初デートと、仲の良かった姉妹・6
「今後は工場長のこと姫様とか、姫殿下とか呼ばないと駄目だべか?」
ナマリさんが、かなり本気でそう口にした。
「絶対にやめて!あと、銀さんは私の事を知ってるけど、それ以外は他言厳禁だからね」
珍しく取り乱した様子で、工場長がそう言う。
「もし守らなかった人は、来月の給料出ません」
そりゃ厳しいな、絶対言うなってコトか。
そう言えばボクの亡くなった父は、銀さんと工場長の父親との三人でこの会社を立ち上げたはずだが、このことを知ってたんだろうか。
ってあれ、それじゃ先代の工場長って……
「ええ、今の帝ね。まだ即位する前の皇太子の頃にお忍びで」
いや帝何してんですか!
というか、凄い人と知り合いだったんだな、うちの父!
「テルルちゃんも、お母さんに内緒……あら」
彼はスズちゃんの背中で寝息を立てていた。それを見たボクら(というか主に工場長)の、今までやや殺伐としてた雰囲気が和んだ。
「まあ、この子には多分難しくて分からない話だと思うけど、何かの時にはスズちゃんお願いね」
「わかりましたーっ」
「あのー、ところで工場長?」
「何、メッキちゃん」
「あの部長だか言う男が姿を消したんすが」
「何ですって!?」
どうやらボクらが目を離したスキに逃げたらしい。
「あれ、そう言えばユーちゃんの姿も見かけないだべ……って、噂をすれば!」
ナマリが振り向いた先には、逃げた部長の腕を拘束して逃げられないようにしたユーさんの姿があった。
「本当、あなたは優等生!私たちの目の届かない所まで行き届いて」
「もうユーさん、うちをどれだけドキドキさせたら気が済むだべ!」
二人の女性を虜にしたユーさんは少し照れた様子だったが、その表情がふと険しくなる。
「どうしたのユーちゃ……こ、これは!?」
工場長も異変を察知し、驚愕する。
連れてきた部長が、いつの間にかぐったりしていたのだ。
「不味いわね、体に毒が回ってる。
それも致死量……数分、持てば良い方」
その能力で体内を検査したのだろう、工場長はそう言うと首を横に振った。
「そんな!何とかならないんですかっ?!」
スズちゃんが声をあげる。
「残念だけど、私やユーちゃんの知ってる神具や知識に、解毒に関する手札がないの」
苦虫を噛み潰した顔で工場長が言う。
「証拠隠滅、って事なんだろうけど本っ当に用意周到で嫌な奴ね、あいつは!!」
「それでも工場長なら、何とかなりそうな気がするんスけどね」
苛立つ工場長に、メッキくんが声をかける。
「ニケくんの言う通りですっ。ほら、今までだってそうだったじゃないですか」
スズちゃんも、励ますように言葉を続ける。
「そうね……ご期待に沿いたいけど、流石に今回ばかりは」
ーー諦めるのはまだ早いです!
そんな声がして一同が振り向くと、まさに虫の息の部長に、ユーさんが何かを施そうとしている所だった。
「何をするつもり?」
そう訪ねる工場長に、ユーさんは右手の親指と人差し指を立てて見せた。
「えっ
蝸牛と言うのは、治療用によく用いられる神具である。
もし誰かが怪我をしても良いようにと、確かに工場長がユーさんに覚えさせていたのは知っているが。
「あれは外傷の治癒力を高めるもので、内蔵疾患や、まして解毒に使うものではないわよ」
そう話す工場長に、ユーさんはこう言う。
全身に毒が回れば死ぬけれど、それが一気に起きるわけではない。
毒で壊れかけてる体の箇所を工場長が見つけて、それを一つづつ回復させていけば、死なせずに済むかもしれない、と。
「確かに理屈では出来るかもしれない、けど……」
渋る工場長に、お願いしますと頭を下げるユーさん。
「分かったわよ、それにかけてみましょう!」