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うそつきピエロ㊵




結人は今、北野という少年によって手当てをされている。 その間、日向は優や結人からの質問に全て答えていた。

―――これだから、立川について知らない奴は嫌いなんだ。

もうここにいる必要はないと思い、結人のことはコウたちに任せこの場から去ろうとする。
「じゃあ俺、もう帰るから」
「あ、おい待てよ!」
結人がそう止めた瞬間――――突然背後から、誰かが忍び寄る足音が聞こえてきた。

―――・・・ッ!

日向は彼らの存在にギリギリ気付き、不審に思って一歩後ろへ下がる。

―――誰だ? 
―――・・・コイツら。

「日向、こっちへ来い」
「え・・・?」
そう結人に言われるが彼らの姿を目の当たりにして動けずにいる日向を、近くにいたコウが無理矢理腕を引っ張り、後ろへ下がらせた。
「お前かぁ? 清水先輩に喧嘩を売ったって奴は」
そう言って、真ん中にいる男は結人のことを鋭い目付きで睨む。 彼らは5人。 当然、日向から見て素手で勝てる相手ではない。

―――マズい、逃げた方がいいんじゃないか? 

強い結人はもう戦えないのだ。 だったら、今の日向たちには勝ち目がない。 だがそんなことを考えている日向をよそに、男は口を開いた。
「清水先輩に『茶髪高校生を倒して来い』って言われて来たんだよ。 『トドメは俺がさしたいから、程々にやっておいて』って。 ・・・お前だろ? 
 その怪我、どうせ先輩にやられたんだろ。 先輩の誰に手を出したかなぁ」
「・・・」
結人は何も言わなかった。 だが今の状況で、結人が戦えないのは確かだ。 ならどうする? 

―――色折を担いででも、この場から去った方が・・・。

そう考えた瞬間、コウが静かに口を開く。
「・・・ユイ。 俺たちがやってもいい?」
「あぁ。 頼めるか?」
「もちろん。 どうせ、ユイは今喧嘩できないだろ」
「どうせってなんだよ」
「これ以上、無茶はできないだろって」
「俺だってまだやれるぜ?」
こんな緊張感のある空気が漂っている中、彼らはどうでもいいことを言い合っている。

―――無駄口を叩いていないで、この場から早く逃げようぜ!

「じゃあ、俺と優が相手だ」
この場をどうやって逃げようかと考えていると、コウが男たちに向かってそう口にした。

―――・・・おい、喧嘩を売ってどうすんだよ! 
―――神崎が戦えるわけないだろ!

日向は今までコウのことを見てきたのだ。 喧嘩素人な日向だが、彼は日向の攻撃を避けずにただただ食らっていた。

―――そんな奴がコイツら相手に、勝てるわけねぇだろ!

「どうしてお前らの相手をしないといけないんだよ。 俺らはその茶髪高校生に用があるんだ」
「彼のもとへ行きたいなら、俺たちを倒してから行ってください」
コウは優しく微笑みつつ、結人を守るようにして男らの前に自ら立つ。 それにつられて、優も――――
「・・・日向、そこ邪魔だよ。 後ろへ下がって」
「は・・・。 何だよ」
優が睨むようにしてそう言ってきた。 

―――瀬翔吹もコイツらと喧嘩をする気か? 
―――どうして、色折のためにそこまで・・・。

「よし! んじゃお前ら、やっちまえ!」
結人の今の一言で、ここの空気はより緊張感が増す。

―――喧嘩・・・本当にするんだな。

この状況に困惑している中、日向の前にいるコウと優は、相変わらずの口調で話し始めた。
「じゃあ、俺は左3人をやるから優は右2人をよろしくな」
「うん! ・・・え? ちょっと待ってよ、どうして俺の方が少ないの?」
「優に怪我されちゃ困るからだよ。 ・・・何だ、右3人をやりたいか?」
「・・・いや、遠慮しておく」
「ははッ。 優は俺の言うことだけを聞いていりゃいいんだよ」
「・・・コウに、そう言われると・・・ね・・・」
「いや、そこは照れんなよ」
彼らはこの場に合わないのほほんとした会話を繰り広げている。

―――何だ・・・コイツら。 
―――・・・もしかして、アレなのか?

「おいー! どうしてお前ら俺の合図で動かねぇんだ! とっとと終わらせろ!」
結人は彼らの会話をしばらく聞いた後、ようやく我に返ったのかいきなり二人にそう突っ込んだ。
「あ、ごめんユイ! よーし。 俺たちが相手だ、来い!」
優のその合図に、真ん中にいる男がコウに向かって思い切り走り、拳を振り上げる。 そして――――コウは、やられた。

―――・・・思っていた通りで、何も感じないな。

コウはギリギリ避けることができたのか、顔面には食らわずに済んだみたいだ。 

―――・・・もう無理だよ、色折。 
―――どうして色折は神崎たちを見て、そんなに余裕でいられるんだ。
―――お前はダチが大切じゃなかったのかよ。

日向がそう思ったその瞬間から――――コウたちの反撃が始まる。

―――・・・は?

