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第7話

 一夜明け。はるは澄人を総合病院へ連れて行くことにした。

 今までであれば、澄人はそれを頑なに拒んだことだろう。けれど、はるに説得された彼はそれを承諾し、震えながらも彼女が呼んだ自動運転のタクシーに乗った。

 そして病院につくと、早速診察と検査が行われた。その結果、澄人は自律神経失調症とうつ病の他、長い間固形栄養食品ばかりを食べ続けていた影響による内蔵異常。更には、遺伝子疾患があるということも判明した。

 昔であれば完治は困難であったが、医療が発達した現在、それらは投薬等で十分に治せるようになっているが、それでも最低一週間の入院が必要と言われたため、今日からしばらく、彼は病院で過ごすことになった。

「ココが、柳原澄人様の病室にナリマス」

 車イスに乗せられた澄人と、それを押すはるが看護ロボットに案内されたのは、ベッドが一床だけ置かれている病室。

 対人恐怖症の澄人のことを考え、はるが個室にしてくれるように頼んだのだのだが、それでも澄人はずっと震え続けている。

「はる……ぼ、僕、ここ、恐いよ……」
「大丈夫です。わたしがずっと側にいますから」
「ほ、本当……?」
「はい。あ、ただ……澄人さんが眠っている間は、家に戻って片付けをしたり、着替えの洗濯をしたりはすることになっちゃうんですけど……。それでも、澄人さんが起きる時間までには、必ず病室に戻ってきますから、安心してください」
「う、うん……わかった」

 澄人は頷くと、はるに介助されながらゆっくりベッドへ横になっていくが、その際彼女の体が密着する形となる。

「うひぇ……っ!」
「あ、どこか痛みましたか?」
「い、いい、いや……い、痛くは、ない、よ。な、なな、ないけど……その……」
「そうでしたか。でも、もし痛かったら、我慢せずに言ってくださいね」

 体がガチガチに固まった澄人をベッドに寝かせたはるは、彼に布団をかけると、側にあるイスに腰かけた。

「さっき言ったように、澄人さんが眠ってから家に戻って、今日は洗面用具や着替えを持ってこようと思っているんですけど、他に何か持ってきて欲しいものとかありますか?」
「えっと……つ、机の上にある、タ、タブレット、端末を……」
「タブレット端末ですか?」
「う、うん。か、課題、やらないと……怒られちゃう、から……」
「澄人さん。今は良いんですよ」
「でも……」
「もし、澄人さんのお父様やお母様、先生から連絡が来たら、わたしが事情を話しますから。澄人さんが怒られることはありません」
「ほ、本当に……い、いいの、かな……」
「はい。ですから今は、課題のことは忘れて、澄人さんのやりたいことやしたいことを考えて良いんですよ」
「ぼ、僕の……やりたいことや、し、したいこと……」
「すぐには思いつかないかもしれませんけど、もし思いついたらわたしに教えてください。お手伝いさせていただきますから」
「あ……ありがとう……はる」
「いいえ」

 ニコリと笑うはるを見て、澄人はまた頬を赤くさせた。

「……ね、ねぇ、はる。き、聞きたいことが、あるんだけど……」
「なんでしょうか?」
「その……ど、どうして、に、人間の女の子みたいな、が、外見になっちゃったの……?」
「そう言えばお話していませんでしたね……」

 はるは軽く――一度深呼吸をした。

「澄人さんと会えなくなったあの日のことは憶えていますよね?」
「うん……」
「その理由は、わたしの開発プロジェクトが、急に中止にされてしまったからなんです」
「だから、あ、会えなくなっちゃったんだね……」
「はい。それでわたしは……三日後に解体され、体は処分されてしまいました」
「か、解体……!?」

 澄人は横になったまま、目を丸くさせた。

「ただ、幸いにも人工頭脳だけは処分されずに済んで、約三年の間、I.Rテック社……澄人さんのお父様とお母様が勤められていた会社の倉庫に、封印保管されていました」
「…………」
「そして澄人さんのお父様とお母様は、新しく始まった別のプロジェクトにスタッフとして配属されて……最初は順調だったみたいなんですけど、会社の経営がだんだんと良くない方向に進み始めたみたいで、そのプロジェクトも結局中止になって……それからしばらくして、I.Rテック社は、海外を中心にアンドロイドの開発や販売を行っていた、F.P.T(フューチャー・ピース・テクノロジー)社に買収されました」
「そ、それで……はるは、どうなったの……?」
「買収が行われてから二ヶ月後に新プロジェクトの企画会議が行われて、そこで澄人さんのお父様とお母様が、わたしのことをF.P.T社の代表の方に話したところ、その代表の方がすごく興味を示されたそうなんです」
「え、えっと……そ、その新しい、会社の代表の人が……はるのことを、き、気にいったってこと……?」
「もちろん、それだけではなかったとは思うんですけど……でも、そのおかげで新しいプロジェクトが動くことになりまして。わたしは次世代型ヒューマノイド――アーティナル・レイスのアーキタイプとして、多くの実験と検証などが行われることになりました」
「アーティナル・レイスって……ニュースで、わ、話題になっていた……?」
「あ、ご存知でしたか?」
「う、うん。でも……写真には、別の……」

 澄人が以前見たネットニュース等に載っていた写真や動画には、確か人間に近い外見のヒューマノイドが何体か映っていたが、そこにはるはいなかった。

「ニュースに映っていたのは、わたしの後継機――妹と弟達なんです」
「はるの、妹と弟……?」
「はい。量産を前提とした先行量産型で、今後の本格的なテストや試験運用はあの子達が行うことになりました。それでアーキタイプであるわたしは、プロジェクトから離れることになって、本当はまた封印保管される予定だったんですけど……澄人さんに会いたくて、澄人さんのお父様とお母様にお願いしたんです」
「でも……ダメって、い、言われなかった?」
「……最初は言われました。でも、どうしても澄人さんに会いたかったんです。絶対に会おうって約束したから……」
「はる……」
「そうしたら、会社の代表の方が、それを許可してくださったんです。それだけでなく、人工皮膚と髪の毛を新しいものにしてくれて……それで今のこの姿になったんです」
「そうだったんだ……」

 澄人は、はるの顔に目を向けた。

 パッチリとした目と整った顔立ちは、十秒以上彼の瞳を捉え続ける。

「澄人さん?」
「……えっ?」
「わたしの顔に、何かついていますか?」
「あっ……い、いや! なな、な……なんでも、ないよ!」
「でも、何か気になっていたから、見ていたんじゃ……?」
「いや、そ、その……あっ、リ、リボンだよ! リリ、リボンを、み、見ていたんだ」

 澄人は、はるの髪に結わえてある、リボンを指差した。

「リボンですか?」
「う、うん。その……ず、ずっと、持っていてくれたんだなって……」
「当然です。これだけは、何があろうと外しません。人工頭脳だけだった時も、このリボンを巻いておくように、澄人さんのお母様にお願いしましたから」
「そ、そんなに……た、大切にするほどのものじゃ……。ケ、ケーキの箱についていた、リボンだし……ははは」
「それでも、わたしにとっては宝物です。大好きな澄人さんがくれた、初めてのプレゼントですし」
「だ、大好き……って……!?」
「はい。わたし、澄人さんのこと、大好きですから」
「あ……あぅ~……」
「ふふふ」
「あ、あははは……」

 その日澄人は、夜まではると話し、共に笑った。ずっと忘れていた笑顔を思い出すかのように。

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