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3.出された課題

 乗り気ではないペルルを引きずって、私はついさっき解放されたばかりの神殿への道を歩いて行く。
 やはり美男美女の多いエルフ族の国では、そこらの通行人ですら華のある顔立ちをした者ばかりだ。
 観光か旅の途中で立ち寄った他の種族の者達も、ふと目の前を通り過ぎていくエルフに目を奪われているのが分かる。
 けれど、私だってエルフに負けず劣らずの美しさを誇る魔界一の姫である。
 まあ、魔界中を見て回って確かめた訳じゃないからアレなんだけど……。うん、多分魔界一の美女は私のはずだわ! 自信を持つのは良い事よ、ええ。
 そんな私の歩く姿も、街中では異彩を放っているようだった。エルフからも、他種族からの視線も良い具合に集まっている。

「ふふ〜ん。まあ、このぐらいは当然よねっ」
「姫様は色々な意味で目を引きますからね。あとその、もう手を離して頂いて大丈夫です。ちゃんとご一緒致しますから」

 彼女の言葉に、私は素直に掴んでいた手を離してやった。
 ペルルは昔から私の側に居た幹部の一人で、私がどこかに行きたいと言えば、最初は抵抗しながらも結局はいつも折れてくれる。
 それは彼女が私の世話係という事もあるけれど、彼女の今の役目を与えたのは幼い頃の自分自身だった。
 魔界でフェアヌンフトの名を聞けば、誰もが防御魔法の使い手である名門一族だと思い当たるだろう。
 彼女──ペルル・フェアヌンフトはその一族の生まれで、その力を買われて魔王軍にスカウトされた程の実力者なのだ。だから私は、彼女を護衛役としての務めもある世話係に任命きたのだから。
 もしもこの花婿探しで私の身に危険が迫ったとしても、魔界の名門一族ペルルの魔法があればきっと大丈夫。
 それに……彼女は私が最も信頼する相棒のような存在だもの。私とペルルが一緒なら、絶対に素敵なお婿さんを見付けられるに決まってる!
 気分が盛り上がってきた私は、くるりとダンスのステップを踏むようにペルルに振り返った。

「そうよね。貴女はずっとずっとどこまでも、私に着いて来てくれるんだものね!」

 そう言って私が笑うと、彼女は目を見開いた。
 すると、次第にペルルの顔がふにゃりとふやけていく。

「……はい、自分はいつまでも姫様のお側に居ります。姫様が自分を必要として下さる限り、末長くお仕え致します」
「ふふっ、そう言ってくれると思っていたわ。流石私の専属世話係ね!」

 二人で足取り軽く街を抜けると、人気の無い森の小道に出る。
 この清らかな空気に満ちた森を行けば、ジャッドが居る風の神殿が見えて来た。
 神殿の入り口前には、武装した見張り番が両脇に立っていた。見張りの二人は宿屋に向かったはずの私達を見ると、疑問の表情を浮かべながら声を掛けてきた。

「お二人は先程の……」
「如何なさいましたか?」
「神官のジャッドさんにお話があるんです。今すぐお会い出来るでしょうか?」

 見張り達は互いに視線を交わすと、一人が頷いてこちらを向いた。

「ジャッド様にご用件を伝えて参ります。神殿への立ち入り許可が無い方はお通し出来ませんので、しばらくこちらでお待ち下さい」
「はい、宜しくお願い致します」

 少し待てば、さっきの見張りが戻って来た。
 ジャッドとの面会の準備が出来たというので、私とペルルは見張りの彼に連れられ、神殿内のある部屋へと案内される。
 そこには先程別れたばかりのジャッドが待っていて、爽やかな笑みを浮かべながら私達を出迎えてくれた。

「リュビさん、ペルルさん。お待たせしてしまい申し訳ありません。僕にお話があると伺いましたが……ひとまずこちらにお座り下さい」

 そこで見張りは退室し、私達は彼に促されるままに向かいの二人掛けの長椅子に腰を下ろす。
 今見てもうっとりしてしまいそうなエルフ特有のきめ細やかな肌と、さらさらのブロンドヘアーから覗くジャッドの長い耳がピクッと動いた。

「急なお願いをしてしまってすみません……」
「いえ、どうかお気になさらず。それで、お二人はどうしてまたこちらにお戻りになられたのですか? もしや、こちらでご用意した宿に何かご不満があったのでしょうか……?」

