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再会5

 東門に限らず、各門で任務に就いている間はやることはほとんど変わらない。見回りをして、討伐をして、休日を貰う。それにたまに学園に戻るのが加わり、列車での行き来も加わる。門で行う事と言えば、大体それぐらいしかない。
 慣れれば多少退屈ではあるが、別にそれが不満という訳ではない。しかし、半年以上それを行うことになるので、たまには何か刺激が欲しいものだ。とはいえ、先日あった死の支配者が襲撃してきたような出来事は求めていない。見知らぬ鳥が空高く飛んでいる。とかの小さな出来事でいいのだ。
 北側への見回りを行いながら、漫然と平原へと目を向けていく。新しく張り直した大結界は、現在平原に出ているような魔物では壊せないので、もうそこまで神経質になって見回る必要はない。勿論、一応の注意は払っているものの、集中して警戒するほどではないな。
 一気に気が抜けたとはいえ、周囲の生徒や兵士達はそこまでではない。大結界の性能と魔物の強さを正確に把握している訳ではないのだから。
 しかし、魔物と戦っている生徒や兵士達は大結界から離れているので、大結界周辺は本当に平和だ。流石に欠伸まではしないが、何かないものか。
 そう思うも、一日見回りを行っても何もなかった。
 夜中には全員寝たので、彫刻と小刀を構築して作業を開始する。
 現在は、シトリーを模した置物の脚部と土台部分の作業を行っているが、まだ全体の形を彫り出しているだけなので、これから本格的に彫っていくところだ。

「うーーん・・・事前にどう彫るか、軽く削ってた方がいいかな?」

 クリスタロスさんに贈った置物の時は脚の部分を削りすぎてしまったので、その失敗を活かして、今回は事前に削る位置に線を引いておこう。
 その為に、前にクリスタロスさんに贈った置物の顔の部分を作る際に線を引くのに使った、先の細い小刀を構築して取り出す。

「さて、始めるか」

 ぼんやりと浮かんでいる脚部の輪郭を確かめた後、小刀を脚部に当てていく。

「ふーむ・・・こんな感じかな?」

 かりかりと削った線を確かめて、目的の大きさであることに頷くと、小刀を入れ替える。
 準備が整った後は、平刃の小刀を手にして作業に入る。事前に線を引いたとはいえ、気をつけて彫っていかないとな。





 光の届かない暗黒の世界に、静かな女性の声が響く。

「・・・帰りましたか?」
「ハッ! 今しがた」
「そうですか。お疲れ様。では、下がっていいですよ」

 女性の声に、全身を鎧のような物で覆った男性が恭しくお辞儀をすると、闇の奥へと消えていく。

「さてさて、何か得るものはあったのでしょうか?」

 女性はそんな独り言を漏らして思考に耽るも。

「あったと思うよ」

 そんな女性の独り言に、闇の中から返事があった。

「おや、貴方も戻ってきたのですか? あれを送らなくてもよかったので?」
「ちゃんと送ってきたよ。そんなの転移すれば、ちょちょいのちょいだから」

 明るい声に、女性は呆れたような息を吐く。

「帰りもちゃんと案内してあげなくては駄目ではないですか。最期まで丁寧に」
「ん~? なんか意味合いが違うような?」
「ふふ。さぁ、どうでしょうね」

 楽しげな声音の女性に、今度は明るい声の主が呆れた息を吐いた。

「まあとにかく、プラタは元の世界に送ってきたよ」
「そうですか。それで?」
「それで?」
「あの者は何を得て帰りましたか?」
「何って・・・ここを、君の足下を見せたんだよ? 案内したのは一部分だけとはいえ、この規格外の強者が犇めきあうこの地を」
「強者、ですか。あの程度で強者と言われましても、貴方よりも弱い者ばかりでしたでしょう?」
「まあね。でも、あれでも昔のぼくよりも遥かに強いさ」
「そうですね。・・・しかしそうであれば、先日連れてきた新入りは見せられませんね」
「新入り?」
「ええ。先日、少々この先に遊びに行きましてね」
「この先って・・・最果ての事か!?」

