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ナアンの領主


「タラ様は屋敷の外で待機をしているようです」

 旅を始め三度目の夜がきて、アミアは再び人間に戻っていた。
 部屋にはタラの姿はない。
 ラズの采配でアミアには客間を与えられていた。リリンと共に休むように部屋には一切の者を近づけないように手配した。タラはアミアを部屋に送った後から姿を見せていなかった。
 しかしリリンに確認してもらい、タラの居場所がわかり安心した。
 叔父の事は心配だった。だが、同時にタラのことを考えられずにはいられなかった。


「叔父様!」

 ケシが屋敷に戻ったという知らせを聞き、アミアは身支度を整えると直ぐに部屋に向かった。
 ベッドに座る叔父は思った以上に元気そうで、胸を撫で下ろす。部屋を見渡すと壁際にタラとラズが立っていた。
 タラはアミアを見ると軽く会釈をした。それが他人行儀に見えて彼女は少し落胆する。その隣のラズは人間の姿の王女を見て、少し驚いたように目を開いていた。

「アミア、無事で何よりだ。タラが頑張ったようだな」
「はい」

 そう、タラのおかげで命拾いしたとアミアは頷く。視線だけで彼を伺うと、頬が少し赤く染まっていた。彼のそのような表情が見て、緊迫した状況は過ぎたのだと改めて自覚する。

「この若造は生意気にも私に直接物を言ってきた。王女にも気安く触れていたしな。どういう教育をしているんだ。お前は」
「気安く?タラ、お前いつの間にかアミアと?」
「!た、隊長!何を言ってるんですか?俺はなにも」
「そうですよ。叔父様。タラは私が蜥蜴の姿で不安な時にかばってくれたのです」

 ラズは明らかに自分の姿を醜いと思っていたはず、そんな時に触れてもらって、アミアは本当に元気づけてもらっていた。

「……ほお。なるほどな」

 何を納得したのか、ケシはにやにや笑う。

「た、隊長?」

 タラはケシの笑みに不安を覚えたが、アミアは慣れたもので、また叔父がおかしくなったと気にしていない。

 そんな中、部屋にこほんと咳払いが響く。
 したのは屋敷の主のラズだ。和やかな雰囲気の中、一人だけ表情を厳しいまま保っていた。
 三人が見つめる中、彼は口を開く。

「王女。その辺で感動の再会はよろしいかな。私は親衛隊長と話をする必要がある。また元気そうでも一応怪我人で、休む必要もありますから。ナアンの森のことは後で話ましょう。よろしいか?」

 それは丁寧に話しているようで、反論を許さない言い方だった。
 満月まではあと二日だった。しかしまずは怪我をおった叔父を休ませる必要がある。
 アミアは頷き、退出するためにお辞儀をする。

「若造。お前もだ。王女を部屋に送った後、休むがいい」

 背後でその言葉を聞き、アミアはタラと少しでも話す時間が出来たと、息を漏らす。まだきちんと礼を言っていなかった。タラが返事をして敬礼をするのを確認し、彼女は部屋を出た。


「ふう」

 二人が部屋を出ていき、ラズは息を吐く。
 ケシは若い二人の雰囲気に当てられたことを知り、軽口を叩く。

「なんだぁ?相変わらず堅い奴だな」
「堅いとはなんだ。お前が少し軽すぎるのだ。あんな若造を王女の護衛に当てるなど信じられん」
「タラは侮れんぞ。あいつはまだ十七歳だ。しかし、ここまでアミアとリリンを無事に連れて来れた。あいつが切った死体を見たか?切り口が綺麗にぱっくりだ」

 ケシは七人相手に奮闘し生き残った。敵は殲滅。だが足を痛め身動きできず岩壁で休んでいるところラズの兵に発見された
 馬に揺られながら領地付近で、タラに切られたと思われる死体を二つ見た。綺麗な切り口で見事としか思えないものだった。

「ほう。そんな技量をもっているのか。あの若造は」
「ああ。噂には聞いていたが、あいつは使える。城に戻ったら何か役職につけたいな」
「役職か。まあ。せいぜい高い職を与えることだな。それよりも、お前に伝えることがある」
「なんだ?」
「お前が切った奴らは、賊ではない。私の領民だ。話したこともある。兵士としても使ったこともあったな。だが普通の農民だ」
「農民?!それにしては強かったぞ」
「領民には定期的に訓練を施してる。親衛隊より使い物になるかもしれんな」

ラズが少し嫌味をいってやろうと、珍しく軽口を叩く。が、ケシはまったく答える様子がなく頷いた。

「確かに。城の奴らより使い物になりそうな強さだった。が、なぜお前の民が俺たちを襲うんだ?そんなに貧しいのか。ここは!」
「失礼な男だな。相変わらず」

 王妃の弟はいえ、随分な物言いだった。しかし、ラズはケシとは十年前に城で手合わせして以来の友人であったので、聞きながす。

「私の領地は豊かだ。だからこそ、おかしいのだ。お前達を襲ったのは我が家に忠実な者たちばかりだった。金などを欲しがるような者でもない」
「だったら、なんで」
「俺にもわからん。領民に、兵士に動揺が広がっている。兵士の大半はこの土地のものだからな。殺された者の友人だったものもいる」

