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文化祭とクリアリーブル事件㉞




それから結人は、夕方までの約3時間ずっと歩くリハビリを続けた。
「よーし、お疲れ! 今日はここまでやれば十分だろ。 大丈夫か?」
歩く時の身体の痛さには多少慣れ、手すりなしでもゆっくりだが歩けるようにはなった。 だがこれではまだまだ駄目だ。 目標は当然、普通の人のように歩くこと。 
今の結人は歩くだけでも病人扱いされる歩き方だし、かつその光景はとても見苦しいものだった。
「あぁ、大丈夫だよ。 つか、歩くだけでもこんなにキツいんだな・・・」
「でも一人で歩けるようにはなったじゃねぇか。 まぁ、付き添いが傍にいないと危なっかしくて見てらんないけど」
笑いながらそう言って、再び結人を病室まで支え誘導してくれる椎野。 この時、怪我をして入院したのが彼でよかったと改めて思った。
真宮や夜月ならともかく、他の仲間だったら気を遣ってしまいこんなに甘えることができなかったのかもしれない。
「さんきゅ」
そしてそっと腰を下ろし、足も丁寧にベッドの上に乗せてくれた。 すると椎野はベッドの隣にある椅子に腰をかけ、大袈裟にこう言葉を発する。
「早く入院生活が終わって学校へ行きたいー!とか思っていたけど、ユイが目覚めたらそうは思わなくなっちまったよ、はは」
「何だそれ」
その発言に笑いながら突っ込みを入れる。 そんな結人を見て、椎野は少し引きつった表情をしながらこう答えた。

「だって今は二人きりなんだぜ? ・・・まぁ、こんなことを言うと気持ち悪いって思われるかもしれないけどさ。
 ユイと二人きりになれんのって、すげぇレアじゃん。 ユイは人気者でいつもたくさんのダチに囲まれているし、こうやって二人だけの時間とかあまりないだろ。
 ほら、俺たち団体行動が多いし」

「・・・」

「だからさ。 ・・・なーんか、ユイの存在が俺にとっちゃ少し遠いんだよ。 将軍とか、絡みやすいとかそういうのは抜きにな。 普通にしていてもそう思う。
 同い年でこんなにも近くでずっと一緒にいんのに、俺とユイの距離は遠ざかったり縮まったりもせず、何も変わんない。 そう、思っちまうんだ」

視線をずらし天井を見ながらそう言葉を綴った椎野。 そんな彼を見て、結人は何も言えなくなってしまった。
そしてその発言に何も相槌をせず聞いていたせいか、椎野は先刻よりも苦笑いをしながら口を開きこう言ってくる。
「・・・こんなことを思う俺に、引いちまったか?」
だがその苦笑が彼にはあまりにも似合わなくて、思わず笑ってしまった。
「ははッ、何だよその顔。 ・・・大丈夫、引いてねぇよ」
「じゃあどうして何も言ってくれないんだよ。 返せないイコール、引いて言葉が出ないっていうことだろ?」
相変わらず苦笑しながらそう言ってくる椎野に対し、結人は自分の思いをゆっくりと言葉で紡いでいく。
「いや、引いていないよ。 何か、その・・・。 そう、思ってくれていたんだなって。 ・・・何か、悪いな」
「どうしてユイが謝るんだよ」
「俺も椎野と一緒の意見だ。 リーダーだからなのか分かんねぇけど、みんなとは少し距離があって遠く感じる。 それは俺も一緒さ」
「・・・」
そこで急に黙り込む彼の方へ視線を移し、優しい笑み見せ続けて言葉を返す。

「その時点で、俺と椎野は同じだ。 互いに距離があって気まずく感じてんなら、それはお互い様。 
 リーダーなんて俺が勝手に作ったチームで言っているだけだし、俺は普通の高校生。 そう、つまりただの一般人だ。 だから全然俺に話しかけてくれ。 
 頼ってくれ、絡んでくれ。 別に遠慮なんてもんはいらねぇよ」

「・・・ユイ」

「椎野は結黄賊の中で特別な存在なんだ。 その・・・なんだ。 椎野の持っている、特殊能力みたいなのも含めてな。
 だから椎野がそう思ってんなら、俺はより気まずく感じる。 そうならないためにも、俺にはいつも通りに接してほしい。 ・・・距離があると思ってんのは、お互い様だから」

