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ピザパニーニ①

 ヴィンクスからもらった素材達を試作しようにも、まずは腹ごしらえ。

 閉店作業後に作っておいたカレーをスバルはラティストと食べていたが、スバルの頭の中はパンの具をどう調理しようかでいっぱいだった。


(調理学校でいた時の要領でビーフカツレツは作れる。とんかつの方はお母さんの手伝いしてたから大丈夫。問題は、ピザパン……)


 ヴィンクスには任せろと言ってしまったが、販売する商品を考えるとピザパンの形状が難しい。
 そこに気づくと、作るにもどうしようかと悩んでしまうのだ。


「おい、スバル」
「んー?」
「カレー、服につくぞ」
「おっと!」


 ラティストに呼ばれるまで、カレーをすくったスプーンを持ったままに気づかないでいた。

 手元を見れば、服につく一歩手前だったので慌てて口に入れる。
 日本にいた時のような市販のルーとは違うも、スパイシーで美味しいカレーの味。

 サウディアと言う香辛料に特化した国のスパイス達を、実家のカレーパンのように調合しただけはある。まだ最近出来るようになったばかりでも十分美味しい。


「……何を、と聞くのは野暮だろうが……例の魔物素材についてか?」


 悩みのことは、相棒にはお見通しだったようだ。


「うん、その通り」
「だいたい作る内容を決めてたのにか?」
「お肉二つについては大丈夫。最後の治癒草のがね?」
「……ピザ、って言ってたな。異界の馳走とはわかるが」


 ラティストと出会って、パン屋の副店長にさせてまだ一ヶ月。
 たくさんの料理、パンなどを食べさせてきたがまだまだ知らないことばかり。

 特に、異世界から来たスバルの料理に関しては、知らなくても無理はなかった。


「んとね? ピザって言うのは、今食べてるカレーにも入れたチーズをたくさん使う料理」
「……ほう?」


 カレーなのに邪道かもしれないが、お子様舌の二人には辛さを中和するのに溶けやすいチーズをトッピングしていた。

 これが、スパイスを効かせたカレーと良く合い、ラティストも大好物の一品になっているのだ。

 だから、彼の紅い目が光った気がするのも仕方ない。


「興味深い」
「……試しに作ろうか?」
「手伝う」
「言うと思った」


 いつもなら二杯以上食べるカレーを一杯だけで中断し、後片付けを綺麗にしてからパン屋の厨房に向かう。

 空き家を改装させて開いたパン屋の構造は、手前が店舗で連絡通路をつなげた奥の方は居住区。
 建物は二階建てだが、ラティストが加わっても二人住まいなのでフロアまるごと一人ずつ使っている。

 さて置き、厨房に着いたら部屋の魔法灯(ランプ)をつけて手を洗ってから材料を調理台に乗せた。


「生地にはね? バターじゃなくて油を使うんだよ。こね方はいつもと一緒」
「俺がした方がいいか?」
「うん。僕は他の材料の下ごしらえしてくる」


 トマトソースは湯むきしたのを潰して砂糖と塩を少し。

 玉ねぎは薄くスライス。

 マルゲリータでも、肉は入るだろうとソーセージを持ってきて輪切り。

 ついでに青みも欲しいから、ピーマンも薄い輪切りにした。


「まとまったが、ボウルに入れておけばいいのか?」


 もう生地が出来上がったらしいので確認すれば、表面は艶々の綺麗な状態になってた。
 大丈夫なのでかなり大きいボウルに入れ、濡れ布巾をかぶせてから今度は別の作戦会議だ。


「悩んでるのは、生地の伸ばし方なんだよ。ひと口にピザって言っても形状が色々あるんだ」
「……普通、はどうなんだ?」
「基本は生地を丸く、薄く伸ばしてソースを塗ってから具を乗せて焼きに入れるだけ」
「それでは……良くないか。ここは、購入者に冒険者が多いから」
「そう! あの魔法のポシェットに入れるにしたって、包装にすっごく気を使っちゃうから」


