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第2話 プロローグ・後編

 白い霧の中、一人の保安官と一人の美少女が遭逢(そうほう)した……。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 人の声が聞こえないか!?」
 フレッドは彼女と問答したいという気持ちを抑え耳を澄ます――。
 
 すると町の外れの森の向こう側から少年だと思われる悲鳴がこだまする。
「だッ……誰か助けてーッ!!」
「ぬっ? ワッパの声が聞こえるのぉ……」
「クソッあっちの方角か!? 待ってろよ!!」

 正義感の強いフレッドは一切の躊躇(ちゅうちょ)もなく、赤い少女の横を走り過ぎていく。
「おッ愚か者! セーフティエリアから出ればオヌシも襲われるのじゃぞ!?」
 
 警告を無視してバリアを素通りするフレッドにゾンビの魔手が迫りくる。
「てめぇらの相手なんかしてられるかッ!」
 手ぶらでまったく武器を装備していない彼の唯一の攻撃手段、……それは渾身の右ストレートで敵をぶん殴ること。
 
 「グゥワアァーーーッ!!」
 フレッドは(こぶし)を握って、ゾンビの顔面に的確にパンチを当てぶっ飛ばす。
 多人数を相手にする場合、バランスを崩しやすい蹴りワザは滅多に使わないのが定石。保安官であるフレッドは、ある程度の護身術を会得していた。

 「無茶しおるのぉ。しかし、あのレベルではまだまだ……じゃな」
 ゾンビ達の包囲を突破したフレッドを見送る赤い少女はため息をついた。
 
 
 深き森……、さっきよりも霧がやや濃くなって視野が悪くなっていく。

 「うっ、ヒグッ! アッ……保安官のひと!?」
 泣きじゃくる少年を発見するフレッド、外傷が無いことに安心した、その矢先に――――。
 「ガルルルゥーッ!!」
 
 アンデッド・クリーチャー……、フレッドを一度死に追いやった怪物と同じタイプのゾンビ犬が木陰から眼前に現れた。

 「なッ……!? こ、こんな時に体の一部が言うことを聞かない?!?」
 下を向くと自分の両足が異様に震え、手で押さえてもガクガクとして立っているのもやっとの状態であった。
 (まさかトラウマになって、あんな犬畜生にビビッてるのか……?)

 一度脳裏に刷り込まれた死のイメージが鮮明に浮かび、彼を恐怖で動けなくしている。 

「小僧ッ! これを使うのじゃ!!」
 少し息切れをした赤い少女は右手から手品のように何かを取り出す。 
 そして彼女がフレッドに投げつけたのは、真っ赤なリンゴが一個。
「お兄ちゃん、危ないッ!」
 
 フレッドは噛みつかれる寸前で、自らの身体を横に倒し回避に成功する。
「クソッ、こんなんでどうやって戦えっていうんだよ!」
 (リンゴ……? そういや『マルス・プミラ』って学名が……)

「よいか!? その禁断の果実を食す事でオヌシは超人的な強さが得られるのじゃ。そして同時にワシとオヌシの誓約が交わされたという事を意味する。
 心せよッ、与えられしそのチート能力をもってこのゲームを清浄すると!!」

「お兄ちゃんッ後ろからもう一匹ゾンビ犬が!!」
 背後から忍び寄る2匹目の血に飢えたゾンビ犬。前後で挟み撃ちにあいピンチに陥るフレッド達――。

「フッ、仮にも俺はおまわりさんだぜ? そんな不正行為に手を出すはず……」
 そのセリフとは裏腹にシャクッと音を立ててリンゴを丸かじりした。
(こやつ……ためらいもせずアッサリ食いおった)
タダでもらえるものなら何でも頂くのが彼のポリシーである。

「うおッ!? かッ、体が……燃えたぎる様に熱い!!」
 フレッドの全身からは湯気が吹き出し、彼の眼光は紅く不気味な瞳孔の開き方をみせた。さっきまで萎縮してたのがウソみたいに力がみなぎっていく。

「右手を炎の剣に変えよッ〈ヴァリアント〉するのじゃ!」
 パワーアップを果たしたフレッドは彼女の急な注文に戸惑う。 

「剣ッ? ……いや炎出せるようになるの俺!? よっしゃー!」
 フレッドはゲームやコミック好きのギークであり、日本のアニメ等にも精通している。特に炎を使うヒーローには子供の頃から憧れていた火の玉ボーイなのだ。
 