一番伝えたかったことを最後に持ってきて、その言葉を更に二回繰り返す。 それらを聞いて、椎野は優しい表情をして頷いてくれた。
「あぁ、ありがとう。 ユイと出会えてよかったよ。 ・・・いや、その前に俺を結黄賊に入れてくれてさんきゅー、かな。 
 入っていなきゃ、こんなにも近付くことなんてできなかった。 それにユイと過ごす時間は、どれも大切で・・・」

―――・・・おい、待てよ?

これ以上言われると本当に変な雰囲気になりより気まずくなってしまうと思い、椎野に向かってキツい一言を言い放つ。
「これ以上言うとマジでキモく感じるから止めておけ」
「ッ、はぁ!? じゃあさっきまでの俺の気持ちはどうしてくれんだよ!」
「さっきまではよかった。 だけどこれ以上発言をすると、男としての友情にも問題があると思う」
「それに関しては大丈夫だ、俺は男になんて興味ないし寧ろ藍梨さんの方が」
「藍梨?」
「! あ、いや・・・」
突然椎野の口から藍梨の名が出て、結人は瞬時に反応する。 そして彼女がどうしたのかと、話の続きを聞き出そうとしたその瞬間――――
―コンコン。
「ユイー、入るぞー!」
病室のドアの向こうから、御子紫の声が聞こえてくる。 それを聞き椎野は一瞬寂しそうな表情を浮かべ、小さな声で呟いた。

「・・・ほーら。 ユイのことが大好きな、みんなの登場だ」

そう言い終わるのと同時に、ゆっくりと開かれる病室のドア。 その向こうには、結人の大好きな仲間がたくさん現れた。
「結人!」
真っ先に名を呼んだのは、彼女である藍梨。 藍梨は結人の姿を見た瞬間、走ってこちらまで来てくれた。 そんな彼女を受け止めようと、両手を広げるが――――
「いッ・・・!」
藍梨があまりにも勢いよく飛んできたため、結人の固い身体は柔軟に受け止めることができず少しだけよろけてしまう。 そんな結人を、椎野が横から支えてくれた。
「ごめん結人! 大丈夫だった?」
小さな呻き声を聞いたからなのか、少し離れ心配そうに尋ねてくる。 
「大丈夫だよ。 心配かけてごめんな? ・・・元気そうでよかったよ、藍梨」

―――藍梨を受け止めるだけでも俺の身体は言うことを聞かないなんて・・・困ったな。

彼女の頬を優しく触りながら、笑顔で対応する。 そして、この病室に来てくれたみんなのことを見渡した。 彼らの様子には特に変化がなく、一安心する。 
悠斗も怪我したと言っていたが、首の周りにはもう既にギプスが見受けられないためおそらく大丈夫なのだろう。
「ユイ! 目覚めてよかったよ!」
「あぁ、心配していたんだぞ」
「このまま目覚めなかったらどうしようかと思ったよ」
優、コウ、北野の順でそう言葉を発する。 そんな彼らを含め、ここにいる仲間に対して笑顔で言葉を返した。
「みんな、迷惑をかけてごめんな。 俺は見ての通り、元気で大丈夫だ」
「本当に大丈夫なのかよ? 頭の包帯や袖から見える手首のアザを見る限り、全然大丈夫じゃなさそうだけど」
苦笑いをしながらそう言ってくる夜月。 その発言に返す言葉が見つからず、笑ってこの場を誤魔化した。 そして、彼らの中に交じっている一人の女子高生を発見する。
「梨咲? ・・・梨咲も、来てくれたんだな」
藍梨に不安な思いをさせないよう、彼女の頭を撫でながら梨咲に向かって話しかける。
「そりゃあ・・・。 私も、心配だったから」
「そういや、梨咲のダチもこの病院に入院してんだろ? その子の見舞いついでか、俺は」
「ふふ、そうね。 トモは今日退院なの。 これからトモの病室へ行って、これから一緒に帰るのよ」
「今日退院か。 そりゃよかった、無事みたいでさ」
梨咲との会話を終え、今度は藍梨の次に一番近くにいる真宮に向かって口を開く。
「真宮。 何か・・・大変な思いをさせちまって悪いな」
「え・・・? ・・・あ、いや。 その・・・俺こそ、ちゃんと副リーダーの役目を果たせなくて・・・。 悪い・・・」
「この5日間、どうせ一人で抱え込んでいたんだろ。 みんなのことも、考えてくれていたみたいだな。 あと藍梨の面倒も、真宮が見てくれていたんだろ? ありがとな」
「・・・」
そう礼を言うが、真宮は結人と目を合わせなかった。 そんな彼に違和感を感じつつも、もう一人心配であった少年――――未来に向かって話しかける。
「未来、大丈夫か?」
「・・・」

