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第七話 剥かれたば〇奈 其の一

 現場の惨状は酷いモノだった――。

 被害者(ガイシャ)の名前は、田沼友里(たぬまゆり)。性別は女。年齢は、十四歳――女子中学生。包装紙(衣服)をこれでもかとズタズタに引き裂かれ、肌色ところにより、白濁といった気象予報士も真っ青なパッケージ(無残な姿)を晒させられたまま、机の上へと放置されていたとのこと。

 一方、被疑者(マルヒ)の名前は、結城琴葉。コチラも、性別は女。年齢は、十七歳――女子高生。
 全て自らの犯行だと、完全自白(カンオチ)しているものの、詳しい動機までは不明。
 恐らくだが、痴情の縺れによる突発的犯行かと……。

 いやはや、世も末だな……。人間、もっと大らかに生きていけないものか――

「――さっきから、何をブツブツ言ってるのか知らないけど……。これは一体、どういうことなのか、そろそろ説明してもらえるかしら? ヒナちゃん?」

 机に置かれている例のブツを憎々し気に一瞥すると、炎も凍りつかせそうな瞳で(こちら)を見下ろしてくる琴姉。

 どうやら俺は、恐怖の余り、現実逃避してしまっていたらしい……。
 現実世界へと帰還すると否が応にも、自らの立ち位置というもの認識させられるな。

 机の上には、証拠品として押収された一本のゲームソフト――。
 見上げる先には、静かに怒りを湛え、そっと俺を見下ろす琴姉――。
 床に正座させられている俺――。そんな俺を取り囲むかのように生徒会の面々――。

 その様相は、お白洲に引き出された罪人とでもいえば伝わりやすいか……。

 それもこれも、全ての元凶は、土方(トシさん)が俺の為にと用意してくれた美少女ゲーム――所謂、『エロゲ』といわれるゲームソフトにある。

 何だよ? たかが、エロゲかよ? と、侮るなかれ!

 このエロゲ、元々の出荷本数が極めて少なかった事に加え、発売して直ぐにメーカーが倒産(ツブ)れたという事も相まって、正にレア中のレア!
 当時、俺も何とか手に入れようと、ありとあらゆる手を尽くして奔走してみたものの、結局、手に入れることは叶わなかったという幻の逸品。
 それが今回、どういった経緯かは知らんが、偶々(たまたま)土方(トシさん)が手に入れ、事あるごとに琴姉に振り回され、疲れ果ててしまった俺を見兼ねて、土方(トシさん)が貸してくれたという――……。

 どうよ? ココだけ聞くと、イイ話じゃね? 浪花節じゃね?

 最も、そんな事情を女子連中に言ったところで一蹴されて終わりなんだろうがな……。
 そんな事を考えつつも、様子を窺うべく、バレないようにこそっと琴姉へと視線を向けてみるも、

「…………ギロッ!」

 ひぃいいいいいっ⁉ こ、怖ぇえええ……。し、視線で、人が殺せそうだ……。

 その他の面々にしても、呆れてたり、冷ややかな視線を向けてきたりと様々だが、問題なのは琴姉だ……。
 他の奴らはどうでもいいとまでは言わないが、それでも、やはり琴姉さ……。表面上は静かだが、その胸中では黒き炎が猛り狂っているに違いない。
 それは、無残にもビリビリに引き裂かれた東京ば〇奈の包み紙からも、琴姉の怒りがどの程度のモノなのか、垣間見えてくる。
 ココは、これ以上、琴姉の神経を逆なでさせないように、慎重の上にも慎重を期して行動せねば……。
 といっても、余り悠長なことをしていると、それこそ取り返しのつかない事態へと発展してしまいかねない。
 こんな時、最も頼りになるのが、生徒会の良心ともいうべき存在であり、且つ今までにも幾度となく相談にも乗ってくれていた葵先輩だ。
 彼女なら、琴姉を上手く(なだ)(すか)してくれるかもしれない。
 俺は、一縷(いちる)の望みをかけて救いを求めるかのように、葵先輩にSOSを送りつけるべく、目で必死に訴えかけていく。

『――葵先輩! 応答願います! 葵先輩、応答願います!』
「――ん?」

 やった! 気づいてくれた! 一念岩をも通すとはよく言ったもんで、俺の必死の祈りが通じたのか、葵先輩とコンタクトをとることに成功――ここからは、手話ならぬ目話をお楽しみください。

『――はぁあああああ……。全く、陽太(おまえ)にも困ったもんだなぁ……。お前は一体、学園へ何をしに来てるんだ?』
『うぅ、め、面目次第もございません……』
『とはいえ、事が露呈してしまった以上、いくら私でも流石に無罪放免――御咎めなしって訳にはいかないぞ? 当然、その位の覚悟はしてあったんだろうな?』
『……す、済みません。ま、全くしてませんでした……』
『お、お前という奴は……』

