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第16話

  C.BF0049年 六月二十四日。

 ショッピングモールで服を買ったあの日から、約二ヶ月が経った。

 結局はるは“何か”の正体を解明することはできず、異常が起きた原因も不明のままだが、あの日以降同じようなことは起きておらず、以前としてエラー等も検出されないため、今は深刻に考えることはなくなっていた。

「~♪」

 ようやく梅雨明けとなった今日は、朝から快晴。絶好の洗濯日和ということもあって、はるは鼻歌を歌いながら、庭で洗濯物を干していた。

「おはよう……はる」

 寝巻き姿で二階から下りてきた澄人。

 目の下にあったクマは、もうほとんど目立たなくなり、肌のハリも以前よりかなり良くなっている。

「おはようございます。澄人さん」
「……あ、もう洗濯物干しているの?」

 洗濯物を干しているはるを見た途端に、澄人はリビングから網戸を開けてサンダルを履き、庭へと出た。

「僕もやるよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、靴下やタオル等をお願いしてもいいですか?」
「わかった」

 ここ最近、澄人ははるの手伝いをするようになった

 当初はるはそれを遠慮していたのだが……今は男性と女性の収入が大差ない時代だ。家事ができる男性を求める女性が多いし、結婚後に主夫となる男性の数もかなり増えてきている。

 澄人の将来を考えると、家事ができるようになっておいた方が良いと彼女は思い、彼が手伝いをすると言ってきた時にはお願いすることにした。

 とはいえ、もちろん強制するようなことはしない。ぱっと見元気になったように見えても、治療を始めてからまだ三ヶ月程度……薬もまだ飲み続けている。心の傷が充分に癒えているとは言えない今は、まだ彼のしたいようにさせるのが一番だと、はるは考えているのだ。

「えっと、靴下とタオルは……」

 澄人はしゃがんで洗濯カゴの中に手を入れ、白い布のようなものを取って広げる。と……

「ちょっ――こ、パ……!?」

 息を詰まらせながら、妙な声を出した。

「どうかしましたか?」
「い、いゃっ! なんでもなっ――!」

 澄人は慌てた様子で手に持っているそれを洗濯カゴに戻そうとしたが、体勢が崩れて地面にお尻をつけてしまう。その結果、手に持っている白い布があらわになった。

「わたしの……パンツ?」
「うわあああああああ! ちちちち、違う! 違うんだよ! タオルか何かだと思ったんだ! それで広げたら、はるのパンツで……」
「大丈夫ですよ。わかっていますから」

 はるは怒ることなく、澄人の左手を掴むと彼の体を引き起こして立たせると、彼はお尻に着いた砂を払った。

「ごめん……次からは、はるの下着に触らないように気をつけるよ」

 澄人は決意の意思を示すかのように、グッと右手を握り締めながら言った。

「そこまで気にしなくてもいいです。ただ……その……澄人さん。パンツを握り締めて言うのは、やめていただけると……」
「え?」

 苦笑いしながら言うはるを見た彼の目が、握り締めている右手へと移った。

「……うわっ! ごご、ごめん!」
「いいえ。シワを伸ばして干せばいいだけですから」

 差し出されたパンツを受け取り、シワを伸ばして洗濯バサミに吊るすと、はるは横目でチラッと澄人の顔を見た。

――澄人さん、顔を赤くして持っていた……女性のものだから? それとも、わたしのだから? もしそうだったら……。

 途端に顔が熱くなるはる。そして彼女は、思わず澄人から目を逸らしてしまった。

「は、はる? もしかして……怒ってる?」
「い、いえ。そうではないんです。ちょっと考えごとを……」
「考えごとって……最近、何だか多くない?」
「え、そうですか?」

