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15 鍛冶屋ドンガ

 ゼン婆さんの指導は丁寧でわかりやすく、半日程度の集中講義でスキルは取得できた。しかも【植物鑑定】と【調合】に関しては、ゼン婆さんの自重しない指導でいきなりレベル2だった。
 しかも、会話の制約なしでの指導が楽しかったのか、ノリノリになったゼン婆さんはついでとばかりに裏調合ともいえる毒作成スキル【調合(毒)】に加えて、調合したものに魔力やアイテムを加えて新しい道具を錬成する【錬金術】まで教えてくれた。
 その結果普通のポーションに加えて、一定時間STRとVITを上げてくれる増力剤。さらにライフとSTRが時間経過で減っていく脱力毒、極めつけは興奮剤などというものまで作り方を教えて貰った。これは魔物に使えば、魔物が興奮して暴れだす薬なんだけど、人に対して使用すると媚薬の効果があるらしい。さすがは成人指定ソフト。

 ゼン婆さんは楽しそうに笑いながら「また面白いものを見つけたら持ってこい」と言ってくれた。簡易調合セットと簡易錬金セットもプレゼントしてくれたので、自主練もするが、まだまだいろんな技術が未熟なので、リイドにいる間はたまに顔を出して練習させてもらおうと思っている。

 次のクエストは鍛冶屋だけど、ゼン婆さんと調合をしているうちに日が暮れてしまったので、一度宿に戻っておかみさんの美味しい料理を食べて一晩ゆっくり休む。まだアラームは鳴らない。
 明けて今日、午前中は魔法の訓練にあて、おかみさんのお弁当をエステルさんのお店で食べてから鍛冶屋に向かう。だけど、昨日の薬屋のことを考えれば……ふっふっふ、我に秘策あり。
 意気揚々と魔法屋の隣にある他のお店の倍くらいの大きさの建物、金槌と長剣が交差した看板が下げられている武具と鍛冶の店の扉を開ける。

「こんにち……うわっ……暑い」

 中に入った最初の感想は暑い、いや『熱い』だった。扉を開けるまではまったく感じなかったのに、開けた途端に鼓膜を叩く金属音と店内に立ち込める熱気がまるで津波のように私の全身を飲み込む。

「これは凄い……」

 もちろん私は鍛冶の現場なんて見たことはない。でもこの店内に満ちている熱い空気はただの作業の結果から生まれるものではなく、おそらく一流の職人が作り出し放つもの……そんな気がする。

 チュートリアルタウンであるせいか、残念ながら店内に武具は置いていない。きっとこの店の主が作る武具なら凄い装備のはずなのに、見られないのは残念だ。
 店舗スペースには人の姿はなく、カウンター奥の扉の向こうに大きな鍛冶のスペースがあるようだ。幸い鍛冶場へと続く扉は開け放たれているから向こうの様子も窺うことができる。どうやらこの店のほとんどのスペースは鍛冶場として使用されているらしい。奥を覗きこんでみると真っ赤に燃える炉の前に、上半身裸で汗だくになりながら槌を振り下ろしている筋肉質な背中が見える。
 その姿はなんだか余人を寄せ付けない雰囲気を放っていて、とても声なんかをかけられる状況じゃない。ここは大人しく作業がひと段落するのを待たせてもらおう。



「おう、来ていたのか。待たせてすまんな」
「いえ、おそらくお待たせしたのは私も同じだと思いますので」
「ん? あぁ、なるほどな。どうりで珍しく作業に集中できたはずだ」

 結局、店主の作業がひと段落ついたのは体感で一時間ほどが過ぎたころだった。槌音が止まり、汗を拭いながら振り返った店主の目が私を捉え、ようやく気が付いてもらえた。

「凄い集中力でした。思わず声をかけるのが躊躇われるほどで、つい見惚れてしまいました」
「ふん……」

 これは嘘じゃない。最初はうるさいかと思っていた槌音も、店主の姿を見ているうちにこの場の一部としてしっくりと馴染み、最後は心地よく感じた。店内に立ち込める熱気も私自身がその熱気に当てられたせいか、最後はまったく気にならなくなっていた。
 見た目にはほとんど表情は変わらないが、私の言葉に嘘がないことを感じてくれたのか、短く鼻を鳴らした店主の機嫌は悪くない気がする。

