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 スバルの店に来て、予定の時間が少しだけ過ぎてしまう。

 ルゥも早く、ヴィンクス同様に新作の試作品を食べたいところだったが、肝心の商業のギルドマスターが来ないでいた。

 朝方、自分の契約精霊越しに色々語り合ってはいたが、ギルドの運営を担ってる以上何かしらのトラブルが起きるのは日常茶飯事。

 ルゥ自身も、冒険者ギルドのマスターだから気苦労については共感出来る。
 けれど、今お茶を淹れようかと声をかけてくれた、可愛らしくも綺麗な笑みを浮かべる青年を最初に見つけて、しかも店を開くよう提案した張本人だ。

 いい加減来ていいものではないだろうか。


(んもぅ、スバルちゃんに無理言って始めさせようかしらん?)


 と思う事は出来ても、ヴィンクスはまだ無視はしていいが、問題児が別にいる。
 この店の副店長に就任してまだ日の浅い、黒髪と深紅の瞳を宿した美貌の化身である大精霊の事だ。

 スバル曰く、少しだけ使いに出してるらしいが、試食会を一番なくらい楽しみにしてる彼が珍しい。
 一体、何を頼まれたのだろうか。


「ねぇ、スバルちゃん」
「あ、お茶ですか? ルゥさん」
「お茶もいいけれどぉ、聞きたい事があるのよん」


 基本的に嘘はつかないこの青年は、傍らで売れ残りのパン達を凝視してる師の前でなくとも答えてくれる。

 時の渡航者と言う、その秘密をルゥも共有してるからだが。




 カララン、コロロン!





 だが、問いを口にしようとした瞬間に後ろの入り口が大きく開き、取り付けてある鐘がいつもより乱暴に聞こえてきた。


「よぅ、待たせたな!」
「…………帰った」
「おっ、ラティストいつ俺ん後ろに⁉︎」
「……お前が着いた直後だが」


 運がいいのか悪いのか、ちょうどその二人が戻ってきたので、聞く内容は後にしよう。

 別に、二人に聞かれて困るものでもない。むしろ、試食する直前でも構わないから。
 また後で、とスバルには笑いかけてからルゥは瞬時に地面を踏み切ってロイズに詰め寄った。


「おっそぃんだからー、君は!」
「わふぃ、悪いって!」


 遅れたお仕置きとして、ほっぺを伸ばす程度の軽い罰を受けさせた。

 ロイズは、人間としてはそこそこ年は行ってても、ハーフエルフのルゥにとってはエルフの赤子以下でしかない。

 仕事上はきちんとわきまえてても、業務外は大抵じゃれ合うように接することが多いのだ。実際、ロイズが現役の冒険者だった頃は上司としてもっと色々からかってもいた。

 今は同僚でも、こんな時くらいいいだろう。
 何回か引っ張ってからわざと強く離してやれば、昔のように日に焼けた肌が赤く変色した。


「て……めぇ、わざとだろ!」
「ラティちゃんはともかく、君は仕事の都合でしょう? 待たされた、あたしとヴィーの気持ちになってよぉ〜」
「いつもんことだろ?」
「もう一回やろっか〜?」
「やめろ!」


 これ以上遊んでもきりがないので、からかうのはここまで。
 それよりも、使いに出てたラティストが少しロイズを見てたのが気になった。

 同居人のスバルか、彼の生み出すポーションパン以外で興味を持つのは珍しかったが、すぐに視線を逸らしてスバルの方へ歩み寄っていく。


「言われてた物、見つかったぞ」
「ほんと? じゃあ、早速使おうか」
「とりあえず、取れるだけ採ったが」


 そう言いながら、自分の魔法袋(クード・ナップ)から取り出したのはただの緑の葉。

 それも、冒険者達でも初級ランクの者達が採取する事が多い、『治癒草』の束だった。


「スバル、乾燥のなら私が昨日持ってきたはずだが?」
「師匠のもちゃんと使いますよ? これは、どっちが商品に向くか比較するためです」
「向く? 補正の効果は基本的にランダムなはずだが……」
「いえ、美味しさです」


 これは、ルゥには分からなかった。

 治癒草は文字通り薬草だから、食事に使うのは今回が初めての試み。

 ヴィンクスから得た事前情報によれば、香辛料などの一種と近く風味付けに最適とあった。それが、スバルもだが調理人にとっては違う捉え方があったかもしれない。


(今までのも充分美味しいのに……)


