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第二百九十四話

「そういえば、第二試合以降の美しさ対決だけど、料理って何でも良いのかな」
「いえ、先ほど発表されましたねぇ。そのための材料は特別に支給されました」

 キッチンの傍の天幕に腰かけながら疑問を口にすると、セリナが答えてくれた。 
 セリナが抱えているのは牛乳や卵、砂糖などが入ったバスケットだ。
 どうもデザートっぽいのを作るみたいだな。

「課題はプリンなんです」
「プリン?」

 この異世界にもあったのか。いや、間違いなく転生者が広めたんだろうけど。

「はい。私、プリンにはちょっとした自信があるので任せてくださいねぇ」

 そこはかとなく不安になるが、まぁ任せても大丈夫だろう。味は極めてヤバいが、見た目は完璧すぎるというのはかつて食べたことがあるアマンダたちの感想である。
 俺は味わったことないけど、味わうつもりはこの先ないつもりだ。

「良かったらですけどねぇ、試食してみますか?」
「謹んで遠慮申し上げます」
「割と即座に否定されましたねぇ、今。言っときますけど、ちゃんと練習して上手になってるんですよ? 三回に一回くらいは気絶させないで悶絶するだけで済むようになりました」
「それ次元が違うからな!」

 むしろ今まで毎回気絶させてたのか!
 そのツッコミだけは何とか飲み込む。これはアレだ。踏み込んではいけない部分だ。
 とりあえず味見とかは絶対にしないようにしよう。

「まぁ、見た目勝負だし、任せたぞ、セリナ」
「はい。お任せくださいねぇ」

 笑顔で言いながら、セリナは立ち上がって調理場へ向かった。
 最後のマズさ勝負であるアリアスはどうしてるかと言うと、落ち込んでた。

「なんで、なんでよ……なんで私が……」

 砂っぽい地面に「の」の字を書きながらアリアスはぶつくさ言っている。気持ちは分かるけど。
 なんてったって、フツー料理は美味しさを競うもんだし、それを求めるもんだしな。マズさって言ったらそのさ正反対だから、そりゃ落ち込むもんだ。
 向こうからすれば万が一に備えての手段なんだろうけど。
 けどここで落ち込んで何も作らないっていうのは、ちょっとなぁ。

「アリアス」

 俺は腰を上げて、アリアスの隣に座る。
 だが、アリアスは拗ねたように口をアヒルのようにさせていて、こっちを見ない。

「何よ」
「まぁそう拗ねるなって」
「うるさいわね。どうせ私は料理下手だから選ばれたんでしょ。いいもんいいもん」

 あ、これ心折れてる。

「いや、別に負けても良いんだぞ」

 俺はしれっと、さも何でもないように言う。

「え?」
「いやほら、だって、メイが料理の味で負けるはずないし。セリナだって、見た目だけは完全無敵だろ? となれば二勝は確実なワケで、このマズさ対決で負けたとしても別に問題ない。勝ちは決定してるんだし」
「それはそうだけど……」
「だから勝負だって思わないで、気軽に作ってみろよ。ほら、せっかくこの地方でしか採れないような食材とかもあるんだし。もったいなくね?」

 心を軽くなるように言うと、アリアスの表情にようやく明るさが戻って来た。

「そう、そうよね。うん、そうね。そうする」
「うん、そうしろ」

 アリアスの肩を叩きながら俺は立ち上がる。これならもう大丈夫だ。
 同調するようにアリアスも立って、俺を見る。
 視線が合うと、すぐに顔を逸らす。ちょっと赤らめながら。

「グラナダ……その、ありがとね」
「おう」

 俺は一言返してから天幕に戻った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、夕暮れ。
 相手方も狩りや採集を終え、調理が始まっている。こっちももう大詰めだ。
 じっくり時間があったからこそ、メイは色々と作っていたし、セリナもアリアスも試行錯誤出来た。
 ゴォン、と終了を報せるドラの音。

「そこまで!」

 焔ほむらの良く通る声が響き、全員が作業を止める。
 少ししてからテーブルが用意され、審査員である精霊が座って準備を整える。

「それじゃあ早速審査と行こうぜ。まずは味だ!」

 派手にドラの音が鳴り、獣人側から料理を運んでいく。見る限り、郷土料理っぽい感じだ。肉をこんがり焼いていたり、サラダだったり。色目からしてスパイスがたっぷり効いてそうだ。
 うん、漂ってくる匂いもスパイシーだ。
 たぶん食べると美味しいと思う。水がたくさんいると思うけど。
 だからだろう、フルーツもふんだんに用意されていた。どれも瑞々しくて甘そうだ。

「お、美味いな」

 どうやら焔も参加するらしい。
 精霊たちが無言で食べていく中で、焔は美味そうについばんでいく。
 それが終わるタイミングで、メイはテキパキと一人で配膳を用意してさらりと並べていく。この辺りはさすがに鍛えられているというか、無駄がない。

