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第二百九十二話

「やぁ」

 相変わらず隙の一つのない無敵な爽やかさで、ハインリッヒは手を挙げて挨拶してきた。
 毎回毎回思うけど、本気でこの人タイミング良過ぎるな!
 狙ってるとしか思えない。というか狙ってる。絶対狙ってる。きっと《神託》の能力を無駄に使って。
 ジト目でハインリッヒを見ながら思っていると、ハインリッヒは少し困ったような表情になった。

「あ、あの。たぶん何もしてないはずなのに何でそんな咎めの視線がやってくるのかな? っていうか約一名すっごく興奮してる気がするんだけど」
「にっ、にっにっ、にっ。にいさっ……!」

 兄様とさえ言えないアリアスのことだ。
 ハインリッヒの性格だからアリアスに対してもいつもサプライズしてると思うんだが、慣れてないんだろうか。うん、きっと慣れてないんだろうなぁ。
 実にアリアスらしい。とりあえずしばらく放置していても大丈夫だろう。
 そこまで判断したところで目線を変えると、セリナが口を開いた。 

「それはきっと色々な何かが重なったからだと思いますが……とりあえずお話を聞きましょうねぇ」
「何だか怖いなァ。まぁいいけど。それで、ヴァイオレット・ハンス大公の件だけど」
「ああ、近寄る方法があるとか。どういうことですか」

 俺は居住まいを正しつつ訊く。

「うん。今、彼は困った事態に巻き込まれていてね。大変みたいなんだ。何とかしたいんだけど、表向きからは干渉することができない。そこで極秘任務として個人依頼を出して、処理してもらおうと考えているらしいんだよね」
「それを、俺が受注して解決すれば大丈夫、と?」
「その通り。まぁどうあがいても君に来ることはないんだけど、僕が仲介すれば大丈夫って話」

 笑顔でハインリッヒが解説する。俺は直感で悟った。
 あ、これメンドくさいの押し付けられるパターンや。
 だが既に時遅し。今の状況ではもうハインリッヒの押し付けを聞かなければ、今回やってくるであろう絶好の機会を逃すことになる。これを逃したら、どうなるか……。

「それは滅多にない機会ですねぇ。大公が個人依頼を出すなんて」
「うん。基本的には私兵やお抱えの冒険者たちで解決させちゃうからね。一〇年か二〇年に一度あるかどうか、だよ」

 ああ、うん。つまり俺に断る余地は一切合切ないってことね。これ。
 ちょっと頭痛がした。
 もし俺がこれを断った場合、自力で貴族のドロドロした関係に首を突っ込んで立ち回ることになる。考えただけで寒気がしそうだ。王都の場合、貴族の失脚というのは余り耳にしない。なので、そこまででも無さそうだが、やはり権力闘争は避けられない部分はある。

「で、その仲介をするのはもちろん吝やぶさかではないんだけれどね?」
「へいへい。何かお願い聞けばいいんですね」
「うん。話が早くて助かるなァ。さすがグラナダくん。僕の愛弟子なだけはあるよ」
「言い方! ちょっと嘘っぽいその言い方!」

 なんで俺の師匠になるような人たちは変なのが多いんだ。

「クァーレの東地方がちょっとざわついてるってのは知ってるよね」

 俺の嘆きをよそに、ハインリッヒは話を始めた。

「ああ、確か、焔が自分で出張れば問題ないって言ってたけど」
「うん。それがどうしてか僕の方にやってきちゃってね」

 後頭部をかきながら言うハインリッヒ。何した。あんた何した!
 それでメンドーなことを俺に押し付けてくる当たりがハインリッヒらしい。これも全部計算でやってるんだからちょっとムカつくんだけど。

「ということで、東の方のゴタゴタをどうにかしてあげて欲しいんだ」
「その、具体的に何がどうゴタゴタしてるんですか?」
「平たく言うと、民族紛争だね。オアシス同士でひどく争ってるらしい。しかもそれが一つのオアシスじゃなくて、幾つにも波及しているんだって」

 すっげぇメンド臭そうだな、それ。
 内乱が内乱を呼んで大きくなるパターンか。波及してるってことは、もうグズグズになってるんだろう。

「なんで争ってるんですか」
「お互い気に入らないから」
「単純ですけどすっげぇメンドーですねそれ」

 即答され、俺は頭を抱えた。
 この場合だとどちらかに立って相手を倒す、という分かりやすい手段が取れない。調停役として互いの主張を聞いてすりつぶし、仲裁しなければならない。
 話が分かるような相手だったら良いけど、そうじゃないから争ってるんだろうしなぁ……。

「というわけだから、よろしくね。君が引き受けてくれるっていうのは僕から焔ほむら様に伝えておいてあげるから」
「え、兄さま、どこに行くんですか?」
「僕は王都へ報告してからまた任務かな? それじゃ」

 手を挙げ、ハインリッヒの姿は捻じ曲げて消えた。転移したか。
 本当に忙しい人である。絶対にああなりたくない。

「それにしても厄介だな」
「どうしますか、ご主人さま」

 早速やる気を見せているのはメイだ。

「んー……真正面から行くのは正直イヤだな」

 絶対戦いに巻き込まれる。もちろんそうなっても負けるつもりはないが、連中の場合、死ぬまで戦ってきそうで怖い。というか後味悪そうだ。
 もちろん焔ほむら辺りなら容赦なくするんだろうけど、俺としてはちょっとやりたくない。

「そうね、正直に仲裁してもむしろ牙剥いてきそうな勢いよね」
「というか、それが原因で手を組んで一大勢力とかになりそうなんですよねぇ」

 アリアスとセリナも難しい顔で同意を示す。
 いや、ん? っていうか、それ、使えるんじゃねぇか?
 俺は少し考える。
 アイデアとして悪くない。少しいじくれば、どうにかなりそうだ。

