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第4話 フレッドの覚悟

 1か月ぶりの自分の部屋のベッドで泥のように眠っているフレッド。

 その夜、1度の死を経験した彼は悪夢にうなされていた……――。

「モニカァアアアアア!!」
 停電した研究所の施設内でゾンビ犬が徘徊し、獲物であるフレッドはその場から動けずにいる。
「フレッドッー! このゾンビを早く倒してぇ!!」
 避難所から外に飛び出し、ゾンビに背後から襲われるモニカ。フレッドはライフルを構えるが照準がブレて狙いが定まらない。
「クソォオオ!! おまえら全員ぶっ殺してやるッ!!!」
 
 地団駄を踏み、目を血走りながら彼は大声で叫んだ。

 
挿絵


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「なにやら物騒な寝言をほざいておるが、大丈夫か小僧?」

 フレッドの寝相のせいで掛け布団が床の下で雑然と放置されていた。
「ハッ……! よっよう、アップル。グッモーニン……」
 彼のベッドの前で、昨日と同じ衣装を着たアップルが椅子に腰を下ろす。

 心配げな彼女の呼びかけに冷静さを徐々に取り戻していく。
「そういやお前どこで寝てたんだ?俺の家には居なかったみたいだけど」
「ぬっ? まぁ、その辺の空き家を適当に借りてな……」

 この『仮想世界』において、この町に存在していた元々の民間人はフレッドと父親のコーディのみで、あとは別の地域……あるいは国からランダムにとばされた人々が移住しているにすぎない。
 彼らからしてみれば知り合いの家に他人が暮らしている状態なので、やはり割り切れない心境になってしまうのだろう。

「なんだ……まだ朝の6時にもなってないじゃん、もうちょい寝たかったのに」
「それは悪かったの、どうやら自身の人格データはワシの生みの親である博士をそのままトレースしておってな。じじぃ特有の早起きの習慣も身についておるみたいじゃな」
「あぁー、だからお前の言動がいちいち老人臭かったわけね……」
 色々納得したフレッドはあくびをしながら両手をぐーんと伸ばす。

「あとワシの素体のモデルはその博士の孫じゃと言っておったぞ」
「そのお孫さんに直に逢える日が楽しみだぜ、グフフ……」
 笑みを浮かべる彼は、部屋に飾ってある萌えポスターも相まって気持ち悪さが増していく。

「まごうことなきロリコンじゃな、警察に通報せねば」
「おまわりさんっ、俺です!」
 ひとしきりの茶番を終え、一階の台所に向かった二人は居候の灰賀と対面する。

「あっ……えっと、オハヨウゴザイマスMr.ハイガ」
 フレッドの日本語は片言だが日本人と混血なだけあって多少は使えるみたいだ。
「……いや、勝手に耳に入る英語が日本語に翻訳されているみたいだから、自分に気遣いは無用……だ」
「日本人にはアメ公の食うものは口に合わんじゃろうなぁ、可哀想に」
 
食卓に並んだシリアルとベーコンエッグをつまみ食いしながらアップルはお節介を焼く。
「……スーパーに行けば豆腐や味噌もあるので…………、特に問題はない……」
 食器を片付けた灰賀は工具箱を右手に持ち、作業用のベストを着て玄関の扉を開ける。
「すぐそこで自動車事故が起こり家屋が破損したらしい……修繕に行ってくる……」

 灰賀の性格はというと少し無骨ではあるが、硬派で思慮深い。顔は険しいが声のトーンは優しく落ち着いていて頼りになる男性像だ。
「どうやらオヌシとは正反対のようじゃな。フレッドよ」
「俺がクソ不真面目のナンパ野郎でダメ男って言いたいのか!?」
 おもむろにアップルはフレッドの鼻をツンッと人先指でつつく。

