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第二百八十話

 あいつが、ギラか。
 俺は必死に怒りと敵意を鎮め、静かに相手を見る。こころなしか、隣のブリタブルが少し緊張している様子を見せていた。ルナリーは我関せず飯を食ってるけど。

「第七〇回という記念すべき大会へ参加する戦士たち、そして歴代参戦してきた戦士たち。今日は無礼講だ。好きなだけ食べて好きなだけ飲むが良い」

 演技臭い動作でそう言ってから、ギラはニヤりと笑みを深くさせる。
 うわ、キモ。
 せめて顔をひきつらせないようにと頑張って、俺は能面みたいな無表情になった。

「アニキ、気を付けろよ、あいつらだ」

 テーブルから料理を集めつつ、ブリタブルが然り気無く言ってくる。
 ほんの僅か見せた視線にそって俺は見る。
 しれっとギラの近く立ち、側近をアピールするかのようなのが三人だ。魔力の感じでわかる。随分と気に入られてるようだ。

「あの小さくて細いのがウルグ。一昨年に準優勝してるし、去年は三位だったはずだ。そしてあの全身鎧のヤツがケイレス。去年に準優勝してるぞ。そして……──」

 言われなくても分かる。三人の中でも別格の強さ。どこかライゴウにも似た雰囲気のある、筋骨粒々な獣人。体格も頭一つ分以上飛び抜けてて、明らかに風格も違う。
 まともに戦ったら、確かにちょっと厄介かもしれない。

「現在大会三連覇中のヘカトだ」

 ブリタブルから明確な戦意が見えた。
 もしかして戦ったことがあるのか?

「さて、もう一部では噂になっているようだから、知っているものもいるようだが」

 勘繰るより早く、ギラが口を開いた。
 パチン、と指を鳴らして炎を生み出し、そこに映像を呼び起こした。揺らぐせいで画質は最悪だが、それでも何が映し出されたかは分かった。

 メイ。そしてアリアスとセリナ。

 ざわ、と全身が粟立つ。本能的に魔力が膨れ上がるが、すぐに自制する。ダメだ。今は、ダメだ。確実に助けられるタイミングで助けないと。

「今回の記念大会として、この三人の奴隷主権利を副賞とする。優勝者には好きな二人を、準優勝者には残った一人をくれてやろう」
「「「おおおおおおっ!!」」」

 ――……なっ!?
 歓喜の声が響く中、俺だけが絶句した。
 まて、それじゃあ、三人のうち、二人しか助けられないってことか!? 冗談じゃねぇぞ!
 動揺に俺は後ずさる。
 どうする? どうする? いっそここで暴れ倒して、全員ぶちのめしてから三人を助けに行くか? いやでもそうなったら俺は大罪人だ。焔ほむらも黙ってはいられなくなってしまう。

 けど、けど、だからって三人のうち、二人を選んで助けるなんて出来ないっ……!

 どうすれば、どうすれば良い? 俺は――……!
 いや、答えは決まってる。たとえ神獣を敵に回したとしても、三人を。
 助ける。

 俺が魔力を一気に膨れ上がらせようとしたその時だった。

「ほおう! それは面白いじゃあないか!」

 ひと際大きい声を出したのは、ブリタブルだ。ざわり、と注目されるが、ブリタブルは不敵な態度を崩さない。むしろ笑みを深くする始末だ。

「これは是非とも参加したくなった。どうだ、スペシャルゲストとして参加させてはくれないか? 盛り上がること間違いないと思うが?」
「貴殿は確か……三年前に参加して準優勝したブリタブル殿、か?」
「そうだ」

 なるほど。そんな戦績を持っていたのか。
 興味深そうにギラはブリタブルを見る。だが、反発がやってきた。

「ふざけんな! 何言ってやがる!」
「ふざけてなどおらんぞ? 余はいたって本気で言っているが」

 恐らく本選に出るのだろう、獣人が凄まじい形相で睨んでくる。だが、ブリタブルは動じない。
 むしろ好戦的になる始末だ。

「テメェ、こっちの苦労も知らないで!」
「そう言われてもなァ? 余は本戦なんて簡単に出場決めたから知らんのだ」

 ブリタブルの挑発は強烈だった。獣人は顔どころか、全身を真っ赤にさせて怒りを露にする。魔力も膨れ上がった。

「言わせておけば、テメェっ……!」
「数が既に足りているというのなら、そこのお前。参加権をかけてやろうではないか。良い余興になるであろう?」
「上等だ! グッチャグチャのミンチにしてやるよ!」

 吠えながら、獣人は背中に背負っていた斧を取り出す。
 周囲がざわついて退避し、ブリタブルと獣人だけの空間が生まれる。

「面白いな。良かろう、お互いにやる気があるのであれば、許可だ。存分にやり合うがいい」

 そう許可を下ろした刹那だった。
 獣人がいきなり飛び出し、ブリタブルへ襲い掛かる。踏み込みそのものは悪くはないが、予期していたのだろうブリタブルの方が早い。

「はぁっ!」

 瞬時に左へ躱し、カウンターを顔面に叩き込む。

 ――ごっ!

