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第八話 剥かれたば〇奈 其の二

「……っ、お、お姉ちゃん、こ、こんなに……情けなくて、ぐすっ……、み、惨めな気持ちになったのは、う、生まれて……っ……は、初めて……だよ……」

 琴姉の口をついて出たのは、怒声でもなければ、嗚咽まじりの声だった。
 先ほどまでとは一転、水を打ったような静けさに包まれる室内――。
 そんな中、真っ先に口火を切ったのは、誰あろう、復活のEこと遠藤さんだった。

「――ゆ、結城くん! こんなにも、琴葉会長を悲しませて、君は自分が一体、何をしたのか分かっているの⁉」
「な、何って、たかがエロゲくらいで、んな大袈裟な……」
「こ、このっ‼ 誰のせいで、琴葉会長が、こんなに――……って、え? こ、琴葉、会長……?」

 俺の返答がよほど腹に据えかねたらしく、遠藤さんは今にも俺に飛びかからんばかりの勢いをみせるも、すんでのところで琴姉が腕を真横へと差し出し、制したことで事なきを得た。

「ち、違うの、遠藤さん……。全部、私が悪いの……」
「そ、そんなことありません! 琴葉会長は何も悪くない! 全ては、この男の醜悪で下劣極まる身勝手で淫らな欲望が――……」

 失礼な! まるで、人を性欲の権化みたいに……。
 やれやれ……。そもそも、遠藤さんにしても、傀儡となってしまった安田くんにしてもそうだが、元々が熱狂的なまでの琴姉の信望者だ。故に、琴姉()を悲しませる者は誰であろうと――そう、例えその弟といえど許せないってことか。

「そうじゃないの! 生徒会長として、私がもっと目を向けていれば……。ううん、何よりお姉ちゃんとして、ヒナちゃんをしっかり導いてあげていれば、こんなことにはならなかった……」
「琴葉……」
「「琴葉会長……」」

 琴姉の余りに深い自責の念に囚われる姿を前に、誰一人として、かける言葉がみつからずにいた。
 そんな中、琴姉が(おもむろ)に口を開いた。

「ひ、ヒナちゃん? ひ、一つだけ……お、教えて……?」
「な、何だよ……?」

 俺は、バツの悪さもあって、ついついぶっきら棒に返事をしてしまう。
 
「……………………と、……なの……よ?」
「え?」

 その声は、あまりにか細く、震えていたこともあって、上手く聞き取ることが出来なかった。
 しかも、よく見れば、その華奢な身体も心なしか震えているような……?


「あ、あの……こ、琴姉?」

 待ち続けること、約十秒――。流石に心配になり、声をかけようとした矢先、力強くも、キッとコチラを睨みつけると、周りに人が居ることもお構いなしに琴姉が声高に叫んだ。

「――だから、どうして! 『姉モノ』じゃなくて、『妹モノ』なのよぉおおおおおおおおおおおおっ⁉」
『『『えぇえええええええええええっ⁉ そ、そこぉおおおおおおおおおっ⁉』』』

 耳を(つんざ)かんばかりに、胸の奥に溜っていた感情を全て吐き出したその瞳には既に涙はなく、代わりに嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっていた。

 誰しもが唖然としている中、当事者である俺はというと……。

 は、ははは、や、やっぱり、ソコですよねぇ?

 そう――琴姉からしてみれば、俺がエロに興味があること自体は、許容の範囲、というか寧ろ大歓迎(?)の筈。
 であるならば、何故(なにゆえ)ココまで怒りを買ったのか? ソレは、今回のエロゲが『姉モノ』ではなく、『妹モノ』であったからに他ならない。
 というのも――

「はぁあああ、やれやれ。どうやら、ここは私たちの出る幕じゃあなさそうだなぁ……」
「――⁉」

 出し抜けに、葵先輩が溜息交じりにも俺のモノローグに話をかぶせてきたかと思えば、

会長(琴葉)! 私たちは、一旦席を外すから、後は姉弟(お前たち)二人で話し合うなりして解決してくれ!」
「――――‼」
「そ、そんなっ! 二人きりになんてしたら、結城陽太(この野獣)が琴葉会長にどんな事をするか分かったもんじゃない! 副会長のお言葉とは言え、承服しかねます‼」

 そ、そうだ! その通りだ! よく言ってくれた、遠藤さん! 正直、遠藤さんの意見に賛同するのは癪だが……。流石に二人きりは、マズイ! 遠藤さんとは真逆の意味で危険すぎるっ! てか、葵先輩! この期に及んで、一体、何を言い出すんだよっ⁉

