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第17話 白井雪絵の失踪

「調子はどぉ?」
 ありすの布団で寝ていた白井雪絵が眼を覚ました。地下での生活で酷く体力の落ちていた雪絵に、ありすが眠る前に飲ませた漢方薬が効いたようだ。それは人間用なのか砂糖人間用なのかは時夫には分からない。
「……大丈夫です」
 雪絵は時夫の顔を見て微笑んだ。
「私、時夫さんのお知り合いの伊都川みさえさんって人に似てらっしゃるって、本当なんでしょうか?」
 いつもながら丁寧な話し方だ。
「誰かに聞いたの」
「ええ……地下に誘拐されたとき、うさぎさんからお話を聞きました。伊都川みさえさんは地震で亡くなられたとか。それで、時夫さんはこの恋文町に来られたんですよね」
「……」
「ひょっとして、聞いてもいいですか。時夫さんがわたしを助けてくれたのって、みさえさんに……似てたからなんですか」
「ああ……うん」
 すると雪絵は顔をそらした。なんとなくうれしそうだ。
「いや、それが言いにくいんだけどさ。どうも俺の勘違いだったらしくて、最近、彼女からメールが届いた」
「え?」
「……生きてたんだ。俺が元居た地元の町の高校に進学して、今でもテニスをやってるらしい」
 雪絵は眼を丸くして驚いている。
「そ、そうなんですか。……あの、その方のお写真とかありますか。さしつかえなければ、見せていただけませんか」
 時夫はスマフォを取り出し、みさえから送られてきた写メールを見せた。
 雪絵は口を白い両手で覆って黙って見つめていたが、そっと身体を横たえ、掛け布団をかけた。 
「よく似ています。でもずいぶん元気そうな方ですね。そこはずいぶん……私とは違いますが」
 それきり沈黙した。布団の中で、無言のまま泣いているのではないかと時夫は気になった。
 雪絵は自分が死んだみさえの代わりになって、時夫を愛そうと勤めた矢先に、時夫が余計な事を教えてしまったようだった。最初はみさえ似というだけで雪絵を気にかけた時夫だが、いつか本当のみさえ以上に好きになっていた。そして雪絵は本当に時夫を愛してくれていた。白彩の工場で誕生し、生まれて始めて愛した人が時夫だった。だから白彩店長を殺してセントラルパークに埋めるなんていう大胆なことができたのだ。それは後で勘違いだと分かったが。
「地下で私に女王が言っていたことが気になります。私……人間なんでしょうか」
 雪絵の言葉に、時夫はハッとする。それきり、雪絵はまた眠ってしまった。
 またしても今夜も、暴走族が五月蝿い。だんだん数が減っている。

「全くどこ行っちゃったのかしら」
「どうかしたの」
「困ったことになったわ。雪絵さんよ。いなくなったのよ」
「えっ」
 まずい。昨日の会話が原因だったか。
「昨日私、説明を求められたのよ。話がややこしくなるから、あまり本人には言いたくなかったんだけど、雪絵さんがスイーツドールであることとか」
 原因はありすだったか。いや、そもそものみさえが生きている話をしたのは時夫だ。ありすを責める事は時夫にはできなかった。
「金時君、あなた何か心当たりは?」
「いや……」
「雪絵が女王に再び取られたらおしまいだわ。どうしよう」
 雪絵は、みさえが生きている事実を知って世をはかなんだのである。それに加えて、自分が人間ではないという事実にも。
「ともかく、一刻も早く雪絵さんを探さないといけない。金時君、どこ行ったかホントに心当たりない?」
 とはいえ、時夫も何か彼女について知っているわけではなかった。
「ひょっとすると、セントラルパークかも」
「なるほど。月光欲のためね。なら、ひとまず夜を待つしかないか」
 雪絵は毎晩必ず月光浴に公園を訪れる必要があった。

「ねぇねぇ聞いてよ! 電球買いに行ったら、電気屋になくてさ、なんと八百屋に売ってたんだよ」
「どゆうこと?」
 半町半街の電球が切れたので、うさぎは電気屋に買い物に行った。ところがたまたま電球だけ品切れだったらしい。仕方なくうさぎが商店街をぶらぶらしていると、八百屋の前に差し掛かり、野菜を買うことにした。ニンジンスキー、デカメロン、きゅうり、茄子。……ナス? これ、ナスじゃない。京野菜の賀茂なすに似た形状。そのナスは、ヘタこそついているが、透明のガラス球。手に取ってみると間違いなく電球だ。うさぎは百円でそれを買った。
「これよ」
 うさぎが取り出したナスの電球。さっそく取り付けてみるとキュッキュッ、ピカッ! 部屋がパッと明るくなった。驚いたことにぴったりだ。
「あたし、野菜買うとき電球電球ってブツブツ呟いたからかもしんない」
「やっぱこの町、おかしくない?」
 と時夫は当然のリアクションをした。
「しかしアレだな。なぜ八百屋で電球が売っていて、たまたまウーがそれを買って、それがぴったり着くんだろ」
 ありすはまぶしそうにナス球を眺めながら首をかしげている。そんなに見たら目が焼けるのではないかと周りが心配するほど真剣に見つめ続け、
「閃いた!」
 と突然言った。
「何が?」
「昨日から考えてた地下の女王との戦いの作戦よ。さ、みんな準備はいい? 行くわよ」

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