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文化祭とクリアリーブル事件㊵




沙楽学園 ゴミ捨て場前


結人との連絡が途切れた椎野の携帯を片手に、何も言わずその場で立ちすくむ少年。 確かに今の彼の心には、先程とは違う感情が生まれていた。
今までしてきた罪に責任を感じながらも、結人の言葉を聞き揺れ動く自分の心。 考えがまとまらない中、一つの言葉を抜き出し頭の中でリピートし続ける。

―――色折くんは・・・まだ、俺の味方でいてくれたんだ。

そう思うと、何故だか心が苦しくなる。 今まで結人やクラスメイトにたくさん迷惑をかけてしまった分、その罪悪感が更に櫻井自身を苦しめた。
だが結人が言ってくれた言葉を思い出し、何度も頭の中でリピートさせる。 彼の発言は櫻井にとって、とても救いのあるものだった。
もしあの状況で櫻井に対し怒っていたり否定するような言葉を吐いていたら、今頃櫻井は深い絶望に陥りどうしようもなくなっていたのだろう。

―――色折くんは・・・こんなことをしてしまっても、俺を、認めてくれた。
―――でも、どうして色折くんは・・・俺のことを、こんなにも簡単に、許してくれたんだろう。

「な? ユイ、怒ってなんかいなかっただろ」
先刻は3メートル程あった距離がいつの間にかなくなっており、目の前にいる椎野が優しい表情をして声をかけてくる。
櫻井は結人の声を聞き『色折くんともっと話したい』『色折くんにちゃんと謝りたい』という気持ちから、自然と足が前へ進んでいたのだ。
そんな櫻井を優しく見守るように、結人と繋がっている携帯を持っていた椎野は近付いてきた櫻井にそっと携帯を手渡した。 それで今、この状況なのである。
「椎野、くん・・・。 俺・・・」
櫻井は手に持っている携帯を強く握り締め、震えた声で椎野に向かって言葉を発する。
「何?」
それでも相変わらず優しい表情を見せてくれる彼を見てある決意をし、いつもと違って声を張り言葉を紡ぎ出す。
「俺・・・劇のセットを、作り直したい」
それが、今の櫻井の答えだった。 今の自分にできること。 それは、結人のために明日の文化祭を成功させること。 ただそれだけだった。
櫻井の意志を聞いた椎野は一瞬驚いた顔を見せるが、再び優しい笑顔へ戻り言葉を返す。
「あぁ、分かった。 じゃあ俺も、一緒に5組へ行くよ」
「え? でも、それは・・・」
「そんな簡単に、櫻井くんを放っておけるわけがないだろ」

―――・・・今なら、言える気がする。

「椎野、くん」
「ん?」
「その・・・さっきは、疑ったり、嫌なことを言っちゃったり、して・・・ごめん、なさい」
素直に言えなかった謝罪の言葉を、今椎野に向けて述べる。 許されないのを覚悟して言い放ったのだが、彼は深く考えていないようで簡単に許してくれた。
「あぁ、いいよ。 でもその前にその怪我、何とかしないとな」
そう言って、血が流れている櫻井の首を指差す。 この後携帯を返し、二人で校舎の中へと入っていった。 

5組へ向かっている最中、椎野はずっと携帯をいじっていた。 誰かに連絡をしているのだろうか。
彼が携帯を見ているということもあり、二人は特に話すこともなく教室へ歩いていく。 そして5組へ向かう途中、北野という生徒に傷の手当てをしてもらった。
終えた後彼に礼を言い、再び目的地へ向かって足を進める。 

だが5組を前にして、櫻井の足が自然と止まってしまった。
「・・・怖い?」
その様子を見て、心配そうに声をかけてくれる椎野。 そんな彼に申し訳ないと思っていながらも、櫻井の足はこれ以上前へ進むことはなかった。

