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「ちぇ、つまんないの」

 期待していた話し相手がいない事に興を削がれる。
 そのまま踵を返して帰ろうとして、ふと、お爺さんが毎日見ていたダムを見た。
 ダムの青々とした水は梅雨の前よりも水位が上がっていて、沈んでいるという村が見える気配はない。

「お爺さん、明日は来るのかな?」

 そしたらまた村の話をしてもらおう。
 そう思っていたのだけれど、次の日も、そのまた次の日もお爺さんが来ることはなかった。
 一体どうしたのだろうか?

「視てみたらいいじゃないか」

 とうとう我慢ができなくなって、要に相談してみた。
 そしたら、要は僕に能力を使えと言う。
 触れたものの記憶や感情を読み取る能力を。

「でも……」
「いつもいるはずのお爺さんが何日も来ないって、もしかしたら倒れてるかもしれないよ? 香月がその力を使えば、助けられるかもしれないのに」

 僕はこの能力が嫌いだった。
 この能力のせいで、皆に化け物と言われてきた。
 お父さんもお母さんも僕に触れられることを怖がっていた。

「でも……」
「誰にも気づかれていないとしたら、助けられるのは香月だけかもしれないよ?」

 要は、僕の能力を知っている。
 化け物と呼ばれ続けてきたことも。
 僕がこの能力を嫌っている事も。

 知っている、はずなのに。
 それでも使えと言う。

「大丈夫、俺も一緒に行くから。サイコメトリーした事がそのお爺さんにバレなければ良いわけでしょ?」

 たまたま仕事が休みだという要がついてきてくれることになった。
 能力を使うことに抵抗はあったけど、お爺さんに本当に何か起きていた場合助けられるのは僕だけだという要の言葉に背中を押され、要と二人で見晴らし台へとやって来た。

「懐かしいな」
「要、ここ知ってたの?」
「そりゃあね、ここは俺の地元だもの。あそこにホテルがあるの見えるかい?」

 要が指差した山頂に近くから生えるコンクリートの建物。
 あれ、ホテルだったのか。あそこはまだ行ったことが無かった。

「あのホテル、今はやってないけど俺の祖父さんの持ち物でね。学生時代はよく手伝わされたんだよ」
「ふーん……」

 会話を繋げる事ができないのが新しい学校に馴染めない理由でもあるんだけど、要は怒らずに接してくれる。
 触れようとしてくる手を避けまくってるから、本当の所要が僕をどう思ってるのかは知らない。
 知ってしまったら、この唯一の居場所を無くしてしまいそうで怖かった。

「さて、そのお爺さんが普段座ってるのは、そのベンチ?」

 首肯くと、触れるよう促された。
 恐る恐るベンチに触れて、お爺さんの記憶を読み取る事を意識する。
 途端に見たことのない風景が頭の中に流れ込んできた。

「何が視える?」
「古い家。畑に囲まれてる。たくさんの人が、荷物をトラクターに積んでて……」

 あ、これは、お爺さんが村を出る時の記憶だ。
 急な立ち退きで、皆慌ただしく村を出たと言っていた。
 こんな昔の記憶じゃなくて、お爺さんの家の記憶を探るんだ。
 そう思った時、更に深く記憶を読み取ったようで、当時の会話まで聞こえてきた。

『あ、シロ! 戻ってこい!』
『何してるんだ義夫。早くしろ!』
『でもシロが……』

 ケージに入れようとしていた猫が逃げ出したようだった。
 チリン、と鈴の音を鳴らしながら、赤と花柄の和布をより合わせた紐を首に巻いた真っ白な毛並みの猫が走り去っていく姿が視えた。

『放っておけ。水がくれば逃げ出すさ。急げ!』

 お爺さんの父親らしき人に怒られて渋々トラクターに乗る。
 何度も何度も遠ざかる家を振り返り見ている。

 これだけ鮮明に視えるのは、それだけお爺さんがこの事を気にかけているという事だ。
 毎日毎日たくさんの思い出を語ってはいたけれど、一番心残りだったのは置いてきてしまったシロの事だったんだ。


 そっとベンチから手を離すと、見えている光景が現実のものに切り替わる。
 見えたもの聞こえたものをそのまま説明すると、要は何やら思い当たる事があるらしい。

「お爺さんの名前、義夫っていうんだね? それで、いつも白いシャツに緑のカーディガン、茶色の帽子……。あぁ。わかった」
「わかるの?!」

 名前や服装だけで特定するとか。僕を見つけ出した時の事と言い、今と言い、要は要で何か不思議な力を持っているんじゃないかと思う。

「うん、そんなに遠くないよ。ここを下りて行った先の家だ」

 要の案内で辿り着いたお爺さんの家は、僕が見晴らし台に来るときに通るのとは反対側の道を下った先にあった。
 チャイムを鳴らしてみると、エプロン姿のおばさんが一人出てきた。

「どちら様で?」
「えっと……」
「突然すみません。本庄要と申します。義夫さんにうちの子がお世話になってまして。暫く義夫さんをお見掛けしないものですから心配になって押しかけてしまいました」
「あら。父の言っていた小さなお友達ね。暑い中すいませんね。どうぞ上がってくださいな」

 おばさんはニコリと笑うと、何も疑われることなく中に招き入れてくれた。
 案内された部屋には、ムスッとした表情のお爺さんがつまらなそうにお茶をすすっていた。
 取り合えず、要が心配していたような事はなさそうだ。

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