この時間は、あっという間だった。 結人が清水の後輩らをやった時と同じで、とてもあっという間だったのだ。 10秒もかからなかった。 
いや、5秒もかかっていないのかもしれない。 コウと優は――――彼らを、一瞬にして無力化したのだ。 

―――どうして、そんなことが・・・。

そんな彼らに、結人は笑顔で『お疲れ』という一言をかけてあげる。 この異様な光景に、口を開くことも日向はできなかった。 
いや――――怖くて口を開くことができなかったのだ。 コウ、優。 彼らも、日向が思っていた以上に強かった。 いや、思っていた以上ではない。 
優はともかく、コウも強いだなんて思ってもみなかった。 優に関しては、昨日一発殴られた時に感じた。 これは素人の殴り方ではない、と。 だけど、コウは違う。 
優とは違うのだ。 彼には、違う強さが感じられた。 

―――もしかして、神崎は瀬翔吹よりも喧嘩が強いのか? 

そして、この時に思ったことがもう一つ。

―――俺は、こんなに喧嘩が強い神崎を・・・今までいじめの対象にしていたのか。

ならどうしてコウは、自分に殴りかかってこなかったのだろう。 どうして自分の攻撃を避けなかったのだろう。 その疑問が、日向の頭の中をぐるぐると回り続けていた。 

―――あぁ・・・意味が、分かんねぇ。

「日向」
結人が突然、日向の名を呼んだ。
「大丈夫か?」
彼は何故か、何も被害を受けていない日向を心配してくれている。
「・・・お前らは、一体何者なんだよ」
重たい口を無理矢理開き、素直な疑問を彼らにぶつけた。 そして――――
「・・・喧嘩がちょっと強い、ただの高校生さ」
「・・・」

―――・・・違うだろ、色折。 
―――お前らはそうじゃない。

苦笑いをしながらそう答える結人を横目に、更に質問を投げかける。
「神崎は、どうして俺にやられていたんだ」
その問いにコウは一瞬困った顔をしたが、こう答えた。
「んー・・・。 それが、俺だから?」
「は・・・?」
コウの今の言葉に、隣にいる優は優しい表情で頷く。 自分には理解ができずコウに聞いても無駄だと思い、もう一度結人へ視線を戻し再び質問を投げかけた。
「じゃあ色折は、コイツらのことをどう思っているんだよ」

「コイツらは俺の大切な仲間だよ。 俺はコウたちのことを信じているから。 だから今、二人に任せることができたんだ。 絶対に勝つと思っていたからさ」

そして、結人は続けて言う。 今までのことを思い出しているのか――――少し嬉しそうな表情を、浮かべながら。

「俺には大切な仲間がたくさんいる。 俺のことを大事に想ってくれる仲間がいる。 でもその反面、日向みたいに俺を嫌う奴もいるんだ。 
そのことはちゃんと理解しているさ。 ・・・だけど、俺は悪口を言われても日向には言い返さねぇだろ? それは仕方ないと思っているからな。 
こういう性格上、苦手だと思う奴もそりゃ何人かいるだろ。 でも俺には『結人の味方だから』って言ってくれる奴が、ここにいるんだよ。 そう、俺は一人じゃない。 
 だから今こうして、悪口を言われようがいじめられようが、元気でいられる。 ・・・俺のことを大事に想ってくれる奴らが、ちゃんといるからさ」

そう自信あり気に言う結人を見ているだけでも嫌になり、日向はこう尋ねた。 そして――――
「どうしてそんなことが思えるんだよ。 色折のことが大事って、直接言われていないだろ?」

「だって・・・俺は、俺の味方をしてくれる奴の味方だから」

結人は迷わず、笑顔でそう答えたのだ。 もう、結人には敵わないと思った。 日向がこれ以上結人を酷い目に遭わせようが悲しい目に遭わせようが、彼は何も動じない。 
だって、彼には仲間がいるのだから。 心から信頼できる仲間がいるのだから。 彼らの絆は、日向がどんな手段で解こうとしても絶対に解けないだろう。
日向は、そんな仲間たちに囲まれている結人が羨ましかったのかもしれない。 その感情のせいで、今回のいじめに繋がったのかもしれない。

―――・・・いや、違うな。 
―――もしそうだったとしても、それは俺が許さない。 
―――色折のことが羨ましかったなんて、そんなことはあり得ないし考えたくもない。
―――今でも俺は、色折のことが大嫌いなんだから。 

そして――――次に放たれた結人の一言で、日向は完全に彼らに負けたと思い知らされたのだ。

「日向。 ・・・コウにやられなくて、よかったな」


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