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うそつきピエロ①



翌日 朝


今日は学校へ、瀬翔吹優は一人で登校していた。 いつもなら近くにはコウがいるはずなのだが、今日隣には誰もいない。
今も立川は、朝だというのにたくさんの人で賑わっている。 たくさんの人々が行き交う中、優は一人昨日のことについて考え込んでいた。

―――どうしてコウは、俺に本当の気持ちを言ってくれないんだろう。

彼は小さい頃からそうだった。 優とコウが仲よくなったのは小学校2年生の時。 その時から、コウはこういう性格だったのだ。
自分が苦しい目に遭っても痛い目に遭っても、弱音を吐かずに誰にも言わずにいつも自分一人で抱え込む。 
もし誰かがコウを助けようとしても、わざと彼は助けに来る人を突き放していた。 その人が、自分のせいで巻き込んで酷い目に遭ってほしくないという理由から。
そして、必ず言うのだ。 『俺は大丈夫だよ』と。 優はそんな彼のことを“可哀想だな”と、何度も思った。 
だが『俺に気持ちを打ち明けてほしい』と言っても、当然聞いてはくれない。 

小学校の頃から――――そうだったのだ。 だがある時を境に、ほんの少しだけ優を頼ってくれるようになった。 その時は凄く嬉しかったのだ。
だけど結黄賊に入ってから、彼はまた自分一人で抱え込むようになった。 信頼できる仲間ができて、彼らが傷付かないようにするために。
一人で溜め込んで、困って、悩んで。 みんながそんな彼に気付いて『悩みを打ち明けてほしい』と言っても『俺は大丈夫』とまた言うのだ。
そして結局は、コウ一人で解決してしまう。 だから優は今まで彼をそのままにしておいた。 自分で解決してみんなとの日常がまた普通に送れるのなら、このままでいいと思った。
コウに、無理して言わせたくなかったから。 

だが――――今は違う。 今回は違うのだ。 今回は、暴力を振るわれていた。 そうなると、傷やアザが多くなり誰でもすぐに気付きやすくなる。 
だから彼一人では抱え込めないのだ。 どうせ――――みんなにバレてしまうのだから。 どうにかして彼から事情を聞いて、今すぐにでも助けてあげないといけない。 

―――もう・・・言ってくれるよね? 
―――コウの本当の気持ちを、俺に聞かせてくれるよね?
―――『もう俺は苦しいんだ、一人で抱え込むのは苦しい。 だから、俺を助けてほしい』って、言ってくれるよね? 

優はずっと待っていた。 コウが自分に『助けてほしい』と、言ってくれるのを。 

―――・・・ねぇ、コウ? 
―――君はいつまで、一人で抱え込んでいるの? 
―――いつになったら、本当の気持ちを俺に聞かせてくれるの? 
―――ねぇ・・・コウ。 
―――教えてよ。

優は仲間から貰ったリュックを背負い、今日は登校した。 だが、みんなに見せびらかしたいという気持ちは起きなかった。
とにかく教室へ着いたら、すぐにコウのもとへ行って聞くのだ。 『昨日は何があったのか』と。 

―――もう、教えてくれるよね?

今朝、コウからメールが届いていた。 『朝先生に用事があるから、早めに学校へ行くね』と。 そのことに関しては、何も気にしなかった。 
コウが学校に来てくれるのならそれでいい。 

優は覚悟を決めて、教室のドアを開いた。 2組の教室の光景は、普段と何も変わらない。 みんながいくつかのグループに分かれ、楽しく会話をしていた。 
そんな中、一人コウの姿を捜す。 そして、すぐに見つけたのだ。 自分のバッグから教科書などを取り出し、授業の支度をしている――――彼の姿を。
「コウ!」
名を呼びながら、走ってコウのもとへと駆け寄った。 そして、着いて早々彼と目が合う。
「おはよ、優」
「・・・え」
だがその瞬間、一つの異変に気付いた。 
「どうした?」
何も言えず固まっていると、コウは不思議そうな顔をして優の顔を覗き込んでくる。 そんな彼に対し、慌てて目をそらした。 だが、優は気付いたのだ。 

コウの顔が――――無傷だということに。 

―――どうして? 
―――昨日は、あんなに傷だらけで血もたくさん流れていたのに。

「優、もうすぐでホームルームだよ。 早く席へ着きな」
「あ・・・。 うん」
言われた通り、一度諦め自分の席へと向かった。 優の席は一番後ろ。 コウは優と同じ列の4つ前の席にいる。 そしてもう一つ、違和感を感じたことがあった。 
それは、コウが言った言葉だ。 

―――昨日あんなことがあったのに、どうしてそんなに笑っていられるの? 
―――どうして、普通に話しかけてくれるの?

