バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

文化祭とクリアリーブル事件⑮




一時間後 沙楽総合病院 手術室前ロビー


壁は一面白かった。 汚れなどは一つもなく、ただただ白かった。 まるで少年少女たちの暗い心を、綺麗さっぱりと洗ってくれるかのように。
そんな中、反するように明るく光る色が一つある。 それは“手術中”と書かれている長方形のモノが、真っ赤に光っていたのだ。
先程からずっと赤色に染まったままで、色が消える気配はない。 それと同時に、手術室前のロビーにはとてつもない緊迫感が漂っていた。
そこに取り残された少年少女たちは皆一言も話すことなく、ただ祈っているだけ。 早く無事に手術が終わりますように――――と。

そんな中、誰かの足音が彼らに向かって静かに近付いてくる。 この場に合わせてあまり音を立てたくないのか、それとも足音が彼の気持ちをそのまま表しているのか――――
「なぁ・・・。 ユイがやられたって、本当か・・・?」
「・・・ッ! 椎野・・・!」
椎野は結人がやられたと聞き、病室から駆け付けてくれたのだ。 怪我をしている頭が痛いのか、手すりに掴まりながらゆっくりとした足取りでみんなのもとへとやって来た。
少年少女たちの中でいち早くそれに気付いた御子紫は、彼の手を取り近くのベンチへと誘導してあげる。 だがそこからは、沈黙の状態が再び訪れた。
椎野の問いに答える者は誰もいなく、また緊迫感のある空気がこの場に張り詰める。 

それから更に10分が経過し、今度は先程とは違う足音が彼らに近付いてきた。
「・・・伊達」
伊達も少年らから結人の連絡を受け、病院まで駆け付けてくれたのだ。 だが彼のその行動を、軽く否定する者がいた。
「・・・伊達は、わざわざ来なくてもよかったのに。 こんな夜中に一人で、危ねぇだろ」
「いや。 ユイがやられたって聞いたら、居ても立っても居られなくなるのは当然だ。 ・・・ユイは、大丈夫なのか?」
真宮の言葉に伊達は淡々と返し、肝心なことを彼らに尋ねる。 だがやはり、彼らはその問いには何も答えなかった。
その理由は、結人は本当にクリアリーブルによってやられたのか分からないから。 もう一つは、結人が本当に大丈夫なのかは彼らにも分からないから。
だから当然、二人の問いに答えられる者はいなかった。 そして再び静まり返るこの場に、すすり泣く声だけが僅かに響き渡った。 その声の主は――――藍梨だ。
その場に小さくしゃがみ込み泣いている彼女を、悠斗が隣で優しく背中をさすってあげている。 この光景は、30分程前から変わっていなかった。 

そして更に10分後。 この沈黙を静かに破るように、ある少年が口を開く。
「・・・真宮。 お前が、ユイを最初に発見したんだろ? ・・・何があったか、教えてくれよ」
夜月が真剣な表情で真宮に向かってそう尋ねた。 それに対し彼は、困った表情を顔に浮かべる。
「いいけど・・・。 俺がユイのもとへ行った時には、既に頭から血を流して倒れていたんだ。 ・・・歩道橋の、下で」
「真宮がユイを発見した理由って、今日ユイと一緒に立川をパトロールする予定だったからだろ?」
続けてのその問いに、真宮は迷わずすぐに答える。
「あぁ。 ユイは放課後まで劇の練習をしていてさ。 それを終えてから、合流しようって約束をしていたんだけど・・・。
 待ち合わせ場所に、ユイが全然来なくて。 それで・・・心配になってその周辺を捜したら、倒れているユイを発見したんだ。
 ・・・街と離れた暗い場所にいたから、見つけるのが遅くなった」
「周りには誰もいなかったのか?」
「いなかったよ。 ユイを見つけてすぐに辺りを見回したけど、人影すら見えなかった」
そこまで言い終えると、少年たちは再び黙り込んだ。 真宮から何があったのかを聞き出しても、彼は直接事故に遭った現場を見ていないため何の証拠にもならない。
今更そう思ったのか、折角答えてくれた真宮に少年たちは何も返すことができなかった。 だがそんな彼らを無視し、ある少年は自分の思いを独り言のように吐き出していく。
その言葉には怒りや悲しみ全てを含んでいるような、感情が凄くこもった言葉だった。 少年は手に拳を作り、それを強く握り締めながらこう呟いた。

