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北野の休日④




よし。 これが最後の話だ。 北野が結黄賊に入った時の話をしよう。 また、保健委員会で帰りが遅くなった時のことだ。 
見慣れた帰り道を、何も思わず普通に一人で歩いていた。 まぁ――――いつも一人なのだけど。 委員会がある時は、あの転校生はいじめてこなかった。 
委員会の集まりは二週間に一回。 だからその日は、北野にとって幸せな日でもあったのだ。
“今日も一日が無事に終わってよかった”と安心した気持ちで帰っている中、また誰かが話している声がふと耳に届いてきた。

だが今度は、喧嘩をして言い合っている声ではなく――――賑やかで、楽しそうな声が。

「ははッ、俺たちだせぇー」
「ほとんど怪我していないの、コウ先輩だけですね」
「コウ先輩は本当に強いっすよね!」
「いや、春馬たちも負けてねぇよ」
「やっぱり、喧嘩は勝ってもこんなみっともない姿になっちゃ、強いって言えないよねー」
「ユイー。 ユイはどうして相手を怪我とかさせないで、倒すことができるんだ?」
「あぁ、それ俺も思った。 何で将軍は『そんな特殊能力で戦ってますー』的な喧嘩ができんの?」
「んー? んなもん、俺は知らねぇよ」
「リーダーだけ、そんな力を持っていてもなぁ」
「こんな血だらけだったら、結黄賊じゃなくて結赤賊だな」
「止めろ、黄色を汚すな!」

―――・・・何、これ。

北野は自分が知らないうちに、声のする方へ自然と足を進めていた。 どうして見てしまったのだろう。 どうしてここまで来てしまったのだろう。 
もう後戻りは――――できないというのに。
今見たものは、20人くらいの男子高校生が大きな輪になって地べたに座り、みんなが笑いながら楽しそうに会話をしている光景だった。 いや、そんなことはどうでもいい。 
その様子は普通にあってもおかしくない。 本当に言いたいのは――――この異様な光景のこと。

北野が見たのは、みんなは傷だらけで、彼らが身に着けている黄色い布は血で真っ赤に染まっているものだった。

この間、結人が血を流してその場に倒れ込んでいた時と同じ。 それが今回は彼だけでなく、他にも北野の知っている人が何人かいた。
―――てことは、みんなは俺と同じ学校・・・?
“将軍” “結黄賊” “リーダー” 一体何の話だろうか。 だがあの中に、結人がいるのは確かだ。
―――どうしよう、見なかったことにしてこの場から離れた方がいいよね? 
―――うん、きっとそうだ。 
―――早く、この場から逃げないと・・・!
どうして足が震えるのだろう。 もうこんな光景は見たくない――――早く――――早く――――

―カラン。

―――・・・え?
「ッ、誰だ!」
空き缶だ。 北野は身体を正面に向けたまま後ろへ下がっていたせいで、知らない間に空き缶に触れてしまっていた。
「誰かそこにいんのか?」
―――ヤバい、どうしよう。
誰かが近付いてくる。 このままだと、必ず見つかる。 早く逃げないと。 でも、どうして。 
―――どうして、足が震えて動けないんだ!
「おい、誰だよ!」
―――どうしよう。
「椎野、いいよ。 俺が行く」

もう――――終わりだ。 

―――このまま俺もやられて、終わりなんだ。
―ジャリ、ジャリ。
誰かが近付いてくる足音がする。 もう逃げられず怖くなり、その場で目を瞑った。 やられる覚悟を決めて。 だが、その時――――

「・・・北野?」

―――え?

今北野の目の前に立っていたのは――――この前見た姿と同じ。 血で赤く染まった黄色いバンダナを首に巻いている、色折結人という少年だった。
「どうして・・・ここに」
「・・・」
そう問われるが、何も言えない。 彼一人ならまだしも、今は他にもたくさん人がいた。 こんな光景、結人も見られたくはなかっただろう。 だけど、見てしまった。 

この、酷く惨めな姿になっている結人――――そして、彼らの姿を。 

結人もこの先は何も言葉を発さなかった。 いや、言葉が出なかったかもしれない。 ここは謝って、今すぐにでもこの場から去った方がいいのだろうか。 
それとも――――それとも――――
「ユイー? 誰だったんだよ」
「「・・・ッ!」」
突然近くから声がして、北野と結人は同時にその声の主の方へと目を向ける。
「あ・・・。 未来」
「・・・え、北野? 北野どうしてここにいんの?」
関口未来。 彼とは、今現在北野と同じクラスの生徒だった。 教室ではいつも騒いでいて、先生からもよく注意されている。 そのため、彼のことは結構憶えていた。
そして隣のクラスの中村悠斗と一緒に行動している姿を、よく見かける。 
―――どうして関口くんも、ここに・・・。
「未来、いいから未来はみんなのところへ戻っていろ」
「え? どうして」
「いいから戻っていろ!」
「ッ・・・」
そう言いながら結人は、未来の背中を押し無理矢理この場から離れさせた。 そして、溜め息をつきながら北野の方へ身体を向け直す。
「北野。 そのー、これはー・・・」
「・・・手当て」
「え?」
「手当て、させて」
この場から、一秒でも早く逃げ出したかったわけではない。 結人の姿を見て、負の気持ちは何故か治まったのだ。
とにかく、彼を今すぐにでも助けてあげたかった。 血だらけになっている結人を、これ以上は見たくない。 早く――――助けてあげたい。