 驚く相手の声を耳にして、女性は思い出すような間を空ける。

「ああ。確かに、そんな呼び名をされていましたね」
「・・・待て、そこからの新入り? それってまさか・・・!!」
「フェンリルにヨルムンガンド。ここに居たヘラと同じ、旧時代の支配者達ですよ。ああ、貴方とは兄弟とも言えましたか」
「まぁ、そうと言えなくもないが、そう呼ばれるのは不愉快なのでやめてくれ」
「そうですか? 同じ神の子ではないですか」
「・・・神の子、ね。わざと言っているのは解るが、喧嘩を売っているのかな? 敵わないのは知っているが、それでも一矢ぐらいは報えるんだよ?」

 剣呑な雰囲気を漂わせる相手の声に、女性は僅かに苦笑したような雰囲気を醸す。

「そうですか。ですが、何をしても事実は変わりませんよ? 貴方はあれから生まれた存在なのですから」
「・・・・・・忌々しいものだ」
「それは生みの親にかしら? それとも私にかしら?」
「どっちにも、だよ」
「あらあら。事実を言っただけで随分と嫌われたものね」

 笑うような女性の声に、対する闇の中から舌打ちが小さく響く。

「ふふ。行儀が悪いですよ?」
「君は相変わらず性格が悪いな」
「ふふふ。そう褒めないでください」

 愉快そうな雰囲気を崩さない女性へと、闇の中で再度小さく舌打ちが響いた。

「まぁ、戯れはこの辺りでやめておきましょうか」

 クスクスと笑うような声音でそう言うと、女性は手を二回叩く。

「御呼びでしょうか?」

 それに呼応して奥から現れたのは、暗褐色で爬虫類にも似た艶めかしい肌を持つ女性。その女性は奥から前に歩み出ると、玉座に腰掛けている女性へと恭しく頭を下げる。

「準備の方はどうなっていますか?」
「女王の御心のままに、いつでも」
「流石ですね。では、そろそろ次の相手と遊びましょうか」
「それでは、出兵の準備をしてまいります」
「ええ、頼みます」

 恭しくお辞儀をした女性は、奥へと消えていった。

「次はどこに?」

 その質問に、女性は薄っすら笑みを浮かべる。それはとても嫌らしい笑みであった。

「西ですよ」
「西のどこだい?」
「西で残っている場所など限られていると思いますが?」
「・・・そうかい」

 抑えたような冷えた声に、女性は機嫌の良い笑みを浮かべる。

「ふふ。やはり貴方はそういう姿がよく似合いますね」
「・・・君もね。そういう姿が堂に入ってるよ」
「それはありがとうございます」

 相手の不機嫌そうな声にも、女性はただただ機嫌よく笑うのみ。
 そんな緊迫しつつも、僅かに弛緩した空気の中、再度奥から先程の暗褐色の肌を持つ女性が姿を現す。

「女王。準備が整いましたが、いかがいたしましょうか?」
「全員連れてきましたか?」
「はい」

 女性の返事に、玉座に腰掛けた女性は首を動かし奥へと目を向ける。

「・・・ふむ。準備は出来ましたか。ですが、これでは少ないですかね? 質は悪くないと思いますが・・・どうも私は相手を過大に評価してしまう癖が在るようですから・・・ふむ」

