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第14話

「それで澄人さん。夕食、どこで食べましょうか?」
「あ、そ、そうだった……!」

 澄人はその場から見えるいくつかの飲食店へ目を向けて見るが、夕食時になりつつあるためか、どこの店にも順番を待つ客がいる。

「ど、どうしよう……」
「どこも混み始めてきていますね」

 他に空席がある店がないか? はるはショッピングモール内にある飲食店の空席情報に、アクセスしてみることにした。

 すると後方に見えるパスタ専門店には、まだ空席があるということがわかり、彼女はさっそく澄人に提案してみることにした。

「澄人さん、あのお店はまだ空席があるみたいですよ」
「で、でも、高そうなお店だよ……?」

 澄人の言う通り、入り口がレンガ調になっているそのパスタ店は、他の店とは明らかに雰囲気が違う。

「十七時半から、ディナータイムでセットメニューが安くなっていますから、大丈夫ですよ」
「そ、それじゃあ、あそこにしようか」

 二人は店の方へと歩いていく。が……店の前に置かれている看板を見た途端、澄人の足が止まった。

「ちょ、ちょっと……はる」
「はい?」
「看板に……カカ、カップルって……!」

 そう。この店の席がまだ空いているのは、ディナータイムがカップルを対象としたものだからだ。

「セットメニューの注文条件は、男女一組で入店することですから。実際にカップルでなくても、問題はありませんよ」
「そそ、そうかもしれないけど……僕なんかじゃ……はるの弟とか従弟に思われちゃうかもしれないし……もしそう思われたら……店員さんに怒られて、メニューを注文できないかもしれないし……」

 しかし、はるが検索して調べた限り、店のホームページには家族や親戚関係ではダメだという記述はない。実際、兄妹で入店してセットメニューを注文したというレビューも書かれている。ただ、それを言葉で述べても、彼の不安は解消されないだろう。

「それなら、こうしましょう」

 はるは澄人の手を取ると――腕組みをした。

「は、はる……!? なな、なにを……」
「こうして入店すれば、姉弟や従弟には見られませんよ」
「そ……そう、だけど……ぼ、僕の、うう、腕がはるの……に、あ、あた、あたって……」
「もしかして……嫌ですか?」
「いいい、嫌だなんて! そんなこと、ぜ、全然ない!」

 顔を赤くしながら、思いっきり首を横に振る澄人。

 それを見てほっとしたはるは、彼と共に店の中に入った。

「いらっしゃいませ! お二人様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「かしこまりました。では、お席の方へご案内させていただきます」

 人間の――白シャツに赤エプロンをした女性店員に続く形で、電球色で彩られている――ちょっと暗めの店内を進む。

 そして案内されたのは壁際にある席。木目調のテーブルの上には、ろうそくを模したライトが置かれ、天井のスピーカーからはピアノバラードが流れており、まさに恋人達のために用意されたような空間だ。

 その席の前までくると、はるは腕組みを解いたが……

「…………」

 澄人は、どうしていいのかわからないと言うように、口をグッとつむいだまだ動こうとしない。

「澄人さん、座りましょう」
「あ……あっ、そ、そうだよね!」

 そうして二人がイスを引いて、向かい合う形で座ると、

「ただいま、カップル様を対象としたディナータイムのため、特別セットメニューをご用意させていただいております。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」

 女性店員は水が入ったコップと、“カップル様限定!”と書かれたメニューをテーブルの上に置き、去っていった。

「澄人さん。このセットメニューで良いですか?」
「…………」
「澄人さん?」
「……えっ、な、何?」
「注文するのは、セットメニューで大丈夫ですか?」
「そそ、そうだね! そ、それにしよう!」
「パスタと飲み物は何にします?」
「え、ええっと……は、はると、同じので……」
「同じので良いんですか?」
「う、うん……僕、パスタを食べるの、初めてだし……どれがおいしいのか、よく、わかんないから……」
「あ……」

 澄人の言葉を聞き、はるの肩が落ちる。

 そう……今まで澄人が食べてきたのは、冷凍食品や栄養食品ばかり。母親に手料理を作ってもらったことも――外食に連れて行ってもらったこともほとんどない。

――澄人さんがどんな生活を送ってきたのか、知っているはずなのに……。

――もっと澄人さんのことを考えて選ぶべきだったのに……。

――なんで……わたしはこんなお店を選んでしまったの……?

