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小さな子犬

片想いと小さな子犬

神奈川県川崎市麻生区下麻の近くにあ る西柿生中学校。宮下雪というまだ幼 さが残る一人の女学生がいた。

昼休みクラスで一人、席で寝ながら物 思いにふけっていた。

「は~…」

少し沈んだ横顔にため息をついた。 彼女は現在、中学三年生であり、受験 勉強のため毎日の疲れを隠しながら勉 強に励んでいた。

「しんどいなぁ…」

うつむきながらこれからの将来の事を 考えると、自然に気分が沈んでいった 。

なぜなら、これといったやりたいこと があるわけでもなく、ただ目の前にあ る受験に受からなければならない。

周りもそんな雰囲気だった。全てでは ないが……。

同じクラスに好きな人がいたが、自分 から告白する勇気もなく、これで何も しな

ければこの思いがすべて終わりだと思 うと心底悲しくなってきた。

友達こそいるが、明るく活発な子と言 うわけではなく、どちらかというと物 静か

であまり自分から話すという性格では なかった。

自分の性格がわかっていたし、これま で何度も「明るく活発な子になれたら いい

なぁ」とは思っていたが、出来なかっ た。

まあ、人の性格がそう簡単に変えられ るものならだれでも苦労はしないが… 。

だからそういう子がいると内心悔しか った。

「あ~あ、もっと積極的になれたらな ぁ…。またいつものように片想いで終 わるのかな~。

あの人は一体どういう人が好きなのか なぁ~?もしも私が告白したら…。」

顔が真っ赤になり、ドキドキしながら そう低い声で独り言を言った。他人が 見たら危ない子に見られるだろう。そ して言葉が誰にも聞かれていないか辺 りを見回し、誰も聞いていないことに 安堵した。

校内に昼休みの終わりを告げるチャイ ムが鳴った。

今日も一日疲れる授業を終えて、下駄 箱から靴を取り出し履く。 帰ろうとした時、廊下から好きな男子 が仲間を連れてやって来た。

一瞬、彼とすれ違い心臓がドキドキし て顔が真っ赤になった。 男子たちは笑いながら去っていった。

「フゥ…」

雪は胸に手を当てて落ち着こうとした 、胸が苦しかった。 すれ違っただけで甘く切ない感情が心 を過った。

押し上げてくる涙を抑えて、右手で目 を拭う。 不安の中ゆっくりと歩きながら、ふと 、空を見上げた。

空は橙色、いろいろな姿をした雲がゆ っくりと風に乗って動いていた。 鳥が群れを成して北に向かっている。

少しだけ不安は無くなり、笑顔になっ た。 いつもの帰り道を歩いた。

坂を下り10分も歩くと野原に出た。 そんなに遠くない場所から動物の鳴き 声が聞こえる。

雪はなんとなく、その鳴き声の場所に 足を運んだ。 大きな段ボールの箱に子犬が一匹、寂 しそうに泣いている。 子犬は、雪の姿を見て寂しそうに吠え た。

「ワン…!ワン!ワンッ!」

雪は一瞬焦った。この場所に来てはい けなかったのだ。今この子を飼う余裕 などあるはずもないのに……。

少し後悔した。しかし子犬は本当に可 愛かった。雪の心が冷たくなっていた ものが徐々に暖かくなっていく。

「君、可愛いね。いったい誰がこんな ひどいことするのだろう…?」

子犬は安心したのか静かに眠り込んだ 。感触が暖たかった。

「!…、どうしよう…」

この子を一人にしておけないという感 情と、拾っても世話が出来ないという 現実が頭を廻った。自分の心の脆さに 腹が立った。

安心して眠っている子犬を見て心が揺 らいだ。

心の中でダメだ、やっぱり連れていけ ない…と思った。 そして静かに箱の中に戻そうとした時 …、心の声が聞こえた。

「ダメだよ!雪。この子、このままじ ゃ死んじゃうよ!!」

はっとして「そうだやっぱり駄目だ! 」このまま放っておけない…!と、心 の中で叫んだ。 この時、この子を拾うことを決めた。

「多分、捨てて来いって言うだろうな ぁ……。」

時刻はもう夕方の五時半を過ぎていた 。途中コンビニに寄って、子犬にドア の近くで座って待っててと言うと、素 直に座って待っている。

しかし、正直どこかに行かないか、誰 かについていかないか心配した。すぐ にパンと牛乳を買ってドアを開けてみ るとちょこんと座っていた。

道行く人が、雪と子犬を見て暖かく微 笑んでいた。家の近くにある公園で子 犬を起こし、食事を与えていると一人 の男性がこちらに近づいてきた。

雪は一瞬ヒヤリとしたがその人物は、 片思いの子だった。

彼は、ツカツカとやってきて言う。 「こんばんは!確か宮下さんだよね。 その子犬、可愛いね。散歩してるの? 」

雪はドキッとした。

「うん、さっき野原でひとりぼっちだ ったんだ…。」

前田洋介は「ハッ…!」とした。 「さっきって……?まさか拾って来た のか?だってお前今、受験中だぞ!? 」

洋介は心配しながら、真剣な顔をして 言った。

雪は思わず驚いて泣いてしまった。小 さな涙が頬に流れる…。顔を上げると 夜空には美しい白い月が輝いていた。

洋介はその瞳が大きな孤独を抱えるよ うに見えた。 洋介は焦って言った。

「ご、ごめん。」

洋介も座る。

「あっ、あの…そうだよな。その、な んというか、とにかくこんな可愛い子 をさ、独りぼっちなのに、見捨てるわ けにはいかないよな!全く…、いった い誰がこんなことをするんだろうな? 」

洋介は笑顔で言った。

「あ!」

雪はハッ!とした。なぜなら犬を拾っ た時と同じセリフを言ったからだ。 右手の服で涙を拭い、笑った。

その笑顔を見た洋介は、ドキッ…とし て胸が締め付けられた。愛しさが込み 上げてきた。 この時、洋介は雪に恋に落ちてしまっ た…。

まあ、人が好きになるのはほんの小さ なきっかけが多いかも知れないが…。

洋介は右手で胸のシャツを握りながら 顔を右側にそっぽを向いて、白い月を 眺めていた。 冷たい風が吹き、二人は沈黙していた 。

そしてその長い沈黙を破ったのが、白 い子犬の甘えた鳴き声だった。子犬は トコトコと笑顔で雪のところに行った 。

「クゥ~ン、ワン、ワン…」

二人は思わず苦笑した。二人の間に合 った緊張が解けていく。

雪は子犬を抱きかかえ優しく頭を撫で た。 子犬は気持ちよさそうに手を舐めた。 そんな姿を見ていた洋介は近寄って、 子犬に話しかけた。

「アハハ…、おまえって本当に可愛い な!よかったね、優しい人に拾われて 。」

洋介は雪の方を向き真剣な顔をしなが ら言った。

「大変かもしれないけど、きっとこの 子と出会ったのは運命だよ。大切にし てあげて?」

雪は頷いて言った。

「うん、頑張ってみるね…!」

洋介は犬を雪に渡した。雪の腕の中で 幸せそうに微笑んでいる。

「じゃあ、俺はそろそろ行くね。 飼 うことを家の人に許してもらえるとい いね…?」

「ありがとう…。」

そういって洋介は去っていった。雪 も子犬を抱きながら家路に急いだ。

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