「あ、自己紹介がまだでした。私はコチと言います、今日はクエストでこちらにお邪魔しました。よろしくお願いします」
「俺はドンガだ、好きに呼べ。…………夢幻人のクエストか。まあ仕方ねぇ、いいだろう。【鍛冶】と強化について教えてやる」
「はい、お願いします」
「となるとまずは【鍛冶】だが……素材がいるな」

 きた! いまこそ私が草原で拾い集めた石たちの出番!

「これとか使えますか?」

 インベントリから拾い集めていた石をごろごろとカウンターの上に積み上げる。きっと、この石の中に鍛冶に使える鉄鉱石とか、レアな鉱石が混じっているはず。

「あん? なんだおめぇ、石器でも作りたいのか? だったら俺の管轄外だ、よそへ行け」
「へ?」

 あれ? だって、ゼン婆さんのところではこのパターンでいい感じだったのに。

「コチと言ったか。まさかおめぇ、武器を作れるような鉱石がそのへんの地面に落ちていると思ってんのか?」 
「いや……えっと、思ってないです。ただ、地面から石をほじくって集めていたら【採掘】を覚えられたので、もしかしたら鉱石が含まれているのかな、と」
「……ほう、石を拾っているだけで【採掘】をな。面白れぇなぁ夢幻人は、確かに道端の石の中にも少しくれぇは鉄が含まれているものもあるがなぁ」

 あははは、言われてみれば確かにその通り。いくらなんでも虫が良すぎた。むしろ私のLUKさんが仕事をしたからこそ、微量の鉄を含む石を引き当てて【採掘】がゲットできたのかも知れない。

「えっと……すみません。でしたら素材はどこで集めてきたらいいでしょうか?」
「そうだな、この街の神殿が山肌に食い込むように建っているのは知っているな?」

 私は頷く。

「橋の手前から水路に沿って歩いて神殿の横手へ回れ。そのあたりは作った街壁じゃなくて山を削って作った天然の壁だ。そこを掘ってくりゃぁいい。すでに【採掘】を持っているんならたいして時間もかからんはずだ。採掘したもんはとりあえず全部持ってこい、そうしたら【鉱物鑑定】についても教えてやる」
「ありがとうございます。じゃあさっそく行ってきます」

 よし、ちょっと予定とは違ったけど、これで【鍛冶】と【鉱物鑑定】を教えて貰える。自分で武器や防具を作れる鍛冶は楽しそうだし、ぜひ体験してみたい。

「待ちねぇ、コチ」
「はい、なんでしょう」
「素手で掘るつもりか? こいつを持っていけ。珍しくゆっくり打つ時間があったからな。そこそこな出来になっている」

 ドンガさんが無造作に放り投げてきたのは、どうやらさっきまで一心不乱に打っていたものらしい。とっさに手を伸ばして受け取るとずっしりとした重みが手にかかる。

「これって、つるはしですよね。でも、つるはしなのに、なんか凄いオーラがあるような気が……」

 渡されたつるはしは、光を吸い込むような漆黒の金属で作られた黒光りする大きめのつるはしで、渡された時点ですでに私の持ち物扱いになっているみたいだ。これなら自分の装備品と同じで詳細を見ることができる。


黒鉄のつるはし+3
ドロップ率中上昇 レアドロップ率小上昇 耐久 300/300
リイドの鍛冶師ドンガがあり合わせの素材で手慰みに打ったつるはし。
作成者:ドンガ

 いやいや、これが「そこそこ」の出来とかおかしい! どう見てもあり合わせで手慰みに作ったつるはしのレベルを超えている。この人絶対に伝説の名工とかそういうレベルの人でしょ。ここまでくるとアルが言っていた始まりの街最強説も否定する材料がなくなってきて信じるしかなくなってきた。

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