―――どうして・・・ここで、負けちゃいけないのに。
―――どうして・・・どうして、止まっちゃうんだよ。

しばらく動けずにいる櫻井を見て、椎野はある決断をした。
「いいよ、櫻井くんはここにいて。 俺、真宮を呼んでくるから」
「え・・・。 まっ・・・!」
返事を聞かずにその言葉を言い残して、彼は行ってしまった。 
そこで様々な感情が櫻井の心の内に溢れてくるが、綺麗に整理もつかないまますぐに真宮を連れてきてしまう。
「あ、あの・・・」
「・・・櫻井」
呼んでくるのがあまりにも早過ぎて、なおかつ考えもまとまっていないためつい言葉を詰まらせてしまう。 
だがこれ以上時間をかけても迷惑になってしまう思い、最初の一言を勇気を出して言い放った。
「ま、真宮くん! セ、セットを壊し、て・・・ごめ、ごめんなさい!」
相変わらず相手と話す時は口下手でおどおど感が伝わってくる発言だが、その言葉は櫻井にとって本気で発したものだった。
そしてそのことを真宮は容易く察し、何も問題がなかったかのようにこう返してくれる。
「いいよ、謝らなくて。 俺たちは大丈夫だ、何も変わりはしていない」
そう言ってもらうが、あまり納得がいかず複雑そうな表情をした。
「でも・・・みんな、は、俺に対して・・・怒っているんで、しょう・・・?」
「今はそうでもねぇよ」
「え・・・?」
よく現状を理解していない櫻井を見て、真宮は気遣うようゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「今はみんなでセットを作り直しているところなんだ。 明日の文化祭のために、な。 みんなのことは、分かんねぇけど・・・俺は櫻井のこと、怒ってなんかいないよ。
 ユイが心配で仕方なかったんだろ? ユイのために、あぁいうことしちまったんだろ。 だったら恨めないさ。
 まぁ、壊されて多少はショックだったけど・・・。 でも、俺は櫻井に強く言える立場じゃねぇ。 櫻井の苦しさに気付けなかった俺も悪い。
 クラスも一緒で常に同じ場所にいたのに、気付くことができなかった。 ・・・ごめんな」
「真宮、くん・・・」
真宮からの言葉は、全て結人が言ってくれたことと似ているものだった。 もっと言えば、彼は椎野とどこか似ている。 それは――――どこだろう。

―――・・・あ、そうか。
―――どうして真宮くんと、椎野くんは、俺の気持ちが分かったんだろう・・・?

「そんで、どうすんの? 櫻井はこれから、一緒にセット直しを手伝ってくれるのか」
その言葉を発した真宮の表情は、先程の椎野と変わらないくらいに優しい顔をしていた。 その時櫻井は、あることを確信する。

―――色折くんの友達は、いい人ばかりなんだな。

そんな結人のことを敬いつつ、彼に向かって返事をした。
「うん、俺も・・・セットを直したい。 それと・・・みんなにも、ちゃんと謝りたいんだ」
だが真宮は『謝らなくてもいい』と拒むが、櫻井はそれでも自分の意志を最後まで貫き通した。 それを見て、真宮は素直にその気持ちを受け止める。

そして5組の教室へ入り、黒板の前に立った。 真宮は櫻井の隣にいてくれていて、椎野は教室には入らず廊下で様子を見守ってくれている。
当然教室へ入ると、クラスのみんなは作業を止め一斉に注目してきた。 だが櫻井は、その光景にはビクともしなかった。
その理由は、人から注目を受けることに慣れていたから。 からかわれる時、いつも周りにいる生徒は櫻井を見てくる。
最初は恥じらいがあったが、毎日そのようなことを受け次第に慣れていってしまった。 だから櫻井は、堂々とみんなの前に立てることができたのだ。
だが――――実際櫻井には、余裕なんてものはなかった。 手は強く握られていて、全身からは冷や汗が流れ出ている。
顔も凄く強張っており、今すぐにでも泣き出しそうで逃げてしまいたかった。 だが櫻井はこの状況になんか負けないよう、自分に何度も言い聞かせる。

