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21 農家コンダイ

 ぐったりです。このゲームに疲労度とかってゲージはないはずなのに。

 模擬戦形式オンリーな地獄の講習第二ラウンドは前にもまして厳しかったが、幸い神殿送りにはならずに済んだ。しかも最初の講習のときとはステータスが10倍も違うことをうまく隠したため、序盤はミラガラ相手にちょっと優位に立ち回れたのが気持ちよかった。
 まあ、すぐに対応されてボコボコにされましたけど。ミラに言わせると「やっとハイハイ歩きから二足歩行ができる子供に成長したわね」というレベルらしい。
 きらきらした笑顔でそんなことを言ったミラは、私というサンドバックで十分にストレスを発散したらしく、お肌どころか毛並みまで艶々になっていたような気がするのは今後のためにも勘違いであってほしい。

 講習後にもしかしてまたスキルが進化するかと思ってステータスを確認したが、【頑強】と【体術】が3に上がっただけで、それ以外に大きく変わったものはなかった。さすがに二匹目のドジョウはいないらしい。
 ちなみに本来の目的であった料理の配達は、在庫を大量に置いてきたのでしばらくはガラさんも大丈夫なはず。なんにせよ今日は陽も暮れてしまったし、さっさと宿に戻って料理の修行をしたら早めに寝よう。

◇ ◇ ◇

 翌日、街の中から門番に向かって投石行為をひと通り済ませてからサブクエストに向かう。街の右翼側が農業区で、左翼側が牧場区。どっちから行くかなと思ったけど、素直にクエストの順番通り農業から挑戦することにする。

「こんにちは、私はコチと言います。今日は農業について教えて貰いにきました」
「おう、よ~く来ただなぁ、オラの名前はコンダイだ。畑関係を任されてる。今日はよろしく頼むべ」

 畑の手入れをしていたコンダイさんは、首に巻いたタオルで額の汗を拭いながら笑顔で歓迎してくれた。
 
「よろしくお願いします」

 土で汚れた手を差し出してくるコンダイさんの顔を|見上げ《・・・》ながらその手を握り返す。
 コンダイさんはとにかく大きかった。178センチメートルに設定した私よりも頭三つ分くらいは大きい気がする。その見た目はまさに巨漢、許可を得て【人物鑑定】をさせてもらったら、どうやらコンダイさんは熊系獣人らしい。
 ぽっちゃりしたお腹とほんわかした雰囲気、白いシャツに黄色のオーバーオールを着ていて、さらに熊系獣人。なんとなく蜂蜜が大好きな黄色の熊さんを彷彿とさせる。うん、昨日殺伐としたギルドの受付嬢にいたぶられた身としてはとても癒される。

 コンダイさんは白い歯を見せて嬉しそうに掴んだ手を振ると、私を畑の中へと案内してくれた。
 畑は作物ごとに綺麗に区切られていて、それぞれに生育時期が違う作物が植えられているので遠目で見ると、種まきから収穫までの場面を切り取った連続写真が並んでいるみたいにも見える。

「今日は、耕すとごから収穫まで全部やるべな。ん? なぁんも、なぁんも! そげな顔せんでも畑一面、全部やれとは言わねぇ。畝ひとつ分ずつで十分だぁ」

 結構広い畑を見て一瞬だけこれ全部? という思いが頭をよぎったのを顔色から察したのかコンダイさんが笑いながら否定する。

「いえ、こちらは教えを請う立場ですからね。なんでもしますよ」

 そんなみっともないところを見られたことを誤魔化すために、見習いのローブの袖をまくってやる気を見せた私に、コンダイさんが白い歯を見せる。

「言っただなぁ。んだばしっかり働いてもらうべよ。まずはあそこの木の伐採から頼むべ」
「え?」
「|なんでも《・・・・》してくれるって言ったべな。んだなら、いっそ開拓からやるべ。そろそろ農地ば広げよう思うとったでな」

 私に向かって遠慮することなく鉄の斧を差し出すコンダイさんを見て、やっぱりこの人もしっかりこの街の住人だと妙に納得した。


◇ ◇ ◇

<【伐採】を取得しました>
<【開墾】を取得しました>
<【農業】を取得しました>
<チュートリアルクエスト8『農業をやろう』を達成しました>
<報酬として100Gを取得しました>

 やっと終わったぁ。
 積み上げられた野菜たちの横で大の字で寝っ転がりながら空を見上げる。でも疲れはしたけど、達成感と満足感がある。調合や鍛冶のときにも思ったけど、こういうのを体感するとVRMMOで生産職を極めようとする人たちがいるのも納得できる。

 作業に関しては、伐採なんかは【斧王術】スキルがあったお陰で比較的簡単に済んだ。問題は次からで、きりかぶを引っこ抜くのが一番手強かった。コンダイさんに手伝ってもらいながら、壊れない装備である「見習いの棍」を梃子に使ったり、魔銀鉄のつるはし+4で地面を掘ったりしてようやくだった。。
 そのあとは鍬を借りて土を耕し、畝を作るまで終えたら作業ごとに畑を移動しながら、種まき、水やり、草むしり、間引き、追肥、収穫とフル稼働だった。

 なにげに人使いが荒かったコンダイさんだが、いつもにこにこしていて話しやすかったし、意外にしゃべりも達者で会話が楽しくて思ったよりもあっという間に時間が過ぎた気がする。

「よくやってくれただなぁ、コチどん。感謝するべ。お礼にさっき収穫した野菜は全部やるべ。貰った料理も美味かったしな。ついでに斬り倒した木も枝は落としておいたで丸ごと持っていげ」
「い、いいんですか? 結構な量でしたよ」
「問題ねぇべ。まぁたすぐに収穫ばできるし、コチどんがラーサんとこ持ってけばまたうまいメシが食えるべ」
「なるほど、そういうことですね。わかりました、お野菜たちはちゃんとおかみさんに届けておきます。料理もまた持ってきますね」

 コンダイさんは嬉しそうに微笑みながら、泥だらけの手を差し出してくる。私も笑顔でコンダイさんに負けないぐらいに泥だらけになった手で力強く握り返す。なんとなくコンダイさんとの間になにかが通じたような気がして、お互いにニヤリとして頷き合うと手を振って農場を後にした。

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