 表情が曇りそうになるはるだったが、彼女は表情の人工筋肉を調整し、笑顔が消えないようにした。

――ううん。後悔しても仕方ないよね……。せめて、澄人さんがおいしいと思ってくれるようなパスタを注文しなきゃ。

 はるは横目でチラッと、他のお客の推定年齢、表情、注文しているパスタ、減っている量等を見て、澄人が一番おいしいと思ってくれそうなパスタを推測した。

「じゃあ、トマトとモッツァレラチーズのパスタと、飲み物は紅茶にしましょうか」
「う、うん」

 はるは呼び出しボタンを押し、店員を呼んで注文を伝えると、澄人の顔色を伺った。

 緊張はしているようだが、嫌という感じではなさそうだ。

「ね……ねえ、はる。あの……ちょっと聞いていいかな?」

 ふと、澄人は俯き気味のまま口を開けた。

「はい」
「そ、その……はるは、僕のこと…………どう、思っているの……?」
「どう、と言うと?」
「前に……い、言ってくれたよね? 僕のこと……だ……だい、すきって……」
「はい。わたしは澄人さんのこと、大好きですよ」
「そそ、その意味って……」
「もちろん、大好きな友達という意味ですよ」
「……え? とも、だち……?」
「はい」
「あ……ああ! そ、そうだよね……! 友達……だよね。は、はは……」

 苦笑いする澄人。

――澄人さん、なんだかガッカリしている……。

「あの、澄人さん。わたし何か変なことを言っ――」

 その時、彼女の動きが固まる。

 ザザッ……と、視界に僅かに走るノイズ。同時に“何か”がメインメモリに負荷をかけ、感情プログラムに入り込もうとしてくる。

 まさかウイルス? とはるは思ったが、そのようなものが外部から侵入してきた形跡はない。

 そもそもはるの人工頭脳は、一般的に普及しているヒューマノイドとはシステムや構造が根本的に異なる。仮に既存のウイルスに侵入されたとしても影響が出ることはない。

 では、これは――“何か”は一体何なのか? はるは急ぎ解析しようとした。しかし、その“何か”に干渉しようとした途端、強制的に――まるで雪崩の如くデータが流れ込んできた。

――っ……!?

 驚いたはるは、すぐにそれをブロック。自身に異常がないかスキャンした。しかし不思議なことにエラーは一切ない。

――今の……何だったの?

「……る? はる……?」
「……っあ、はい」

 澄人の声に呼び戻される形で、はるは意識を戻した。

「料理、きたんだけど……大丈夫?」
「え? あ……」

 はるがテーブルに目を移すと、そこには注文したセットメニュー――パスタとサラダと紅茶が置かれていた。

「すみません。ちょっと考え事をしてしまっていたので、気づかなかったみたいです」
「そ、それならいいんだけど……」
「それでは、いただきましょうか」
「う……うん」

――澄人さんを不安にさせちゃった……。

 はるはとりあえず、“何か”を隔離することにした。こうしておけば、少なくとも活動をブロックすることはできる。

「おいしいですね」
「そ……そうだね」

――うん。もう大丈夫そう。ノイズも収まったみたいだし。

「澄人さん。もしよかったらなんですけど、来週もこうして外食をしませんか?」
「ら、来週も?」
「はい。リハビリと今後のための練習もかねて」
「リハビリはわかるけど、今後のための練習って……?」
「この先、澄人さんに友達や恋人ができた時のための練習です」
「えっ、こ、恋人……」
「はい。いずれ澄人さんにも人間の女性の恋人ができて、デートが必要な時がくると思いますから」
「そ、そんな、人間の女性の、恋人なんて…………僕は……はるの、ことが……」
「わたしが?」
「あ、あああ、い、いや! なな、なんでもない……よ……」
「心配しないでください。澄人さんが恋心を抱く方が現れた時は、わたしもいろいろとサポートしますから」
「あ、あぁ…………」
「それでもし、その方と澄人さんがご結婚されて一緒に暮らすことになったら……もしよければなんですけど、引き続きわたしに身の回りのお世話を――」

 そこで再びはるの動きが固まり、視界がノイズで埋まる。そして……“何か”がまたメモリに負荷をかけてきた。

――なんで……? さっき隔離したはずなのに……?

 はるは先ほど隔離した“何か”を確認してみるが、それは問題なく――ブロックされた状態のままだ。

 つまり、今はるのメモリに負荷をかけてきているのは、新たに発生した“何か”ということだ。

――隔離しないと。

 はるは“何か”に対し、隔離処理を実行した。その瞬間だった

『イヤ……』

――何……?

『そんなの……イヤ……』

――これは……わたしの声?

『澄人さんが、誰かと――……わた――……すき……ずっ……一緒――……たい……』

 処理が進むにつれ、その声は途切れ途切れになっていき……処理が完了すると同時に、その声は聞こえなくなっていった。

――何だったの? 今の……。

「は、はる……?」
「あ……すみません」
「さっきから……何だか変だよ? もしかして、体調が悪いの?」
「いえ、そういうわけではないんです。さっきの考え事を自分の中で整理するのに、ちょっと時間がかかってしまっただけで」
「そうなの……?」
「はい。たぶんもう大丈夫だと思いますから。冷めないうちに食べましょう」
「うん……」

 はるは笑顔を作り、パスタを口に入れる。

 その間に、また“何か”が負荷をかけてきた場合を考え、彼女は“何か”を自動的に隔離するプログラムを自分で組み、常駐させた。

――これで同じようなことが起きても、澄人さんを心配させることはもうない。

後は帰ってから原因を調べれば良いと、彼女は一安心した。だが……

――でも……何だろう? 何か……変な感じがする。

 妙な違和感に苛まれるはる。それでも彼女は表情を変えることなく、澄人と食事を続けた。

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