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うそつきピエロ㉘




同時刻


優は一人である場所へ向かっていた。 重い足を頑張って前へ進めながら、行きたくないという気持ちを頑張って自分で押さえながら。
そう、もちろん向かっている場所は――――コウの家。 今日も一日、コウとは関わらなかった。 だが昨日、悠斗が優の本当の心を思い出させてくれたのだ。
確かに前までは“もうコウなんて知らない”と思っていた。 何度言っても自分の言葉を受け入れてくれないなら、もう何を言っても無駄だと思ったのだ。 
だから彼のことは――――もう諦めようと思った。 だけどそんな優を、悠斗は変えてくれた。 『本当の優は、そんなことは考えない奴だろ』と。 
『そんなことを考えていても、心の何処かでコウのことを心配しているんだろ』と。 本当にそうだったのだ。 
コウのことはどうでもいいなどと思っていたが、本当はまだ彼のことを心配していた。 心配していなかったら、今こうして彼の家に足を進めてなんかいない。 
今日、コウに言うのだ。 『俺はやっぱり、コウのことは放っておけない』と。 そして、自分をいつも犠牲にしているコウに言うのだ。 もう――――いいんだよ、と。

優は――――コウの家の目の前まで来た。 一度深呼吸し、意を決してチャイムを鳴らす。 それからしばらくして、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。
―ガチャ。
「優・・・」
コウが、出てきてくれた。 久しぶりに、優の目を見てくれた。

―――今だ・・・言うんだ! 
―――言え、言え・・・言うんだよ、優!

「コウ・・・。 もう、いいんだよ」
「え・・・?」
そして優はコウに向かって、静かに言葉を紡ぎ始める。 昔のコウのことを思い出し、懐かしく感じながら。
「俺が落ち込んでいたら、すぐコウにはバレていたよね。 頑張ってバレないよう隠していたのに『何かあったんでしょ?』って、すぐ俺のことに気付いてくれた。
 そして・・・コウはいつも、俺の傍にいてくれた。 それならもっと早く、コウと友達になっていればよかったなって何度も思った」
「・・・優」
「でもコウは俺とは違って、いつも本当の自分を隠そうとしていたよね。 まぁ・・・今もだけど。 でもね、コウ。
 ・・・コウは頑張って本当の自分を隠そうとしているけど、コウが無理に強がっていること・・・俺は、知っているから」
「・・・あのさ、優」
「それにね!」
コウは何かを言いたそうだが、優は自分の気持ちを優先した。 今ここで、彼からの言葉を聞いてしまうと――――言いたいことが、最後まで言えなくなってしまうと思ったから。
「コウが今も頑張っていること、俺は全部知っているから」
「優・・・」
「ねぇ・・・。 コウ?」
「?」

―――泣くな、今は泣くな! 
―――ここからなんだ、今のコウに伝えたい言葉は。 
―――だから、だからもうちょっとだけ・・・俺に言わせて。

「コウ。 ・・・もう、いいよ」
「え?」
「コウはもう、そのままでいいよ。 俺は、今のコウのことが・・・一番好きだからさ」
「優・・・」
そう言って優は、コウに向かって笑ってみせた。 だけどきっと今、優は泣いているだろう。 それは、コウの声が久しぶりに聞けたからなのだろうか。 
コウと久しぶりに話すことができたからなのだろうか。 コウのことを――――“もう離したくない”と、思ったからなのだろうか。
「ねぇ、コウ。 疲れた時には、休んでもいいんだよ。 泣きたい時には、泣いてもいいんだよ。 ・・・コウが初めて俺に涙を見せてくれた、あの時みたいにさ」

コウがコウのままでいられるように――――もっと自分にできることはないか、いつも探しているんだよ。

「なぁ、優」
「コウが・・・本当の笑顔で、笑っていられるように。 もう、無理して笑わないように。  ・・・俺は、コウの隣にずっといるよ」
「・・・優」
「だから・・・だから、嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、これからは二人でちゃんと分かち合おう。 そして・・・ありのままの、コウと俺でいよう」

―――言えた。
―――言えたよ・・・悠斗。 
―――コウ・・・俺は。

優は言いたいことを全てコウに伝え切ると、安心したのか全身の力が自然と抜けていった。
「おい・・・。 ッ、優!」
コウがその場で倒れそうになった優を、慌てて支えてくれる。 

―――ありがとう・・・コウ。
―――でも、全部言えてよかった。 
―――これが俺の気持ちだよ。 
―――今までコウを“もう放っておこう”だなんて、考えてしまってごめんね?
―――本当はそんなことを考えたくもなかったのに・・・本当、ごめんね。 

コウは自分を犠牲にする少年だからこそ、コウなのだ。 今までそんな彼のことを尊敬していたし、優の憧れでもあった。 それがやはり、コウのいいところなのだ。

―――・・・だからね、コウ? 
―――もういいんだよ。 
―――そのままで、いいんだよ。 
―――今のありのままのコウを、俺はこれからもずっと・・・受け入れるからさ。

コウはずっと、優の名を呼んでくれている。 

彼が自分の名を、優しく口にしてくれるのを心地よく感じつつ――――優は次第に、意識を手放していった。


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