 メイが作ったのは、ちょっとアレンジされた家庭料理だ。

 チキンの香草蒸しに、牛のカツレツ、豚の角煮。米粒が欲しくなるようなメニューだが、お米がないので代わりにいも団子を作っている。他には野菜をたっぷり使ったスープだ。
 あれ、美味いんだよなぁ。表面はサクっとしてるけど、中はもちもちなんだ。
 前世では北海道の料理なんだけど、俺は好きで良く食べてた。

「おおお、これは美味い! チキンがめっちゃ柔らかくてジューシーだぞ! この牛もすげぇな。衣つけて揚げてるんだろうけど、肉の旨味を殺さないようにしてるし! 後この豚の煮たやつもたまらんな! トロットロじゃねぇか! んんっ!」

 さっきとは桁違いの勢いで焔が食べ尽くしていく。
 これは結果を聞くまでもないな。

「スープも優しい感じでたまんねぇな、それにこの団子! 餅みたいだけど芋だな、これはスゲェ。こりゃ文句なしでグラナダ側の勝ちだな」

 頷きながら焔が口にすると、精霊たちも同意を示すように体を点滅させた。

「そんな! 私たちの郷土料理が負けるなんて!」
「そうだそうだ! 贔屓してるんじゃないのか?」

 当然のように上がる抗議。だが、焔は歯牙にもかけない。

「じゃあお前ら、食ってみろ」

 ただ一言そう告げる。抗議した連中は憤慨しながらもそれに従い、メイの料理を口にして。
 愕然とした。
 それから物凄く物凄く悔しそうにして、俯いた。ああ、あれは負けを認めたな。

「くっ……いっそ殺せってくらいに美味しい……!」

 どこの女騎士だお前は。
 思わずツッコミを入れたくなったが、俺は苦笑するだけで終わらせる。
 獣人たちはスプーンをテーブルに置いて、すごすごと引き下がっていった。ドラの音が響き、正式に勝負がつく。

「やった、ご主人さま!」

 メイがはしゃぎながら駆け寄ってくる。
 当然の結果だが、メイにとっては嬉しいようだ。ま、そりゃそうか、美味しいって言ってもらえたもんな。

「うんうん、良くやったぞー」
「はい、頑張りました! たくさん作ったので、後で召し上がってくださいね」
「うん。ありがとう」

 それは楽しみだ。メイの料理、久々に食べる気がするなぁ。
 美味しさを思い出すだけで、じゅわっとツバが出てくる。
 なんて思っていると、次の勝負が始まるみたいだ。

「それじゃあ次。見た目勝負だな。お題は……プリンだっけ。じゃあ早速並べてくれ」

 今度は精霊たちが料理を運んでくる。どっちがどの料理か、は分からないようになっている。これも公平性を保つためだろう。
 テーブルに並べられたのは、二つのプリン。一つは派手に飾られてる。フルーツやらクリームやら。
 もはやケバケバしいまでの装飾っぷりだ。

「なぁ、これってプリンの見た目勝負だよな。余計なモンはいらねぇだろ」

 そう言って、焔は指を鳴らし、余計な装飾部分を消し去った。
 露わになったのはプリン単体。
 とても家庭的な感じで、味がある感じだ。とはいえ、所々気泡は出来ているし、形も微妙に崩れてる。なるほど、そういう欠陥を隠すためにああやって飾ったのか。
 一方のプリンは、何一つ飾り立てされていない。
 だからこそ、綺麗だった。完璧にツルツルだし、光沢さえある。カラメルも美しくかかっていて、まるで彫刻みたいだ。というか、色気さえ感じる。

「最初っからこの形で見せてくれてたら、良い勝負だったんだけどな。俺は隠し立てするのは嫌いなんだ。ということで俺はこっちに投票だな。フツーに綺麗だし、食べたいくらいだ。っていうか食べるぞ」

 あ、それはやめておいた方が。
 とはいえ、口を挟むことは出来ない。それをすれば、あのプリンがセリナだと分かるからだ。
 焔はスプーンを生み出すと、一匙分だけ取る。ぷるんっ、と弾け、とろりとスプーンに乗る。それだけ見れば美味しそうだが――。

「…………………………はうっ」

 たったそれだけを言い残して、後ろ向きに倒れた。痙攣することもせず、ただ硬直している。
 って、これってヤバくね? 大丈夫か!
 さっと目くばせすると、メイが頷いて駆け寄る。向こう側からも癒し手らしき獣人が走っていた。

「ダメだ、完全に気を失っているぞ!」「《ハイヒール》っ!」「タ、タンカだタンカ! 誰か医者を連れてこい――っ!」「い、息してないっ……!」

 ぴくりともしない焔ほむらに群がる獣人が叫び、メイが真剣な顔で回復魔法をかける。
 その様子を、セリナはこめかみ辺りをぴくぴくさせながら笑顔で見守っていた。

「……何か、こう、釈然としませんねぇ」 
「ま、まぁまぁ」

 静かに殺意を漲らせるセリナをなだめる。
 それにしても、神獣を一撃でノックアウトさせる料理ってどんなんだ。たぶん史上最強だぞ。
 そんなちょっとした騒動になってる中、審査員席に座っていた精霊の一人が立った。