 澄人の心配そうな表情で、顔の熱が冷めたはるは、ここ数日の『考えごと』と言った回数を確認してみる。すると彼の言う通り、毎日一回以上言っていた。

「やっぱり、どこか悪いんじゃないの? 病院に行ったほうが……」
「毎日エラーチェックは行っていますから、大丈夫ですよ。それにわたしは人間ではありませんから。例え具合が悪くなったとしても、病院では直せません」
「あ、そうか……はるの場合病院じゃなくて、父さんと母さんの会社――F.P.T社で診てもらわなきゃいけないのか」
「はい。でも今後、アーティナル・レイスが普及していけば、F.P.T社以外でも修理が可能になると思います」
「けど……まだまだ先の話なんだよね?」
「そうですね。先行量産型である、弟や妹達がようやく世に出たばかりですから。ニホンの大手企業である久重(ひさしげ)重工や日羅賀(ひらが)コーポレーション、アメオリス合衆国のサイバー・マテリアルズ社等は、すでにF.P.T社とライセンス契約を結んで、研究開発を行う施設や生産工場の建設を検討しているって、ニュースでは言っていましたけど……」
「…………」

 澄人の表情が僅かに曇る。

 現状F.P.T社でしか直せないということは、F.P.T社にもし何か起きたら――直す方法がなくなるということ。

 はるもそれは充分にわかっている。だからこそ――万が一のことが起きないように、エラーチェックを毎日行っているのだ。

「心配しないでください。わたしには自己修復機能がありますから」
「うん……」
「それじゃ、朝ご飯にしましょう」

 はるは洗濯カゴを持つと、澄人と共に家の中へと入っていった。

 それから澄人は着替えをし、その間にはるは食事を用意。今日の朝食は白米と味噌汁、目玉焼きに漬物、あとはほうれん草のお浸しやかぼちゃの煮物等だ。

「「いただきます」」

 二人は手を合わせた後、朝食を食べ始める。

 すっかり何気ない光景となったが、それをはるはとても幸せに感じていた。

「モグモグ……うん! 今日の朝ご飯もおいしいよ」
「ありがとうございます」

 作った食事をおいしいと――笑顔で言ってくれる澄人。

 はるは、これからもずっとこんな日常が続けばと、願わずにはいられなかった。

 だが同時に、澄人に好きな――人間の女性ができたら……という不安も抱いてしまう。

――澄人さんに、もし人間の恋人ができたら……こんな光景を見ることは、もうできなくなっちゃうのかな……。

 はるはそう思ったが、すぐに心の中で首を横に振った。

 人間の恋人ができて、いずれ結婚することが、澄人にとって一番の幸せだ。

 澄人を幸せにするために、自分はここにいるのだ。

 自分の幸せを考えるより、澄人の幸せをかんがえなければならない。

「はる、どうかした?」
「……え?」
「いや、箸が止まっているから……」
「あ……その……」

 また考えごとをしていたと、言うわけにはいかない。

 はるは、元々言うつもりだったある話題を出すことにした。

「明日は澄人さんの誕生日ですから、どんな料理を作ろうかなと、ちょっと思ってしまって」
「あ、そうか。明日は六月二十五日か」
「もしかして、忘れていたんですか?」
「う、うん。誕生日を最後に祝ってもらったの、小学校に上がる前までだったから……」
「では、明日は今までの分も含めて、わたしが盛大にお祝いします。お料理をたくさん作って、もちろんケーキも用意します」
「あ、ありがとう」

 嬉しそうに笑顔を見せる澄人。それを見たはるは、ポンッと手を合わせる。

「そうだ! 誕生日プレゼントで、何か欲しいものはありませんか?」
「そ、そんな……いいよ。誕生日プレゼントだなんて……」
「遠慮しないでください。せっかくの誕生日なんですから」
「そう言われても……うーん……」

 目をつむりながら考える澄人。そして一分ほど経ってから目を開けると、

「じゃ、じゃあ……欲しいものっていうか……お願いをしてもいい?」

 と、はるの方を向いた。

「もちろんいいですよ。どんなお願いですか?」
「えっと……はると一緒にいたい。いつも通り……側にいてほしい」
「そんなことでいいんですか?」
「うん」

 澄人はちょっとだけ頬を染めて頷いた。

「わかりました。じゃあ、今日のうちに料理の材料を買ってきておきますね」

『一緒にいたい』

『側にいてほしい』

 彼のその言葉に、はるは自分の胸が――正確には心と言うべきだろうか。それが温かくなるのを感じた。

――澄人さんが、わたしと一緒にいたいと思ってくれている。側にいてほしいと思ってくれている。わたしも……澄人さんと一緒にいたい。側にいたい。ずっと……。

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