 葵先輩は、俺の答えに心底呆れ果てたように、額を押さえている。

『あ、あのぅ~、そ、そこで、ご相談なんですが……。今回の件なんですが、あの……』
『――言っとくが、なかった事になんていうのは無理だぞ? 見たのが私だけならまだしも……。そもそも、琴葉に見つかってしまった以上、どうにもならない……諦めろ!』

 案の定というか、何というか、大方の予想通り葵先輩は、ピシャリと撥ね退ける。

『ぐはぁあああああっ! や、やっぱり、だ、ダメですかぁ? そ、そりゃあ、当然ですよねぇ……。――でも、そこを何とかお願いしますよぉ? それに、僕、第三話(この前)、葵先輩たちのピンチ、救いましたよねぇ?』
『――⁉ そ、それとこれとは、話が別だろうが! お、お前は、それを理由に私を脅すつもりか⁉』
『いえいえ、とんでもない! 罰は罰で後で受けますので、それとは別の事を葵先輩にはお願いしたいんですよ……』
『はぁっ? どういうことだ? 男ならハッキリ言ってみろ?』
『いえね、実はお頼みしたいのは、琴姉の事なんですよ。葵先輩、お願いします! 琴姉の怒りを鎮めて下さい‼』
『――⁉ お、お前は、わ、私に素手で火中の栗を拾えとでも言う気か⁉』
『そんな大袈裟(?)な……。でも、葵先輩なら出来るんじゃないっすか? 『火中天津甘栗拳』ってな感じで♪』
『で、出来るかっ‼ 馬鹿者! 寧ろ、そっちの方が不可能だ! ――よ、よし、分かった! この件が外に漏れないように手を打ってやる! それで、この間の借りはチャラだ! その代り、琴葉の事は、陽太、お前自身で始末をつけろ! 一切、私に話を持ってくるなよ⁉』
『えぇええええっ⁉ そ、そんな馬鹿なっ‼ それにさっき、そんな事は出来ないって――』
『えぇ~い、五月蠅(うるさ)い、五月蠅(うるさ)い‼ ともかく、話はこれでお終いだ!』
『き、きたねぇ! 葵先輩、まだ、話は終わって――』

「――結城くん、サイテーだよ! こんなモノを学園に持ってくるなんて、信じらんないっ‼」
『――――⁉』
『――――⁉』

 突然、響き渡った非難の声に、俺と葵先輩の目話は中断を余儀なくされた。

 くっ、この大事な時に! 誰だか知らねぇが、邪魔すんじゃねぇよ!

 苛立ちを覚えつつも、声がした方へと視線を向けると、その声の主は、誰あろう、会計の遠藤さんだった。

「じ、十八禁なんて、こ、こんな卑猥なモノを……。琴葉先輩の弟がこんな変質者だったなんて、幻滅したわ‼ 琴葉先輩に申し訳ないと思わないのっ⁉ ハッ⁉ も、もしかして、普段から私の事もそんな目で見てたんじゃないでしょうね? い、いやぁあああああああああっ‼ へ、変態、馬鹿、こっち見るなぁああああっ‼」
「…………」

 ……お~お~、好きかって言ってくれてまぁ~。どんだけ自意識過剰なんだよ? てか、俺たちってほとんど会話もしたことないよね? なのに何故にココまでボロクソに言われにゃならんのだ?

 余りの遠藤さんの言いように、物申そうかとも考えていた矢先、

「…………」
「――⁉」

 げっ⁉ こ、こここ琴姉が、コッチを見てる⁉ ま、マズい、こ、ココは、大人しく反省してる感を出さなければ……!
 
 うぅ、そ、そうだ! 全ては自分で蒔いた種だ。ここは何を言われようとも、甘んじて受け入れようではないか。

 その後も遠藤さんの罵倒は続いていき、挙句の果てには、

「――人畜無害な人だと思ってたのにっ‼」
「……………………………………………………………………………………黙れ、牝豚(ビッチ)!」
「い、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ 言わないでぇええええええええええええええええええっ⁉」

 ――し、しまったぁ⁉ 余りに、言いたい放題の遠藤さんに対し、つい……。
 琴姉によって植え付けられた過去のトラウマを抉られ、遠藤さんは発狂した。
 俺は自らの犯してしまった失態に、恐る恐るといった感じに琴姉へと視線を向けてみるも、

「――――⁉」
「……っ……ぐす……。……ん……っ……」

 あろうことか、俺の目に映し出されたのは、怒り狂うでもなければ、その瞳に零れ落ちんばかりに涙を浮かべた琴姉の姿だった。

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