 本当に、今日もどんな美味と出会えるか楽しみだ。

 ロイズも思考を巡らせてたようだが、ルゥと同じ答えに行き着いたのか楽しそうな笑みを浮かべていた。


「じゃあ、準備しますね」


 それから、試食会でも使う店の脇に造った応接室に通されたが、装いがいつもと違う。

 いつもの家具は端に寄せられて、何故か自宅などで使うダイニングテーブルと椅子が置かれていたのだ。その上には、まだ未完成の状態のソースやベーコンと言った材料や布に包まれた何かが。


「……ん? こりゃ、ワッフル焼く時の鉄板だろ?」


 先に入ってたロイズが気づいてたのは、中央に置かれた卓上コンロと丸型の鉄板。

 ルゥも、まだ幼いハーフエルフの子供だった時に両親が使ってたのよりは進化してたそれだが、覚えはあった。

 ワッフルもパンの一種に違いないが、今回の新作はそれを使うのだろうか。
 その割には、新作のパニーニとやらはルゥも見当がつかないが。


「僕のいた世界のような機械がないんで、ワッフル鉄板で代用です」
「……待て、スバル。そ、それはさっき言ったパニーニと言っても……まさか、ま、まさか!」


 いきなり、歓喜に震え出すヴィンクスの様子が理解出来ない。
 が、研究熱心でルゥに負けず劣らず食い意地の張ってる彼の事だからとんでもない馳走の名を口にするのかも。


「それは、ホットサンドメーカーの代わりか⁉︎」
「正解です、師匠!」


 声を上げるヴィンクスの両手をスバルが軽く叩いて合わせるも、やはり、ルゥは同じくわかってないロイズと首を傾げるしか出来ないでいた。


「焼き立てそのものに近いあれをか!」
「電子レンジとかないですもんねー。ピザだと冷めたらボソボソすると思って、これも冷めたら……とは思っても、今朝試行錯誤してようやく納得行くものが出来ました!」
「素晴らしいぞ! デリバリー商品として買いたい!」
「師匠ー、まだ食べてないじゃないですか」


 会話内容も、時の渡航者同士ならわかる言葉が多過ぎて、この中で比較的長生きしてるルゥにもさっぱり。

 やはり、異界から来た世界の文明はあちらがこちらを思うのと同じく、こちらにとってスバル達の文明はとてつもなく進化し過ぎてる。

 生活環境も、もっともっと発展してるのだろう。


「なあ、ラティスト。二人はああ言ってんだが、美味かったのか?」


 はしゃぐ二人に割り込みにくいのか、ロイズは沈黙を保ってたラティストに声をかけていた。
 ルゥも少し顔を覗くと、彼の陶器のように白い頬が薄っすら赤く染まっていく。


「…………美味かった」
「どんくらい?」
「…………俺が最初に食べたのとも違うが、衝撃が突き抜ける気分には」
「ほーぅ?」


 それは益々期待が高まってしまう。
 世俗に触れてひと月程度なのに、随分と人間らしいくなった。これが、崇拝の頂点に立つと言われてる大精霊とは思えない。


「んもぉ〜、そんな美味しそうなものなら早くた〜べ〜た〜い〜」


 なのでルゥは、割り込むためにわざと駄々をこねて大声を出した。


「あ、ごめんなさい! つい」
「ついは良いから〜、早く作ってよん」
「では、早速!」


 コンロのツマミをひねって、鉄板が熱くなるまで炙ってる間に、スバルがパニーニの説明をしてくれることになった。


「簡単に言うと、僕や師匠の出身国とは違う国からの輸入食材です。今回のように温かいのもあるんですが、基本的にはその国独自のサンドイッチの一種ですね」


 そして手に取ったのは、コッペパンを平たくさせて白パンのように焼いた細長いパンのようなもの。先に切り込みを入れてあるのか、半分に割ったそれを仰向けにしてバットの上に戻した。


「今回は、ニホンタイプのホットパニーニを作りますね」


 鉄板がいい具合に熱してきたところで、ラティストの補助も加わる。ラティストが二枚に重なった鉄板の柄の部分を掴んで開き、その間にスバルがパンと具材並べていった。

 パン、トマトのようなソース、薄くスライスしたチーズ、、トマトの薄切り。乾燥した治癒草の粉末、厚切りに焼いたベーコン、チーズ、パンの順に。

 そして、そのまま食べても美味しそうなサンドイッチを、ラティストはためらいもなく上の鉄板を下ろして挟み込んでしまった。


「大丈夫なのぉ〜?」


 もったいない気もするが、これがどう美味しくなるかわからない。


「ホットサンドって言うのは、だいたいこんな作り方なんです。パンをさらに炙って、中の食材も温めればソースとよく絡むんですよ」


 その説明を聞いただけで、ルゥは思わずこぼしそうになったヨダレを飲み込んだ。

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