「・・・俺の、せいだ」

力強く言い放ち一呼吸を終え、続けて言葉を紡ぎ出す。
「・・・俺のせいで、ユイはやられたんだ」
結黄賊の中で、一番先に口を開きそうなのに今までは何も言わず、静かに自分を責め続けていた少年――――関口未来。
未来が言っていることは、夜月と喧嘩をした時のことだった。 夜月とあの夜喧嘩をし、そのせいで結人は今晩立川をパトロールすることになった。
もし今日パトロールをする者が結人でなければ、結人をやったクリアリーブルと遭遇する確率は減っていたのかもしれない。 それなのに今日に限って、彼だったのだ。 
未来が夜月と喧嘩をしなかったら、今日結人はパトロールをする必要がなかった。 未来が夜月と喧嘩をしなかったら、結人は被害を受けなかった。 
未来はそんな自分に責任を感じ、先程からずっと自分を責め続けていたのだ。 だが彼らの事情は、他の者には当然知る由もなかった。 
それなのにみんなは『未来は何を言っているんだ』などと突っ込もうとしない。 その理由はきっと、今の未来は相当な怒りを抱え込んでいるから。 
少しでもそんな彼に向けて発言をし、もしそれが彼の気に障ったとしたら、この場を治められる者はいないだろう。 未来は暴走し、何をしでかすのか分からない。 
未来と仲のいい悠斗でさえも、その状況を治めるのは難しい。 だから少年らは、彼の発言に突っ込まなかったのだ。
原因の一人である夜月もそう察したのか、自分も悪いと思っていながらも口を開くことができなかった。 
そんな未来をみんなは怯えているということも知らない本人は、自分の思いを堂々とぶちまける。

「もうこうしちゃいられねぇ。 俺たちがやられるのも時間の問題だ! リーダーがやられちゃ、俺たちももう終わりだからな。
 その前にできるだけの行動をしておかなければならない。 このままだとクリーブルに完全に負けるんだ! だから・・・。 だから、真宮。 俺たちに命令をくれ。 
 ユイをやった奴に最低一発は殴らねぇと、気が済まねぇ!」

未来も流石にここは病院だと思い場をわきまえたのか、小さな声だが力強く自分の意見をそう主張した。 そんな彼の発言に、ここにいる少年らは個々の意見を述べていく。
「俺も未来の意見に賛成だ。 このまま俺たちがやられるわけにはいかない」
「俺たちがこのまま全滅する前に、決着をつけるべきだよ! クリーブルは俺たちが目当てなんでしょ?」
「ユイをやったことについては、俺も許さない」
御子紫、優、北野が自分の意見を迷わずにそう口にした。
「クリーブル、絶対に許さねぇ。 立川の人をたくさん病院送りにして、椎野とユイも病院送りにした。 マジ許さねぇ」
「クリーブルを潰すか」
「あぁ。 クリーブルという組織ごと潰してやる」
夜月、コウ、未来も続けて言葉を発する。 “クリアリーブル” この言葉は、ここにいる少年らは当たり前のように口にしていた。 
だが、その言葉に今更反応する者が――――一人。
その少年は、彼らの言葉を全て打ち消すかのようにそっと口にした。

「・・・クリアリーブルは、そんなチームじゃない」

その言葉に、みんなの視線は自然と彼へ向けられる。 そして未来はその少年に近付き、恐ろしい程に荒々しい表情をしながら口を開いた。
「・・・それはどういう意味だよ、伊達。 どうしてそんなことが言える」
「それは・・・」
未来の威圧感に耐えられなくなり一瞬伊達は彼から目をそらすが、再び視線を戻し未来と対抗するような険しい表情をしてこう返す。

