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警備兵のタラ


 金色の髪を結いあげることもなく、王女アミアは軽快に城の中を走りまわる。
 貴族の中でも末席のタラが、王女に話しかけることなど許されるはずもなく、彼はただ彼女を見つめるだけだった。
 彼女は好奇心旺盛で、至る所に姿を現した。また勉強家であるという噂も耳に入って来た。
 アミアの情報を得るたびに、タラは心を躍らせた。なぜこんなに気持ちが高ぶるのか、わからなかった。ただ、彼はアミアのことが気になっていた。そんな矢先彼女が成人の儀の後、病気になったことを知った。
 日中、軽やかに走り回る彼女の姿を見られない。それならばとタラは夜勤を願い出た。夜勤を嫌がる者は多く、直ぐに配属された。
 そして夜勤をするようになって二日目、奇跡が起きた。
 図書室の警備をしているとアミアと侍女の姿を見つけた。元気そうな彼女の様子に安堵した。王女がタラに話しかけることはない。それでも眺められるだけで彼は幸せだった。
 が、事態は豹変した。侍女の代わりにタラが彼女の傍につくことになったのだ。王女の直ぐ近く、タラはいつもより緊張してしまった。
 そんな中起きた事件。
 白い蜥蜴、謎の言葉。
 タラは混乱していた。が、答えをくれるものなどいない。
 夢でないことは、アミアが共にいたことで証明されている。

「タラ、タラ!」

 何度も名前を呼んだらしい、苛立った顔で先輩兵が彼を見ていた。

「王が呼んでいる。来い」

 やっと気が付いたタラに先輩兵は溜息をもらし、踵を返す。

 ★

 王室に集まったのは王、王妃、アミア、宰相、親衛隊長でアミアの叔父のケシ、そしてタラの六名だった。
 夜よりも、朝に近い時刻。
 王の寝室を訪れたアミアは、蜥蜴の言葉を伝え旅に出たいと王に願った。驚いた王は王室に場所を移し、事情を聞くためタラを呼びだした。
 タラの話を聞いた後、王は沈黙した。普段であれば宰相が口を挟むのだが、今回は王の答えを待っているようで、口を閉じたままだ。

「お父様!」

 沈黙に耐えきれずアミアが口火を切る。彼女には時間がなかった。満月までにあと六日しかない。また日が昇れば蜥蜴に戻ってしまう。その『醜態』を晒す前に、王に旅に出ることを許してもらいたいと、アミアは父親を仰ぐ。

「お願いです。旅の許可を。今のところ、これしか手がかりがないのです。私は早く元に戻りたい。お日様の当たる場所で過ごしたいのです!」
「……アミア」

 王女の懇願に王は苦渋の色を浮かべる。
 ありえない情報源、城外から離れた南の領地――ナアン。
 それらの不安要素が王に決断を迷わせていた。父親として娘を危険な目に合わせることは、させなくなかった。
 アミアには王の不安が痛いくらいにわかった。しかし多少の危険を冒してでも元に戻りたい、その気持ちは変わらなかった。

「王よ。アミアの意志を尊重しましょう」

 不意に放たれる言葉。
 思わぬ母親の援護にアミアは驚いて、王妃を見る。

「レティア!」

 詰るように妻の名を呼び、王は視線を投げかけた。

「王よ。アミアの悲しみを理解してください。あのような醜い姿になるのは彼女にとっても耐えられないことのはず。可能性があるなら、それを探るのが最上だと思われますわ」

 アミアは母親の言葉を黙って聞いていた。醜いと口に出され、心臓が跳ねた。しかし表には出さないように努力をした。正直蜥蜴姿をそこまで醜いと思ったことはない。光が当たると虹色の輝く肌、つるりとした曲線。美しいと思ったこともある。
 アミアが元に戻りたい理由は、日中、外に出られないことへの不満だった。蜥蜴のままでは部屋の外に出ることは叶わず、日中リリン以外の誰も彼女に関わる事が出来なかった。蜥蜴に姿が変わり、孤独が彼女に付き纏った。
 元に戻って以前の生活を取り戻したい、その一心で彼女は旅に出ることを願った。