まるで昨日の出来事が――――何もなかったかのように。 

ホームルームが終わり、みんなが1限目の支度を始めた。 1限目は体育だ。 
―――俺も、着替えるかな。
急いで着替えてから、再びコウのもとへと向かった。 『一緒に行こう』と言うために。 だが――――優は彼の姿を見て、また固まってしまったのだ。
「コウ? 体育の授業には出ないの?」

コウは体操服には着替えず――――制服のままだった。

「うん、今日はちょっとな」
「どうして? 風邪?」
「いや。 とにかく、今日は無理なんだ。 授業は見学する。 ほら、行くよ優」
そう言って、優を置いて先に体育館へと行ってしまった。 この時優は、もう一つ気付いたことがある。 それは、コウが腕まくりをしていないということだった。 
いつも彼は少し腕をまくっていて、そこからはカッコ良いブレスレットがいくつか顔を出し覗いていた。 だけど、今日は違う。 
ということは――――コウは腕を見せたくなかったのだろうか。 

そうなると、体育を休んだのは半袖になって腕を見せたくないから――――

―キーンコーンカーンコーン。

―――ヤバい、チャイムだ! 
チャイムの音が聞こえ、慌てて体育館へと向かう。 今日の学校生活では、コウとは普通に話すことができた。 一緒に行動もしたし、一緒に昼食もとったしいつも通りだった。

そして何事もなく放課後を迎える。 優は普段通り、コウのもとへ向かった。
「コウ、一緒に帰ろう!」
これもいつも通りの言葉を口にする。 だが――――彼からの返事は、普段通りの言葉ではなかった。
「あ・・・悪い。 今日はちょっと無理なんだ」
「え? そう、なんだ・・・」
「ごめんな? また一緒に帰ろう。 それじゃあ、また明日」
そう言って、彼はまた優を置いて一人で帰っていった。 
―――・・・しょうがない、こうなったら尾行するか。 
もしかしたら、また昨日みたいにコウが暴力を振るわれるかもしれない。 もしその現場に遭遇したら、絶対止めに入ってやるのだ。 尾行することはプラスでしかない。 
そう思った優は、彼の後を付けることにした。 優とコウの家はとても近い。 アパートを出て、走って10秒くらいで互いの家に着く。 
本当はもっと、コウと近いところに住みたかったのだけれど。 

そして――――コウを追いかけること、10分。 現在、見慣れた道を歩いている。
―――何だ、特にいつもと変わりがないじゃないか。
彼は特に寄り道もせず、そのまま自分の家へと向かっていた。 
―――これじゃあ、尾行した意味がなかったな。
と、思った矢先――――コウは自分の家に続くルートとは、違う道へ入っていく。 見失わないように、走って彼を追いかけた。
―――・・・本屋?
コウは本屋へ入っていき、外で待つこと15分。 彼は店から出てきた。 本屋の袋を持っているということは、何か買ってきたのだろうか。
そして尾行を続けると、次は大きなスーパーへ入っていく。 そして待つこと更に20分、彼がスーパーから出てきた。
コウは本屋の袋とスーパーの袋を持ったまま、携帯をいじりながら道を歩いていく。 そして、横断歩道を渡った。
―――・・・あ、マズい!
自分も横断歩道を渡ろうとすると、運悪く信号が赤になってしまった。 そわそわしながら変わるのを待ち、青になってからすぐにコウが行った方向へと走る。
渡り終えた後周りを見渡したが、そこには既にコウの姿はなかった。
―――・・・あーあ。 
―――見失っちゃったか。 
―――今日はもう諦めようかな。 
―――見失ったらもう仕方ないし。 
―――・・・また明日、コウを尾行してみよう。
そう思い、自分の家がある道へ入ろうとした――――その時。

「優」

―――え?

突然名を呼ばれ、声のした方へ振り返った。 そこには、先刻までいなかったはずのコウの姿が目に入る。
「優? どうしてこんなところにいんの?」
そう言いながら、彼は優しく笑った。 
―――・・・マズい、どうしよう。 
見つかった時の理由なんて、考えていなかった。 そのため適当に誤魔化すよう、笑いながら返していく。
「え? え、俺? あー、迷子になっちゃったかなー、ははッ」
「・・・そんなバレバレな嘘、俺が信じられると思う?」
「・・・」
その言葉を聞いて、優は黙り込んだ。 『コウを尾行していた』なんて、言えるはずもない。

「もしかして、俺を尾行していた?」

「・・・え!?」

―――・・・はは。 
―――バレて・・・いたんだ。 
やはり、コウは何でも優のことが分かってしまう。 だがどうして、優は彼のことがこんなにも分からないのだろうか。 
コウのことを分かろうとしているのに、何故か分からない。 

コウのこと――――全てが。

「・・・ごめん」
とりあえず、素直に謝ることにした。 この重たい空気から早く逃げたかったから。 
―――コウは・・・許してくれるかな。
「いいよ、別に」
―――あ・・・。 
―――そんな簡単に、許してくれるんだ。 
だけど優は何も言えなかった。 本当は昨日のことについて聞き出したかったのだが、怖くて言えなかったのだ。 
しばらく何も言わずに突っ立っていると、コウは口を開いてこう言葉を発する。 それも――――優しい表情をして、笑いながら。

「優。 俺ん家、来る?」

その言葉に、優は素直に頷いた。


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