世界を変えるには朝食から
「おら、食え!」
「
(今日こそは、こいつをどうにかしてやる)
「これは何かのう?」
「ちりめんじゃこ。小魚を釜茹でにしてから、
「きよは鯛を食べたいのじゃ!赤なでしこ色の活きの良い鯛じゃのう。桜の花びらみたいな」
「今度食え。とにかく、あるのはそれだけだからな。高校生の独身料理だ」
「では食べるとするかのう」
(そうだ。食え!食いやがれ!そして味わいやがれ!)
きよはシラス卸を口に含むと小鉢を覗き込み、唇を尖らせつつ頬頂を上げ、柔らかな幼指をわななかせる。
(どうよ?)
周は、嚥下しながらシラス卸と交互に視線を比配して来るきよを、片目を
きよが、小さな桃蛋白石の様に爪も輝く伸ばし揃えた幼指の先を口許にかざす。
(かかったな!旨過ぎて言葉も詰まっているな。大根は聖護院、釜揚げシラスは瀬戸内。程良い海塩が、むしろ
きよは頬を緩めて眉根を開き、意を決する面持ちで正視した、周への視線の中途にシラス卸の小鉢を持ち上げる。
「うまいのじゃあー!」
(古代人も、こんな素材の旨さを楽しんでいたんだろうな。この喧嘩、俺の勝ちだ)
「だろ?醤油を少し垂らして、白御飯に乗せて食えよ。また一段と旨いぞ」
周が、目に差す金色の光に片瞼を下ろす。
(あのビルの窓、小さいのに毎年同じ時期に、こっちに朝日を反射するんだよな。五キロは離れているが)
「!?」
赤い
「何っ!?」
周は食事を汁椀の中にまとめて一口で食べ終えると、赤鸞を入れている車庫へ駆け込みながら、きよに告げる。
「お前は食事を済ませとけ!終わったら出て行けよ!」
周が赤鸞を始動させて、市街地へ機首を向けつつ後尾を振りながら路上へ出ると、背中に何かが降着した感覚がある。
「出てきたのじゃ!」
「こら!えい、もういい!掴まってろ!しっかりな!」
周が全速力で赤鸞を走らせ始めると、きよが大声でうわ言を叫び始める。
「はああああ!たかまがはらの霧なす者共、
「何だ?どうした!?」
「討ち滅ぼすのじゃ周!」
「止まってから話せ!」
早朝、人気の少ない市街地中心部に到着した周達の眼前で、高層ビルが崩れ落ちている。白い光の塊が暴れ回りながら光梁を撃ち出して、建造物を破壊しつつ前進している。
「はああああ!げに凄まじくもあるまじき事よ!星焱が燚孩を導いておるのじゃ!」
「何でもいい!あれをどうやって止めるんだ!?」
「星焱と燚孩を引き剥がすのじゃ。その為に歩みを鈍らせるのじゃ!」
「おお!で、どうやる!?」
「ぶん殴るのじゃ!」
「そいつを待ってたぜ!」
周が、きよを乗せたままの機体を滑空させながら、光塊の脇で赤鸞から飛び降りる。
「周!」
「あんだよ!?」
光塊の姿が、陽炎と濃霧に分かれる様に前後に錯景する。
指貫手袋の拳で光塊を殴った周が灼熱感を覚えて、
「熱いから気をつけるのじゃ!」
「先に言え!」
(触った途端に吸い込まれる様な感触。しかし手応えはあったぜ!)
周が中段回し蹴りを連発して、光塊を打ち据える。
(こいつは生物なのか?知能は有るのか?)
光塊が仰け反りながら光梁を発射して市街地を斬り上げる。
「ぬわっ」
赤鸞が激突して周を跳ね飛ばすと、巨大な瓦礫が足跡に降り掛かった。きよが赤鸞を操縦している。
「気が利くな!いっぱしに乗り回しやがって」
「星を読んでおったのじゃ!乗るのじゃ周!きよが操縦しておるゆえ、最接近した時に、あそこに向けてあれをぶん殴るのじゃ!」
きよが空中都市・新生淡路の透明天蓋の一点を指差している。
「それで効くのか?」
「とにかくやるのじゃ!」
「おお!一気に決めるぜ!」
周は光塊と擦過しながら拳撃を打ち込む。光芒が僅かに前方へ遊離した光塊が僅かにゆるぎ、光梁を発射した。弾け飛んだ瓦礫が路面を打ち鳴らす。
「周!遠くを狙って、近くを打つのじゃ!喧嘩のコツはそうじゃと自分でいっておるじゃろう!」
「降ろせ!」
(けっ。まどろっこしいぜ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだ!)
