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 桜の舞う季節となった。
 新たな出会いに胸を膨らませると同時に、未知への不安も入り混じる。

 そして今日、遂にその一歩を踏み出す時が来た。
 
 俺、青生(あおう)空人(そらと)は今、始まりとなる門の前に立っている。

「ふは~~~」

 隣で、大きな欠伸をつく声が聞こえる。 

「なんだ、寝不足か」

「ええ。昨日遅くまで、お父さんやアナタと一緒にテレビ見てたからね~」

 くぅ~と言いながら、隣の彼女、桜川(さくらかわ)奏(かなで)でが体を伸ばす。
 伸びをしたところで、彼女は俺よりも二回りは小さい。この年齢の女子としては平均的な身長だろう。
 しなやかな両手足が伸び、くっきりと美しいラインが浮かび上がる。 

「遅くといっても、まだ日を跨ぐ前だったじゃないか」

「ワタシにとっては十分な夜更かしよ。いつもだったら十時にはベッドに入っているもの」

「うん、確かに。実に素晴らしい事だと思う。寝る子は育つというからね」

 俺と奏は、一年前から同じ家で暮らしている。俺の育ての親である男が亡くなり、その親友であった彼女のご両親に引き取られた為だ。
 なので、彼女の生活パターンは理解している。夜十時には寝室に入り、朝六時には目を覚ます。
 早寝早起き、実に健康的なスタイルだ。

 寝る子は育つと言ったのも間違いではない。身長的には十分な発育を見せている。
 そう…身長的には。
 
 ――俺は空気の読める男だ。これ以上は何も言うまい。

「…ちょっと、アナタどこ見てるのよ」

 が、どうしてもその部分に目線が行ってしまったようだ。
 それに気付いた彼女は、胸部を隠すようにして腕を組む。

「案ずるな。この世には、まだ希望が残されている。そうとも、成長期はまだ終わっていないのだ」

「アナタ…ケンカを売ってるのね!? そうなんでしょう!」
      
 ビシッとこちらを指さして言い放つ。
 同時に、彼女の背まで伸びた美しい黒髪が、動きに合わせて宙にふわりと舞う。
 白くモチの様な頬をぷくりと膨らませ、そこに抗議の意思を宿らせている。

「朝から血の気が多いな…昨日テレビで見たプロレスの影響か? 何にでもすぐに影響されるのが、君の良くない所だ」

「待って、それに関してはアナタに言われたくないわ。パンクスの特集見て制服そんなにしてるアナタにだけは…!」

 そう。元は一般的なブレザースタイルだった俺の制服は、今や変貌を遂げていた。
 ビリビリに引き裂いた上着を安全ピンで止め、首からは南京錠をぶら下げている。
 片腕には手錠をハメ、パンツに関しても大ダメージを加えている。

「うん、実にイカしている」

「いいえ、実にイカれているわ。隣に立っているのすら相当に恥ずかしいからね、ワタシ」

 共に暮らしていたといっても、俺たちは年頃の男女だ。隣立って歩くのが気恥ずかしいと思うのも無理はない。
 彼女なりの、照れ隠しなのだろう。

「ふふふ…まあそう気恥ずかしがることはない。誰が何と言おうと、俺たちは俺たちだ。さあ、共に青春の門をくぐろうではないか」

「ちょっと、なに? その優しい笑顔。気持ち悪いんだけど…。まあ、こんなところで話してても仕方ないし、さっさと行きましょうか」

 奥ゆかしくも俺から数メートル離れて歩こうとした彼女の横にピッタリと並び、しっかりと二人で一緒に門を潜ったのだった。


  
 「す、すごいわね…。まるで、童話の世界に入り込んじゃったみたい」

 中へ入ると、まずは噴水が目についた。
 この入り口から学園までの百メートル近い距離があるが、そこまで真っすぐに水路が広がっており、等間隔でしぶきを噴き上げている。
 それを挟むようにして石畳が敷かれ、さらに側道には壮大な花畑が広がっていた。
  
「ああ、実に優雅な気分になれるね」
 
「ええ、そうね。ワタシの隣に童話で絶対出て来ちゃいけない格好をしている人が居なければ」 

 気分を上々としながら校舎へ向けて歩いていると、何やら不穏な動きをしている少女に出くわした。
 校舎の入り口の前で頭を抱え、右往、左往と忙しなく動いている。制服から見るに、同じく新入生の様だ。
 
 迷ってしまったのか、それとも友とはぐれでもしまったのか。はたまた単に血迷っているのか。

「君子危うきに近寄らずという言葉もある。あえてスルーするというのも、また優しさだ」

「ねえ、鑑見てから言ってくれない? 満場一致で血迷っているのも、危うきもアナタの方だからね。まあ…でも、そうね。今はあまり関わらない方が良いと思うわ」

 もし、ここがただの街中で、同じような場面に遭遇したとすれば迷いはない。優しく声をかけ、助力を惜しむことはないだろう。
 だが、ここは鳳学園なのだ。彼女の父から聞いた話によれば、"旧出身地"によって非常に強力なしがらみが存在しているという。
 少女の素性が知れない今、俺たちは安易に近づくべきではないのだ。

 と、一般の君子諸君であれば考えが至るところだろう。

「やあ、何かお困りだろうか」

「ふぇ? あ、あの…」

 話しかけると、少女はキョトンとした顔で固まってしまった。
  
「何、そう緊張することはない。見て分かる通り、俺も君と同じく新入生だ」

「あのね、アナタの制服を見て普通の人が分かる事があるとすれば、それはアナタがどうしようもなく気の触れている人間だという事くらいのモノなのよ」

 どうやら、彼女とはパンクファッションについて一晩かけて語明かす必要がありそうだ。
 だが、まずは目の前で再び活動を始めた少女の言葉を聞こう。

「え、えっと…。ボク、ちょっと皆よりも早く着きすぎちゃって、しかも入学式がある場所も忘れちゃって…」

 成る程。確かに今は入学式が開始する一時間半も前だ。
 もう少し遅ければ入学生の列でも出来て迷う事はなかっただろうが、今は俺たち三人以外に人は見当たらない。
 入学案内で見たのだが、この学園の敷地はかなり広い。あてもなく歩けば、迷い迷って元の場所にすら戻れなくなってもおかしくないほどだ。
  
「ならば、共に向かおう。わかるぞ、逸る気持ちを抑えることが出来ず、この時間に来たのだろう。共にスキップでもしながら進むとしようではないか」

「あの、ボクは道順さえ教えてもらえれば…」

「さあ、共に弾もうではないか!」

「ちょっと、何でワタシまで!」

 スキップが乱れぬようキッチリと二人の肩関節を決めるようにして腕を組み、三人仲良く並んで会場へと向かった。

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