 そう言うと、女性は奥に向けていた視線を、先程まで話していた相手に移す。

「貴方を基準に考えてはいけませんし・・・帰ったもう一人の方を基準にしたとしても、やはりこんなものですかね」

 納得したように頷いた女性は、命令を待っている女性へと顔を向ける。

「それでは、連れていってください」
「ハッ!」

 恭しく頭を下げた女性は、連れてきた兵士達を連れて奥へと消えていった。

「さてさて、どれぐらい楽しませてくれるのでしょうね」

 女性は意味深に微笑むも、話し掛けた相手は黙したまま、女性に背を向け去っていく。
 それを見送った女性は、楽しげな声を出す。

「ふふ。さてさて、貴方はどうするのでしょうね? 邪魔はしないでしょうが、するようなら容赦しなくて済むのですが・・・ああ、そうならないでしょうか」

 女性は心底楽しみといったようにそう呟くと、玉座の背もたれに体重を預けて周囲に誰も居ない闇の世界に目を向けた。

「この光景こそが世界のあるべき姿だと思うのですが・・・まぁ、我が君の意向こそが全てにおいて正しいので、私に異論はありませんが」

 そう呟いた女性は、ぼんやりと虚空を眺める。

「内側の清掃は多少済みましたよ、我が君。次は超越者達ですが・・・さて、どうなされるのでしょうか? そろそろ直接その御尊顔を拝したいものですわ」

 何かを迎えるように両手を伸ばした女性は、救いを待つような表情を浮かべた。それと同時に、女性の半身である闇が蠢く。

「あら? 貴方もですか? そうですね、我が君が飼うに相応しいのは我らだけでしょう。あれも含めて全ては邪魔でしかない。我が君を拒んだ旧時代のモノなど全て我らで排してしまいましょう」

 まるで意思でも在るかのように蠢く闇に、女性は静かに嗤う。その姿はひどく煽情的で、それでいて破滅的な妖しさを伴っていた。





「・・・・・・ふむ」

 自分の声以外何も聞こえない闇の中で、オーガストは考えるように呟いた。

「これは・・・どうなんだ?」

 闇の中で蠢く小さな何かを眺めながら、オーガストは考えるような声を出す。

「まぁ、これもひとつの形ではあるが、これでは駄目だな。これでは全てを飲み込んでしまう」

 オーガストが眺めている間にも、それは蠢きオーガストの足に纏わりついてくる。

「・・・残念ながら、君でも僕は殺せないよ。それでもまだまだ足りていない」

 特に何をするでもなく、オーガストは感情の宿らない瞳でその様子を観察していく。

「しかし、君なら僕以外のモノは食べられるかもしれないね。外の世界で構築出来るのであれば、だが」

 うねうねと纏わりつくそれは、オーガストの足から離れようとしない。

「ふむ。中身を啜る存在か。これを外に放てば面白そうではあるが・・・世界は何日保つだろうか? 三日、いや五日は持ちこたえたならば賞賛に値するか。これはまだ生まれて間もないからな」

 考えるようにそれを目にしていたオーガストは、軽く首を振って自分の考えを否定する。

「そんな安直に死を与えてしまっては、その後がつまらないか。それに、世界に慈悲を与えるほど興味もないからな」

 無感情ながらも、微かにその言葉の奥に何かしらの感情の色があった。しかし、この場にはオーガストとその足に纏わりつく謎の物体しか存在しないので、誰もそれを察する事もないが。

「さて、そろそろ満足してくれたかな? といっても、言葉を解する知性までは与えていないから、訊くだけ無駄な事だけれど」

 足に目を向けながら、オーガストは手を一つ叩く。ただそれだけで、あっさり足に纏わりついていた存在は消滅した。

「・・・・・・ま、いい資料になったかな。星幽界を理解しなければ、その先まで駒は進められないからね」

 顔を上げたオーガストは、虚空を見つめながら首を右に左にと振り子のように軽く倒して動かしていく。

「感謝はしているが、もう十分楽しめただろうから、今度はこちらが楽しんでもいい番だろう。さてはて、前回閉じるのに失敗したから、こちらからは何も出来ないと高を括っているだろう愚か者は、その時どんな反応をしてくれるのだろうか?」