「……書状、だな。ポチ、焔を呼んでくれるか?」
『承知した』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二日後。
 俺たちはクータの背中に乗りながら移動していた。相変わらず厳しい陽射しだが、俺の開発した魔法で日よけを作っていて、かなり暑さは軽減されている。
 向かうは、東の中央、ヴィントーレ。
 小競り合いを続けているオアシスたちからも近い。今頃、その連中の頭領どもが集まっているだろう。

「着きましたね。ご主人さま、本当にこのまま降りるんですか?」
「ああ。大丈夫だ」

 メイの確認に、俺は頷く。
 ヴィントーレを選んだのも、ドラゴンであるクータが着地出来るだけの広さを持った広場があるからだ。
 事前の打ち合わせ通り、クータがゆっくりと優雅に降りていく。
 地表が近づくにつれ、人だかりが見えた。
 頭領とその取り巻きたちだ。明らかに動揺している。

「さてさて、無事に終わると良いですねぇ」
「大丈夫だ。奴等だけをぶっ飛ばせば良いんだし」

 セリナの心配を俺は吹き飛ばす。
 あの後、俺は書状を連中に送り付けた。焔ほむらの精霊を使って、且つ、焔ほむらの勅令状であることを示す印を使って。
 内容は単純だ。

 今日、ここに集まること。それまで争いは止めること。そして、焔ほむらが直々に用意した調停者と勝負をすること。負ければ直ちに争いをやめる。勝てば、好きにして良い。

 分かりやすく、そして焔ほむららしいやり口だ。いやまぁ考えたの俺だけど。
 それだけに焔ほむらもノリノリだった。
 同時にそれは、獣人にとっても分かりやすく、同意しやすいものである。俺としても、いちいち色んなトコへいく必要がないから楽だし、一回で手早く終わらせることが出来る。

 音を立てて、クータが着地した。もちろんワザとだ。
 風圧が広がって、どよめきが起こる。武装した獣人たちは一様に警戒の眼差しを送ってきていたが、俺はそれを無視して降り立った。隣にはブリタブルだ。
 続いてメイ、ルナリー、セリナ、アリアスが降りてくる。

「さて、まずは自己紹介ってとこかな」

 俺はわざとらしく、砂漠用の分厚いローブのフードを取る。

「良く集まってくれたな? オアシスの頭領たち。俺は狼。焔ほむら様から直々に調停者としての任を授かったものだ」

 ざわめきが大きくなった。みんな、「人間……?」と口々に言っている。
 そりゃそうだ。よっぽど強い、それこそ闘技場で優勝するような傑物が来ると思っていたのだろう。まぁ俺はそれで優勝してるし、その時の名前を敢えて名乗ったんだけどな。

「ちょ、ちょっと待て。狼って言ったら、あの……!」
「闘技場で優勝どころか、あの主催者のギラを寄せ付けることなくぶちのめしたっていう……!」
「確かアレだろ、跡形も残らずに……!」

 予想通り、狼という名前のネームバリューは凄まじい効果を見せた。
 応じて俺は一気に魔力を解放する。《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》も展開して、全身に稲妻を纏った。
 それだけで、周囲のほとんどが戦意を喪失していく。
 うんうん、良いぞ、予定通りだ。
 これでこのまま俺が話をして、争いはやめろって納得させればおしまいだ。

「良く知っていてくれて嬉しい。じゃあ早速本題に入らせてもらうけど、俺としては、穏便に話を進めていきたいんだ。あんたらが勇猛な獣人だっていうのは良く分かってる。だからこそ、互いを認め合うという強さも見せて欲しい」

 風の魔法を使って、俺は声を轟かせる。

「別に仲良しこよしをしろって言ってるんじゃないんだ。そもそも焔ほむら様だって、互いにケンカし合うのは容認してるワケだし」

 っていうか放置してるだけなんだけどな、実態は。とはいえ、それを言ってしまうのは本末転倒である。
 俺は両手を広げた。

「けど、あんたらの争いはちょっと違うだろ。聞いたぜ。召喚魔法を使って魔獣や、魔族をも呼び出して争ってるんだってな。それはちょっといただけないって話だ」

 召喚魔法は実際、かなり繊細なコントロールが要る。ブリタブルたちを見ていて思ったが、獣人たちは基本的に魔法に対して雑だ。いつ変に作用して、おかしな魔族を呼び出すか分かったものじゃない。
 焔もそこを気にしていたのだ。

「だから――……」
「うるせぇっ! そんなの俺たちの勝手だ! そもそも我らの争いにルールなどないのだからな!」

 声を高らかに反論してきたのは、勇ましい狼にも似た隻眼の獣人だった。
 たぶんだけど、コイツ、召喚魔法を使ってる部族の頭領だな。
 そんなパターンも予想している。俺は真正面からソイツを睨みつけた。

「じゃあ……殺し合うか?」

 ゆらりと殺意を漲らせると、頭領が数歩下がる。睨み合いだけで力量差を察せられるのは、強さの証だ。

「いや、そんなことはしねぇ。俺らに勝ち目はねぇからな。だから、俺たちの提示する方法で勝負してもらうぜ!」
「……ほう?」

 これはちょっと予想外だ。頭をひねって来たらしい。
 促すように顎を引くと、獣人はニヤりと笑った。

「勝負の方法は――……料理対決だ!!」

 ババンッ! とどこぞから響いてきたSEと共に言い放たれたのは、完全に予想外の言葉だった。

しおり