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31 最後のひとり

 うわ……ゲーム内とはいえ神様に会えるとは我ながら驚きだ。なんらかの恩恵だけをくれるだけで、実際に出てくるとは思っていなかったから、つい現実逃避したくなったがこれもゲームの醍醐味。しっかりと楽しまなきゃ勿体ない。
 
 とはいっても六柱の神々全てから注視されているというのは、全てを見透かされていくようでなんとも居心地が悪い。

『ほ、さて面白き夢幻人よ。いつまでも口を開けておくものではないぞ』

 おっと、ついあんぐりと口を開けたまま阿保面になっていたらしい。今声をかけてくださったのは老婆の姿をした闇と攻撃魔法、裁縫の神ウノス様。最初に自嘲気味に呟いたのも彼女だ。

「お初にお目にかかります。夢幻人のコチと言います」
『うむ、苦しゅうないぞコチ。お前のように武器を愛するものは等しく俺の子だ』
「あ、ありがとうございます」

 火と武器、鍛冶のガチムチ神ドゥエノス様が機嫌良く笑う。これって武器スキルがたくさんあることを言っているのだろうか。

『そうじゃな、珍しくゼネルフィン・ドートリンクライル・シェスタンス・ドナ・グーテルミーティアンも気に入っておったようじゃしな』

 老爺の姿のトレノス様は水と回復魔法、調合、農業の神様だから、凄腕の薬師であるゼン婆さんとも面識があるらしい。

『でもでも、回避はいまひとつだよね、チェリ』
『うんうん、ぼっこぼこにされてたね、クア』

 風、植物、木工、農業を司る少年少女双子神クアノス様とチェリエ様がきゃっきゃと声をあげる。いやいや、アル、ミラ、ガラ相手にぼっこぼこにされないようになるにはこれ以上ステータスが上がらない現状では多分無理だから。ていうか見てたのか……

『あら、でも私はお兄さんの顔嫌いじゃないわ』

 光と防具、彫金の神様であるチクノス様が私の顔を見て流し目を送ってくる。造形としては女子高生くらいの年齢なのに、漂う色気は小悪魔風だ。

『チクノス、君には僕がいるじゃないか。夢幻人に色目を使うのはやめてよ』
『ふふふ、セイノスったら妬いているの? それってとても新鮮だわ』

 土と支援魔法、細工、農業の神である青年男性の神セイノス様が憮然とした顔でチクノス様に抗議をしている。
 ってこれは何を見せられているのだろう。痴話喧嘩? チクノス様とセイノス様って恋人同士だったりするの? あぁ、一応成人指定のゲームだし神様間恋愛も有りなのか。表立っては公開されていないだけで恋愛の神様も兼任していそうだ。

『これ、お前たち。我らが一同に会することは滅多にないとはいえ、そうはしゃぐものではないよ』
『うむ、ウノスの言う通りである』
『『はーい』』

 ウノス様の言葉に元気よく返事をしたのは双子神だけだったが、その他の神様もわかっているらしく、落ち着いた雰囲気を取り戻す。

『それではお役目に戻ろうぞ。まずは我から。我は以後、あんたに注目しよう』
『うむ、それでは俺はお前に加護を与えよう』
『そうじゃの、では儂もお前に加護を与えよう』
『僕たちはどうする? チェリ』
『今後の期待を込めて信徒であることを認めるってことでいいんじゃない、クア』
『『うん、じゃあそれで』』
『ふたりともそれは少し厳しいわね。それなら私はあなたが初めて作ったあの想いのこもった指輪を評価してちょっとサービスして加護を与えるわね』
『……僕は君を今後も注目することにしよう』

<称号【ウノスの注目】を取得しました>
<【闇魔法】を取得しました>
<称号【ドゥエノスの加護】を取得しました>
<称号【トレノスの加護】を取得しました>
<称号【クアノス・チェリエの信徒】を取得しました>
<称号【チクノスの加護】を取得しました>
<【光魔法】を取得しました>
<称号【セイノスの注目】を取得しました>

 ……なんかすっごい増えた。とりあえず効果の確認はあとにしよう。

「ありがとうございます、ウノス様」
「ありがとうございます、ドゥエノス様」
 ・
 ・
 ・

 種類はまちまちだけど、それぞれ私に恩恵を与えてくれた神様ひとりひとりに順番にお礼をする。お礼のときもまとめちゃいけないのかどうかは分からないので、念のためちゃんとひとりずつに心を込めて頭を下げた。

『ほ、珍しく礼をわきまえた子だね。これは少し狭量だったかね。いいだろう、我もあんたに加護を与えよう』

<称号【ウノスの加護】を取得しました。【ウノスの注目】は上書きされます>

 なるほど、貰った恩恵は今後の私の生き方次第でいくらでも変わる可能性があるってことか。この世界ではしっかりと神様を敬うようにした方がいいらしい。

「重ね重ねありがとうございましたウノス様。このような機会はたびたびあるようなことではないと思いますので、ひとつ頼みを聞いて貰えませんでしょうか?」
『ふん、加護を与えし我が子の頼みとあらば聞かぬわけにはいかないねぇ。ただし我にも出来ないことはあるよ』

 ウノス様は私の問いかけになにか思うところがあったのか、僅かに口角を上げて微笑む。

「はい、ありがとうございます。それでは……」

 思ったよりも反応が良いウノス様に内心で胸を撫で下ろしつつ、さっきからほんのわずかだけ気配を感じているウノス様の左側に視線を向ける。

「こちらにおわします方を紹介して頂けないでしょうか」
『ほう……あんたはこちらの方がどのような神なのかを分かっているのかい?』

 ウノス様の表情からは、さっきまでの楽し気な雰囲気はない。その厳しい目付きは自分よりも上位である神と、ただの夢幻人に過ぎない私を会わせてもよいのか見極めるつもりなのかも知れない。