 その瞬間を考えたオーガストは、僅かに口角を持ち上げた。ような気がした。





 大結界を張り替えたことで、見回りも早く終わるようになってきた。
 特に足止めを受ける事無く外側と内側の見回りが終わるのだから、大体三日もあれば任務が終わる。それは北側だけではなく南側も同様だ。
 まあそれはそれとして、北側の見回りの途中で、プラタからの帰還の報せが在った。話を聞くに、死の支配者は兄さんが生み出した存在の様で、厄介なのは死の支配者だけではなく、その地に溢れているという死の支配者が生み出した存在もらしい。なにせ、ほぼ全てがプラタ以上の強さだったらしいのだから。
 何とも恐ろしい話だが、あの兄さんが生み出した存在ならば、納得がいくというもの。
 しかし、兄さんからは何も聞かされなかったな。いつもの事と言えばいつもの事ではあるが、少しぐらい話してくれてもいいだろうに。こちらから話しかけても、ここ数日は反応してくれないし、どうしたのだろうか?
 何はともあれ、プラタが無事でよかった。これで安心出来る。
 そんな事が途中にありつつ、南側の見回りも何事もなく終わり、今日から討伐の為に平原に出ていた。

「・・・しかし、ここも変わり映えのない」

 平原も人員が増えたことで安定してきて、平和なものだ。防壁上からも眺めているので、そろそろこの光景にも飽きてきた。まぁ、散歩と思えば問題ないが、お目付け役も付かなくなったことだし。
 とりあえず、前回同様に人混みを避けて移動する。大結界近くを通っても、大結界を攻撃する魔物がほとんど居ないので、救援要請はやってこないから気楽なものだ。
 前回南側へ赴いたので、せっかくだから今回は北側を目指すことにする。
 そうして決めた北側へと、ひたすらに大結界に沿って移動していると、視界ギリギリのところで、覚えのある魔力反応を捉える。

「・・・ああ、居ても不思議ではない、のか? ・・・いや、おかしくはないが、わざわざ頂点が赴くことか?」

 それはジャニュ姉さんの魔力反応。
 現在ハンバーグ公国の要請で、クロック王国から小規模ながら軍隊が派兵されているので、ハンバーグ公国の最強位であるジャニュ姉さんが居てもおかしくはないのだが、それでもわざわざ最高戦力である最強位を手配するほどの事態とも思えない。よしんば要請当時は緊急の事態だったとしても、既に平原は安定しているので、最強位までは必要ないと思うのだが。

「うーん・・・なんでだろう?」

 考えるも、答えは出ない。それぞれの思惑というモノが在るのだろうが、ボクにはその辺りはさっぱりだ。まあとりあえず、関わらないに越した事はないので、少し移動速度を上げて離れていく。
 そうして距離を取ったところで、歩く速度を戻して周囲を窺う。しかし、特にこれといったものはない。魔物相手に防衛は機能しているし、周囲に魔物以外の敵性生物は確認出来ない。
 そんな訳でやることもなかったので、現在彫っている置物について考える。
 置物の進捗状況は、脚部と土台が彫り終わり、胴体部分の作業に入っているが、概ね順調だ。事前に彫っていく位置を決めておくだけで、作業のしやすさが違う。
 それに加えて二度目だからか、彫る速度が結構速くなったと思う。このままいけば、予想以上に早く完成できるかもしれないな。
 頭の中で続きをどう彫るかを思案しつつ、昼夜の別なく歩いていく。大分完成図とそれまでの手順が具体的に固まってきたところで、北側の境界近くに到着する。
 そこから東に移動しながら、南側にも少し寄っていく。そこまでいけば魔物と遭遇する回数が増えていくので、気分転換にはなるかも。
 魔物を倒しつつ進んでいると、そろそろもう一度兄さんに語り掛けてみようかなと思い立つ。ここ十日弱ほど何度か語り掛けたが応答が無いが、どうしたのだろうか?