―――これは、色折くんのためなんだ。
―――色折くんのために・・・自分ができることを、しなくちゃいけない。

覚悟を決め、クラスのみんなに向かって第一声を放った。
「み、みんな! そ、その・・・劇の、セットを壊して、しまって・・・本当に、ごめんなさい!」
「「「・・・」」」
その言葉には誰も返さない。 隣にいる真宮も黙ったままだった。 そのことを気にしながらも、櫻井は自分の気持ちを丁寧に綴っていく。
「む、無責任なのは、分かっている。 お、俺も・・・作り直したいんだ。 劇の、セットを・・・。 ・・・いい、かな。
 べ、別に許してもらおうだなんて、思っていない。 許してくれない、のは、分かって、いる・・・から」
櫻井は、いつも自分をからかっている男子生徒の方へ目を移した。 やはり彼らは納得していないようで、櫻井のことを睨み続けている。 それでも、自分の意志を貫き通した。
「あ、明日・・・色折くんが、文化祭に、来るんだ。 だから・・・色折くんの、ためにも、俺も作り直したい」
「え、明日色折くん、文化祭に出れるの?」
『結人が文化祭に来る』という言葉を聞き、学級委員長の男子が櫻井に向かって聞き返す。
「あ、あぁ、うん・・・。 さっき、電話で、そう・・・言っていたよ」
「マジかよ。 じゃあ早く作り直して完成させようぜ!」
「劇のセット直しだけじゃ今日は終わんねぇぞー。 それを終えたら、劇を最初から最後まで通すんだからな」
「作業開始しよう! もう少しスピードを早めてみようよ」
「櫻井くんも早くおいで!」
「一人でも人数は多い方がいいからね」

―――みんなは・・・色折くんのこと、そんなに大切に思っていたんだね。

クラスのみんなは櫻井が起こした罪よりも結人の方が大切なようで、謝ったことに関しては何も言わず受け入れてくれる。
クラスの女子が手招きし、櫻井は優しく笑いながら彼らの中に交ざっていった。

―――・・・ありがとう、みんな。

だが当然、クラスのみんなが完全に許しているわけではない。 中には今でも櫻井のことを恨んでいる生徒もいた。 例えば、いつも櫻井をからかっている連中とか。
だけど今は問題を起こす場合ではないと思い、彼らは自分の怒りをグッと抑え付けていた。 そして、再び自分の作業に集中する。

5組の様子を先程からずっと見ていた椎野は、黒板の前にいる真宮に向かって声をかけた。
「まーみやっ」
「ッ・・・。 あぁ・・・椎野」
あっという間に解決してしまったこの事件に呆気に取られていて、椎野のことを完全に忘れていた真宮。 それに苦笑して、彼に近寄る。
すると椎野は眩しいくらいの笑顔になり、こう口にした。
「このクラスをまとめたの、本当に真宮かよ」
「は?」
「ぶっちゃけ、真宮はクラスをまとめられないと思っていたからさ。 ・・・わりぃ」
笑顔から真剣な表情へ変わり、申し訳なさそうに両手の手の平を合わせ謝るポーズを見せる。 
「え・・・。 どうして・・・」
“どうして”の言葉には“どうしてクラスをまとめられないって分かったんだ”という文が込められていると感じた椎野は、笑いながら答えていく。

「俺を誰だと思ってんだよ。 一年前、初めて真宮に会った時にさ、思ったんだ。 本当にコイツが、副リーダーでいいのかなって。
 ユイの一番のダチっつっても、人思いで優しくて、気の利く奴くらいだと思っていた。 でもみんなをまとめるには、あまり向いていないなと思っていたんだ。
 ・・・でも、俺の読みは間違っていた。 真宮は俺が思っていた以上にすげぇ奴だった。 今では真宮が、副リーダーでよかったと心から思っているよ。
 今までこんな風に思っていて・・・本当にごめんな」

それを聞き、真宮は困ったような表情を見せる。 そして苦笑いをしながら、彼に言葉を返した。
「・・・いや、椎野の言ったことは合っているよ。 俺はみんなをまとめることが苦手だ。 ・・・そのことに気付いてくれたのは、ユイを除いて椎野が初めてだ。
 だから、その・・・気付いてくれて、ありがとな」
「え、いや・・・」
思ってもみなかった発言に椎野は言葉を詰まらせる。 だがこれ以上真宮に言っても全て思考を読まれてしまうと思い、反論するのを諦め椎野も苦笑いをしながらこう返した。
「・・・どういたしまして」


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