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第46話 こちらでの対面






 ★・ラウル視点・★





 スバル嬢の店は、今日も賑わっている。
 だが、今日は創立記念本祭。
 前夜祭の昨日から、露店の噂を聞きつけた成人前後の若い男女らが入れ替わり立ち代わりにやってくる。
 普段は冒険者達が来るために、遠慮してあまり買いに来れないからだろう。
 まあ、俺とて似たような理由で滅多にこの店には足を運べていないが。

「次のお客様、お待たせしました」

 耳通りの良い愛らしい声に、俺は表情を最大限まで不自然のないように引き締め、少し前に進んだ。
 短いが、艶やかな黒檀の髪。
 白パンのように滑らかそうな肌。
 薄桃の手入れされた唇に、まつげの長い愛くるしい瞳。
 目の前で見るのは、パン屋の客としては実に久しいが今日も美しい。

(本物のスバル嬢!)

 いつもは、技能(スキル)の遠視だったり物陰から覗く程度だったが、こんなにも間近で対面するのは久しぶりだ!
 最後にこの距離で会ったのは、開店直後だったが……とは言え、見惚れてる場合ではないので本来の目的を口にすることにした。

「すまない。街中での噂を頼りに来ただけなんだが、今日は何を?」

 実際は知ってるが、少しでも長く話したいがために偽るのも、一つの手段だ。イレインがいつも長く話してるのが羨ましいから、ではない!

「はい。祭り期間中……と言っても今日までですが、ちょっと変わったドーナツを実演販売してるんです。チョコとそうじゃないのを二種類と、チーズのラスクも追加しましたがいかがですか?」

 祭り期間中なのに、明日は休暇を言い渡されたのだろうか?
 いつもと違い、衛兵隊の仕事もあったために今日は彼女達の周辺を常駐してなかったからな。だが、常連ではないので深く聞けない。
 とりあえず、イレインや他の隊士達にも買うか。

「そうか。とりあえず、三種類とも10個ずつは可能だろうか?」
「お持ち帰りですね? そうですね……申し訳ないですが、20分ほどかかりますがよろしいですか?」
「ああ、構わない」
「かしこまりました」

 行列もだが、待機に慣れてる俺には些末なことだ。
 後ろの者達には申し訳ないが、今更数十分とて同じなはず。
 スバル嬢は会計箱を整理していたエリザベス嬢に声をかけ、足りない材料を取りに行くように頼んでいた。
 ご自分は、手持ちの材料で出来る作業に取り掛かった。

「跳ねないとは思いますが、油を使うので少し離れてください」
「あ、ああ」

 距離を置くのは少し悲しいが、素直に聞くことにした。
 大きな黒い鍋に並々と入ってるのは油らしく、それでドーナツを作るらしい。
 街中で食べるのを見かけたのと同じ、俺達のよく知る塊のドーナツではなく、細長い生地を菜箸で落としていく。

(たしかに、念のために離れた方がいい)

 スバル嬢の方が大変だろうに、距離を置いた俺の方にまで油からの熱が伝わってくる。
 短時間で揚げるために、少し高温にしてあるのだろう。だが、彼女は一度も辛そうな表情を見せないどころか、実に楽しそうに調理していた。

「スバル、ラスクも追加で焼いて来たから」
「うん、ありがと」

 エリザベス嬢は、固焼きにしたパンなどを持ってから戻り、それは一度調理台に置いてからコンロに火をつけた。

(乗ってるのは、油のに比べたら小鍋に中身は湯……浮かべてる銀ボウルの中身は、チョコ?)

 生地かと思ってたが、どうやら仕上げに使うみたいだ。
 液状のチョコを小さめのおたまでチョコをかき混ぜてすくい、スバル嬢が揚げてバッドに下ろしたドーナツのいくつかにかけていった。
 全部かと思えば、一つを見れば半分だけかける、それを頼んだ本数分。残りはスバル嬢がトングで砂色に近い生成りがかった粉のバッドに移し、絡めていく。
 鑑定眼を持っていないのでなんだかわからないが、彼女の考案したのには不味いものがない。
 だから、少し楽しみでもあった。

