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執事コンテストと亀裂⑤⑦




翌日 朝 沙楽学園1年5組


「え、マジで同棲してくれんの!?」

念のため確認するようもう一度聞くと、藍梨は何も言わずにただ笑顔で頷いてくれる。 
今朝、教室に入った瞬間藍梨は結人の目の前まで来て、同棲することを承諾してくれたのだ。
「じゃあ今日から? 今日からでいいの?」
「うん、いいよ?」
あっさりとそう答える彼女に、少し戸惑う。
「あー、じゃあ今日の放課後は藍梨ん家行って荷物を持ってくるか、いやでも全部は持ってこれないから明日も使って、いやでもそれよりも先に・・・」
「?」
―――あれ、俺は今何を言ってんだろう。 
―――何を話してんだろう。 
藍梨とこれから一緒に過ごせる時間が増えたと思い、嬉し過ぎて声が震えてしまっている。 そして頭も興奮状態になっているのか、上手く働いてくれない。
「結人はやっぱり可愛いね」
「え? ・・・何だよそれ」

―――何だよ急に、そんなことを言って。

突然藍梨から言われた言葉に苦笑を返していると、クラスの男子学級委員から声をかけられた。
「色折くん、七瀬さん」
「ん?」
「コンテスト出場者は、もう着替えてスタンバイをしてほしいって」
―――あぁ、この後はコンテストだったっけ。 
―――・・・長かったよな、執事コンテストに梨咲と出るって決まってからの、この二週間。
だが今思うとあっという間のようにも思える。 この二週間、凄く内容が濃かったというのに。 どうしてだろうか。
「おう。 分かったよ」

一度藍梨と別れ、それぞれ衣装がある教室まで向かう。 1年で執事コンテストに出場するのは、結人と藍梨のペアだけだった。 
―――・・・目立つなぁ。
―――だから言ったろ、このコンテストは先輩たちが自己満で考えたものだって。 
―――俺たち1年が目立つ場所ではない。
そんなことを思っているうちに、衣装のある教室へと着いた。 予め身長を伝えておいたため、それぞれの背に応じた衣装を身に着けることができる。
といっても、執事の衣装なんて着たことがなく、どういう順序で着ていったらいいのか分からなかった。 今ある衣装は、何枚か重ね着しなくてはならないようだ。
かと言ってここにいる男子は皆先輩のため、親しい人がおらず聞くにも気が引ける。 
とりあえずハンガーから衣装を外し“これが一番下に着るものだろう”と思ったものから着ることにした。

―ガラッ。

着替えている間、突如教室のドアが開く。 その音に反応しドアの方へ目をやると、そこに立っていたのは――――伊達だった。
「伊達? どうしたんだよ」
「着替え、手伝うよ」
そう言いながら、結人に近付いて衣装を手に取る。 伊達は自ら手伝いに来てくれたのだが、やはり彼も身に付けていく順序がよく分からないらしい。
二人で試行錯誤しながら、徐々に着替えを完成させていった。 そして衣装に着替えながら、一昨日から気になっていたあることを伊達に向かって静かに口にする。
「なぁ伊達。 伊達は今、藍梨のこと・・・どう思ってんの?」
「は? ・・・何だよ急に」
「素直に答えろよ」
「だから何度も言わせんな。 藍梨のことは今でも好きだけど、色折に譲るって言っただろ。 俺はちゃんとそう決心したのに、今更誘惑すんなよ」
「・・・そっか」
これ以上、何も言わないことにした。 伊達に気を遣って藍梨の話をしようとしたが、今思えばこんな話は重いし彼にとっては迷惑だ。
かといって今更謝る気にもなれず、結人はしばし黙り込む。 会話が――――止まってしまった。 だがまだ着替えは終わらない。 この時間を、どうやって埋めようか。
だけどその考えは意味なかったようで、この沈黙を静かに破るかのように伊達はそっと口を開いた。

「ぶっちゃけさぁ。 ・・・色折から初めて『藍梨と一緒に帰ろう』って言われた時は“何を言ってんだコイツ。 馬鹿じゃねぇの?”とか、思ったわけだけどさ。
 ほら、俺は藍梨のことが好きだし、色折は藍梨と付き合えたことを俺に自慢しているようにしか思えなくて」

「いや、そんなことは」
そんなことは、一切思っていなかった。 ただ結人は、伊達に藍梨と一緒に過ごせる時間をもっと与えたかっただけなのだ。

「分かっているよ。 色折はそういう悪い奴じゃないっていうことは。 ・・・でも一昨日、一緒に帰っていて思ったんだ。 俺はもっと、藍梨の傍にいたいなって。 
 だから、こういう帰りも悪くないのかもなってさ。 ・・・それに、色折の友達も俺と仲よくしてくれるし。 楽しかったんだよ。
 色折たちと一緒にたくさん話して、色々と馬鹿やって、そして何事もなかったかのように・・・その場で解散するの。
 ・・・まぁ、昨日は藍梨も色折もいなかったから、少し寂しかったけどな」

初めて聞けた――――伊達の気持ち。 結人の言ったことは、やはり彼にとってはお節介だったのだ。 だが今の状況には、満足してくれているのだろうか。 
“みんなはいい奴でよかった”と、改めてそう思った。 それに、結人のことは別に悪くは思っていないらしい。 こんなに結人は、彼に酷いことしてしまったというのに。 
―――ありがとうな、伊達。 
伊達の優しさが心に沁みた。 そしてその思いを抱えたまま、結人は思い切って口を開く。
「じゃあ、これからの帰りは」
「俺も、一緒でいいか?」
「・・・もちろん」
言葉を遮りそう言ってきた伊達に、結人は笑ってそう返事をした。 嬉しかったのだ。 彼に近付ける気がして。 自分よりも少し距離が遠くて、手に届きそうで届かない距離。
だけど今、少しでも伊達に近付けた気がした。 すると彼は、突然大きな声で結人に向かって言葉を発する。
「よし! この話は終わり! 色折、その衣装結構似合ってんぞ。 コンテスト、頑張ってこいよ」
その言葉に力強く頷き、結人は体育館へと向かった。 

体育館にはコンテスト出場者のペアが何組か既に来ている。 生徒たちはまだいない。 もうすぐでみんなは一斉に体育館へ入って来るのだろう。 
ここにいる男女ペアは、最後の練習をしているペアが多かった。 その緊張感が結人にも伝わってくる。
―――台詞内容とか確認していないけど、きっと大丈夫だよな。
―――まぁ台詞が飛んだら、その場で考えちまえばいいや。
「・・・結人?」
突如背後から、愛おしい声が聞こえてきた。 その声に後ろへ振り向き、その姿を確認する。
そこで結人の目に映ったのは、ほんのり淡いピンク色のドレスを着たとても綺麗な藍梨だった。 本当にどこかのお嬢様、いや、どこかのお姫様みたいだった。

―――まぁ藍梨は、俺にとってお姫様なんだけどな。 

目の前で頬を少し赤らめている彼女に向かって、結人は優しい表情で言葉を紡ぎ出す。
「藍梨、凄く似合っているよ。 ・・・行きましょう? 俺のお姫様」
そしてそっと藍梨に、手を差し伸べながら。


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