「黙れ! ――いいか? ここから先は、完全に姉弟間の問題だ。部外者である我々が四の五の言ったって、(まと)まる話も(こじ)れるだけだ! こうなったら、後は二人きりで話をつけてもらうしかあるまい? ……それに、我が生徒会は、基本、民事不介入だ」

 はぁああああっ⁉ は、初めて聞いたぞ、そんなルール⁉ ふざけんじゃねぇぞ! 何を警察みたいなコト言ってんだよ⁉ てか、そのルール(ソレ)、体よく逃げ出したいがために、今、作ったろっ⁉

 そんな俺の心の叫びも虚しく、葵先輩は、渋る遠藤さん&安田くんを強引に教室の外へと追いやっていく。

会長(琴葉)! 後は任せるが、こういうのはコレで最後にしてくれよ⁉」
「は~~~い♪ 今回は、きっちりケジメはとるつもりだから、安心してくださ~~~い♡」
「ま、程々にな。それと、余り汚さないようにしてくれよ? 今後もこの教室を使うんだからな? あと、(にお)いも立ち込めないよう、換気も十分にとるように!」

 矢継ぎ早に、言いたいことだけ言うと、後ろめたさもあってか、葵先輩は俺とは目を合わせることもなく、そそくさと教室の外へと出て行ってしまう。

 ち、ちょっと待ったぁあああああっ! よ、汚れるって、どういうこと⁉ (にお)いって何の(にお)い⁉ それと、ケジメってこの場合、何を指すわけっ⁉ もしもぉおおおおおし、こ、こここ怖すぎて、何一つ訊けないんですけどっ⁉

 必死にドアへと手を伸ばすも、数々の謎だけを残し、無情にもドアは閉ざされてしまった。
 そう、残されたのは、俺と琴姉の二人だけ……。そして、まるで、そのタイミングを見計らっていたかのように、悪魔(琴姉)がそっと、声をかけてくる。

「うふふ♪ やっと二人きりになれたね、ヒナちゃん♪ それにしても、まさか、妹系エロゲ(こんなモノ)に手を出してたなんて……。お姉ちゃん、ショックだなぁ……。やっぱり、お姉ちゃんがしっかり教育してあげないとダメ……みたいね? ――それとも、いっそのこと、こういうモノを使ってでも強引に矯正しちゃった方がいいのかしらぁ?」

 そう言うと、琴姉はどこからともなく一本の針を取り出した。

 ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいっ⁉ い、今、一瞬、こ、ここ琴姉が、イル兄に見えたのは気のせいか⁉ てか、もう差し込まれてたりしないよね?

 そう――先ほども言いかけたが、我が結城家において妹モノとは、ご禁制の品――。

 分かりやすくも、俺の大好きな安土桃山&江戸時代に(なぞら)えていうのなら、あくまで、唯一無二、摩利支天(まりしてん)は姉モノであり、妹モノ(イコール)キリスト教(邪教)
 即ち、家康(琴姉)からしてみれば、キリスト教の教本(妹モノのエロゲ)をコッソリ隠し持っていた俺は、禁教令に違反した隠れ切支丹(キリシタン)的な位置付けになるわけだ。
 当然、見つかれば、極刑は免れない……。

「――ま、待ってくれぇ、こ、琴姉! こ、こここコレには、深い訳があるんだ! せ、せめて、何で妹モノに手を出したか、その理由だけでも聞いてくれ‼」
「うん♪ 勿論だよ。ヒナちゃんのお願いなら、お姉ちゃんいくらでも聞いてあげるよ♪ ――その代り、もし、お姉ちゃんを納得させる内容じゃなかったときは……」

 そう言うと、琴姉は両手を使って、首を掻っ切るジェスチャー宜しく、その白魚のような指先でバナナの皮を剥くジェスチャーをしてみせた。

 ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ ま、マズい、こ、このままでは、と、東京ば〇奈どころか、お、おお俺の、ば、バナナまで剥かれちまう⁉

「……ごくっ……」

 ――こ、こうなったら、や、やるしかねぇ……。俺の明るい未来の為にも! ココは、ゆ、結城陽太、い、一世一代の大芝居の開幕だぁあああああああああっ‼

 そう腹を決めると、俺は口火を切った。

「そ、そもそも、お、俺が、い、『妹モノ』に手を出した理由は……」
「手を出した理由は?」
「あえて、妹モノをやることで、琴姉に喜んで貰いたかったからなんだよっ‼」
「――――⁉」

 こうしてついに、剥くか剥かれるか、もとい、生きるか死ぬか、最後の戦いの幕が切って落とされた。

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