「冷めたら包んでね。私はラスク作るから」
「りょーかい」

 包装関連をエリザベス嬢に頼み、ずっと放置していたフライパンが乗っただけのコンロの方に移動していく。
 そちらは少し近づいても特に何も言われなかったが、慎重に近づいた。中は何もない……と思ったが、フライパンの縁に茶色の焦げた跡があった。しかし、炭のような匂いはなく、むしろいい匂い。
 正体はすぐにわかった。

「今からチーズを焦がしますねー?」

 前に親衛隊の一人が購入してきた、粉チーズではなく削ったチーズをフライパンの底を敷き詰める程入れていく。先に香辛料をいくつか入れてたが、チーズの味にアクセントをつけるためだろうか?

(贅沢だが、これを……?)

 このラスクとやらは今日からだったので、来る途中ではあまり見かけなかった。
 余程美味かったのか、手に持ってる者達が少なかったのもある。
 熱が加わり、数分でチーズが溶けていく。
 料理はしないわけではないが、まだ予想がしにくい。
 固焼きのパンを使うのはわかるが、結果がどうなるかが想像しにくかったからだ。

「これを羽……固焼きチーズにするのに、時間がいるんですが先にパンを乗せちゃいます」

 手元に集中してても、俺がじっと見てるのがわかってるので丁寧に説明してくれた。
 チーズを焦げ付かせるのはわかるが、薄焼きにしてしまう発想はなかった。固焼きのパンもぽんと香辛料を置いた位置に乗せ、そのままチーズが固まるのを待った。

(どんどん泡立って、水気が消えて……なるほど)

 完全に焼き切ると、チーズ特有の白さは消えて茶色になるが実にいい匂いだった。
 スバル嬢は、それをパンとの境目にヘラで切り込みを入れてフライパンから剥がし、冷めるまでバッドに置いた。

「こちらをお包みする前に、お会計させていただいてもよろしいですか?」
「あ、ああ。構わない」
「ありがとうございます。ドーナツ二種類、ラスク、合計30個ですね。お会計、ちょうど銀貨20枚になります」
「わかった。ちなみに、効能は?」
「チョコドーナツが疲労回復70%で、つけてないのがきな粉と言いますが同じ効果で75%です。ラスクは小疲労なら全快となっています。詳しいことは、メモを入れておきますね」
「ありがとう。では」

 銀貨20枚はなかったが、銅貨や鉄貨なども出してなんとか支払えた。普段から必要以上の銀貨と金貨を持ち合わせてないせいだが、大きな買い物をするのも少ない。
 今回のように、衛兵として出向く機会がほとんどないのもある。
 会計用の器に全て入れ、スバル嬢が確認されてから彼女は俺を見て微笑んだ。

「はい、きちんと銀貨20枚分ありますね。では、もう少しお待ちください」

 ただ普通に接客してくれただけだが、俺の心は悶えで打ち震えていた!

(美し過ぎる‼︎ イレインが腑抜けてしまうのも通りだが、破壊力が凄まじい!)

 なんて事のない微笑みでさえ、隠密(アサシン)業の長い俺でもこのザマだ。表面的にはつくろえても、内では出さないように集中力を使いに使いまくっている。
 彼女は俺を気にせずに出来上がったラスクなどをエリザベス嬢と一緒に包んで紙袋に入れてくれてたが、調理同様に手際がいい。
 俺が見惚れてる間に、大きな紙袋に詰めたそれらを差し出してくれた。

「大きいのでお気をつけてください」
「……ありがとう」

 動揺をなんとか誤魔化し、受け取る。
 さて、これで終わりかと少し残念に思ったが、彼女がまた俺に微笑んでくれたので立ち止まってしまう。

「……何か?」
「あ、いえ。開店当時に来てくださった衛兵さんですよね?」
「お、覚えて……⁉︎」

 一度か二度、店舗内の構造を見ると言う名目でこの恰好で来たが、あの時は他に客はわんさかいたのに。

「はい。目元の黒子が珍しかったので思い出しました。お客様のお顔を覚えるのも仕事なんですが、すみません。不躾に見てしまって」
「い、いや。気にしていない」

 右の目元に、三つ並んだ黒子があるのは確かに珍しい。簡易変装や変装魔法をする時は当然隠れるが、今日の様な私用の時は特にいじっていないのは、たしか
 あの時も同じ。
 それで覚えられてたなんて、と少し嬉しく思ったのは初めてだ。