 ビニール素材がまったくと言っていいくらいないこの世界では、底を薄い紙で包装しても、あとが紙袋と接触して油切ってしまう。

 おまけに、冷めると具とソースが離れて袋の中で悲惨になるケースも。
 製造者だけでなく、購入者側でも他店のピザパンを買ってたスバルは、その点にも頭を抱えていた。


「ピザって目で見て楽しむのもあるから、普通の作り方だと冒険者さん達にはなーって」
「……包むのは?」
「やれなくもないけど、結構分厚くなる……あ、待って!」


 もう作ってしまった生地では、具材を包む『包餡(ほうあん)』には向かないが、違う使い方が出来そうなのを思い出した。


「ラティスト、ちょっと手伝って!」
「いくらでも」


 生地の一次発酵が終わるまで、材料の吟味や試行錯誤を繰り返すことにした。

 まず用意したのは、厚いベーコンの塊。


「ラティストはこれいつもより分厚めにして、フライパンでかりかりにしてね」
「わかった」
「ただし、本当に少しだけね?」
「…………ああ」


 下手をすれば、つまみ食い用にもっと分厚くする可能性がある。そこを注意してから、スバルはスライスしたままの玉ねぎをフライパンにニンニクと一緒に炒め、軽く色づいてから皿に取った。


「青みはピーマンがあるから……うん、ソースを仕上げるだけでいいね」


 粗熱が取れた玉ねぎを、トマトソースのボウルに入れて味を確認。多少甘酸っぱいが、もう少し塩気が欲しいのでほんの数滴別の調味料を入れて整える。

 濃過ぎず、薄過ぎないくらいになった時に鼻にベーコンの焼けるいい匂いがしてきた。


「もう終わる?」
「あと少し」
「じゃあ、余熱でいいよ。成形見せるから」
「ん」


 ちょうど一次発酵も終わったので、ボウルの中でパンチ入れと言うガス抜きを行う。

 文字通りパンチを軽くするのもいいが、薄いカードと呼ばれるプラスチック製の板を使うのもいい。

 しかし、ビニール素材がないのと同じくプラスチックもないので拳でガス抜きをした。


「計り」
「ありがとー」


 言う前に、大きいパン専用の計りを持ってきてくれたのは助かる。

 パンの計量は、電子タイプも計りが増えてきた日本でも、まだまだラティストが持ってきた『台秤(だいばかり)』が主流。

 この世界では量り売りで商売する市場なので、これがほとんどだ。

 見た目は天秤のような形状だが、重りの方は細い。

 上皿があるので上皿てんびんとも呼ばれてるが、計りたいのを皿に乗せて釣り合うように計るだけ。


「これを12個くらいに分けて」


 生地を切る、専用の金属製のスケッパーで切り、生地を計りにのせて均一に分ける。
 誤差、1-2g程いいのはご愛嬌。

 口にした通りに12個に分けてからはラティストも加わる。


「軽く丸めたら、次が違うんだ」
「伸ばすのがか?」
「近いのはコッペパンとかだけど。ベンチタイムを今日は専用冷蔵庫で冷やすんじゃなくて濡れ布巾でやる。2個くらい丸めたら、布巾お願いね?」


 ベンチタイムは、成形する手前で休ませる文字通り休憩時間。

 そのままの状態では、弾力が強すぎて思うようにのびず、無理して成形しようとすると、グルテンが切れてしまったり、生地が縮んだりしてしまう。

 ベンチタイムの目的は、生地を休ませることで生地をゆるませること。このワンクッションが入ることで、生地がゆるみ、やわらかく、伸びがよくなり、成形しやすくなる。

 ベンチタイムは、パンをふっくらやわらかく膨らませるために必要な工程。逆に、ふっくら膨らませるパンではない場合は、ベンチタイムは不要となる。

 この良し悪しを見極められるのは、主にパン職人くらいなので、かけ出しのラティストには丁寧に教えるのだ。


「休ませてる間に、窯あっためて具材を並べておこう」


 ベンチタイムに必要な時間は、今回の小さめであれば10-15分程度。
 長いと20分以上かかるが、美味しいパンのためだ。

 具材をバットやボウルに入れて並べ、窯の余熱がある程度出来たら成形に取り掛かる。

 打ち粉を大理石で作った台に軽く振り、休ませた生地を一つ取った。


「途中まではコッペパンをイメージすればいいよ。内側を下にして四角っぽい楕円になるようにガス抜き。次は、三分の一ずつ折り込む」


 実際に向かいでラティストにもやらせてみたが、なんとか出来ていた。


「次は真ん中に指を入れて、半分に折り込む。生地を少し押し込んでいく感じかな?」
「コッペパンのようにか?」
「似てるけど、あそこまできつくしなくていいから」


 加減などは生地によって違う。
 教えるのは難しいが、実家がパン屋だったから製パン学校に通ってた頃は同級生達によく教えてたからまだ大丈夫。

 それがまさか、異世界のこんな美形精霊に教えることになるとは思わなかったが。

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