―――お前も黙り込むのかよ。

心の中で一人突っ込みを入れ、再び口を開く。
「未来が今元気ならそれでいいんだ。 ・・・だから未来は、何も心配いらねぇよ」
彼を傷付けないよう言葉を慎重に選びながらそう言うが、結局は自分でもよく分からない言葉になってしまった。 
だが未来はそんな発言にも何も返事をしてこないため、彼に尋ねるのはいったん諦めみんなに向かって明るめの口調で口を開いた。
「そういや、お前ら文化祭の準備はどうだ?」
「劇はばっちりだ」
「5組の劇も頑張っているよ!」
「聞いてよユイ! 男装女装コンテストの衣装ね、昨日作り終えたんだ!」
「漫才の方も完成したよ。 面白いぞー?」
「合唱の方も綺麗にまとまっているよ」
「え、その合唱の中に俺なんかが入って本当に大丈夫?」
最後に発した北野の言葉に反応し、椎野はすぐさま口を挟む。 そして彼らの会話をしばらく聞いた後、優が結人に向かって突然話を振ってきた。

「ユイ! ・・・ユイは、文化祭には出れるの?」

「・・・」

その一言にここにいる者は皆一斉に黙り込み、結人に注目する。 だがそんな彼らとちゃんと目を合わすことができず、思わず視線をそらしてしまった。
文化祭に出られるのかは確実に決まってはいない。 というより、今の状態だと99%の確率で外出許可はもらえないだろう。
だけど彼らの期待を裏切りたくはなかった。 色折結人というたった一人の人間が抜けるだけのため周りには支障なんて何も出ないと思うが、それは結人自身が許したくなかった。
今までやってきたことを無駄にしたくない。 櫻井との約束も、みんなで練習してきたダンスの発表も、最後まで完璧にやり遂げたかった。
だからみんなの期待を簡単に裏切らないよう、無理に笑顔を作って彼らに向かって言葉を紡ぐ。
「あぁ。 絶対に行くよ。 俺も今、普通に歩けるよう頑張ってリハビリしてんだ。 ・・・だから、文化祭で待っていてくれ」
その言葉に、ここにいるみんなは頷いてくれた。 だが結人は、そんな彼らには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 本当は、今まともに歩くことなんてできない。 
そのことを知っているのは、椎野だけだった。 だけど彼は結人のことを見守ってくれているようで、今言った発言には何も否定の言葉を入れてこなかった。
そんな椎野の期待にも応えるよう、今よりももっと頑張らなくてはならない。 ここにいるみんなのおかげで、もう一度頑張ろうと思えることができた。

「あ、そういやさ、ユイ」

「?」

突然夜月が名を呼び、彼から出る次の言葉を待つ。
「明日の夜、後輩たちが来るって。 『文化祭へ行きたい』ってさ。 もちろん明日の夜は、俺たちの家に泊まらせる。 いいか?」
―――・・・後輩、か。
「あぁ、もちろん。 悪いな、頼んだぜ」
「あと後輩たちにもユイのことは伝えておいた。 みんなも心配していたぞ。 明日後輩もユイの見舞いに来ると思うから、その時はみんなの相手をしてやってくれ」
「はは、分かったよ」
苦笑いをしながらそう言ってくる夜月に対し、笑って言葉を返す。

―――そうか・・・後輩にも、クリーブル事件を解決するために手伝ってもらおうかな。


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