「・・・それは、俺がクリーブルだから」

「「「・・・」」」
伊達のその言葉に、ここにいる者は皆固まった。 誰一人微動だにせず、すぐに口を開く者はいない。 突然のカミングアウトに、少年らは皆呆気にとられたのだ。 
だが未来という少年だけは一瞬呆気にとられたものの、伊達に向かって負けじと言い返す。
「あぁ、そうか。 伊達がクリーブルだとしても俺らはお前らを潰す! この意志だけは絶対に変えねぇ。 伊達の仲間がユイをやったとしても、俺は構わずソイツを殴りにいく!」
「おい未来」
「伊達が言っていたじゃないか。 『クリーブルの中でも小さなグループがいくつかある』って。 もしかしたら伊達のグループは、今の事件には全く関係がないのかもしれない。
 だからクリーブル全体を潰すんじゃなくて、クリーブル事件を起こしたグループだけを潰せばいいんじゃないか?」
未来の宣戦布告をするような発言に、先程口を開かなかった椎野と悠斗が止めに入る。 そんな彼らに向かって、未来は躊躇わずに言葉を返した。
「あぁ、別にそれでも構わないぜ。 クリーブル事件を起こしたグループだけを潰す、ってだけでも。 でももしそん中に伊達が絡んでいたとしても、俺は容赦なく攻めるからな」
少しの迷いも見せないその言葉に、伊達は何も言い返せなくなった。 そんな彼に同情する者は、きっとこの中に何人かいるだろう。 
だがそんな彼らでも、この場に口を挟むことができない。
「真宮! 早く命令をくれ。 今すぐにでも俺は動けるぞ!」
「あぁ、俺もだ。 早く命令をくれ」
「さっさとクリーブルを潰しに行こうぜ」
未来、夜月、御子紫は真宮に最終的な決断を求める。 彼に決断を求めるのは、みんなにとって当たり前のことだった。
その理由はもちろん、真宮は結黄賊の副リーダーだから。 リーダーがいない今、決定権を委ねるのは必然的に真宮となる。
彼らのその言葉に、ここにいる少年少女らは真宮の方へと視線を向けた。 “やっとクリーブルと抗争ができる” “ユイの敵が取れる”と、期待を大きく膨らませながら。
だが真宮は――――彼らの意見を覆すように、静かにこう言い放つ。 彼の目には迷いがなく、副リーダーとしての決断を彼らに向けて。

「・・・いや。 お前らは、まだ動くな」

その言葉に、当然彼らは反応を見せた。
「は!?」
「何でだよ! 今更動くなとかねぇだろ!」
「ふざけんのはよせよ、真宮」
だが彼らの反応に、真宮は当然のように答えていく。
「ユイは明日、目が覚めるかもしれないだろ! だったら、ユイが目覚めるまで待ってから命令を聞くべきだ。 ・・・今の俺には、そんな判断はできない」
「でも! ・・・でも」
「一人クリーブルを捕まえて、話を聞くだけでもいいじゃないか」
「だから!」
何を言っても聞こうとしない彼らに、真宮は続けて言葉を紡ぎ出す。
「・・・ユイは、こんなことをすんのは望んでいないかもしれないだろ。 ユイは『まだ動くな』と言っていたんだ。 ・・・お前らはユイの命令に、反する気か」
「「「・・・」」」
その言葉に、ここにいる少年らは黙り込んだ。 “ユイの命令”というワードだけが、彼らに重く絡み付く。
そんな中、まだ未来の意志は変わらないようで真宮に諦めず食らい付いていた。
「でも俺は行動するぞ。 こんなにもなって動かないなんて、その方が絶対におかしい。 クリーブルは俺たちを求めている。 だったら俺たちが出るしか、他はねぇだろ」
それに対抗し真宮も大きな声で言い返す。

「だから! 動くなっつってんだろッ!」

「ッ・・・」

あまりにも突然な大きな声に、流石に未来でも驚いたのか開いていた口を反射的に閉じた。 そして真宮は“今日はもうユイは目覚めない”と確信したのか、こう口を開く。
「いいか、お前らは絶対に動くなよ。 未来も動くな。 俺にはこんな重大な決断なんて、今はできやしない。  ・・・藍梨さん、行こう。 今日、藍梨さんは俺が預かる。 
 そして椎野、ユイが目覚めたらすぐに連絡をくれ。 あと夜月、伊達を家まで送ってやれ。 それで、お前たちももう帰れ。 これ以上ここに遅くまでいても仕方ねぇ。 
 警察に連行されても困るからな。 ・・・外は物騒だから、一人で帰るんじゃねぇぞ」
その言葉を言い放ち、真宮は藍梨を連れてロビーから離れていった。
そんな中未来は、この場から去って行く彼らの背中をしばらく見つめた後、身体の向きを180度変える。
そして未だに消えない真っ赤に光っているモノを見て、一人小さくこう呟いた。

「・・・動かないでいるなんて、そんなことできるかよ」


しおり