1-7-6 バレー部の苦手な人?井口さんの失恋?
教頭たちが出て行った後、外に出てもらっていた皆が帰ってきたのだが、バスケ部の男子に酷い目に遭った娘たちからは不満の声が上がった……性犯罪者には鉄槌をという事らしい。
「あなたたちの気持ちも多少解るけど、事後ならともかく発言だけで殺すのはどうかと思う」
「多少って……」
「悪いが本当の気持ちは本人にしか解らない。レイプされたのは7人だけど、藤井に復讐したのは4人だろ?残り3人はそれでも殺す事はできなかったという事じゃないのか?」
「あの時は呆然としてそこにまで至る気概も無かっただけよ。あれから時間がったった今ならもっと参加するはずよ」
「確かにそうなのかもしれないが……どうしても我慢できなくて教頭たちを殺したいなら、あなたたちが行って殺すといい。うちのグループとしてはまだ殺すほどではないと判断したんだ。それにまた襲ってきたとしても返り討ちにできるだけの戦力がこっちにはある」
「そっちは強いからいいでしょうけど、こっちの娘たちを襲われたらどう責任取るつもりなの?」
「なぜ俺たちが責任を取る必要があるんだ?そっちはそっちで自衛すればいいだろ。何度も言うけど、条件はどこも同じなんだ。ただうちのグループは逸早く危険を察知し、他より早く自衛の為の行動を起こしてるだけだよ。人の事ばかり当てにしないで、自分たちで意見を出し合って、どうすれば生き残れるかもっと話し合ったらどうなんだ?うちの班では街に行ってからの事までもう話し合っているくらいだぞ?まさか、街に着いて“助かって良かったね”で終わるとか思ってないよな?向こうに着いてから泊まるとこや食料も要るんだよ?お金が無いと宿にも泊まれないし食事もできない。いくら勇者御一行様と言っても確証もなく最初から国や領主を当てにしてないよね?街に行っても日々の生活費は要るんだよ?」
「それは……」
「何も考えてなかったようだね……向こうについてからどうするつもりなんだよ?言っておくけどうちのグループを当てにしないでね」
「じゃあ、どうしろっていうのよ!」
「だからそれを事前に皆で話し合えって言ってるんだよ。何でもかんでも人任せにし過ぎるんだよ。三人寄れば文殊の知恵ともいうし、こっちより人数が多いんだからいい案もでるだろ?」
「ごめんなさいね小鳥遊君、本当なら私が仕切ってそういう話し合いもしておかなくちゃいけないんだよね……」
「そうですね。高畑先生一人のせいじゃないですが、率先して皆より少し先を見通さなきゃダメだと思います。自分で考え付かないなら、そういう思考の持ち主をサブリーダーにしてアドバイスをもらうといいのではないでしょうか」
「あぐっ。随分はっきりと言ってくれましたね……参考にさせてもらいます」
時間が勿体ないので話を切り上げ、残ってるコロニーをメイン戦力で潰しに行く。
うちからは―――
俺・フィリア・菜奈・桜・雅・美弥ちゃん先生・未来・穂香・薫の9名
格技場から―――
剣道部男子5名・柔道部男子3名 空手部男子2名の10名
体育館組から―――
美咲先輩含む剣道部女子4名・女子寮のA班だった7名の11名
合計30名のレイドPTギリギリになってしまった。
最初の予定ではうちと美咲先輩と格技場の野郎どもで行く予定だったのだが、剣道部女子と女子寮に居たA班の娘たちが、この時点でやっと危機感を持ったのか連れて行ってくれとごねてきたのだ。
正直に言えば人が増えた分、人数割りで経験値が減るのでいい迷惑だ。
日暮れまでには殆んど狩りつくして体育館に戻った。
今日だけという事で、茜が皆に夕飯を用意してくれていた。
食後にまたバレー部の2年の女子が言い掛かりをつけてきた。
いい加減名前も覚えてしまった。女子バレー部キャプテンの大影美紀さんだ。
176cmもあり俺より身長が高い。体重は55kgぐらいで俺と同じくらいかな……かなりスレンダーな体型だ。
顔もスタイルもモデル並みに良いが、とにかく気が強くて苦手だ。髪の色は朱色に近い赤、火属性か身体強化系の得意な系統の者に多い色合いだ。桜も同じ系統で少し気が強いが、大影さんには桜のような持って生まれた優雅さとか気品があまりない。
で、今回の言い掛かりは何かというと。
「あなたたちだけで食堂の食糧を独占するのはおかしいでしょ!」
だそうだ……今更まだこんな事を言ってくる。
「高畑先生、そっちで言い含めてもらえませんか?もう、相手をするのも面倒で嫌です……」
「なんですって!」
ウキーッ!とか言いそうな勢いだが、もういい加減この手の輩は勘弁してほしい。
高畑先生が割って入って説明しようとしているが、聞く気がないようだ。
「私はあなたに説明を求めてるのよ!あなたが食糧を奪った犯人の首領でしょ!」
犯人とか、首領とか、盗賊扱いである。
「だからなんです?今頃気付いて寄こせっていうのか?そもそもこの食料は俺たちが命掛けでオークたちから奪い返したものだ。食堂で俺たちに助けてもらった娘たちなら分かると思うが、あのオークジェネラルに勝てるのは今も含めて俺と美咲先輩しかいない。あの時、俺が行かなければ食堂で弄られてた娘は全員死んでたし、食料も全てオークに食われていた。命がけで奪い返した俺たちに権利があるのは当然だろ。それをオークからじゃなく、さも共有財産から奪った犯人だとか、頭大丈夫か?あんたも俺に助けられたクチのくせに恩知らずも甚だしいな。あのまま藤井の子供を孕むまで知らん顔をしてたほうが良かったよ。あんただけは絶対今後何があっても助けてあげないからな。恩知らずめ!」
「ウウウウウッ、ムカつく!」
ビビッた!マジビビッた!これが癇癪というヤツですか!?