『兄さん。聞こえる? 兄さん』

 ・・・・・・やはり返答がない。一体どうしたというのだろうか? そう思っていると。

『・・・どうしたの?』

 ややあって声が返ってくる。どこか億劫そうな声。

『最近反応が無かったけれど、どうしたの?』
『・・・ああ、集中していたからね』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・え? それだけ?』
『他に何か?』

 とても不思議そうに訊かれた気がするが、多分気のせいではないだろう。

『いや・・・集中してたって、何かしてたの?』
『・・・ふむ。なんというか、真理の探究? というやつだよ』

 疑問形で答えられ、ボクは答えに詰まる。これは答えたくないという意味なのだろうか? それとも本当に真理の探究をしていたのだろうか? もしくは、自分でもどう説明していいのか分からない、とか? まさかね。

『具体的には?』
『世界の裏をみていたのだよ』
『世界の裏?』
『中々に興味深い世界さ。前に閉じきれなかった理由が少し解った気がするよ』
『ごめん。言っている意味が解らないや』
『大丈夫さ。解るなんて思っていないから』
『そ、そう』
『それで? 用ってのはそれでいいのかい?』
『ああ、違うよ。えっと、この前プラタが魔境に行くって話をしたと思うけれど――』

 そこからはプラタに聞いた話をしていく。それが済むと、ボクは兄さんに問い掛ける。

『それで、兄さんが創った死の支配者ってなんなの?』
『何、とは?』
『何の目的で創って、何の目的で動いているのかと思って』

 ボクのその問いに、兄さんは考えるような間を空ける。

『別に明確な目的はないよ。ただの興味さ。それにめい、彼女は彼女で好きにやっているだけだから、目的なんて本人に訊かないと僕には分からないよ』
『そう、なの?』
『目的がなければ創造出来ない訳ではないよ』
『まぁ、それはそうだけれど』

 しかし、目的もなくあんなに強大な存在を創るものなのだろうか? 興味と言っていたし、興味から? ・・・兄さんなら在り得るかもしれないな。もはや、あんな次元が違う存在が創れることへの驚きさえ無いのだから。

『それで、死の支配者はどんなことが出来るの?』
『どんな? そうだな、創造した当時に僕が出来た事ならば、ほぼ行使可能だよ』
『それって、もう手出しできないってことでは!?』
『・・・今はそうでもないさ。将来的には僕より強くなるように創造したけれど』
『なッ!!』

 兄さんよりも強くなるなんて、そんなの想像も出来ない。確かに魔物創造でも、創造主よりも強くなる魔物は居るけれど、それにしても・・・。

『それで、君はこれからどうするんだい?』
『ど、どうって?』
『相手の戦力が測れないほどに強大なのが判ったが、目的は不明。しかし、近い将来敵対は必至。それで、君は何をするんだい? 座して死を待つのかい?』
『そんなつもりは・・・』
『では?』
『・・・それは、まだ決めていないけれど』
『そう。間に合えばいいね』

 呆れたとか失望したとかではなく、兄さんは流れるような声でそう返す。その反応が、こちらに興味がないのを物語っていた。

『他に何かあるかい?』
『ううん。特には。あ、プラタに案内役をつけてくれてありがとう』
『構わない。それじゃあ』

 それで兄さんとの会話が終わる。とりあえず、何事も無かったことには安堵したが、何をしているかはやはり理解出来なかったな。

「ふぅ」

 兄さんとの会話はどうしても緊張してしまう。最初の頃よりは慣れてきたが、それでもどうしても緊張してしまうのだ。

「さて、次は」

 一応プラタに今の話を伝えておくか。大した事はわからなかったが、それでも念の為に情報の共有は大事だろう。
 そういう訳で、次はプラタへと繋ぐことにした。





「元の肉体から成長した状態を構築。現在の様子から、その肉体に能力の成長具合を適応。その後に魔力の融通をして・・・ようと思ったが、見合わないようなので、それに見合う様に肉体を再構築。能力にも上方修正を加えていき・・・こんなものか? 念の為にもう少し性能を上げておくか」