 心配そうに眉を下げるジャッド。
 どうしよう。笑顔だけじゃなく、困り顔まで整ってるだなんてズルい!
 ……おっと、意識が恋愛方面に飛び掛けていたわ。ここは真面目に、きちんとした態度で話を切り出さなきゃ。
 私は姿勢を正し、一呼吸置いてから口を開いた。

「宿はとても素敵な所でした。私達のようなよそ者に、あんなに心地良い場所を用意して頂いてありがとうございます。……そこでなんですが、私達に親切にして頂いたお礼として、ジャッドさんが仰っていた誘拐犯を捕まえようと思うんです」

 それを聞いたジャッドは、今度はその美しい顔を不安の表情に変える。

「あの事件の犯人を、ですか……?」

 彼がこんな反応になるのも無理は無い。
 行方不明者はこの国のみならず、他国にも及ぶ大問題だ。
 その手口は掴めず、未だに犯人が捕まらない事から魔族の犯行だと言われている誘拐事件。それを私達のような見ず知らずの相手が解決出来るとは思えないだろう。
 それも、美女とその付き人の女性二人組がやろうと言うんだもの。無謀な事を言い出した私達の言葉を疑って当然ね。
 けれど私達はただの旅の者ではない。次期魔王と幹部のコンビなのだから。

「……先程も言いましたが、相手は恐ろしい魔族かもしれないのですよ? 失礼ですが、貴女方に務まる相手だとは思えません。今度も無事でいられるかは分かりません。お二人のそのお気持ちだけで充分なのです」

 ジャッドは私達を心配してそう言ってくれている。
 その心遣いが素直に嬉しくて、そんな状況ではないはずなのに自然と口元が緩んでしまった。

「ご心配ありがとうございます。ですが、私達は腕に覚えがあるので問題ありません。どうか誘拐犯の捕縛を私達に任せては頂けないでしょうか?」
「自分からもお願い申し上げます。どうか前向きな検討をお願い致します、ジャッド殿」

 私とペルルは揃って頭を下げた。
 ここで引き下がっては「ジャッドの好感度上げ大作戦」が台無しだ。
 誘拐犯を捕まえて、私が信頼に足る相手であるという事を証明する。この作戦を次の段階に進める為にも、ジャッドにはこの話を飲んでもらうしかなかった。
 すると、ジャッドがこう言いだした。

「……お二人共、顔をお上げ下さい」

 見ると、彼はまだ不安げな表情のままだった。
 けれどもその眼は何かを決意したような色を宿しており、一度大きく息を吐いてから言葉を続けた。

「腕に自信があるとの事でしたが、その腕前を確かめないままお二人を魔族の元へ送り出す事は出来ません。しかし、お二人がどうしてもと仰るのであれば……」

 言いながら、ジャッドは部屋の壁に掛けられた一枚の風景画に目を向ける。

「その絵に描かれた白い花……エリューナの花をここへ持ち帰って来て下さい。これを課題とし、目標が達成されれば僕は貴女方の実力を認め、正式にお二人に魔族の捕縛を依頼致します」
「エリューナの花? それを採取して持ち帰るだけで良いのですか?」

 私の方に向き直ったジャッドは真剣な面持ちだ。
 あの風景画に描かれた可愛らしい花を一輪採ってくるだけ。それだけの事で実力の証明になるのかしら?

「エリューナの花が咲くブラン山は、昔からドラゴンが棲み着いている土地です。迂闊に足を踏み入れれば、並みの冒険者ならたちまち彼らの餌になる事でしょう」
「ど、ドラゴン……ですか……?」

 ペルルの声が震える。

「この話を無かった事にするのなら今の内です。僕もリュビさんとペルルさんがドラゴンに喰われてしまうのは、とても悲しいですから……」

 ブラン山のドラゴンを切り抜け、エリューナの花を手に入れる。
 それが出来れば私達の実力が認められ、誘拐犯探しに向かう許可が出る。
 私は内心、勝ちを確信していた。

「やります。やらせて下さい!」
「ええ、やはりやめておくのが正解……え? 今、やると仰いましたか?」

 私はすっと立ち上がり、左手を腰にあて、右手で胸を押さえながら高らかに宣言する。

「このリュビ・ライゼ・シックザール、ドラゴン程度の魔物を恐れはしませんわ! 私とペルルの二人だけで、見事エリューナの花を持ち帰ってご覧に入れますとも‼︎」

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