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カワウソ

 奏と別れ、案内に従って俺は寮に到着した。
 どうやら寮も教室同様に数カ所に分かれているらしい。ここに来るまでに何度か新入生と思わしき集団と遭遇したが、彼らは別の西洋風の大きな屋敷の様な建物へと導かれていた。
 
 俺はというと、これは一般的なマンションというべきか、かなりシンプルな建物へと入ることになった。

「それでは、こちらで解散となります。奥で、番号順に受付を済ませて鍵を受け取ってください」
 
 言葉少なに説明を終え、案内役の女性は去っていった。 
 番号順ということもあり、俺はほぼ最後尾でその順番を待つ。
 
 その間に中を見渡してみるが、これも特段変わったところはない。
 敷いてあげるとすれば、少々広めのエントランスとなっているというところくらいだろうか。 
 なかに五十名ほどの男子生徒が詰めて入る事のできる広さとなっている。

「それでは次、五百九十九番の方」

 やる気なさげな声で前進を促される。
 受付をしているのは、初老を迎えようかという男性だった。
 白髪かかった短髪に、丸眼鏡が印象的だ。

「では、こちらにサインをお願いします」

 促されるままに書類にサインを済ませ、私は鍵を受け取った。

「一階このまま進んで奥にお部屋がございます。お荷物はお部屋の中に入れておりますので」

 淡々とした案内を受ける。

「ああ。これから世話になるぞ、ダディー」

 親指を立てて渋くキメてみた。

「寮で困ったことがあったらいつでも言ってくれよ。力になるぜ」

 ウインクを織り交ぜながらのナイス反応だ。
 どうやら、中々にノリの良いお人らしい。掴みは上々と言った所だろう。
 これから長くお世話になる人だ。是非とも良好な関係を築いていきたいものである。 

 ここでしばらく談笑といくのも悪くはないが、奏との約束もある。
 早々に片づけをしませてしまった方が良いだろう。そう思い、私は自室へと向かった。



 寮の部屋――俺の学園生活において、最も多くの時間を共にする相棒となる場所だ。
 部屋の中は、この建物の外見と変わらずいたってシンプルで、八畳ほどの広さを持つ1LDKの造りとなっている。

 机やベッドなど、基本的な生活用品の備え付けがあるので、荷物の整理と言っても精々は衣類の収納くらいのものだったりする。 
 
 モノの五分ほどで片付け終え、俺は机へと向かう。
 教室で説明が合った通り、そこには冊子が備え付けられていた。

 "鳳の書~カワウソでもわかる学園生活マニュアル~"

 あまりにポップなタイトルに一瞬言葉を失う。数百ページはあるだろうか、なかなかの厚さを持った本だ。  
 ペラペラとページを捲ってページを見流してみる。すると、何故だろうか。
 後半の百ページほどはフルカラーの愛らしいカワウソ写真が連続している。

 癒された。
 


 そうしてしばらくすると、携帯電話に着信が入った。

『あ、もしもし。今片づけが終わったわ。アナタはもう出れそう?』

「ああ。いつでも大丈夫さ」

『じゃあ、あの体育館の前で待ち合わせをしましょう。私は今から出るわ』

「分かった。俺もすぐに向かう事にしよう」
 
 女の子は準備に時間がかかるものだというが、事奏においてそれはない。
 この片づけに関しても、私とそう変わらない時間で終えているのだ。あまりうかうかとして、待ちぼうけを食らわせる訳にもいかない。
 電話を切ると、俺は早々に部屋を出た。

★ 

「あら、早かったわね」
 
「君こそ。それと、また会ったね」

「あの……ボクも一緒しても、良いのかな?」

 予想通り、奏は早々と到着していた。
 予想外の人物を連れ立って。

「寮を出たところで偶然ね。部活動の見学に行くって話だったからどうせならってお誘いしたの」

「成る程。勿論だとも、共に青春を見つけに行こうではないか!」

 言い終えると、なぜか萌は二歩ほど私から距離を取った。

「も、もうスキップはいいからね! ゆったりといこうね」

「ああ。時間もある事だしな。では、とりあえず近い所から周ろうか」 

「そうしましょう」

「異議なしだよ」

 ちょうどここ、待ち合わせ場所である体育館での活動から見学することになった。
 
 歩き始めると、萌は少し下がり気味になってついてきている。
 
「萌は何か気になっている部活動はあるのだろうか」

「うーん、特には……って萌!?」

「そうか。ん、何かおかしなことがあっただろうか」

「空人、出会ったばかりの女の子に対して、いきなり下の名前で呼び捨てにするのはやめましょうね」

 隣で聞いていた奏が、ため息まじりにそう言った。

「何故だ。これから青春を共にしようとする友の名を呼ぶのに何の問題があるというのだ」

「友、だち……」

「ごめんね、海藤さん。気に障ってしまったのならごめんなさい。ホント、コイツこういう奴だから……」
 
 萌がふるふると首を横に振り、否定の意志を示す。

「ううん、そういうの今まであんまりなかったから、ちょっと戸惑っちゃっただけだよ。それと、ボクと友達になんて、ならない方が良いと思う……」

 言って、萌は俯いてしまう。
 何か、複雑な事情でもあるのだろうか。だが、好奇心からそこに踏み込もうとは思わない。
 なので、俺は俺の意志を即答する事にしよう。

「それならば、既に手遅れというもの。残念ながら、相手はこの俺だ」 
 
「……え?」

「肩を組み、共にスキップを始めたあの時から、俺と君は友となった。何も、難しい事など考える必要はないのだよ。俺は俺の意志で君の肩を掴んだのだから」

「でも、ボクは……」

「諦めましょう。なんかもう、変なのに目をつけられたと思って。萌ちゃん」

 奏は、そう言って萌の手を取る。
 きっと彼女も、を見ていられなくなったのだろう。思えば、このボクっ子に声をかけたのは彼女だ。
 体育館で、あのように俺に注意を促しておきながら、この場に誘った。詳しい事情などを把握している訳ではなさそうだが、考えていそうな事はわかる。
  
「さあ友よ、友に進もうではないか」

 奏とは反対側に立ち、俺も萌の手を取った。

「……ありがとう。空人くん、奏ちゃん」

 三人で横に並び、ゆったりと体育館へと歩みを進めた。



「なんか、すごかったわね……」

「ああ。あれもまた、青春なのだろうな」

「カワウソ、可愛かったね~」

 体育館で行われていたのは、所謂文化系の部活動紹介だった。
 当然と言えば当然なのだが、中は入学式で用意された絨毯と椅子がそのまま残っており、ステージ上で発表会のような形をとっていたのだ。

 この時間はカワウソ研究部の紹介時間となっており、約三十分に渡ってカワウソの魅力が語られた。
 衝撃だったのは、紹介者である部長が最後に放った一言だ。

『あれ、もう終わり!? まだ百億分の一も語れてないんだけど!』

 そう言い残し、係りの生徒たちに引きずられるような形で部長さんはステージを後にした。
 どうやら、カワウソの世界はあまりにも深いらしい。
 運動部の方も見てみたいという俺の提案が採用され為、俺たちは体育館を出ることにした。
 
「そういえば、アナタ何かスポーツとか経験あるの?」

「いや、ないな。だが、興味はある。懸命に駆け、青春の汗を流す。実に素晴らしいではないか」

「運動してる人って、輝いてるよね」

 青春スポーツ談議に花を咲かせようした矢先、何やら無粋な男たちが近寄って来た。

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