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第10話

 はるは澄人のために、ありとあらゆることを学習した。掃除、洗濯、炊事等の家事全般はもちろん、万が一のことが起きても大丈夫なように格闘技やサバイバル術、医学や心理学についても学んでいる。しかし澄人のことを第一に考えるあまり、彼女は自分に無頓着になってしまっていた。

 メイド服であれば、他のヒューマノイドも着ている。それならばこれを着ければ良い。と思っていたため、“人間の少女の外見となった自分に似合う服”というものを、はるは今まで調べようとしなかったのだ。

 当然、澄人も女の子の服についてはまったくわからなかったため、その日の午後、はるは服を買うため、安売りが行われているショッピングモールへきた。のだが……

「大丈夫ですか? 澄人さん」
「だ、だ、だだ、だい、じょう、ぶ……!」

 対人恐怖症であるはずの澄人もついてきた。しかも体を震わせながら。

「やっぱり、無理していませんか?」
「む、無理なんか、し、していないよ! は、はると一緒に行くって、い、言い出したのは、ぼぼ、僕自身なんだし……そ、それに、リリ、リハビリにもなると思う、から……」

しかし、どう見ても無理しているようにしか見えない。

「うーん……」

 どうしたものかと悩むはる。

 こんな状態の澄人を一人で帰らせることはできない。仮にはるが一緒に帰ることにしたとしても、彼は自分のせいで服が買えなかったと思ってしまうだろう。

 となると、このまま買い物をするしかないのだが、平日とはいえショッピングモールは人が多い。今の澄人にとっては、かなり過酷な場所だ。

「あっ!」

 名案を思いついたはるは、ポンッ! と手を叩いた。

「澄人さん。よかったら、わたしと手を繋いで歩いてくれませんか?」
「て、手を……!?」
「はい」
「い……いいの?」
「もちろんです。わたしが澄人さんに、お願いしているんですから」
「じゃ、じゃあ……」

 差し出された澄人の左手をはるは優しく握った。

「おぉぉぉ……」
「それでは、服売り場へ行きましょう」
「う、うっん――!」

 しゃっくりをしている時のような、高い声を出す澄人。

 顔は赤くなったものの、体の震えがある程度収まった彼の手を引きながら、はるはショッピングモールの中を歩く。

 だが……すぐに嫌な空気が流れ始めた。

 痩せている――気弱そうな十五歳の少年と、メイド服の少女。その二人が手を繋いで歩く光景は、周囲の者達には不釣り合いに見えているのだろう。時折視線を向けられ、ヒソヒソとした声がはるの聴覚センサーに届く。

「……おい、あの子すごくかわいくねぇか? 」
「……メイド服着てるなんて、ヒューマノイドのコスプレかな?」
「……俺、あんな子に『ご主人様~♡』って言われて、夜のご奉仕とかされてみてぇぜ」
 
 はるに向けられる、欲望の声。

「……もしかしてあいつ、彼氏か?」
「……俺の方が全然イケメンじゃねぇか。声かけてみよっかな~」
「……私だったら、絶対にあんな男とは付き合わないわ」

 澄人に向けられる、差別の声。

 どの声も、外見で判断しているものばかり。それは仕方のないことなのかもしれないが……。

「は……はる」
「はい?」
「そ、その……やっぱり、手を繋ぐの……やめよう。やめて……離れて、歩こう……」

 澄人は繋いだ直後とは打って変わって顔を俯かせ、握っている手の力を緩め、足を止めた。
 どうやら、周囲の声が彼にも聞こえてしまったようだ。

「それは、周りの人達の視線や声が気になったから――わたしに、嫌な思いをさせたくないからですか?」
「……うん」

 はるは以前、澄人に『他の人が何と言おうと、澄人さんを見捨てるようなことは、絶対にしません』と誓った。それならば、ここではるが手を離すことは、誓いを破ることと同義。

 だから彼女は、澄人に問うことにした。

「わたしを気遣ってくださるのは嬉しいです。でも、澄人さんはそれでいいんですか?」
「…………」
「手を繋ぐことお願いしたのは、わたしです。例えそれで、澄人さんのことを何もしらない――ただ外見だけで判断してくるような人に何を言われても、わたしは平気です。澄人さんと手を繋ぐことを止めようとは思いません」