「お仕事頑張ってくださいね? イレインさんにもよろしくお伝えください」
「ああ、伝えておく」

 悔しいが、イレインの方が毎日のように会ってるから覚えられてるのも無理はない。
 俺は軽く会釈してから、名残惜しいその場を離れた。
 次に待ってる者達も多いから、仕方ない。

(そのイレインが待ってる場に行くか)

 急ぎたいが、チーズの方は壊れやすそうだったので普通に歩くことにした。
 角をいくつか越えるだろうかと思いきや、一つ目の角ですぐに遭遇……した、が。

「なんて顔をしてるんだ?」
「…………スバル嬢に呼び止められたね!」

 と言うことは、少し前まで見える位置にいたのか。
 輝きの衛兵隊長の美貌が、ただの変態と言う鼻息荒い顔つきが酷かった。相変わらずの執心っぷりだが、恋慕ではないのが未だに不思議だ。
 とりあえず、ラスクの方を一つ渡した。

「出来立てらしいから、食え」
「……見たことがないパンだね?」

 頼んできた買い物も品を素直に受け取ると、イレインは強張りを解いていつものに近い表情に戻った。
 俺も一つ食べようとは思ったが、先に効能のメモを見ることに。




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【スバル特製ラスク】


《羽付チーズラスク(バタール)》
・スパイス、ハーブ問わず一枚で小疲労(肩こり、軽い筋肉痛)が全快
・溶けたチーズが羽根のように軽く、パリパリに乾いたことでつまみにも変わる新食感。パンは通常のラスクよりも柔らかく食べやすい!
・保存日数は三日



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 効能は素晴らしいとは思ったが、今回購入したどれも確率や程度は違えど効能は同じ。
 調整出来るようになったのか?と思ったが、隣で貪り食うイレインの小気味のいい音に俺も食うかと一つかじった。

「美味い!」
「これはいくらでも食べたくなるね!」

 二個目を欲しがるイレインを脚で制し、もう一口とチーズの部分をかじった。
 焼き過ぎなくらい薄く羽の様になったチーズは軽い食感で、パンも固すぎず歯で簡単にちぎれる。香辛料だと思ったのはハーブで、チーズと良く合う。
 あっと言う間に一つ食べ終えれば、立ち仕事で痺れてた足がいくらかマシになっていった。

「効果も上々。さすがはスバル嬢か」
「……行けないのが辛い」
「自業自得だ」

 今日は衛兵隊長の仕事に徹してたのも勿論だが、この間見解したようにイレインはエリザベス嬢に警戒心を抱かせた可能性が高い。
 普通に行って謝罪すればいいかもしれなかったが、昨日と今日は仕事に忙殺されてその余裕もない。
 あと、街の若者から一応(・・)憧れの的となってる輝きの衛兵隊長。
 その肩書きと、同僚から見ても誇れる美貌は若い女性からは特に人気が高い。
 スバル嬢の露店に集まってた者達が見れば、すぐに標的にされてしまうだろうと、代理で俺が通常の衛兵として出向いたわけだ。

「ほとぼり冷めるまでか、ヴィンクス氏の件がはっきりするまで行かないことだな? 普段から衛兵隊長の特権で行くのがまずおかしい。普通なら下っ端が行くものを」
「くじ引きで公平に決めただろう⁉︎」
「知ってるが、出しゃばり過ぎがよくない」
「……ああ」

 落ち込む同僚はこれでいいが、さっきから強い視線を感じる。
 だいたい予想はつくが、ここでいいかとイレインを放っておいて後ろを振り返る。

「来てたんですか、隊長(・・)

 俺が声をかければ、奥の角からかなり大きな体つきの冒険者が登場した。

「そちらの隊長殿は、どうやら正常じゃないな?」

 年は同じくらいだが、実力がAAランクなのと我らが親衛隊(・・・)の隊長であるレクサスさんなので敬意を払っている。
 イレインは、俺が彼を呼んだ時にようやく顔を上げていた。

しおり