えたり、殺されたりした人は皆、地下王国の女王サリーが誘拐したのだ。

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