自分のことを唯一“友達”だと言ってくれた、ただ一人の大切な友達を、このまま見捨てたくはない――――

「・・・いや、だから北野」
「ここで待っていて! すぐに戻ってくる。 みんなのことも、手当てをするから!」
そのまま結人の返事も聞かずに、北野はこの場から走り去った。 

走って、走って――――走って。 急がないと。 急がないと。 もっと早く。 もっともっともっともっともっと早く。 早く戻って、彼のもとへ――――

「・・・北野」
「・・・」

―――待っていて・・・くれたんだ。 

正直、もうみんなは帰ったのかと思っていた。 ここから北野の家までは、走って往復してでも15分、20分はかかる。 
友達でもない自分が、勝手に『ここで待っていて』と言い捨てて、そのままこの場から離れて。
『北野は逃げたんだ、だからここへはもう戻ってこない』と、誰か一人でもそんなことを思っていても仕方がないと、この時は思っていた。 だが――――違ったのだ。 
みんなはここにいる。 そう、みんなはここにいたのだ。 結人が――――北野のことを、迎えに来てくれたかのように。

「北野。 ・・・来てくれて、ありがとうな」

結人は、優しい笑顔を見せながらそう言ってくれた。 北野は彼の言う通り、後輩から手当てをしてあげた。 
本当は一番最初に結人を手当てしたかったが『俺は最後でいいから後輩から先に手当てをしてやってくれ』と言われたため、彼らから手当てをする。
「おいユイー! 何で俺たちが最初じゃないんだよー!」
「うっさいぞー、未来。 未来は少しでも後輩思いになれ」
最初、結人は『本当に俺たち全員を手当てしてくれるのか?』と聞いてきたので、北野は『もちろん』と答えた。
手当てに必要な救急箱の中身は、もしなくなってしまっても家に帰ればいくらでもある。 だから全然問題がなかった。 それに結人の大切な友達なら、文句も何もない。 
寧ろ、是非手当てをさせてほしいと思った。 
そうすることによって、ここにいるみんなが喜んでくれて、結人も笑顔になってくれることが――――北野にとって、凄く幸せだったから。

そして最後――――結人を手当てしている時のこと。
「なぁ北野。 ・・・本当に、ありがとな」
「別に、感謝されるようなことはしていないよ」
「・・・俺、決めた」
「何を決めたの?」
「・・・北野に、決めた」
「・・・え?」
結人が何を言っているのか全く分からず、手当てをしている手を止め彼のことを見た。 すると結人も、北野のことを見ていた。 
普通なら、目が合ったらすぐにでもそらしていたはずなのに――――この時は違う。 何故だか、彼のことをずっと見ていられたのだ。
「ユイ、何を言っているの・・・?」
そう聞くと、結人は迷わずに口を開く。
「チームの最後の一人、北野に決めた」
「え?」
「この借りは返しても返しても返し切れない。 だから頼む!」
「いや、だから、ユイは何を言っているの?」
「北野が嫌がらせを受けているっていうことは、みんなには内緒にしておくから!」
「・・・ごめん、全然意味が分からないよ」
頑張って彼の発言を理解しようとしたが、やはり無理だった。 そんな北野に――――結人は次に、こう言ってくれたのだ。
「分かった、改めて言おう。 北野には、結黄賊に入ってほしい」
「ケッキゾク?」
「さっきも言ったけど、この借りは絶対に返し切れない。 俺は北野をあのいじめっ子から守るから、北野は俺たちの手当てをしてほしい。 ・・・いいか?」
「でも、それは・・・」
「だーかーら。 これで、おあいこな」

そう言って、結人はあまりにも眩しい笑顔でこちらを見てきたため――――断れずに、OKしてしまったのだ。

「よーしッ! 北野、これからもよろしくな!」
「よろしくお願いします、北野先輩!」
「北野! 今日から北野も、俺たちの大切な仲間だぞ」

返事にOKしてからすぐ、結人は北野のことを結黄賊のみんなに紹介してくれた。 もうこの瞬間から、北野は結黄賊のメンバーに加わったみたいだ。
後輩や、一度も関わったことのない夜月たち。 そして今同じクラスの椎野や未来も、加わることを歓迎してくれた。
そして結黄賊のことは、その後みんなから教えてもらった。 連絡先も交換した。 みんなは北野のことを“友達”“仲間”だと言ってくれた。
この時から、北野の苦しかった日常が楽しいものへと変わったのだ。 凄く幸せだった。 こんな気持ちは、何年以来だろうか。 結人と――――出会えてよかった。 

―――本当はもっと早く、ユイと出会いたかったんだけどね。 

でもいいのだ。 結人と出会うことが、必然だったのなら。 あとこれは後日、結人から聞いた話だ。 
先程“家まで救急箱を取りに行って、あの場へ戻ったらみんなはそこにいてくれた”と話した。 その時のこと。 みんなは、あの時『早く帰ろう』と実際は言っていたらしい。 
『どうせあのまま逃げたんだろ』と。 だけどそんなみんなを、結人は止めてくれていたみたいなのだ。 『もうちょっとだけ待ってほしい』と、みんなを説得しながら。
でも、いいのだ。 そんな風にみんなは思っていても、今の自分は幸せだから。 

それで――――いいのだ。


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