「……わかった」

 王が大きな溜息を吐く。

「王女アミアに旅の許可を与える」
「お父様!」

 王の決定があまりにも嬉しくて反射的に父親に抱きつく。その様子はあまりにも無邪気で、それまで緊張していた場の雰囲気をほぐした。

「アミア、止めぬか」

 空気の変化に王は苦笑し、娘を軽く叱咤する。人前でこのような子供じみた真似をすることは成人を迎えた女性としてふさわしくなかった。

「申し訳ありません」

 王女は王から離れると詫びを入れる。
 そんな王女から視線を外し、王は表情を改めた。

「宰相。ところでナアンの森はどういうところなのだ?何人くらいアミアに追随させるべきか」

 王の問いに宰相が回答を予想していたかのように、よどみなく答える。

「ナアンの森のことは記録にありません。しかしナアンの領民が詳しいはずです。誰か民の者に案内させるのが一番でしょう。またナアンには国境警備隊もあります。王女の秘密を外部にもらさないためにも少人数が好ましい。城から、腕の立つ者二名、ナアンで案内人、数人の兵士を借り受けるのは如何でしょうか?」
「そうだな。そうしよう。ケシ。城内の人選はお前に任せる」

 そうしてアミアのナアンへの旅は決まり、出発は明後日の朝になった。
 


 王室を退出してから、ケシは警備に戻ろうとするタラを自室に呼び付けた。
 ケシとは同じ貴族とはいえ、身分が違いすぎた。親衛隊長という立場がなければ、タラは話す機会がなかった。
 ケシはタラの頭一つほど高く、大柄。姪のアミアと同じ色の金髪を刈り上げ、前髪は少し長め。上品な顔つきでありながら、頬に傷、鋭い目つきで戦士の風貌を醸し出していた。椅子に座り、どかっと長い足を机に載せて見上げられると、猛獣に睨まれている気分になり緊張が高まった。
 しかし十七歳の青年は、兵士らしく直立不動で立ち、その視線に心臓をばくばくさせながらも逸らすことはなかった。

「お前の名はタラというんだな」
「はい」 

 生真面目な青年は、敬礼をして返事をする。
 今年親衛隊1年目のタラがこのように個人的に部屋に呼ばれることなどなく、何事かと気が気ではなかった。が自制心の強い彼の気持ちが外に出ることはなかった。

「お前を王女の旅に連れて行こうと思っている」
「!」

 声を上げなかったのは彼の必死の努力の賜物だ。しかし表情までは今度ばかりは抑制が効かなかったようだ。よほど間抜けな表情をしていたのか、ケシが笑いだす。

「驚いたか。実はお前の話は前から聞いていた。親衛隊で珍しく真面目で努力家な奴がいると、腕もなかなかみたいじゃないか。今日も身を呈して王女を守ろうとしたようだな」
「………」

 王女の前に立ったのは当然の義務からだ。他の気持ちはないはずだった。旅に連れていくと言われてもどう答えていいかわからなかった。
 戸惑うタラに構わずケシは続ける。

「図書室で蜥蜴を王女と見たのもお前だったしな。だから明後日、旅に出られるように支度しとけ。わかったな」

 要するに口止めか。頭がいいほうではないと自覚していたタラだが、ケシの意図を感じ取った。

「返事がないな。返事は?」
「はい」

 上官に返事を催促され、タラは敬礼する。

「よし。部屋に戻っていいぞ。図書室には別のものを当たらせるから。あと、お前の腕がいいというのは嘘ではない。しっかり王女を守れ」
「はい!」

 タラにしては珍しく大きな声で返事をする。
 それを見てケシがにやっと笑った。
 悟られるはずのない自分の気持ち、それが知られたようで、タラは頭を下げると部屋を慌ただしく出た。
 腕がいいと褒められたことが嬉しかった。だがそれ以上に王女の傍でその警備に携われることに喜びを感じていた。

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