地団駄踏んでウッキー状態です!戦闘モードのお猿さんです。
「ん、龍馬流石に言い過ぎ……」
「兄様の悪い癖ですね……」
「理詰めであれやられるときついよね……」
「あのドヤ顔がやたらと癇に障るんですよね……」
どうやら、言い過ぎだったようだ……でも、盗人呼ばわりは流石に我慢できなかったんだもん。
「あなた、井口さんの事も何知らん顔しているのよ!寝取られて汚れたらポイ捨てして、美人の桜さんに鞍替えした外道のクセに!」
この発言に、これまで傍観してたうちの女子たちが切れた。
ツカツカと彼女に近付いて張り手一発かましたのは、狂気の妹、うちの菜奈だった。
「何も知らないくせに第三者が憶測でうちの兄様を中傷しないでください!」
「何するのよこの小娘!」
菜奈に掴みかかろうとする大影さんに桜が再度手を上げる。
パンッという乾いた音が体育館の地下シェルターに鳴り響いた。
「お前たちもう止めろ!歴然とした戦力差での暴力は良くない……でも、怒ってくれてありがとうな」
確かに俺は体育館に入ってから井口さんの視線をずっと無視してきた。
【気配察知】がレベル10なので、ちょっとした視線でも気付いてしまう。
井口さんはずっと視線で俺を追い続けて話し掛ける機会を窺っているようだった。
俺は気付いていながらずっと無視してきたのだ。
理由は俺の方からは何も話す事が無いからだ。
ナビーは、未来は見通せないが、過去の事はユグドラシル経由で記憶を覗いたりして異世界での事であっても詳細に把握できるのだ。井口さんの事も全て詳細にリークできている。
彼女は嘘の言い訳や、皆の同情を引こうと色々腹黒く俺を詰っているが、哀れにしか見えない。
ちゃんと守りきれなかった事は悔やまれるが、それ以上の気は俺にはもう無い。
「白石君、あ、今は小鳥遊君だっけ。私、ずっとあなたの事が好きだったの。あなたがもう暴力を振るわれないようにと思って、嫌な佐竹に抱かれてでも、大好きなあなたを守りたかったの……」
上目遣いで可愛い事をおっしゃる……あの動画とナビーが居なかったらコロッといっちゃいそうだな。
それくらい井口さんは俺好みだ。でもその分俺は彼女の本心を知っているので余計に腹立たしい。
せめて後一月佐竹たちのセクハラに耐えてくれれば、俺がどんな手を使っても排除したのにと思ってしまう……その為に隠しカメラや盗聴器まで自前で用意したんだ。
今更だな……この茶番もさっさと終わらせよう。
そうしないと周りで殺気を放ってる、うちのグループの娘たちが彼女に何するか分からない。
俺は井口さんに一枚の画像をメールで送った。
俯いて泣いている俺を、佐竹にハメられた状態で見下してほくそ笑んでる顔の彼女の静止画だ。
俗にいうハメ撮り写真だな。
それを見た井口さんは引き攣った顔で俺を見ている。
そして俺は再度メールを送る……今度はその時の動画だ。
「俺は学園から佐竹を排除するつもりで、俺をよく殴ったり蹴ったりする場所に隠しカメラを設置してた。これはそのカメラの一つで撮ったあの時の一部始終だよ。その動画の顔で俺の為とか言われてもね……愛液垂れ流して本気で感じまくってるの見ちゃってるし、今更好きだと言われても無理だよ。井口さんの事は今後何があっても好きになることはないよ。他の者に見せるつもりはないけど、ある事ない事吹聴するなら、皆にこれを公開するしかないけどどうする?」
「ごめんなさい。もうあなたに一切絡まないから、この動画は全て消して頂戴」
「それはできないよ。君が保身に走ったように、俺も今は大事な仲間がいるからね。保身の為に消すわけにはいかない。君が何も今後仕掛けてこないなら、この動画も何の意味も持たないから安心して」
「ちょっと!私を二度もぶっといて何二人だけで完結しようとしてるのよ!」
「はぁ、なんで部外者の大影さんに説明しなきゃいけないのですか?俺と井口さんの問題でしょ?」
「そうだけど、なかなか声を掛けづらそうにしてたから、彼女の為を想って声を掛けてあげたのに、二回も引っ叩かれたあげくに、報告も無しじゃ納得いかないわ!」
「彼女の為とか、大きなお世話なんですよ。もう面倒ですので、報告してあげます。彼女が俺に告白しましたが、学園で一番可愛い桜と結婚するので彼女の事は振りました。以上です!」
「うっ!またそんな誰でも判るいい加減な嘘を!もういいわよ!」
ずかずかと態と床を怒ってますアピールをするように踏み鳴らしながら、自分の仲間のグループの下に帰っていった……やっぱ俺、彼女は苦手だ。
「井口さん、最後まで守り切れずにごめんね……」
俺は最後に一言だけそう声を掛けて井口さんの側から離れた。
後ろで彼女の嗚咽が聞こえてきたが、これ以上関わるのはお互いに傷つくだけだ。
彼女と俺には縁が無かったのだろう……弱い自分の心を守るためにそう思う事にした。