 オーガストは暗い世界で人間の肉体を構築していく。しかし、それには中身が入っていない為に瞼は下りて微動だにせず、手足も動く事なくだらりと垂れ下がっている。そんな何の反応も示さないままに、その肉体は空中に浮かんでいる。

「ふむ。こんなものか? 元より大分優秀になってしまったが、優秀になる分には問題ないだろう」

 暫くそれを観察したオーガストは、完成したその肉体を躊躇いなく消滅させた。

「実際に創るのは外の世界でだが、これで完成としよう。あとは、いつになるかだが・・・まぁ、もう暫く待ってみるか」

 それで頭を切り換えたオーガストは、次の作業に取り掛かる。

「それにしても、決めてない、か」

 何かを創造しながら、オーガストは少し前に行った会話を思い出す。

「目的は違ったが、元々揃えていた手札でめいには対抗できるのだが・・・めいには寿命もなければ成長の限界もない。時が経てば経つほどに手に負えなくなるというのに。それに、何やら独自に変化していっているようだし、中々に楽しませてくれる。まぁ、めいを滅するのはほぼ不可能なんだが」

 オーガストは足下に蠢く、創造した何かを観察しながら考える。

「それこそ、僕以外であれば、これでなければ難しいかもしれないな。これもまだ試作段階だから、めいには敵わないだろうが」

 不確かな形の身をうねうねと揺らしながら己が足に絡みつくそれへと感情の無い瞳を向けながら、オーガストは思案していく。

「ここには獲物が他に居ないからしょうがないが、無駄と気づけるぐらいの知性は与えないといけないか。知性を与えすぎて、この場所から出られることを理解してしまうのも考えものだが・・・」

 そこで言葉を切ると、オーガストははてと首を傾げる。

「いや、何か問題があるだろうか? 世界の崩壊は別に問題にはならないから・・・ふむ。壊されて困るものもそう多くはないからな。問題はないか。それでも、わざわざ試そうとも思わないが」

 暫く足下の何かを観察していたオーガストは、それを消滅させて、一瞬の思案の後に新たに何かを創造していく。

「星幽界の住人を創れるようになったのはいいが、調整は未だに思ったようにはいかないか。もう少し調節できるようにならなければならないな」

 観察しながら創造したそれは、先程と違い膝丈程の大きさで、多脚の何かであった。

「ふむ。多少知性を与えただけでも、彼我の差ぐらいは理解できるのか。やはり星幽界の住人はその方面に秀でているのだな」

 感心したように呟きながら、オーガストはそれの観察を行っていく。





 プラタとの話を終えた後は、討伐を行いつつ東門を目指していく。
 大結界から離れていくと、魔物との遭遇は増えるうえに人の数も増していくが、その合間を縫って移動しているので、戦闘自体はそこまで多くはない。本当に人の数が多いな。
 しかし、それだけ人が居てやっと安定するのだから、人間の弱さということか。この辺りもどうにかしないといけないが、直ぐには難しい話だろう。
 とりあえず、襲ってくる魔物を片しつつ平原を進んでいると、行きでも感じた魔力を察知する。つまりはジャニュ姉さんの魔力だ。
 このままではジャニュ姉さんの近くを通る事になるので、出会わないように迂回する事に決める。森方面から迂回すると余計に時間がかかるので、ここは大結界方面から迂回していくか。
 進路を南に取って進みながら、東門を目指していく。夜というのもあるが、やはり大結界に近くなると人の数が減っていくからいいな。
 そんな風に暢気に考えながら進んでいると。