 炸裂音が響き、まともに受けた獣人は後頭部から地面に沈み込んだ。当然無事で済むはずがなく、そのまま動かなくなった。
 魔力の流れからして気絶しただけだな。
 僅か一撃で終わった余興に、誰もが静まり返る。

「なんだ、やり応えのない」
「く、くっくっく、はっはっはっはっは!」

 つまらなさそうにブリタブルが言うと、大笑いがやってきた。
 声の主は、ヘカトだ。
 笑いが収まると、一気に魔力が膨れ上がる。とたん、警戒したようにブリタブルが構えた。

「主よ、気に入った。コイツと私を早く戦えるように取り計らってはくれまいか。それと、そこの、予選で偉く注目を浴びていた小僧だが……決勝戦で直々に料理がしたいな。まぁ、勝ちあがって来られれば、の話ではあるが。どうだろうか」
「……よかろう。面白そうだからな」

 ギラは笑んで了承する。
 なんかキナ臭いな。盛り上がるため、面白そうって言ってるけど。

『あのヘカトとケイレス、そしてウルグか。その三人からはアイツの強い加護を感じるな。他の獣人よりも遥かに強い』

 俺は思わず目を細めた。
 ――なるほど、そういうことを平気でするのか。それって癒着じゃねぇの?

「では私はそろそろ行くとしよう。楽しい食事を」

 ギラはそう言い残して、姿を消す。
 残ったのは炎の揺らぎと、獣人たち。っておい、こんな雰囲気で何をどう楽しめってんだ。

「ふーん。まったく、我がアホ息子はホントにアホだな」

 思った矢先、いきなり姿を見せたのは変装した焔ほむらだった。
 っておい何してんだアンタも!
 反射的に逃げようとすると、あっさりと腕を掴まれて制された。

「慌てんな。ちゃんと見つからないように細工してっから。まぁアレだ。ちゃんとバカ息子の加護は外しておくから、後は好きにしろ」
「え?」

 あ、そう言えばそうだった。神獣の眷属とかを倒すと呪いにかけられるんだっけ。

「お前とブリタブルでしっかりワンツーフィニッシュ決めて仲間助けて、んでアイツと謁見してぶちのめせ。そうだな、アイツの性質上、謁見したら望みを何か一つ叶えてやるとか言うから、そこで胸を借りたいとかそんなこと言って戦闘に連れ出せ。そうしたら後はどうにでもなる」
「……わかった」
「まぁ本選で生き残れるかどうかはお前ら次第だがな。特にブリタブル。あのヘカトは厄介だぞ」
「伊達で闘技場三連覇ではないということでしょう。知ってますよ。余はアイツに負けたのだから」

 なるほど。微妙に因縁があるらしい。
 それなら任せておいて大丈夫だろう。一応、修行のコツは教えてあるし。ちゃんと実践していたら対抗できるだろう。
 それに、言うことあるしな。

「ブリタブル」
「お、どうしたアニキ」
「ありがとな。お前が名乗り出てくれてなかったら、どうするか分からなかった」
「だろうな。余もそう思って、敢えてやってみたのだ。アニキのことだ。きっとここにいる連中全員を相手取ることも覚悟して暴れるだろうと思ってな」

 み、見抜かれてる……!?
 俺は愕然とした。せめて膝を屈しなかった自分を褒めたい。
 いやだって、ブリタブルだぞ。あのブリタブルに行動パターンを読まれたんだぞ!? これでショックを隠せないはずがない!
 いや、っていうかアレか。ブリタブルに読まれるくらい俺は追い詰められてたってことなのか?

「どうした、アニキ」
「いや、なんでもない」

 俺は何とか自分を取り戻して言う。
 今は大会に集中だ。これでみんなを助ける算段はついた。あのヘカトの言動のおかげで、俺とブリタブルは決勝戦でしか相見えないようになっているはずだからな。

「よし、やるか」
「うむ! とりあえずは目の前の料理からだ……ってルナリーが全部食べてるぅぅぅ!?」

 ブリタブルが悲鳴を上げて指さした先には、すっかりと平らげたルナリーがいた。 

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