「出でよッ、バーニング・ソードォ!!!」

 
挿絵


 その呼び名を反映するかのように、手刀のように束ねた指から烈火が吹き出し、
 右手がまるで粘土で創造していくかの様にみるみる剣をかたどっていく。さらにエビのような甲殻でガッチリ固められ、ガスカートリッジまで付いている。
 
 ――だがフレッドの顔には、不安と焦りがにじみ出ていた。
「……短ッ!?」
 フレッドの右手の剣は熱を帯びた合金のような材質だったが、その長さが刃渡り約30cm程しかなく実に心細い。
(これじゃあ……ショートソードじゃねーか!)

 ゾンビ犬はその火を(おそ)れる事なく、再度フレッドめがけて突進してくる。
「だましやがったな!? この淫乱ロリピンクーッ!!」
(ムッ……聞き捨てならんな、どうみてもワシはピンクより赤寄りじゃろう)
 彼女もまた、フレッドと同じく赤が好みの色みたいだ。
 
 フレッドは破れかぶれに剣を振り下ろし、正面からゾンビ犬の変異した棘の尾と衝突する。

 それはまるでフライパンで熱したチーズの(ごと)く、ゾンビ犬が簡単に溶けていく。
「こいつは……強力すぎる!!」
「フッ……オヌシに授けた能力は〈ヴァーミリオンバード〉、不死物危険度A+の極上アンデッドの変型(ヴァリアント)ならワンコなんかイチコロじゃろて!」
 
 自慢げに話す赤い少女をよそに、フレッドはもう一匹のゾンビ犬に視線を移す。
 すると意外にも怪物は距離をとって、その場から退却の姿勢をみせたのである。
「……逃がしはしないぜッ!」
  
 生物科学研究所に居たフレッドは死体からどのようにアンデッド化の現象が起こるかを知っている。その正体は『寄生虫』……死骸を宿主にして蘇らせ遺伝子を組み換え、化け物に変えていた新種の寄生虫こそがゾンビハザードの真相なのだ。 
 
 これはつまりゾンビに噛まれてもウイルスの感染はしない事、もう一つはアンデッドには寄生虫によって生存本能があるという事の二点が取り上げられる。アンデッドであっても乏しいながらに思考という概念があり、ただ無機質に襲ってくるわけでもない。それを彼は瞬時に悟ったのである。

 フレッドのバーニング・ソードは見事に2匹目のゾンビ犬の背後を捉え敵を四散させた。トラウマを克服し、子供を守ることができた彼はほっと胸をなでおろす。

「保安官のお兄ちゃんカッコ良かったよ!でも炎どうやって出したの?」
「それはね……、俺の正義に燃える熱いハートがそうさせたんだよ」
「くさすぎじゃのぉ……オヌシ」
 悦に浸るフレッドにすかさず赤い少女は茶々を入れる。

「とにかく急いでセーフティエリアまで直行じゃ、小僧よ!」 
 3人は足早に町まで戻り、少年を自宅前まで送り届けた。

「1週間以上帰ってこない父親を探しにねぇ……」
「親不孝者のオヌシにはちょっと耳の痛い話じゃな」
「おいッ、なんで俺の家庭事情を知ってやがる!」
 
 一拍置いて、二人はお互いに視線を合わせ真剣に見つめあう。
「マジでここゲームの世界なんだな……、俺が死ぬ以前の世界は現実なのか?」
「ワシはあくまでナビゲーターにすぎぬから、このゲームの攻略に関する以外のことは教えられん。じゃがワシのパートナーとして尽力するのなら少しだけでも情報を提示すると約束しよう。」

 頭をポリポリとかいた後、腕を差し出し握手を要求するフレッド――。
「まぁ、とりあえずよろしく頼むぜ……『アップル』!」
「アップル? ワシの呼び名か……好きにするがよい、こちらこそなフレッド」

 秩序(ロジック)混沌(バグ)が入り混じった、濃霧とゾンビに包囲されたゲームで、”朱炎の保安官”フレッドと“美少女ナビゲーター”アップルの戦いが始まろうとしていた……。

 
 

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