「ん?」

 捉えていたジャニュ姉さんの魔力反応が突如として動き出したのを察知する。

「何かあったのかな?」

 行きの時から全然動いていなかったのに急に動き出したので、何かあったのかもしれない。そう思ったのだが。

「んー・・・なんか、こっちに一直線に向かってきているような?」

 迂回している分距離はあるのだが、結構な速度で駆けてきているのを捉えているので、距離が急速に縮まってきている。

「・・・まさかね。と言いたいが、どう考えてもボクのことがバレて、こちらに向かってきている動きだよな」

 どうしようかと思ったが、逃げたところでどうしようもない気がするし、何より流石にここではおかしなことはしないだろう。

「保証はないけれど・・・」

 何せあのジャニュ姉さんだ、問答無用で攻撃してきても何ら不思議はない。

「・・・やっぱりここは逃げるべきか?」

 距離が縮まったとはいえ、それでもまだそれなりに距離はある。こちらも移動しているので、今のままでも追い付かれるまでには数時間は要するだろう。逃げるには十分だが、まあここは諦めて、人が少ない場所で会うとするか。流石にジャニュ姉さんは目立つもんな。ここがハンバーグ公国なのが救いだが。クロック王国ではジャニュ姉さんの熱狂的な支持者が居たから。
 覚悟を決めたボクは、変わらぬ速度で大結界寄りの道を歩いていく。それから数時間が経ち、辺りが明るくなった頃にジャニュ姉さんに追い付かれる。

「久しぶりね。ジュライ!」

 目の前で足を止めたジャニュ姉さんは、息一つ乱さず、にこやかに挨拶してくる。

「お久しぶりです。ジャニュ姉さんが何故ここに?」
「救援要請に応えて来たのよ。ここが抜かれると、クロック王国としても困るからね」
「そうですか」

 やはりそういうことか。しかし、そういうことなら平原が安定した今、やはりジャニュ姉さんはもう居る意味がないような? そんな考えを察したのか。

「私は現場の指揮や統率が主な仕事よ。襲ってこない限りは直接魔物を狩るのはあまりしないわね」

 そんなことを教えてくれるが、では、現場を離れてはいけないのではないだろうか?

「今はジュライを見つけたから、折角なので会いに来ただけよ」

 弾むようなその言葉に、つい微妙な表情を浮かべてしまう。

「ああ、そうそう。先日オクトとノヴェルに会ったのよ!」
「オクトとノヴェルにですか?」
「ええ。なんと! 私のことを覚えていてくれたのよ!」
「そうですか。えっと・・・」

 記憶を探るに、ジャニュ姉さんはオクトとノヴェルが大分幼い頃に別れたんだったか?

「それはよかったですね」

 その事を思い出してそう返すと、ジャニュ姉さんは嬉しそうに頷いた。やはりそうか。

「二人は警邏中だったんですか?」
「ええ。クル殿と一緒に警邏していたようね。ジュライも会ったのでしょう?」
「え? ええ、そうですね」
「三人に聞いたわ。この前会ったって」
「そうでしたか」
「それで、あの大結界はジュライが創ったのでしょう?」
「え? 何故ですか?」
「そんなの、貴方以外に居ないからよ。あんなもの創れる存在が」
「そうでしょうか? 探せば居そうですが」

 ボクの言葉に、ジャニュ姉さんは声を出して笑う。

「居る訳ないじゃない。ジュライ以外だとしたら、それこそオーガストぐらいよ」
「そうですか?」
「ええ。でも、オーガストの場合はあんな感じで手を抜いたりしないから、やはりジュライってことになるわね」
「・・・まぁ、そうですね」

 流石に身内であるということか。

「よく判りましたね」
「当たり前じゃない」

 そう言うと、ジャニュ姉さんは少々危険な笑みを浮かべる。

「オーガストの事ならこれぐらいは解るわ!」
「そ、そうですか」
「ええ。それに伴いジュライの事もね」

 危険な笑みを引っ込めたジャニュ姉さんは、代わりに姉らしい優しい笑みを浮かべる。どうやら、今回はそこまで暴走しないで済みそうだ。流石にそこは分別があるのか、それとも兄さんではなく、相手がボクだからなのかな?

しおり