「正直に言います。私はその方について確たることは何も知りません。推測でなら、空属性と時間を司り、創造と破壊の神様だろうと推し量ることはできますが、それを知っているとするには傲慢だとも思っています。ですが、私はこの街で出会うであろう最後のひとりとも話がしたいんです」

 そう、ここに来てなんとなくわかった。ウイコウさんが全員と言ったのは、ここにいる神様たちをも含むんだ。そして、その最後のひとりが時間と空間を司る空属性、それはこの世の全てに等しく関わるもの、つまり世界を司り、戦闘系技能と生産系技能の根幹となる概念そのものである破壊と創造を司るであろう至高神だ。

『……たいした見識だね。そこまで判断する材料はほとんどなかっただろうに』

 ウノス様は私を称賛しつつもどこか呆れたような表情を浮かべている。

『ふん、最低限の資格があることは認めようじゃないか』
「それでは!」
『焦るんじゃないよ、だからと言って我らからあの方になにかを頼むなんてことは出来やしない。だが、あんたも感じてはいるだろう? あの方はいま、ここにいらしている』

 たしかに六柱神が顕現してからは、中央の空間にもわずかながら静謐な気配が感じられるようになっている。
 
「はい」
『それならば、あとは自分でなんとかすればいいさ。それを我らが邪魔しないことを約束しよう』
『え~! あの方に面倒かけるのは感心しないよ、ウノス』
『そうよそうよ!』
『うるさいよ双子!』
『『ぶ~、ぶ~! ウノス横暴~』』

 ウノスの言葉に反論した双子神は一喝されて、頬を膨らませている。やっぱり最後のひとりは六柱神よりも上位であるのは間違いないらしい。そんな天上の存在の神様が私の相手なんかしてくれるんだろうか。

『皆もいいね。よし、では邪魔をしないように我らはお|暇《いとま》するとしようかね』

 ウノスの姿が掻き消え、神像に満ちていた気配も消える。

『あの方に失礼な真似をすれば命はないゆえ、気を付けるがいい』

 ドゥエノス様がにかっと白い歯を見せて消える。

『ほっほ、あの方はお優しい方じゃ。ゼネルフィン・ドートリンクライル・シェスタンス・ドナ・グーテルミーティアンに気に入られたおんしなら、もしかするかも知れんな』

 まさに好々爺といった雰囲気のトレノス様が白い顎鬚をしごきながら消える。

『回避が下手くそな奴があの方に認められるわけないよ、ね~チェリ』
『そうそう、あんたなんかあの方にすり潰されちゃえばいいのよ、ね~クア』

 クアノス様とチェリエ様が左右対称にあかんべ~をしながら消えていく。達人相手に回避を強要されても困る……そのせいで好感度が低いとか理不尽だ。絶対にアル、ミラ、ガラの脳筋たちのせいだ。許さん。

『ま・た・ね、コチくん。精進してね』

 チクノス様はあの方のことに触れることすらなく、投げキッスをして消えていった。うん、なんというか自由な神様だ。

『チクノスはからかっているだけだからね、その気にならないようにしてよ』

 セイノス様がふん、と鼻を鳴らして消えていく。ていうかあなたたちの恋愛に私を巻き込まないで欲しいんですが。それにしても随分と俗っぽい神様たちだった。あんまり堅苦しくても緊張するし、あのくらいがちょうどいいのかもな。
 さて、と。

「こんにちは、私は夢幻人のコチと言います」

 気配の消えた六つの神像の中央で、僅かに気配を残す相手に向かっていつも通り名乗る。

『…………』

 しかし、案の定というかなんというか気配からの反応はない。多分、この気配の主がここにいてくれる時間はそう長くない。それまでに私と話をしてもいいと思わせられるかどうか。

「私はまだこの世界に来たばかりですが、この世界がとても好きになりました」
『…………』
「それはこの世界を見守ってくれている神様たちのおかげだと思うんです」
『…………』
「幸いにも縁に恵まれて六柱の神様たちと知り合うことができました」
『…………』
「でも、まだここにあなたがいます。私のようなただの夢幻人が六柱の神様たちだけで飽き足らず、神様の中でもさらに上位にいるようなあなたと言葉をかわしたいと思うのは欲深いとは思います」
『…………』
「それでも私はあなたと話がしたいのです」
『…………』
「この街で出会った人たちは皆いい人ばかりでした。厳しかったり、加減を知らなかったりもする人もいましたけど、私は大好きです」
『…………』
「だから私は決めたんです。この街で出会う人たち、人に限らず動物とかもそうですが……皆と仲良くなろうって。勿論その対象には、さきほどお会いした神様たちも含まれています」
『…………』
「そしてあなたも」
『…………』

 あれ……なんだろう。なんか……上位の神様なはずなのに、それでも他の神様よりも全然話しやすい? ……まるで初めての相手ではないような。

 勿論、そこにある気配の主は未だに私が話すことに対してひとことも返事をしてくれてはいない。それなのに、なんとなくこの空気感に|既視感《デジャヴ》が……。
 一体どこで感じたんだっけ? どこか懐かしいこのツンツン感。そう遠くない昔……思いを馳せ、目の前の神様を一瞬忘れて思わず首を捻った瞬間、私の脳裏にそのときのことがよぎる。

 え? ……まさか、そんなことが有り得るの? でも確かにこの感覚は…………時空を司るようなこの世界の至高神ならそれも可能なのかも知れない。



「もしかして…………」
『…………』

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