 はるは手を繋いだまま澄人の前に立ち、はっきりそう言うと、彼の手が痛まない程度に、自分の右手に力を入れた。

「澄人さん。わたしは澄人さんに、自分の気持ちを――意志を抑え込んで……何でも周りに影響されて流されてしまうような人に、なってほしくはありません」
「はる……」
「澄人さんは、本当はどうしたいと思っていますか? 本当に望んでいることは何ですか? この手を離すことがそうだと言うのであれば、わたしはそうします。けれどもし、そうでないのであれば……」

 はるは澄人の目を真っ直ぐに見ながらそう言うと、繋いでいる手を彼の目線まで上げた。

「僕は……」

 周囲の者達とはるを、澄人は交互に見る。

 周りにいるのは、差別を感じられる横目を向けながら、笑い、心無いことを口にする人間達。

 そして目の前にいるのは、真っ直ぐな目で――誰よりも彼のことを想い見ている、ヒューマノイドの少女。

 数秒の後、澄人は視線を動かすのを止めると、はると目を合わせた。

「僕は……はると、手を繋いでいたい……」
「じゃあ、手を離すのは止めですね」
「う、うん……!」

 周りからの視線は変わらない。それでもはるは微笑み続け、澄人も緩めていた手に力を入れ、二人は再び歩き始めた。


 ショッピングモール内のファッションショップに着いた澄人とはる。

 女性向けが中心ということで、澄人は下着コーナーから離れている――レジの近くにある長イスに座って待ち、はるは店員のヒューマノイドと共に服を選び、試着室に入っていた。

 ちなみに試着室もレジの近くにあるため、澄人も比較的落ち着いている様子である。

「お待たせしました」
「お、おぉ……!」

 試着室から出てきたはるを見た澄人は、声を漏らし立ち上がる。

 花柄の白いワンピースに大きめのウェストリボン。それから白いフラットシューズ。

 清楚さを感じさせるその服は、はるが髪に結わえている黄色のリボンが良いアクセントとなっている。

「か、かわいい……! すっごくかわいいよ!」
「ありがとうございます。ただ、この服より他にもっと安いものがあるので――」

――その中から似たようなものを選ぼうと思います。

 と、はるが言う前に澄人は、

「い、いや、その服にしよう!」
「でもこの服、三千円以上はしますよ。ちょっと高い気が……」
「お、女の子の服でその値段は安いって! それに……そんなに似合っているのに別の服にするなんて、もったいないよ」

 正直、この服が自分に似合っているかどうかなど、はるにはわからなかった。

 店員のヒューマノイドがオススメだと言って選んでくれたものだが、使われている生地や丁寧な作りからして、三千円という金額以上の価値がある服であることは確かだ。けれど三千円よりも千円の服を選べば、残りの二千円を澄人のために使える。はるはそう考え悩んだが、

「お金が心配だって言うのなら、ぼ、僕が前まで使っていたタブレット端末を売るから。あれ、どうせもう使わないし……ちょっと古い型だけど、五千円くらいにはなると思う。だから――」

 澄人がこんなに強く言ってくるということは、少なくとも彼の目には相当似合っているように見えているということ。

 それならば――彼が似合っていると思ってくれるのであれば――この姿を見て、彼が喜んでくれるのであれば、三千円を出してこの服を買っても良いかもしれないと、はるは思い頷いた。

「じゃあお言葉に甘えて、この服にさせていただきますね。実はわたしもこの服が良いなって思っていたんです」

 そう。彼女は服が似合っているかどうかはわからなかったが、欲しいとは思っていた。なぜなら、あしらわれている花柄がはるの好きなタンポポだからだ。

「ほ、他に良いと思った服はない? え~っと……ほら! あの服とか、あっちにある服も、はるに似合いそうだよ!」
「澄人さん、そんなに声を出してはしゃいだらダメですよ」
「ご、ごめん。でも僕、なんだか嬉しくて……楽しくなっちゃって……」
「ふふ。買うかどうかはともかくとして、澄人さんが選んでくれた服、順番に試着しますから。だから落ち着いて、一緒に見ましょう」
「う、うん! 見よう! 一緒に!」

 それから澄人はいろんな服をはるに勧め、はるは澄人が勧めてくれた服を順番に試着していき、約三時間半……夕方近くになるまで二人は楽しい時を過ごしたのであった。

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