「それではワシらも出かけるかの」
「え……? 一緒に見廻りでもするのか?」
「このうつけ者ッ!」

 とぼけた感じのフレッドに軽く一括して、彼女は親指を立てる。
「地獄のレベル上げマラソンじゃ……ふぉっふぉっふぉ」
 そう言うとアップルは満面の笑みを浮かべた。

「…………ヤダです」
「やるのじゃッ!!」
 フレッドとアップルのにらみ合いが不毛に続く。

――その時、フレッドの家の近くで二人の男性がなにやら言い争いを始める。

「そのP320は俺が5日前から入荷を待ってたんだぞッ!!」
「は? 知らねぇよ……俺のが先に手に取ったから早い者勝ちだろ」
 どうやらお互いに拳銃の奪い合いをして口論になってるみたいだ。

 SIG Sauer P320とはシグ・ザウエルから2014年に発表され、昨今米軍でも正式に採用された拳銃。アメリカでもオーソドックスなグロックにかなり近い操作感を有する人気の商品なのだ。

「バグのせいでアイテムの出現率にムラが出てきておるのじゃろうな」
「ていうか発砲とかされたらマズいだろこれ!?」
 ヒヤヒヤしているフレッドにアップルは冷静に対応する。

「ここはセーフティエリアの内側じゃからな……まぁ見ておれ」

 「しつけぇんだよ、クソがッ!」
 拳銃を手にしていた男が頭に血がのぼり 、故意にトリガーを引く。――が、弾丸は出ずにただ空砲の音だけが虚しくひびいた。
 「危ねぇだろッこの豚野郎ッ!!」
 銃をほしがっていた男も激昂し、銃を蹴り飛ばし相手と取っ組み合う。
  
「オイオイまさか銃はNGだけど、殴り合いならOKとかそんなオチじゃないよな?」
「うむ、包丁や鈍器を用いた場合も、対象となった個人にバリアが張られて無傷で済むぞ……つまり殺人までエスカレートはしない安心設計じゃな」
「なんじゃそりゃあ!? オイッ暴行罪で逮捕するぞお前ら!!」

 両人のケンカを駆け足で止めに行くフレッド、職業病というやつである。

 数分後、鼻血を垂らしたフレッドはP320を没収し、二人に自宅謹慎処分を言い渡す。なんとか事態を強引に丸く収めたのだった……。
「セーフティエリア(安全とは言っていない)というわけじゃ」
「というわけじゃ……じゃねーよ!そのデカ尻ひっぱたくぞ!」

 フレッドは息切れをして、ナビゲーターのアップルにある確認をとる。
「なぁ……俺って寄生虫を体内に入れてパワーやスピードが10倍増しになってさ、超人の仲間入りしたはずじゃなかったっけ?」

「セーフティエリア内では常人レベルにステータスが抑えられる設定じゃ、あと〈ヴァリアント〉も使えぬから要注意じゃぞ」
「てめぇ……そういうことは初めに言っとけー!」

 ムカっとしたフレッドはアップルの生尻に平手でビンタをかます。
「あいったー! セクハラじゃ、誰か警察を呼ぶのじゃ!!」
「おまわりさんっ!……は俺じゃい……!」 
 
 バカ騒ぎしてる間にちょっとした野次馬たちが集まってきた。
「レベリング行くんだろ……悪目立ちする前に退散すっぞ!」
「ほほぅ、急にやる気をだしおったな」

 フレッドは危惧していた――。さっきまでは恋人のモニカが不慮の事故でよしんば死んだとしても、どこかのセーフティエリアで復活していると安心していたのだ。しかし貧弱な彼女が暴力にさらされる危険性は一切ぬぐえていなかったのである……。
 
「モニカ……俺が今よりずっと強くなって、いつか迎えに行くからなッ」
(たぶんサミュエルが一緒だから大丈夫だよな……あいつタフだし)

 フレッド・A・バーンズ、現在レベル3の駆け出しプレイヤー、やがて世界の命運をかける戦いで『切り札』となる男の巣立ちであった。
 
 



 

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