周の脳裏に精神の元素が満たされる。
(見えるぜ距離感、さっきの空の一点、相対的な位置関係。あとは
周は光塊に歩み寄る。光塊が進み出る。
周が顎を引いて拳を振り上げつつ光塊に瞬時に肉迫する。光塊の一部が強い光を帯びる。
(乾坤一擲!)
「ここを狙うのじゃ!周ー!」
きよが赤鸞で上空に差し掛かり、周が歯を食い縛る。
(てめえ!ぶっ飛ばす!)
周の拳が撃ち抜いた光塊が茫漠とした靄となる。天蓋に亀裂が広がっていた。光塊が打ち出した最後の光梁は、跳起して目抜き通りの先に見える丘の一部を焼いていた。
(何だったんだ、こいつは?)
「乗るのじゃ周!」
周は、きよが身辺に滑り込ませた赤鸞に飛び乗って、操縦を代わる。
「飛ぶのじゃ!」
「掴まってろよ!」
きよを首にしがみつかせて急上昇する、周の眼下の靄は暫く地上を漂っていたが、卒時に四散消滅した。
「飛ぶ意味、有ったのか?」
「かっこいいのじゃ」
「ああそうかい」
「あの山はなんじゃ?」
「
「登りたいのじゃ!駆けて行くのじゃ!」
「今から学校だ!戻ったら留守番してろ!」
周は即座に言葉を継ぐ。
「
「旨そうなのじゃー!」
(くくく。岡山は美星町の美星アイスは、冷たさの爆縮!牛乳の風味の爆発!を同時に楽しむ、まさに別次元のアイスよ。さっきの戦いで身体が火照ったお前は、このアイスでイチコロだぜ!感じ入って大人しく留守番しとけ!ははははは!)
「夕飯だぞ。今日は頑張ったな」
「
「おら、鯛だ」
「???塩のかたまりなのじゃー!なんなのじゃこれはー!」
きよの前に、鯛の形の塩の塊りが乗った大皿が供じられる。
「慌てやがって。これで叩いてみろ」
周は、
「重いのじゃあ」
「お前さっき単車を乗り回してたろ」
「そんな事を言っても重いのじゃ」
「じゃあ、こうしろ」
周はきよの手首もろとも木槌を握って、塩の
「おおおっ?」
きよの眼前に、赤なでしこ色の魚の姿が顕れ、身と香草が匂い立つ。
「鯛の塩釜焼きだ。ローズマリーとダイムをたっぷり仕込んである。独身料理だからな。焼いただけだぞ。ほら食え」
「これは初めて食べるのじゃ!藻塩のようなものかのう」
きよが箸で身を摘んで、口に含む。
「むむむっ!」
(くくく。鯛は明石、ハーブは神戸よ。大きく取って、皮ごと食べたな?そう、それでいい。魚は皮だ!身の旨味が、皮が持つ刺激的な香りと裏のぬるみとが、手と手を取り合う様に、まさしくハーブと塩に絶妙に調和する!釜は塩の塊とは言え、利き過ぎて辛くなる事は卵白で成形されて避けられている。純粋に身と香草の味香りを楽しめ!身とハーブは、互いを押し合うどころか、味の方向性の余核を膨らませて演出し合うぜ!薄っすら滲みた塩は、ハーブとともに蒸し焼きにされて、あたかも
「んむー!」
きよが目を細めて唇を閉ざしたまま下顎を昇降させながら、ふいごの様に鼻から口中へ空気を取り込んでいる。
「ちょっと熱かったか?出来たてだからな」
きよは
「ふまひのはあー」
「あたりまえだろ。全部食っていいんだぞ」
周は菜箸で塩釜と香草を取り除けながら、眩しく光る鯛の身を、きよの取り皿に剥ぎ置いてゆく。
「れんるられるのらー!」
「おお、そうか」
(こいつの弟達ってのも、こんなに食うのか?)
周は、きよの姿を睨み笑いしながら、先程の戦闘について思いを巡らせる。
(ま、こいつにゆっくり