 ラズはそこで言葉を止め、ケシを見つめた。

「お前達がナアンの森に行くことに領民たちは協力しないだろう。民はお前達が仲間を無残に殺したと思っているはずだ」
「なんだと!」

 襲ってきたのはあちらだった。ケシは身を守るために殺した。

「兵士の中にも同じような考えを持つ者もいるはずだ」
「……だが、俺たちは森に行かなければならない」
「わかってる。王女の蜥蜴姿を見た。あれは、可哀想だな」

 ラズは腕を胸の前で組み、壁に寄りかかる。

「俺は動くことができん。だが俺の弟をつけてやる。あいつが満月に咲く花の場所なら知っていると言っていた。腕にも多少は覚えがある。直属の部下も二人貸してやろう」

 恩を着せるようにラズは鼻を鳴らす。ケシは少し面白くなさそうに笑ったが、仕方がないことだった。

「……感謝してる。その場所までどれくらいで辿りつくかわかるか?」
「弟は徒歩で二日と言っていた」
「徒歩?馬ではいけないのか?」
「ああ、馬は無理だ。暗い森で、馬は入りたがらない。木も入り組んでいる。馬は無理だ」

 ラズの言葉にケシは眉をひそめる。

「二日か。満月まで二日。ぎりぎりだな。迷ってる暇はなさそうだ。よし。出発は明日の朝にする。弟君とお前の信頼のおける部下への伝達を頼む。俺から王女達には伝える」

 怪我人、重症でないが、体を動かそうとしたケシをラズは止める。

「ケシ。お前はいかないほうがいい。その怪我では足手まといだ」
「ふん。これくらい」

 ベッドから降り歩こうと試みたが、足首の激痛でよろける。ラズはケシを支えるとベッドに戻した。

「俺の弟と部下に任せろ。あの若造も腕が立つんだろう。森に『賊』が入らないように俺が責任を持つ」
「……お前の弟、部下……。大丈夫だろうな?」
「ああ。お前の城の部下よりよっぽど役に立つと思うぞ」

 またしても城内の親衛隊のことを持ち出され、今度こそケシは面白くなさそうな顔をする。
 満月は月に一度やってくる。あと一ヶ月ここで待つことも考えた。しかし、それは王女が反対するだろう。

「……宜しく頼む」

 少しの沈黙の後、ケシはそう口に出した。
 『賊』を森に入れないなら、危険はそこまでないだろう。タラの腕前が思ったより上であることも証明されている。ラズの直属の部下というのであれば、ケシの親衛隊員よりよほど使えるもののはずだった。
 そう思っての決断だった。

「今夜はゆっくり休むんだな。王女と若造には俺から伝える。まだ起きてるはずだしな」

 ラズは壁から体を起こすと、ケシに手を振る。

「ああ、悪いな」

 ケシは手を振り返すと、ベッドに横になった。
 賊だと思っていた連中が領民などとは信じがたかった。それくらい強かった。足を痛める程度の軽症で済んだのは幸運だと思っている。
 何が起きているかわからなかった。だが、ラズは信用が置ける友人であり、ナアンの領主だった。大丈夫だろうと、目を閉じた。

 ★

「タラ」

 結局何も話すことができず部屋まで送ってもらった。リリンと部屋に一旦入ったが、アミアは勇気を出して、扉を開けた。
 すると丁度その背中が奥へ消える直前で、名を呼ばれたタラは立ち止まる。

「な、何か御用でしょうか?」

 振り向いたタラはいつもの可愛らしい顔だった。頬を赤らめながらアミアのほうへ歩いてくる。

「タラ。昨日はごめんなさい。そして今日は本当にありがとう。蜥蜴姿の私を恐れず助けてくれた」
「王女様!俺は、あの時も言いましたが王女様の蜥蜴姿、本当に綺麗だと思っています。だから、気にしないでください。王女様がどんな姿でも守り抜くのが俺の仕事ですから」
「仕事……」
「はい」
「そう。そうよね」

 蜥蜴姿を綺麗だと言ってくれた。なのに、守るのが仕事だと言われ、アミアは急に何か面白くない気持ちになった。おかしいと思いながらも制御できない。

「仕事ですもの。わかったわ。これからも宜しくお願いね」

 急にアミアが怒ったような表情を見せ、タラは困ってしまう。何か失礼なことをしたかと、考える。
 が、そんなタラを置き去りにして、アミアは扉を開けると部屋に戻ってしまった。

「……何かしたか、俺?」

 まったく心当たりがなかった。
 タラは頭を捻りながら、元来た通路に戻る。
 が、ふいにぐいっと腕を掴まれ驚いた。
 反射的に腕を振り払い、腰に手をやる。

「おっつ、抜くなよ」

 が、それよりも早く手を押さえられる。

「物騒な奴だな。まあ。ケシが言ったとおり使えそうな奴ではあるな」
「……ラズ様?」

 自分の手を押さえたのが領主だとわかり、タラは慌てて姿勢を正す。

「申し訳ありません」

 手を解放され、深々と頭を下げた。

「礼儀が悪いと思ったが、そうでもないのか」

 ラズはタラに対してかなり認識を改めたようだ。表情が幾分和らいだものになっている、とタラは思った。

「王女に話があるのだ。お前も付いてこい」

 しかし命令しなれた者はそんな様子に構うことなく、そう言い放つと背中を向けて歩き出した。
 先ほど別れたばかり、しかもこのような時間だった。戸惑いながらもタラには着いていくという選択肢しかなかった。

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