『……この勝負、この殺人プリンの勝ち』

 お、おおう。強引に進行するのね。いやまぁ、精霊らしいっちゃらしいけど。

「殺人プリンとは失礼ですねぇ。死者が出てから言って欲しいものです」
「いや落ち着けセリナ?」

 方向性どっか間違ってるぞ。

「セリナ。あんた相変わらずの暗殺料理ね」
「ひどいですねぇ。というかアリアスさんには言われたくないですね」
「残念だけど、私もちゃんと料理の特訓はしてきてるんだから」

 胸を張るアリアスに、セリナは懐疑的だ。
 いやまぁ俺もそうだけど。

『では、最後の勝負』

 焔ほむらがタンカでどこかへ運ばれてから、最後の勝負が始まった。とはいえ、この時点で俺たちは二勝。もう勝ちは決まっている。
 普通であればもうやる意味はないのだけれど、向こうは一矢でも報いるつもりのようだ。

「せめて一勝! 精霊様、覚悟してくだせぇ、コイツはヤバイぜ……!」

 黒い笑いを浮かべながら獣人が料理をテーブルに置いた。明らかに異臭がするそれは、魚の煮物らしきものだった。

「はっはっは! 泥水川に棲息してる魚を何の下処理もしないままスパイスを無駄に使って煮込んだものだ! 内臓ごと煮込んでるから究極に臭いぜ!」
「んなこと自慢げに言うなよ……」

 言うなればマズくしてマズく作った料理だ。聞くだけでイヤになるのだが、精霊たちは気にする様子もなく食していく。びく、びくっ、と何度か震えてからフォークを置いた。
 それから思いっきり水を飲んだ。
 やっぱり相当マズいんだろうな。想像もしたくないけど。

「ホント、良くあれを見て食べられるわね……」

 アリアスも辟易している。いくらアリアスでもアレを超えるのは難しいだろうな。
 っていうか臭いが凄い。漂ってくるだけで目眩がしそうだ。

「まぁ、たまには相手に花を持たせてやっても良いだろ」
「分かってる。気軽にいってくるから任せて」

 笑顔で言って、アリアスは大皿にフタをされた料理をテーブルに持っていく。
 貴族らしい優雅な仕草で一礼し、蓋を開ける。

 ほわぁ、と広がったのは、黒煙だった。って、へ?

 ざわり、とざわめきさえ消え去った。
 露わになったのは、ただただ真っ黒に焦げた何か。なんかこう、アスファルトの地面を寄せ集めたらああなるのかなって感じ。この世界にアスファルトなんてないけど。
 精霊たちも明らかに動揺している。
 臭いがしてこないのが逆にヤバみを伝えてくるぞ。

「み、みてくれは悪いけど、味は確かなんだからっ! ほ、ほら!」

 アリアスは顔を赤くさせながら言って促す。
 勇気ある精霊の一人が、フォークをその漆黒の物体に突き刺す。
 バキッ! と料理にあるまじき破砕音がして、中からは真っ赤な、というかどう見てもマグマなそれがドロりと出てくる。あ、フォーク溶けた。
 っておい。鉄製のフォークが溶けるって何事!
 な、なんだ、何したんだ一体! どうやってあの食材からマグマを錬成したんだ!

「ちょ、ちょっと、火を通し過ぎたけど、大丈夫! 元は食べられる食材だから!」

 いやそういう意味じゃないしそもそもそれを口にしてる時点で色々と終わってるし。
 アリアスは必死に促すが、精霊たちは固まっている。

『命の危険を本気で感じ取っているようだな。というか、食べたら死ぬと確信してる感じだ』
「ちょっと待て、精霊にそう思わせるのかよ」
『まぁ、見た目からしてアレだからな』
「言い返す材料が何もないな」
「ちょっとそこ! さっきから何こそこそ言ってるのよ!」

 アリアスが半泣きで抗議してくる。

『……協議の結果、食べなくてもこちらの料理の方が危険……否、マズいというのが判明したので、勝負、こちら側の勝ち』

 追い打ちのように精霊が宣言し、ドォン、とドラの音が鳴った。

「ちょっとそれどういうことまだ食べてないのに何でそうなるワケぇぇぇぇ――――っ!」

 音の余韻が残る中、アリアスの悲鳴のような訴えだけが轟いた。だが、相手側から一切の抗議がやってこないので、向こうも納得しているようだ。まぁ、そりゃそうか。

「あらら。これでは同類ですねぇ?」
「変な慰めしないでっ!」
「事実は事実として認めましょうねぇ」

 肩を叩きながら神妙な顔でセリナは諭し、アリアスは全身をわなわなさせてから、がっくりと項垂れた。
 うーん、完勝したのは嬉しいことだけど、うん、アレだな。
 セリナとアリアスは料理の練習、本格的にしないとヤバくね?

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